Heart to Heart

    第136話 「信じてたのに……」







 とある日曜日の午後――

 俺は、以前、注文しておいたCDを受け取りに、
芳晴さんとエビルさんがバイトしているCDショップへと向かっていた。

 その店があるのは隣街で、ちょっと行くのが面倒臭いけど、
大きな店の方が届くのが早いからな。

 それに、ポイントカードの件とかもあるし……、

 ――えっ?
 何を貧乏クサイことを言ってるんだ、って?

 別にいいじょね〜か……、
 だいたい、それが普通ってモンだろ?

 それに、俺って、あまりCDって買わないんだよ。
 ほとんど、さくらやあかねから借りてるし、由綺姉のCDは向こうから送ってくれるからな。

 そういえば……、
 最近は、理奈さんのCDも送られてくるようになったな。

 いや……CDどころか、コンサートのチケットまで送ってくる事もある。

 もしかして、まだ、俺に自分のことを『理奈姉』って呼ばせるのを諦めてないのか?

 まあ、別に、理奈さんを姉貴分として呼ぶのは構わないんだけど、
そうする事によって起こるであろう事態が、それを躊躇させるんだよな。

 なにせ、あの人って、ああいう性格だから、俺に姉と認められた瞬間、
どんなタチの悪いイタズラをしてくるか想像もつかない。

 だから、出来る事なら勘弁してもらいたいところなんだけど、
あの理奈さんが、そうそう簡単に諦めてくれるわけがない。

 だいたい、何で俺なんかを気に入ったんだろうな?

 やっぱり、冬弥兄さんに似てるからか?
 でも、理由がそれだけってのも、なんか弱い気がするし……、

 ……っと、話が逸れたな。

 まあ、それはともかく……、

 電車に乗って隣町へとやって来た俺は、真っ直ぐにCDショップへと向かった。

 で、注文していたCDを受け取り、芳晴さん達と軽く雑談した後、俺は店を出る。

 そして、せっかく高い電車賃払って来たわけだし、
このまま真っ直ぐ帰るのも勿体無いので、軽く街を散策してみることにした。

 あまり歩きなれていない街並みを、特に目的も無く、ブラブラと歩き回る俺。

 う〜ん……、
 何か面白いものでも見つかるかと思ったんだが……、

 さすがに、ほんの数ヶ月程度で、街並みが大きく変化するわけがなく、
なんとなく見覚えがある景色ばかりが続いて、俺はすぐに散策に飽きてしまった。

「……冬弥兄さんのトコにでも行ってみるかな?」

 これ以上、ここにいても無駄だろうと、俺は駅前へと戻る道を歩く。
 だが、その途中で、近くに冬弥兄さんの家があることを思い出し、俺はピタッと足を止めた。

 ……どうしようか?
 別に用事があるわけじゃないし、いきなり訊ねたりしたら迷惑だよな?

 でも、久し振りに冬弥兄さんの顔を見てみたい気もするし……、

「ま、いいか……せっかく、ここまで来たんだしな。
どうせだから、大学での芹香さんの様子でも訊いてみるか」

 そう呟いて、自分を半ば強引に納得させ、冬弥兄さんの家に向かうことにした俺は、
来た道を戻る為、クルリと踵を返す。

 と、その時……、





「あら? もしかして、誠君?」

「――えっ?」





 ……何処か聞き覚えのある声がして、俺はそちらを振り向く。

「え〜っと……」

 そこにいたのは、おっとりとした雰囲気を持つお姉さんがいた。
 どうやら、俺に声を掛けてきたのは、この人らしい。

「……確か、美咲さん……だったっけ?」

 その人物を見て、一瞬、誰だったか記憶を巡らせた後、
俺はちょっと自信なさげに、その人の名前を口にする。

 すると、その人……美咲さんは、ちょっとだけ悲しいそうな表情を浮かべ、
ジ〜ッと、軽く責めるような視線を俺に向けてきた。

「酷いなぁ〜……私のこと、覚えてなかったでしょう?」

「うっ……ごめんなさい」

 図星だったので、俺は素直に頭を下げる。

「別に怒ってないから良いよ。
一度しか会ったことがないんだから、仕方ないもの」

 図星を突かれ、素直に頭を下げる俺を、
美咲さんは優しく微笑んで、すんなりと許してくれた。

 確かに、今、俺の目の前にいる『澤倉 美咲』さんとは、
冬弥兄さん経由で、過去に一度だけ会っただけだった。

 だから、美咲さんのいう通り、すぐに思い出せなくても仕方ないのかもしれないが、
美咲さんは、ちゃんと俺のことを覚えていてくれたわけだし……、

 う〜む……、
 美咲さんには、悪い事をしてしまったな。

 と、俺は、美咲さんに対して申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。

 逆に怒ってくれた方が、気が楽になるんだけど、
まあ、それを美咲さんに求めるのは酷ってものだろうし……、

 それにしても……、
 初対面の時にも思った事だけど、良い人だな〜。

 優しいし、あったかいし、頼り甲斐があるし……、
 ちょっと控えめ過ぎるのが玉にキズだけど……、

 うむ……俺の姉的存在パートUって感じだな。
 って、こんなこと言うと、理奈さんに『わたしは〜?』とか言われそうだけど……、

 ――えっ?
 はるか姉はどうなのかって?

 あの人は、姉貴分というよりは兄貴分だろ?

 だって、ほら……、
 はるか姉って、ああいう性格だし……、

「……ところで、こんなところで何してるの?」

「――え? あ、ああ……それは……」

 と、美咲さんに訊ねられ、物思いに耽っていた俺は慌てて我に返る。

 そして、今から冬弥兄さんの家に行こうとしていた事を話すと、
美咲さんは、あらあら、と、手で口元を押さえる。

「冬弥君なら、今日はADのアルバイトでお留守よ?」

「あ〜、やっぱり?」

 何となく予想していた事なので、俺は美咲さんの言葉を冷静に受け止める。

 ちょっと考えれば、それが当然なのだ。
 俺と違って忙しい冬弥兄さんが、日曜日に家でゴロゴロしているわけがないからな。

「せっかく来たのに、残念だったわね」

「まあ、最初からダメで元々のつもりだったし……」

 まるで我が事のように残念そうな顔をする美咲さんに、俺はそう言って苦笑する。

 別に美咲さんは関係無いことなのに……、
 それなのに、こんなに親身になって……、

 まったく、ホントに人が良いんだな、美咲さんは……、

「じゃあ、行っても無駄だと分かった以上、サッサと帰ります。
一応、本来の目的は果たしたわけだし……」

「そう? それじゃあ、またね」

「はい……それじゃあ」

 と、美咲さんに軽く会釈をしてから、
俺は再び駅前に戻る為、美咲さんに背を向ける。

 だが……、

「あっ! 誠君、ちょっと待って」

「――はい?」

 ……立ち去ろうとする俺を、美咲さんが呼び止める。

「美咲さん、何ですか?」

 振り返り、俺がそう訊ねると、
美咲さんは、ちょっと恥ずかしそうに両手をモシモジさせる。

 そして……、

「誠君……ついでで冬弥君の家に行こうとしてたってことは、暇なのよね?」

「ええ、まあ……」

「それじゃあ……ちょっとだけ、私に付き合ってくれないかな?」

 ――突然の、美咲さんからのお誘い。

 せっかくの日曜日だというのに、
暇を持て余している俺に、それを断る理由は、もちろん無く……、

「ちょっとくらいなら、良いですよ」

 ……と、俺はすぐさま頷いた。
















 で、美咲さんに連れられてやって来たのは……、

「……ここ?」

「ええ、そうよ」

 ――なんと、同人ショップであった。

「あのさ……マジで、ここが目的地なわけ?」

「もちろん。さあ、行きましょうか」

 顔を引きつらせて訊ねる俺に、美咲さんはアッサリ頷くと、
躊躇することなく店へと入っていく。

「……たく、しょうがねーなー」

 美咲さんにこんな趣味があったことを意外に思いつつ、
俺は、仕方なく美咲さんの後をついて行くことにした。

 しかし、この俺の行動は、大きな間違いであった。
 この時点で、ダッシュで逃げるべきであった。

 何故なら……、

 数多くのジャンルに分類されたコーナーの中で、
美咲さんが真っ直ぐに向かったのは……、








 ボーイズラブ――

 即ち、やおい系同人誌が置かれているコーナーだったのである。








「ねえねえ、誠君? 冬弥君って、やっぱり『受け』だと思うよね?」

「ま、まあ……あの性格なら、そういうイメージもあるだろうな」(汗)

「じゃあさ、七瀬君は? 私は、間違いなく『受け』だと思うんだけど?」

「……美咲さんがそう思うなら、そうなんじゃねーか?」(大汗)

「う〜ん……やっぱり、そう思うよね〜」

 と、やおい系同人誌が並ぶコーナーで物色をしつつ、
美咲さんは、俺に向かって次々と爆弾を投げつけてくる。

 それを何とかギリギリで回避しつつ、俺は居心地の悪さに堪え続ける。

 ……何だろう?

 周りにいる他の客、特に女の人達の視線が俺に集中しているような……、
 しかも、何やらヒソヒソと囁かれているような……、

 ……もしかして、俺って、ソッチ系の人間だと勘違いされてるのか?

 まあ、こんなコーナーにいるんだから、
そう誤解されても仕方がないのかもしれんが……、

「……勘弁してくれ」

 と、唸るよに小さく呟きつつ、
一刻も早く、この場から離れたいと、俺は美咲さんに目で訴える。

 しかし、そんな俺に構うことなく、美咲さんはドンドン奥の方へと進んでいく。

 つまり、さらにハードな内容の本が置かれているコーナーへと……、

 ……俺はノーマルだ。
 こんなところにいるけど、俺はノーマルなんだよ〜。(泣)

 と、陳列されている本には絶対に目を向けないようにして、
俺は必死で、自分はノーマルであるというオーラを醸し出すように努力する。

 まあ、そんなものは、根っからのやおい好きの女性客達には、
全く通用しないだろうけどな……、

「う〜ん……私ね、こういうハードな内容よりも、
もっとソフトな感じの、可愛い系の内容の方が好きなのよね」

「ふ、ふ〜ん……」(大汗)

 女性客達の好奇の視線に晒されながらも、
俺は美咲さんの言葉に適当に相槌を打ちつつ、後ろをついて行く。

 ここまで来てしまった以上、美咲さんから離れる事は出来ないのだ。

 今、美咲さんから離れたら、『単に付き合わされているだけ』という大義名分が無くなり、
その時点で、俺がソッチ系の人間という疑惑が確信に変わってしまう。

 そうなったら、周囲のやおい趣味の女の人達から、どんな誘いを受ける事か……、

 ああ……、
 想像するだけでも恐ろしい。

 神よ……、
 おお、神よ……、

 もし、いるのなら、俺の願いを聞いてくれ。

 頼むから、こんなところにいる姿を知り合いに見られませんように……、
 特に雅史や志保にだけは、絶対に見られませんように……、

 そんな事になったら、もう、俺の人生はおしまいなんですよ〜。(大泣)

 と、生まれて初めて神という存在に頼り、俺は心の中で祈りを捧げる。

 そんな俺に対し、美咲さんはトドメとばかりに……、





「ねえ、誠君……」





 ……最後の爆弾を投下した。
















「……『受け』同士の絡みって
どうなるのか、気になると思わない?」



「そんなことを
俺に訊くなぁぁぁぁーーーっ!!」

















 その爆弾発言に、ついに我慢の限界を越えた俺は……、

 力の限り……、
 喉が張り裂けんばかりに……、
















「俺はノーマルだっ!!
普通なんだぁぁぁぁーーーっ!!」

















 ――血を吐くような絶叫を上げたのだった。
















 美咲さん……、

 人外とか濃い連中ばかりの俺の知り合いの中で、
美咲さんだけは、何があろうと絶対に普通の人であってくれると、俺は思っていた。

 その点において、俺の中では、あたなは最後の砦だった。

 それなのに……、
 ああ、それなのに……、

 美咲さん……、
 あなたも、いわゆる濃い連中の一人だったなんて……、

 しかも、よりにもよって
『やおい好き』ときたもんだ。

 ……なあ、美咲さん?
 俺、この先、何を信じていけば良いんだよ?
















 『類は友を呼ぶ』――

 この言葉を覆すことなど、到底、無理だということなのか?

 そして……、
 最後の砦が、脆くも崩れ去った今……、

 その宿命の輪の中から、俺は逃れる事は出来ないということなのか?

 俺は普通なのに……、
 誰が何と言おうと、俺は普通なのに……、








 しくしくしくしく……、(泣)








<おわり>
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