Heart to Heart

    第134話 「だから誤解を招くんだ」







「でっかいそらのはて〜には〜♪ でっかいうみのむこうには〜♪
ど〜んな〜どきどき〜、ま〜ってい〜る〜ん〜だろ〜♪」






 ある日の昼休み――

 いつものようにさくら達が作って来てくれた弁当を食べ終えた俺は、
食後の昼寝をする為に、歌を口ずさみつつ、一人で中庭へと向かっていた。

 ――そう。
 中庭に来たのは、俺一人だけだ。

 今日は、さくらもあかねも、何か用事があるらしくて、残念ながら一緒じゃない。

 まったく……、
 どんな用事か知らないが、野暮ってもんだよな。

 せっかくの昼寝も、さくらに膝枕してもらったり、あかねと寄り添ってもらってないと、
気持ち良さも半減するっていうのに……、

 まあ、それはともかく――

 仕方なく、今日のところは一人寂しく昼寝しようと、
こうして中庭にやって来たわけなのだが……、








「……何やってんだ? この二人は?」








 ……その光景を見て、俺は心底呆れた。

 俺の目の前には、ベンチに腰掛け、
仲睦まじく寄り添って眠る、葵ちゃんと琴音ちゃんがいたのだ。

 こっくりこっくりと、船を漕いでいる琴音ちゃん――
 そんな琴音ちゃんの肩に頭を乗せて寝息を立てている葵ちゃん――

 多分、昼メシを食べてお腹がいっぱいになったところで、
あまりの春の陽気の気持ち良さに、ついつい眠ってしまったのだろうが……

 何と言うか……、
 色々と想像を掻き立てられる光景である。

「ったく、勘弁してくれよ……」

 そんな二人の姿を見て、俺は指で眉間のシワを揉み解す。

 まったく……意識していない事とはいえ、
そんな事をやってるから、二人して妙な誤解を受けるんだよ。

 ……と、心の中で呟きつつ、俺は、女生徒達の間で囁かれている、
二人に関する噂のいくつかを思い出す。








 
――『姫川さんと松原さんってさ〜、なんか、仲良すぎるよね?』


 
――『よくお互いの家でお泊まり会とかするらしいわよ〜?』


 
――『やっぱりさ〜……あの二人ってアレなんじゃない?』


 
――『恋破れた二人の少女が、お互いを慰め合うように……きゃ〜♪』


 
――『姫川先輩ってステキよね〜♪』(ポッ☆)


 
――『……お姉様って呼ばせてもらいたいな〜♪』(ポポッ☆)








 なんか、最後の方に妙なものが混ざっていたような気がするが……、(汗)

 ……まあ、とにかく、二人に関する噂は、概ねこんなところだ。

 ようするに……、
 琴音ちゃんと葵ちゃんには
百合っ子疑惑が持ち上がっているわけだ。

 正直なところ、色々と現場を目撃してしまっている俺としては、
非常に信憑性を感じてしまったりする。

 まあ、二人が浩之にらぶらぶなのだという事実を知っているから、
それが間違いだって事は充分に理解はしているが……、

 しかし、その事実を知らない人からすれば、そうはいかないだろう。
 なにせ、二人とも、それはそれは仲が良いからな。

 ちなみに、これは余談だが……、

 女生徒の間でのみ広まっているこの噂を俺に教えてくれたのは、
実は意外にも志保だったりする。

 志保は、この二人のことを良く知っているから、
出来ることなら誤解を解いてやれ、と言って情報を提供してくれたのだ。

 この時、俺はあいつを本気で見直した。
 そして、それと同時に、志保に謝罪したい気持ちで一杯になった。

 多少なりとも耳にしていたこの噂……、
 俺は、その発生源を志保だとばかり思っていのだから……、

 以前、この事を浩之に話したら……、


『確かに、あいつが持って来る情報は、ハタ迷惑で信憑性がイマイチ欠ける。
けどな、あいつは誰かを批難中傷するような噂話は、絶対に流したりしねぇ。
あいつはあいつなりに、情報の持つ影響力と、それ怖さを理解してる。
そうじゃなかったら、俺はともかく、あかりや雅史の親友にはなれねぇよ」



 ……と、浩之は語ってくれた。

 それを聞いた瞬間、俺は痛感させられたものだ。
 自分が、男としても、人間としても、まだまだだ、ってな。

 とにかく、その一件で、俺の中の志保への評価が、かなり高くなったのは間違いない。

 まあ、去り際に……、


『もしかしたら、誤解じゃないかもしれないけどね〜♪』


 ……と、言い残していきやがったから、
それで何もかも全部チャラになっちまったけどな。



 閑話休題――



 それはともかく……、

 琴音ちゃんと葵ちゃんには、そんな噂が囁かれているわけだ。

 まあ、今のところは、二人が浩之にらぶらぶだっていう状況証拠があるから、
百合っ子疑惑も少数派なんだが……、

「……このままじゃあ、どんどん疑惑が強まっていく一方だな」

 と、眠っている二人を眺めつつ、俺は呟く。

 いつの間にか、二人の体勢は、さらにヤバイ状態になっていた。

 琴音ちゃんの肩に頭を預けて眠っていた葵ちゃんの体が、
さらに大きく傾いたかと思うと……、


 
――ぽふっ☆


 ……と、そのまま琴音ちゃんの足に倒れ込んでしまったのだ。

 端から見れば、琴音ちゃんが葵ちゃんに膝枕をしているように見えるだろう。

 ……ヤバイ。
 この状態は、ハッキリ言ってかなりヤバイ。

 幸い、今のところ中庭に人影は無いから大事には至ってないが、
もし、この状況を目撃されたら、例の噂に拍車が掛かるのは間違い無い。

 そうなってしまっては、誤解を解くのが、かなり困難になる。
 いや、それどころか、取り返しのつかないことになりかねない。

 百合っ子疑惑の噂が広まって、周囲から孤立してしまったら、
二人は自棄になって、本気で噂通りの道に走ってしまうかもしれない。

 いやいや……、
 少なくとも、葵ちゃんに限っては、そんな事はないだろう。

 ただ、琴音ちゃんには
一抹の不安要素が……、
 琴音ちゃんの場合、相手が葵ちゃんなら、百合っ子疑惑も喜んで受け入れそうだからな〜。

 まあ、それも、俺のお馬鹿な想像でしかないと信じたいけど……、

 とにかく、だ……、
 どんな事をしてでも、最悪の事態だけは回避しなければならない。

 そのためにも、気持ち良く眠っているのを起こすのは忍びないが……、

「……ったく、しょうがねーなー」

 ……と、浩之の口癖を呟きつつ、俺は琴音ちゃんと葵ちゃんの目を覚まさせる為に、
二人の肩を掴んで、やんわりと体を揺することにした。
















 その日の放課後――


「……というわけで、今後は、ああいう行為は謹んだ方が良いぞ」

「だ、だって仕方ないじゃないですか。
日向ぼっこしてたら、気持ち良くてついつい……」(ポッ☆)

「うんうん。そうだよ」(ポポッ☆)

「でもさ、端から見ればそう見えるわけだし……」

「だいたい納得出来ませんっ! どうして、私達にだけ、そんな噂が立つんですか?」

「そうだよ! あかねちゃんだって、たまにさくらちゃんに膝枕してもらってるでしょ?」

「う〜ん……あかねちゃんの場合は……」

「百合というよりは、母と子に見えるからな〜」

「うにゅ〜……まーくんもさくらちゃんも、それってどういう意味なの〜?」

「はっはっはっはっ! わりぃわりぃ」

「まあ、それは冗談として、わたしとあかねちゃんの場合は、絶対にそんな噂は立ちませんよ」

「……どうして?」

「だって、わたし達はまーくんにらぶらぶっていうのを、しっかりと主張してますから♪」

「うみゅ♪ そうだよね〜♪」

「…………」

「…………」

「――? 二人とも、どうしたんだ? 急に押し黙ったりして……」

「……葵ちゃん」

「……琴音ちゃん」

「私達も……」

「藤田先輩に……」








 さくらの言葉を聞き、真剣な表情でコクリと頷き合う琴音ちゃんと葵ちゃん。

 そして……、








「葵ちゃん、いきますよっ!」

「うんっ!!」


 
ズドドドドドドドーーーーッ!!








 ……そのまま、二人とも物凄い勢いで走り去っていった。








「…………」

「…………」

「…………」








 そんな二人を、俺達は、ただただ呆然と見送る。

 そして、三人で顔を見合わせ……、


「はあ〜……」

「やれやれ、ですね〜」

「うみゃ〜……」


 ……と、大きく大きく溜息をつくのだった。
















 ……すまん、浩之。

 どうやら、また、あかりさんの『例の箱』が大活躍する事になりそうだ。
 今夜、お前の家に嬉しい悲鳴が響き渡るのは間違いないだろう。

 もう、俺にはどうする事もできん。
 だから、まあ……しっかりと励んでくれや。








 …………合掌。








<おわり>
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