Heart to Heart

  
   第130話 「幸せの欠片」







「んふふふふふ♪ まこりんの寝顔って、ホントに可愛いよね〜♪」

「は、はい……」(ポッ☆)

「あ〜♪ フランちゃんったら、赤くなってる〜♪
もしかして、みーちゃんと代って欲しい?」

「そんな……滅相もありません」

「む〜……別に無理しなくても良いのに〜」

「ワ、ワタシは……無理などしていません」

「ホントかな〜?」

「――本当です。ワタシは誠様に膝枕をしたいなどとは、これっぽっちも思っていません」

「……意地っ張りだね〜」

「意地など張っていません」

「む〜……」
















 商店街で、今夜のお夕飯の買い出しを終え、
誠様との待ち合わせ場所である公園へとやって来たワタシとみことさん。

 そこでワタシ達が見たものは、
たくさんの猫さん達に囲まれて眠る誠様の姿でした。

 それを見たみことさんは、悪戯っぽい笑みを浮かべると、
誠様を起こしてしまわないように、静かに近付いて行きます。

 そして、気持ち良さそうに眠る誠様の寝顔を見下ろしてニッコリと微笑むと、
ひょいと自分の膝の上に誠様の頭を乗せてしまいました。

 それはもう無造作に――
 まるで、そうするのが当たり前のような自然な動作――

 みことさんの膝枕の感触を無意識に感じ取ったのでしょう。
 誠様の寝顔が、より一層、安らいだものになります。

 やはり、どんなに見た目は幼くても、みことさんは誠様の母親なのですね。
 誠様を膝枕して寝かしつける姿が、誰よりも似合います。

 と、そんな事を考えつつ、ワタシも静かに誠様の側に寄り、腰を下ろしました。

 そして、みことさんの隣で寝そべっている犬さんの頭を撫でながら、
誠様の寝顔をじっくりと眺めています。


 ……。

 …………。

 ………………ぽっ☆


 ……はっ!!
 い、いけません……ワタシとしたことが、つい見惚れてしまいました。

 ……でも、誠様の寝顔は本当に可愛くて、いつまで見ていても飽きませんね。

 毎朝、この寝顔を見て、起こして差し上げる事ができたら、どんなに楽しいでしょう。
 誰よりも早く、朝の挨拶をする事ができたなら、どんなに幸せでしょう。

 そして、誠様達が幸せになる為のお手伝いが出来たら、どんなに……、

 ――しかし、それはかなわぬ夢です。

 ワタシは、デュラル家当主であるルミラ様付きのメイドなのです。
 もう、数え切れない程の年月を共に過ごし、お仕えしてきたのです。

 そのルミラ様達の元を離れて、誠様のところに行くなど、ワタシには……、
















「ねーねー、フランちゃん」

「――はい?」

 突然、みこさんに話し掛けられ、考え事をしていたワタシは我に返ります。

「何でしょうか?」

 ワタシがそちらに目を向けると、
みことさんは自分の膝の上にある誠様の頭をチョイチョイと指差し……、

「足が痺れちゃったから代ってくれない?」

 ……と、仰りました。

 そして、誠様の頭をそっと地面に下ろし、ワタシを手招きします。

「は、はあ……そういうことでしたら……」

 と、ワタシは促されるまま、みことさんと位置を代ります。
 そして、両手で誠様の頭を持ち上げ、自分の足の上に……、


 
――ぽむっ♪


「あ……」(ポッ☆)

 両足に誠様の頭の重みとぬくもりを感じて、何だか温かい気持ちになってきます。
 そして、無意識に、ワタシの手はそっと誠様の髪を……、


 
さわさわ――


 ……あっ、誠様の髪って、男の人のわりに柔らかいんですね。
 まるで子供の髪のようにサラサラしてます。

 ふふふふ……、
 ちょっと意外な発見です♪

 それに、普通、寝ている人は体温が普段より低くなるものですが、
誠様の場合、いつもより温かくなるんですね。

 もしかしたら、猫さん達が寝ている誠様に集まってくるのは、
これが目的なのかもしれません。

 ようするに、誠様は猫さん達にとってコタツのようなもので……、
 誠様ったら、猫さん達に暖房器具にされてしまっているんですね。

 ふふふふふふ……♪

「フランちゃん……楽しんでる?」

「はい♪ それはもう…………って、あうっ!!」

 ニコニコと楽しそうに笑っているみことさを見て、
ワタシは今の自分の状況に気が付きました。

 さっきまで、丁重に断り続けていたのに、みことさんに上手く誘導されて、
結局、誠様に膝枕をしてしまっています。

 ……もしかして、ワタシ、はめられました?

「んふふふふふ♪ やっぱり素直が一番だよね〜♪」

 と、言いつつ、みことさんは、まるでソファーにもたれるかのように、
犬さんの大きな体に背を預けました。

 みことさんにもたれられても、犬さんは嫌な顔一つせず、
それどころか少し嬉しそうにも見えます。

「ほらほら♪ みーちゃんは邪魔したりしないから、タップリ堪能していいよ」

 と、そう言って、にぱ〜っと小悪魔的な笑みを浮かべるみことさん。

 そんなみことさんに、ワタシは観念したように溜息をつきました。

 ふう……、
 どうやら、すっかりみことさんのペースに填まってしまったようです。

 こうなってしまっては、仕方ありませんね。
 ここは潔く、状況を楽し……諦める事にしましょう。

「…………」

 誠様の頭を撫でながら、ワタシはその寝顔をジッと見下ろします。

 ワタシの膝の上で、安らかに眠る誠様……、
 今、この瞬間だけは、誠様はワタシだけの……、

 何という贅沢なのでしょう。
 ただの自動人形でしかないワタシがこんな……、

「む〜……まこりんを膝枕してる時に、そんなに悲しそうな顔してたらダメだよ〜」

「あ……」

 と、みことさんの声に、ワタシは我に返ります。
 そして、みことさんの方を向くと、そこには少し不機嫌そうな顔が……、

 ワタシ……今、そんなに悲しそうな顔をしていたのでしょうか?

「もう……フランちゃんがそんな顔してたら、まこりんが安心して眠れないでしょ。
もっと優しく笑っていてあげないと、ね」

「は、はあ……」

 と、頬を膨らませるみことさんに言われ、ワタシは誠様の顔を見下ろしました。
 確かに、先程までと違い、何処か寝苦しそうな表情です。

 ……眠っていても、感じ取れるものなのですね。

「誠様……」

 ワタシは、誠様の頬にそっと手を当てます。

 ……誠様、申し訳ありません。
 不安な思いをさせてしまいましたね。

 ワタシの事はお気になさらずに、安心してお休みください。
 こうして、ワタシがお側でお守りしていますから……、

 ――そう。
 こうして、ずっと……、

 いつまでも……、

「そうそう♪ そうやって、優しく、優しく……ね」

 誠様の寝顔が、再び安らいでいくのを見て、みことさんは満足気に頷きます。
 そして、不意に悪戯っぽく穂笑むと……、

「それにしても……まこりんったら、
みーちゃんが膝枕してあげてた時よりも、気持ち良さそうにしてるね」

「そ、そうですか? そうは見えませんが……」(ポッ☆)

 みことさんの言葉を聞き、気恥ずかしくなったワタシは、
それを紛らわそうと、みことさんの指摘を否定しました。

 しかし、みことさんは、そんなワタシに一切構うことなく続けます。

「あ〜あ、やっぱりお母さんよりも好きな女の子の方が良いのか〜。
みーちゃん、ちょっと寂しいな……」

「そ、そんなことは無いと思います。そもそも、ワタシは……」

「まこりんのこと、好きじゃないの?」

「…………」

 と、みことさんに訊ねられ、ワタシは何も言えなくなってしまう。

 いつもなら、誠様に対して恋愛感情は抱いてないと、すぐさま否定していたでしょうが、
みことさんに優しく見詰められ、何故か、それができませんでした。

「まこりんの事が好きじゃないなら、
どうして、こうしてまこりんのお世話をしてくれるのかな?」

「そ、それは……誠様がお幸せになれるように、少しでもお役に立てれば、と……」

「まこりん達が幸せになる為のお手伝い、か……」

 みことさんの追及に、しどろもどろになりながら答えるワタシ。
 すると、みことさんは何やら物言いたげに小首を傾げます、

 そして……、

「……ダメよ」

「――は?」

 それまでの能天気……いえ、のほほんとした表情が一変し、
みことさんは真剣な眼差しでワタシを見ました。

「あたながそんな事を言ってたら、誠達は一生幸せにはなれないわね」

「な、何故です?」

 みことさんの予想外の言葉に、ワタシはうろたえてしまいます。

 誠様達は、たとえ誰の助けなどなくても、ご自分達の力で幸せを掴むことができる人達です。
 ワタシは、それを少しでもお手伝いできたらと思っていましたが……、

 もしかして、ワタシは誠様達のお邪魔になっていたのですか?
 そんな事に気付きもしないで、ワタシは……、

 と、ワタシはみことさんの言葉を聞き、ワタシはそんな不安にかられる。
 ですが、みことさんの次の一言が、ワタシの不安を拭い取ってくれました。

「だって……もう、あなたも誠達の幸せの一部になってるんだもの」

「ワタシが……ですか?」

「そうよ……誠達の幸せのパズルには、『フランソワーズ』っていうピースが存在しているの。
あなたが一緒じゃないと、そのパズルは永遠に完成しないわ」

 幸せの欠片(ピース)――
 ワタシが、誠様の達の幸せの一部――

「だから、お手伝いするだけじゃなくて、一緒に幸せになってもらわなくちゃ、ね」

「みことさん……」

 みことさんの言葉に、ワタシの胸が熱くなる。

 ワタシが、誠様達と一緒に……、
 そんな事が許されるのでしょうか……、

 魔族であり、自動人形でしかないワタシ――
 それどころか、誠様達と同じ世界にさえ属していないワタシ――

 ……そんなワタシが、本当に、誠様達の幸せの中に加わっても良いのでしょうか?

「フランソワーズちゃん……全ては、あなた次第よ。ただ、これだけは忘れないでね。
魔族だろうと、自動人形だろうと、誠達にとって、そんなこと関係無いってことを……」

 そう言うと、みことさんは、再び、いつもの無邪気な表情に戻りました。
 そして、スックと立ち上がり……、

「さて、みーちゃんは先に帰ってご飯の用意してるから、
フランちゃんはまこりんと一緒に帰って来てね♪」

 ……と言って、来た時と同じように、ヒョイッと犬さんに跨ります。

「で、ですが、お荷物は……?」

 みことさんの言葉に、ワタシは地面に置かれたビニール袋を見回します。
 それは、とてもみことさん一人で運べる量ではありません。

 しかし、みことさんは全然問題無いと言うように、首を大きく横に振ります。

「大丈夫だよ♪ この子達が手伝ってくれるからね♪」

 と、みことさんが後ろを振り向くと、そこには行儀良くお座りした数匹の犬さん達が……、

「じゃあ、みんな、お願いね♪」

 そして、みことさんが合図するとともに、犬さん達は元気良く一声吼えると、
ビニール袋を口に咥えて持ち上げました。

 ああ、なるほど……、
 そういうことですか。

「みんな良い子だね〜♪ お家に帰ったらご褒美上げるからね♪
それじゃあ、みーちゃんのお家に向かって、れっつらご〜♪」

 犬さんに乗ったみことさんが、腕を振り上げて号令を掛ける。。
 それと同時に、犬さん達はみことさんを中心に綺麗な陣形を組んで歩き出します。

 みことさん……、
 何と言いますか、世界一の犬さん使いですね。

 しかも、強制や命令で使役しているのではなく、
犬さん達が自主的に協力しているところが、なんとも凄いです。

 ……いつか、誠様も、あんなふうに猫さん達を従えるようになるのでしょうか?

「それじゃあ、フランちゃん、まこりんのことお願いね〜♪」

「は、はい……気を付けてお帰りください」

 ワタシは軽く頭を下げて、たくさんの犬さん達を引き連れて帰っていくみことさんを見送る。

 そして、みことさん達の姿が見えなくなったところで、
ワタシは再び誠様を見下ろしました。

 気持ち良さそうに、静かな寝息をたてる誠様……、

 その寝顔を見詰めながら、ワタシはみことさんの言葉を思い出します。
 そして……、

「――ワタシ次第、ですか」

 ……と、小さく呟き、そっと誠様の髪を梳きました。
















 誠様……、

 あなたはお気付きですか?

 今、ワタシがあなたを見つめている事を……、
 今、ワタシがあなたを想っている事を……、

 ……気付くわけありませんよね。

 何故なら、こんなにも安らかに眠っているのですから。

 でも、ワタシはそれでも構いません。
 ワタシの膝の上で、あなたはこんなにも安らいでいてくれているのですから。

 今はまだ、それだけで充分です。
 それだけで、ワタシは幸せを感じていられます。

 ――そう。
 今はまだ……、

 でも、いつか、ワタシの想いに気付いてくれますか?
 ワタシの想いを受け止めてくれますか?

 今はまだ、ワタシ自身もハッキリと分からない想い―ー
 根付いたばかりの小さな想い――

 あなたを、一人の男性として慕っているのか。
 それとも、自分の心の中のご主人様として慕っているのか。

 それを、ワタシ自身が理解した時……、

 ……あなたはその想いを受け止めてくれますか?

 いえ……、
 それは、あなたが決める事ですよね。

 受け止めてもらえるかもしれません。
 受け止めてもらえないかもしれません。

 でも……、
 それでも、ワタシは……、

 いつか、必ず……、

 ――この想いを、あなたに伝えたい。








 ただ――

 今は……、








 今だけは……、
















 ――このような我侭を、許してもらえますか?
















「誠様……」

 誠様の頬に両手を添えて、誠様の顔を真上に向ける。

 そして、ワタシは、誠様のお顔をジッと見詰めたまま、
その寝顔に吸い寄せられるように顔を下ろしていく。

 ゆっくりと……、
 ゆっくりと……、

 ワタシと誠様の顔が近付いていきます。

 もう、誠様の寝息が肌に感じられるくらいに近いです。
 これ以上は恥ずかしくて、ワタシは瞳を閉じました。

 そして……、
















 ……。

 …………。

 ………………。
















 そういえば、以前にも一度、こうして唇を重ねたことがありましたね。
 でも、あの時は、あのような状況でしたから……、

 だから、これが……、
 今、この瞬間が……、

 ワタシとあなたの、初めての……、
























 そして、次の日――

「んっふっふっふっふっふっ〜……♪」

「ルミラ様……どうかなさったのですか?」

「ん〜? 何をしらばっくれてるのかんしらね〜♪」

「……仰っている意味がわかりません」

「たまから聞いたわよ〜……ひ・ざ・ま・く・ら♪」

「…………あう」(大汗)

「しかも、寝ている誠君にこっそりキスするなんて……、
フランソワーズったら、いつからそんな大胆な子になっちゃったのかしらね〜♪」

「あうあうあうあう……」(泣)
















 うううううう……、(泣)
 ワタシとしたことが、全然気が付きませんでした。

 まさか、あの猫さん達の中にたまさんが紛れ込んでいたなんて……、

 これは、当分、このネタでルミラ様達にからかわれそうです。
 以前、アレイさんが朝帰りした時もそうでしたし……、








 ううう……どうしてこんな事になってしまうのでしょう?
 不幸はエリア様の専売特許のはずですよ?

 しくしくしくしく……、(泣)








<おわり>
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