Heart to Heart

  
  第132話 「お花畑の王子様?」







 ある日の放課後――


 
キーンコーンカーンコーン……


 本日最後の授業終了のチャイムが鳴り響き、
担当の教師が教室を出た途端に、教室が一気に喧騒に包まれた。

 すぐさま帰り支度をする者……、
 友達と今後の予定を話し合う者……、
 自分が掃除当番だった事を思い出して机に突っ伏す者……、

 そんな生徒達のざわめきが、教室中に響き渡る。

 もちろん、俺達もその御多分に漏れず、
新しくクラスメートになった葵ちゃん達と無駄話に花を咲かせていた。





「葵さんは今日も部活の練習ですか?」

「うん! 今日は久し振りに綾香さんも一緒なの♪」

「ねえねえ? マルチちゃんは、今日はこの後どうするの?」

「それは、もちろん、あかりさんと『藤田 浩之部』ですよね?」

「藤田 浩之部? 何ですそれ? 何だか、とっても楽しそうですね?」

「はい〜♪ とっても楽しいですよ〜♪ でも、秘密なんです〜♪」

「ええ〜っ!? マルチちゃんのケチ〜!」






 まあ、何だな……、
 女の子が三人どころか五人も集まれば姦しいのは当然なんだが……、

 ……俺を真ん中に囲むようにして話をするのは勘弁してもらえないだろうか?

 そのせいで、俺が、クラスの男どもからの殺気混じりの視線を、
一身に浴びる羽目になるんだよな。

 まあ、あいつらが何を考えているのかは容易に想像がつくけど、
毎日ように、そんな視線に晒されてると、さすがにちょっと嫌気がさしてくる。

「はあ〜……」

 大きく溜息をつき、机に突っ伏す俺。
 すると、そんな俺の様子を見たさくら達が俺の顔を覗き込んできた。

 さらに……、

「まーくん? どうしたんですか?」

「うみゅ? まーくん、元気無いよ?」

「もしかして、もうお腹が空いた、とか?」

「藤井さんなら充分あり得ますね」

「はわわわっ! 誠さんが倒れちゃいます〜っ!」

 さくらとあかねだけじゃなく、他の三人までもが俺を気遣う。
 端から見れば、俺が美少女五人を侍らしているように見えるだろう。

 となれば、当然、周囲から伝わってくる殺気は、より一層強烈になるわけで……、

 はあ……、
 このクラスに全員を集めたの、失敗だったかもしれないな。

 ……と、内心、呟きながら、俺は頭を抱えた。

 そして、この状況からどうやって脱出しようかと、俺が考え始めていると……、


 
――ガラッ!


 突然、教室の扉が開き、このクラスの担任であるユリカ先生が、
相変わらずの底抜けに明るい笑顔を振り撒きながら教室に入って来た。

 それと同時に、クラスの全員が慌てて自分の席に戻る。
 当然、さくら達も……と言っても、皆、俺のすぐ側の席なんだけどな。

 まあ、とにかく、ユリカ先生が来たことで、奇しくも状況は打破出来たわけだ。
 うむ……感謝感謝。

 と、俺が心の中で礼を言っているうちに、ユリカ先生は教壇の上に立つ。
 そして、いつものように元気一杯の声で……、

「みなさ〜ん♪ 今日も一生懸命勉強しましたか〜?」


『は〜い!』


「それじゃあ、ホームルームを始めま〜す♪」


『は〜い!』


 ユリカ先生のあまりの天真爛漫ぶりにつられるように、
クラスの生徒全員が元気良く返事をする。

 ――ここは幼稚園か?

 ユリカ先生が現れた途端、教室が問答無用にお気楽な雰囲気に包まれ、
俺はやれやれと苦笑する。

 ったく、このクラスはノリの良い奴らばかりだな。
 まあ、俺もその内の一人なんだけど……、

「うんうん♪ みんな元気で良い子ですね〜♪」

 生徒達からの返事に満足げに頷くユリカ先生。

 なんか……、
 ユリカ先生と俺の母さんって、性格がそっくりだよな……、

 と、俺が机に頬杖を付きつつ何気なく思っていると、
ユリカ先生は、何処から取り出したのか、教卓の上にヒョイと大きな箱を置いた。

 そして……、

「突然ですが、今日は席替えをしちゃうね♪」





 あまりに唐突に出されたユリカ先生の提案に、
さくらとあかねが真っ先に不満の声を上げる。

 まあ、それも無理ないだろう。

 新しいクラスになってから、まだ一度も席替えは行われておらず、
今の座席は、皆、適当に座っている状態だ。

 で、さくらとあかねは、当然の如く、
俺の両隣の席にしっかりと陣取っているのだから……、

 まあ、今更、言う必要もなかっただろうけどな。

 それにしても……、
 確か、以前にも、こんな事があったよな
。(HtH本編 15話 「指定席」を参照)

「やれやれ……」

 自分の両隣に座るさくらとあかねに交互に視線を向けつつ、俺は軽く溜息をつく。

 多分、この二人の事だから、どんな手を使ってでも、
俺の隣の席を確保しようとするんだろう。

 気持ちは嬉しいが、頼むから、できるだけ穏便に事を運んでくれよ。
 例えば、去年みたいな方法だと、後々、学校側に睨まれるからな。

 たたでさえ、俺達は不純異性交遊の見本みたいに思われてるんだし……、

「ユリカ先生〜……あたし達、このままが良いよ〜」

「ずっとまーくんの隣がいいです〜」

 涙ながらに訴えるさくらとあかねに、
ユリカ先生は申し訳無さそうに、ポリポリと頭を掻く。

「う〜ん……できればユリカもそうしてあげたいんだけどね〜。
やっぱり、贔屓しちゃいけないもんね」

「う〜……」

「うみゃ〜……」

 口調は軽いものの、ユリカ先生にキッバリと言われて、二人は渋々引き下がる。

 ユリカ先生って、普段はかなりスチャラカだけど、キメる時にはビシッと決める人だからな。
 しかも、有無を言わせぬ説得力があるし……、

 だからと言って、決して強引ってわけでもない。
 その言動は、ちゃんと生徒の事を考えてのものだ。

 それに……、

「はいはい。そんなにガッカリしないの。それにね、きっと大丈夫♪
藤井君のことが好きって気持ちが誰よりも強ければ、絶対にまた隣の席になれるから」

「うみゅ♪ そうだよね♪」

「わたし達の想いは誰にも負けません♪」

「そうそう♪ だから、頑張ってお祈りしててね♪」

 ……こうやって、ちゃんとフォローも入れるしな。

 こういうところが、ユリカ先生が男女問わずに人気のある理由なんたろうな。
 もっとも……、

「そうそう♪ でも、ユリカだって負けないよ♪
ユリカだって、いつでもアキトのことを……うふふふふふふふ♪」

 ……たま〜に、こんな感じで、所構わずトリップしちまうのが玉にキズだけど。(汗)

 それにしても、ユリカ先生が言ってる『アキト』って誰のことだろう?
 詳しくは知らないけど、どうもユリカ先生の王子様らしいが……、

 な〜んか、何処かで聞いた事があるような気がするんだけどな……、

 ……まあ、いいか。
 俺には関係ないことだし……、

「ミスマル先生! 席替えをするなら早く始めましょう!」

「――え? あ、うん、そうだね。
それじゃあ、クジはもう用意して来たから、端から順番に引いていってね」

 谷島の声に、トリップ状態から我に返るユリカ先生。

 そして、さっき教卓の上に置いた箱をポンポンと叩きながら、
端の席に座る生徒から順番に手招きする。

 なるほど……、
 あの箱は、その為のものだったのか。

 あの手の箱には『色々と』思い出があったりするから、
クジを引くのが妙に躊躇われるんだけどな……、

 と、俺が一人苦悩する中、次々と席決めのクジが引かれていき、
黒板に描かれた座席表が次々と埋っていく。

 そして……、

「は〜い♪ じゃあ、次は谷島君だね」

「はいっ!!」

 ……自分の順番が回って来た谷島が、ユリカ先生に呼ばれて勢い良く立ち上がる。

 谷島の奴……、
 たかが席替えで、何をあんなに意気込んでるんだ?

 と、俺が何気なく谷島に視線を向けるのと、
偶然にも、チラリと俺の方を見た谷島と目が合った。

 その瞬間……、


 
ニヤリ――


 ……と、谷島が不敵に微笑む。

 なるほどな……、
 このチャンスに去年の屈辱を晴らそうってわけか。

 でも、逆恨みもイイトコなんだけどな……、

 だいたい、運任せのクジ引きで、どうしようって言うんだ?
 あいつの考えることは良く分からねぇよな。

「まあ、それはともかくとしてだ……」

 俺はそう呟くと、谷島の事などサッサと忘れて、腕を組みつつ、気持ちを切り替えた。
 そして、両隣に座りにさくらとあかねに目を向ける。

「……まーくん」

「うにゅ〜……」

 二人は、ユリカ先生の言った通り、ただ、ひたすら祈っていた。

 でも、その表情には、不安を感じている様子は全く見られない。
 俺の隣の席になれる事を信じて疑っていない。

 ――そう。
 二人とも、自分達の愛の力を信じて……、

「まったく……」

 そんな二人の様子を見て、俺は苦笑する。

 さて、どうしたものかな?
 いくらなんでも、愛の力とやらで座席がどうこうできるわけがないし……、

 かと言って、実はユリカ先生がクジに細工していたなんてオチは、絶対に期待はできない。
 あの人も、『愛の力』っていう非科学的なものを信じるタイプだからな。

 となれば、やっぱり……、

「――なあ、琴音ちゃん?」

 ……もう一つの、非科学的な、それでいて確実に存在している力に頼るしかないよな

 俺は目の前に座っている琴音ちゃんの背中をちょんちょんと突付いた。
 すると、琴音ちゃんは『何ですか?』という表情で、振り向く。

「あのさ……頼みがあるんだけど」

「はい、何ですか?」

 振り向いた琴音ちゃんに、俺はそう言って話を切り出す。
 すると、琴音ちゃんは、何やらとても楽しそうにクスッと微笑んだ。

 どうやら、俺がこうしてお願いしてくることを予想していたようだ。

 やれやれ、全部お見通しってわけか。
 まあ、それなら話が早くていいけどな……、

 と、自分の考えを見透かされていた事を、
ちょっと恥ずかしく思いつつ、俺は軽く肩を竦める。

 そして……、

「どんな条件でものむから……頼めるかな?」

 ……そう言って、俺は琴音ちゃんに頭を下げたのだった。
















 で、その結果だが――





「……何も、ここまてしなくても良かったと思うんたけど」

「そうですか? でも、みんな一緒の方が良いじゃないですか」

「そりゃまあ、そうだけど……」

「わたしは誠さん達のお側になれて、とても嬉しいですよ〜♪」

「うんうん♪ そうだよね」





 ……取り敢えず、俺達の座席の位置関係は、こういう事になった。

 まず、俺の正面に琴音ちゃんがいて、その両隣に葵ちゃんとマルチが座っている。

 葵ちゃんは、一年の頃から、俺のすぐ後ろがお気に入りだったようで、
ちょっと残念そうだったが、俺の方が背が高いので、これは仕方の無い処置だろう。

 で、問題のさくらとあかねだが……、





「うみゃ〜ん♪ まーくんの隣だよ〜♪」

「うふふふ♪ やっぱり、愛の力は偉大です♪」






 ……無事、俺の隣になる事に成功して、ご満悦な様子だ、

 まあ、ようするに……、
 席替えした結果は、それをする前と大して変わらなかったわけだ。

 確かに、この方が何かと都合も良いし、正直、嬉しくはあるのだが……、





「…………」(怒)

「…………」(怒)

「…………」(怒)

「…………」(怒)

「…………」(怒)





 ……クラスの男どもの視線に込められた殺気が、
さらに強くなっちまってめんだよな。(泣)

 特に……、


「ふ〜じ〜い〜っ!
なんでお前ばかりが〜っ!」


 ……去年同様、男に完全に包囲された席に座る谷島の視線が痛い。

 まったく、それはお前のクジ運が悪いからじゃねーか。
 逆恨みもいい加減にしろってんだ。

 まあ、あいつの性格からして、こんなこと言っても無駄なんだろうけどな。

「あはははははははは♪
藤井君ったら、両手に花どころか
『お花畑の王子様』だね〜♪」

 ユリカ先生はユリカ先生で、俺の状態を見て、
やたら楽しそうに、他の男達を煽るようなこと言うし……、(泣)
















 はあ〜……、
 どうやら、今年も、色々と面倒なことが起こりそうだな。

 まあ、退屈しないだけマシなわけだし、何事もポシティブに考えないと……。

 でも、もし許されるなら……、
 ほんの少しで良い……、

 ほんの少しで良いから、平穏が欲しい。








 ……これって、贅沢な悩みだろうか?








<おわり>
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