Heart to Heart

     第138話 「お姫様抱っこ」







「きょうかしょ〜のはし、かいた、きみの、にがおえ〜の〜ほ〜っぺ♪」

「ぴんくの〜ペンで、そめて、みたよ♪ あたしに〜こ〜いして〜るの〜♪」





 ある日の放課後――

 俺とさくらとあかねは、いつものように、三人揃って下校していた。

 桃色の花びらが敷き詰められた桜の並木道を、
スキップを踏みながら、さくらとあかねは仲良く手を繋いで歩く。

 しかも、やたらと恥ずかしい歌のおまけ付きで……、

「やれやれ……」

 その歌声を耳にしながら、俺は、二人の少し後ろを歩き、軽く肩を竦めた。

 まったく……、
 今日は二人とも、やけに機嫌が良いな。

 と、俺がそんな事を考えていると……、


「うみゃっ!?」


 
――こてっ!


 何の前触れも無く、唐突に、あかねが転んだ。
 それも、思い切り前のめりに……、

「うみゃ〜……」

 どうやら、転んだ拍子に、したたかに鼻を地面にぶつけたようだ。
 瞳に涙を浮かべ、あかねは赤くなった鼻を擦っている。

「おいおい……何をやってんだよ?」

 と、未だ転んだ姿勢のままのあかねに歩み寄る俺。
 そのついでに、何となく、道の状態もチェックしてみた。

 ふむふむ……、
 別に歩道には出っ張りとかも無いし、特に転びそうな要素は無いんだけどな。

 それなのに、どうして、女の子ってのは、こう何も無い所で転べるんだろう?
 しかも、ロクに受身も取れないことが多いし……、

 それとも、さくらやあかねが、単にドジなだけなのか?

 いやいや……早合点するのは良くない。
 なにせ、あかねはともかく、さくらはそんなにドジじゃないからな。

 ……でも、さくらも、結構よく転んだりするよな。
 ついでに言うと、俺の知り合いの女の子も、やたらと頻繁に転ぶのが多いし……、

 例えば……、

 由綺姉とか……、
 理緒さんとか……、
 マルチとか……、

   ・
   ・
   ・

 やっぱり、何も無いところで転ぶってのは、女の子全般に言えることなのか?
 それとも、偶然、俺の周りにそういう子が多いだけなのか?

 う〜む……、
 もし前者だとすれば、男の俺には永遠に分からない謎だな。

 ……って、そんな大袈裟なモンでもないか。

「うにゅ〜……痛いよ〜」

「ったく……お前って、妙なところで鈍クサイよな」

 と、苦笑しつつ、俺は、あかねを助け起こす為に手を差し出す。

「ほれ……掴まれ」

「うみゅ……ありがと、まーくん」

 未だに痛みがあるのか、鼻を擦り続けながら、
あかねは、差し出された俺の手を握る。

 そして、俺が引っ張るのに合わせて、立ち上がろうと右足を地面についた。
 その時……、

「痛っ!!」

「――えっ?」

 突然、あかねは顔をしかめたかと思うと、右の足首を手で押さえて、
その場に座り込んでしまった。

 これは、もしかして……、

 そんなあかねの様子を見て、状況を瞬時に理解した俺は、
腰を落として、自分の視線をあかねの目線に合わせる。

「……捻ったか?」

「…………」

 俺の問い掛けに、無言で頷くあかね。

 やっぱり……、
 多分、転んだ拍子に捻ったんだな。

「あかねちゃん……大丈夫ですか?」

 痛みに歪むあかねの顔を見て、さくらが不安そうに訊ねる。。

 すると、そんなさくらに心配を掛けまい、と思ったのだろう。
 あかねは健気にも、無理して笑顔を見せた。

「大丈夫だよ。なんとか歩け……っ!!」

 あかねはそう言うと、強がって立ち上がろうとするが、
やはり痛みに堪えられないのか、ペタンと地面に座ってしまう。

「……どうやら、歩くどころか、立ち上がれそうもないな」

「うみゃ〜……」

 俺の言葉に、あかねは申し訳なさそうに頭を垂れる。

 どうせ、自分のドジで俺達に迷惑を掛けたと思っているのだろう。

 やれやれ……、
 他の奴ならともかく、俺達相手に、そんな遠慮する必要ねーんだよ。

 痛くて歩けないなら、素直にそう言えば良いんだよ。
 俺もさくらも、お前を助ける為の労力なら、惜しむつもりはないんだからさ。

「……ったく、しょうがねーなー」

 と、そんな事を考えながら、浩之の口癖を呟きつつ、
俺はあかねの前にしゃがみ込み、背を向ける。

 そして……、

「――ほれ」

「……うみゅ?」

 俺が後ろ手に手招きすると、あかねは小首を傾げる。
 どうも、俺の行動の意味を察しかねているようだ。

 普通、この展開なら分かると思うが……、
 まあ、こういうところも、あかねらしいと言えるんだけどな。

 っと、それはともかく……、

「早く乗れよ。家までおぶって行ってやるから」

「あ……」(ポッ☆)

 俺の言葉で、ようやく理解したらしい。
 あかねは頬を微かに赤く染める。

「ほら、早くしろよ。いつまでも、そんなトコに座ってるわけにはいかないだろ?」

「う、うん……」

 と、急かす俺の言葉に頷き、あかねはおずおずと俺の背中に手を添えた。
 そして、俺は、あかねの体重が背中に掛かってくるのに備えて身構える。

 だが……、

「……ねえ、まーくん?」

「――ん?」

 不意に、あかねは、俺の背に添えていた手を離す。
 そして、この俺に、とんでもないお願いをしてきた。

 そのお願いとは……、








「どうせなら……おんぶより
抱っこの方がいいな♪」








「…………」

「…………」


 あかねのその言葉に、俺とさくらは絶句した。
 特に、さくらは顔が耳まで真っ赤になっている。

 まあ、無理もないだろう。
 なにせ、こんな天下の往来で、抱っこして欲しいと言うのだから……、

 しかも、あかねが言う『抱っこ』というのは……、
 おそらく……、

「な、なあ……あかね?」

「ん? な〜に?」

 期待に満ちた目で俺を見つめるあかねに、俺は恐る恐る訊ねる。

「……マジか?」

「うん♪ もちろん、大マジ♪」

「…………」(汗)

 アッサリと頷くあかねに、顔を引きつらせる俺。

 マ、マジか……?
 ホントに本気でマジなのか?

 こんな……こんな人目に付きまくる場所で……、

 この俺に……、








 
『お姫様抱っこ』をやれと言うのか?








「……勘弁してくれよ」

 と、頭を抱えて懇願する俺。

 しかし、あかねは引き下がるつもりは無いようだ。
 相変わらず、期待の眼差しで俺を見ている。

 うぐぐぐ……、
 頼むから、そんな目で見ないでくれ〜……、

 そんな目で見つめられたら、
その期待に応えてやりたくなっちまうじゃねーか。

「ねえ、まーくん……お願い♪」

「うう……」

 あかねの上目遣いに見つめられ、俺はたじろぐ。

 こっちこそ、お願いだから、その上目遣いを止めてくれ。
 俺は、それに弱いんだよ〜……、

 と、あかねの視線から目を逸らしつつ、俺は必死に理性を奮い立たせる。
 だが、その努力も、完全に徒労でしかなかった。

 何故なら……、








「あのさ……もし、イヤだって言ったら?」

「――晩御飯抜き♪」
















 ……俺に、拒否権など、最初から無かったのだから。(泣)















「えへへ〜♪ なんだか、とっても幸せ〜な気分〜♪」

「うふふふ♪ 良かったですね〜♪」

「…………」(泣)

 そういうわけで……、

 俺は、あかねをお姫様抱っこして、家路につく羽目になってしまった。

 両腕であかねの小さな体を抱き上げた俺……、
 その俺の首に、スルリと腕を巻きつけるあかね……、

 ……その体勢のまま、俺達は歩き出す。

 周囲の通行人の視線が、それはもう痛い。
 そんな視線に堪えかね、俺の歩調は自然と早くなっていく。

 しかし、一刻も早く家に帰り、この状況から逃れたい俺の気持ちを、敢えて無視するように、
俺達の隣を歩くさくらは、いつも以上にゆっくりとしたペースで歩く。

 となれば、当然、俺はそのペースに合わせなければならず、
この晒しもの状態は、より長く続くわけで……、

 まあ、逃れる手段が無いこともない。
 ようは、さくらを置いて、サッサと行ってしまえば良いのだから。

 でも、そんな事をすると、後のお仕置きが怖い。
 ってゆーか、俺のうでの中にいるあかねが、それを許さないだろう。

 ……つまり、俺に逃げ場はない、というわけだ。

 あ、そうそう……、
 一応、誤解の無いように言っておくが……、

 別に、あかねをお姫様抱っこをするのは、やぶさかではない。
 あかねは軽いから持ち上げるのは楽だし、こういうのは嫌いじゃないからな。

 でも、やっぱり、公衆の面前でやるのは、かなり恥ずかしいのだ。

 はあ〜……、
 これでまた、ご近所の皆さんに話題を提供してまったな。

 と、俺は心の中で涙する。

 取り敢えず、可能な限り人目につかない道を選んで歩いているけど、
この時間帯だと、何処を歩こうが、人の目にはつくからな。

 そうなれば、その噂は、すぐにでも広まってしまうだろう。
 俺達って、何気に有名らしいから……、








 あっ……噂と言えば……、
 確か、随分と前に、志保から聞いた事があるぞ。

 なんでも、以前、体育の授業で捻挫したあかりさんを、
浩之がお姫様抱っこで保健室に連れて行った事があるそうな。

 しかも、その時の浩之は、今の俺みたいにコソコソする事無く、
堂々と廊下を歩いていたって……、








 ……流石だぜ、浩之。
 やっぱり、お前は勇者だよ……色々な意味で。

 俺には、とてもそんな真似はできねーな。
 せいぜい、人目に付かないように、家路を急ぐのが精一杯……、








「あっ……まーくん♪」

「晩御飯のお買い物がしたいですから、スーパーに寄って行きましょうね♪」








 しくしくしくしくしくしく……、(泣)








<おわり>
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