Heart to Heart
第131話 「うっかりさん」
「たて、い〜ざたちあ〜が〜れ〜♪ なみだ〜ふ〜き〜♪
いばらのみ〜ち〜さえ〜、つきす〜すむ〜♪」
「わが〜ともをま〜もり〜、わがみ〜ち〜を〜ゆ〜く〜♪」
あ〜い〜の〜みはたのも〜とに〜つどう〜、おとめた〜ち〜♪」
ある日の夜――
はるかは、さくらさんと一緒に晩御飯の準備をしています。
二人で歌を唄いながら、包丁を振るい、
出来上がった料理を、次々とテーブルの上に並べていきます。
まあ、料理と言っても、今夜は焼肉なので食材を適当に切るだけなんですけど……、
作るのは愛する旦那様のビールのおつまみだけで充分ですね。
「あ〜あ〜、まろにえに〜♪ うたを〜くち〜ず〜さみ〜♪」
「はな〜の〜み・や・こ〜に〜、た・つ・ゆ・う・し〜♪」
ふふふふ……♪
そにしても、こうして娘と一緒にキッチンに立ってご飯の準備をするのは楽しいですね。
……これが母親としての喜び、というものなのでしょうか?
なんて事を考えつつ、はるかは隣に立つさくらさんの包丁さばきに目を向けます。
あらあらあらあら♪
いつの間にか随分と上手になっちゃいましたねぇ♪
と、主婦の姿がすっかり板に付いてきたさくらさんの姿を見て、
はるかはついつい笑みをこぼしてしまいます。
さくらさんがはるかにお料理の仕方を教えて欲しいと言ってきたのは、
確か、幼稚園の年長組になったばかりの頃でした。
さすがは我が娘であるさくらさんです。
その歳ですでに、誠さんの妻になるにはお料理のスキルが必須である事に気付いたのです。
当然、はるかがそれを断る訳もなく、
その瞬間から、さくらさんの花嫁修行が始まりました。
それからというもの、色々と紆余曲折があったりもしましたが、
結果だけを言いますと、さくらさんの上達ぶりは目を見張るものがありましたね。
はるかが主婦として培ってきた技術や知識を、まるで乾いた砂漠に水をそそぐかの如く、
みるみる内に吸収していきました。
これも、さくらさんの誠さんの愛の力の賜物ですね。
……というわけで、あの頃は、まだまだ危なっかしい手つきでしたけど、
今はもう、安心して見ていられます。
いえ、それどころか……、
「お母さん、手が止まってますよ」
「え? あらあら……」
「もう……お母さんはおっちょこちょいなんですから、
刃物を扱っている時は、ちゃんと集中していないと怪我しちゃいますよ」
「……はい」
……なんて、はるかがさくらさんに注意されてしまうくらいです。
はあ〜……、
時が経つのは早い者です。
あのちっちゃかったさくらさんが、こんなにしっかり者になってしまって……、
はるかはとっても嬉しいですよ。
母親としての立つ瀬が無くなりつつあるのは、ちょっと悲しいですけど……、
「あの、お母さん……?」
「はい、何ですか?」
お野菜もお肉も切り終え、それを二人で大皿に盛りつけていると、
唐突に、さくらさんが話し掛けてきました。
箸を動かす手を休めず、はるかはさくらさんの方を向きます。
「なんだか、お肉の量が多いような気がするんですけど……?」
と、少し不安げな表情で、その事を指摘するさくらさん。
確かに、はるか達三人だけで食べるには、お肉の量がちょっと多すぎます。
でも、それにはちゃんとした理由があるんですよ。
……さくらさんがとっても喜ぶ理由が、ね♪
「さくらさん……誠さんのお家にお電話してください」
「――え? それじゃあ……♪」
はるかがそう言うと、途端に、さくらさんがぱあっと目を輝かせます。
さくらさんはとても賢い子ですからね。
今のはるかの言葉がどういう意味なのか、ずくに察しが付いたようです。
「はい♪ せっかくの焼肉なんですから、誠さんも呼んであげましょう」
「ありがとうございます、お母さん♪ じゃあ、早速、まーくんに連絡してきますね♪」
と、律儀にはるかにお礼を言うと、
さくらさんはいそいそと電話のあるリビングへと向かいます。
その足取りの軽いこと軽いこと……、
あらあらあらあら♪
さくらさんったら、ホントに誠さんにらぶらぶなんですから♪
慣れた手つきで誠さんのお家の電話番号をプッシュするさくらさんの姿を、
はるかは微笑ましく見つめます。
「――もしもし? あ、まーくんですか?」
そして、誠さんとお話するさくらさんの弾んだ声を耳にしつつ、
はるかは作業を続けます。
さあっ! さくらさんのお電話が終わるまでに、
ご飯の用意を全部済ませてしまわなければいけません。
きっと食いしん坊な誠さんのことです。
『焼肉』と聞いたら、こっちにすっ飛んで来るでしょうからね。
うふふふふふ♪ また、あの豪快な食べっぷりが見られるんですね。
さくらさんは凄く幸せ者ですよ、
自分の作った料理を、あんなに美味しそうに食べてくれる人がいるんですから……、
「あらあらあらあら♪ 楽しみですねぇ〜♪」
と、鼻歌を唄いながら、はるかは準備を続けます。
そして、ちょうどお夕飯の準備ができたところで、
電話を終えたさくらさんがルンルン気分でキッチンに戻って……、
「はあ〜……」
……なんか、ルンルン気分とは程遠い状態ですね。
あんなに大きく溜息なんかついて……、
一体、誠さんと、どんなお話をしたのでしょう?
予想に反して、暗い表情でキッチンに戻って来たさくらさんの様子を見て、
はるかは首を傾げました。
「どうしたんでか? 誠さん、こちらに来るんですよね?」
と、はるかが訊ねると、さくらさんはふるふると首を横に振ります。
その答えに、はるかは心底ビックリしています。
誠さんが……来ない?
あの食いしん坊の誠さんが、『焼肉』という単語を聞いたにも関わらず……?
そんなこと……、
そんなこと絶対に何かの間違いですっ!!
あの誠さんが『焼き肉』の誘惑に逆らうなんて、天地が引っ繰り返ったってあり得ない事です。
でも、さくらさんの様子を見る限りでは、
どうやら、誠さんが来ないのは事実のようですし……、
もしかして……、
誠さんの身に何かあったのでしょうか?
「残念ですけど、こっちには来れない、って言ってました。
実は、もう、まーくんは……」
と、さくらが何か言っているような気がしますが、
今のはるかには、そんな事を聞いている余裕はありません。
……何故なら、はるかは、
とんでもない事実に思い至ってしまったのですっ!!
焼き肉を食べに来ない
↓
食欲が無い
↓
体調が悪い
↓
栄養失調
↓
餓死
「――た、大変ですっ!!
誠さんが死んじゃいますっ!」
「……はあ?」
驚愕の事実を知ったはるかは、
未だ事の重大さに気が付いていないさくらさんの腕を掴みました。
そして、グイグイと玄関へと引っ張っていきます。
「ちょ、ちょっと、お母さんっ!? 何処に行くつもりなんですか?!」
「何処って……そんなの決まっていますっ! 誠さんのお家ですっ!」
「どうしてまーくんのお家に行かなくちゃいけないんですか!?」
「何を言ってるんですかっ! 今、誠さんは大変な事になっているんですよっ!!
とにかく、取り返しがつかなくなる前に、一刻も早く、誠さんのところに行くんですっ!」
「お、お母さん……ちょっと落ち着いて……」
「さあさあさあさあっ! はるかも一緒に行きますからっ!
二人で誠さんを助けに行きましょうっ!!」
「だから、落ち着いてわたしの話を聞いてくださいーーーーーーーっ!!」
で、結局――
はるかはさくらさんを強引に引っ張って、誠さんのお家に行ったんですけど、
別に、誠さんは体調を崩してはいませんでした。
なら、何故、誠さんが焼き肉のお誘いを断ったのか……、
その理由は至って簡単です。
さくらさんが電話をした時には、すでにエリアさんが作った料理を食べている最中だったんです。。
誠さんなら、それを食べた後でも、余裕で焼き肉を食べる事ができるでしょうけど、
さすがに、それはエリアさんに対して失礼です。
だから、誠さんは、内心、泣く泣く焼き肉を諦めたそうで……、
……。
…………。
………………。
その、つまり……、
ようするに、全部、はるかの勘違いだったというわけで……、(汗)
「はるかさん……」(ジト〜)
「お母さん……」(ジト〜)
「…………」(大汗)
あ、あらあらあらあら……、
はるかったら、うっかりさんですね♪
……てへ☆
<おわり>
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