Heart to Heart

  
   第129話 「血は争えない」







「ね〜ね〜、フランちゃん?
本当に公園で待ってるって言ってたの?」


 
てっくてっくてっくてっく……


「はい……買い物が終わるまで、
公園のいつもの場所で昼寝して待っていると仰っていました」

「そっか〜……じゃあ、まこりんを待たせたら悪いから、早く行かなきゃね〜」


 
てっくてっくてっくてっく……


「あの……お荷物、お持ちしましょうか?」

「ううん、いいよ。こんなのぜ〜んぜん重くないからね」

「そ、そうですか……」


 
てっくてっくてっくてっく……


「ところで、みことさん……」

「ん〜? な〜に?」


 
てっくてっくてっくてっく……
















「――どうして、犬さんに乗っているのですか?」
















 商店街で、お夕食の買い物を終えたワタシとみことさんは、
両手一杯のスーパーの袋をぶら下げて、公園へと向かっています。

 藤井家への帰り道の途中にあるとはいえ、それは完全な寄り道です。

 それなのに、何故、ワタシ達が公園に向かっているのかと言いますと、
そこで、誠様と待ち合わせをしているからです。

 最初、商店街へ行った時には、誠様も一緒だったのですが、
その途中で、誠様は公園で待っている、とだけ言い残し、逃げてしまいました。

 別に買い物に付き合うのが面倒だから逃げたわけではありません。

 それどころか、ワタシやさくら様達が買い者に出掛ける時は、
誠様はすすんで同行し、何も言わずに荷物を持ってくださいます。

 そんな誠様が、今日に限って逃げてしまわれた理由……、

 ――それは、みことさんの存在です。

 今日は、偶然にもみことさんが自宅にお帰りになられていて、
一緒にお夕飯の買出しに行くことになったのです。

 みことさんが同行する、というだけなら、誠様も逃げたりはしません。
 ただ、その道すがらで、みことさんが唄う歌に問題がありました。

 楽しそうにスキップを踏みながら……、
 間違いなく周囲の人に聞こえる大きな声で……、

 ……みことさんは、赤裸々な夫婦生活を、替え歌にして暴露するのです。

 その羞恥に堪えかね、誠様は逃げ出してしまわれたのです。
 しかも、ワタシを置き去りにして……、

 そのせいで、みことさんの歌による羞恥を、
ワタシ一人で一身に背負わなければならなくなりました。

 この事に関しては、後日、誠様にお仕置きをさせていただくつもりです。

 ……お仕置き、ですか。

 このような発想は、以前のワタシでは考えられなかった事です。
 でも、今のワタシは、何の躊躇も無しに、誠様に対して、お仕置きをしようとしています。

 ワタシも随分と変わったものですね。

 デュラル家にお仕えして数百年――

 それまでにも色々と変化を遂げてきたとは思っていますが、
ここまで劇的な変化は見られませんでした。

 やはり、誠様達の影響なのでしょうか?
 まだ、出会って一年も経っていないというのに……、

 それ程までに、誠様達は、ワタシの中で大きな存在になっているのでしょうか?
 もしかしたら、ルミラ様達と同じくらい……いえ、それ以上に……、


 ……。

 …………。

 ………………。


 それはともかく……、

 買い物の間、ずっと恥ずかしさに苛まれ続けましたが、それもようやく終わり、
今、ワタシ達は、誠様が待っている公園へ向かっているわけです。

 ……ですが、一つだけ、非常に気になる点があります。

 いつの間に、こんな状況になってしまったのか……、

 ワタシの隣を歩くみことさんは、何処から連れて来たのか、
一匹のふさふさとした白く長い毛並の大きな犬さんに乗っていたのです。
















「どうしてって……この子が乗って良いって言うから乗ってるんだよ」

 ――何故、犬さんに乗っているのか?

 不思議に思ったワタシがその事を訊ねると、
みことさんは、さも当たり前の事のように、そう言いました。

「みことさん……犬さんの言葉が分かるのですか?」

 あまりにサラリと答えられてしまったので、
ワタシは思わずそんな馬鹿げた事を訊ねてしまいます。

 普通の人間であるみことさんに、そんな事できるわけがありません。

 まあ、あながち出来ないとも言い切れませんが……、
 何せ、相手はあの誠様のお母様ですし……、

「う〜ん……ワンちゃんとお話できるなら凄く楽しいだろうけど、
残念ながら、さすがのみーちゃんにも、そんな事はできないよ」

 と、ワタシの疑問をアッサリと否定するみことさん。

「そ、そうですよね……、
では、何故、犬さんが乗っても良いと言っているのが分かったのですか?」

「それはね……さっき、商店街で手分けして買い物した時があったよね?」

「――はい」

 そう言って、説明を始めるみことさんの言葉に、ワタシは頷き返します。

 確かに、商店街でお買い物をしている途中で、二手に分かれた時がありました。

 ワタシが少し離れたお肉屋さんへ――
 みことさんはいつものスーパーへ――

 そして、待ち合わせ場所で合流した時には、
もう、みことさんは犬さんの背に乗っていました。

 つまり、別行動をとっていた間に、何かがあった、という事は容易に想像できます。

 ……一体、この犬さんとの間に、どんなやり取りがあったのでしょう?

「その時にね、買い物が終わって、みーちゃんがよいしょよいしょって荷物を持って歩いてたらね、
何処からかこの子が出て来て、みーちゃんの前で背を屈めたの」

「は、はあ……」

「それでね、もしやと思って訊いてみたの……
『乗せて行ってくれるの?』って」

「…………」(汗)

「そしたら、ワンちゃんが『ワンッ!』って一声吼えたから、
お言葉に甘えさせてもらっちゃった、ってわけ♪」

「そ、そうなんですか……」(大汗)

「そうなんだよ♪ おっきな犬は大人しくて優しいって良く言うけど、
この子は特に良い子だよね〜♪」

「は、はあ……そうですね」

 と、犬さんの頭をポンポンッと叩くみことさんと、
頭を優しく叩かれて気持ち良さそうに目を細める犬さんの姿に、
少し引きつりながらも、ワタシはコクコクと頷いて同意します。

 なるほど……、
 別行動をとっていた間に、そんな事があったのですね。

 ……何だか、その時の光景が目に浮かぶようです。

 困っているみことさんを助ける為に現れる犬さん――
 現実ではとても考えられないようなメルヘンチックな光景――

 でも、当事者がみことさんだと、不思議と違和感がありません。

 それは、みことさんの容姿が幼いからでしょうか?
 それとも、みことさんが持っている雰囲気のせいでしょうか?

 ……多分、その両方ですね。
 みことさんが自分のことを『永遠の14歳』と言ってるのも、なんとなく納得です。

 でも、どうして……、

「どうして、ワンちゃんがみーちゃんに親切にしてくれるのか、って思ってるでしょ?」

「は、はい……」

 思っていた疑問を見透かされ、少しうろたえてしまうワタシ。
 ですが、すぐに気を取り直して、ワタシはみことさんに訊ねました。

「よろしければ、その理由をお聞かせ頂けますか?」

「ん〜っとね〜……」

 頬に指を当てて、小首を傾げるみことさん。
 そんな仕草が、とても可愛らしく、似合っています。

 普通、妙齢の女性に『可愛い』という表現は失礼なのかもしれませんが、
みことさんなら、両手を上げて喜ぶでしょうね。

「……実はね、みーちゃんにもよくわかんないの。
ただ、昔からワンちゃんには好かれる体質なんだよね」

「はあ……」

 みことさんの予想外にアッサリとした答えに、ワタシは少々拍子抜けしてしまいます。

 多分、みことさんの事ですから、
また一味違った理由があるのたろうと身構えていたのですが……、

 それにしても、犬に好かれる体質とは、犬好きの人にとっては羨ましい限りの……、

 ……はて?
 これと似たような話を、何処かで聞いた事があるような……、

 と、ワタシが記憶を探っていると……、

「――あ、いたいた♪」

「え……?」

 ……みことさんの明るい声に、ワタシの思考は中断させられました。

 どうやら、みことさんと話をしている間に、随分と歩いて来ていたみたいです。
 気が付けば、いつの間にか、目的地である公園に到着していました。

 そして、すぐそこに、木陰で寝転がり、気持ち良さそうに寝息を立てている誠様。
 さらに、その周りを囲むようにして、数匹の……、

「あ……」

 その姿を見て、ワタシはさっき思い出しかけていた事の内容に気付きました。

 犬さんに好かれる体質のみことさん――

 それに聞き覚えがあるのも当然です。
 何故なら、誠様もまた……、





 
にゃ〜にゃ〜……

 
うみゃ〜〜〜ん……

 
み〜……み〜……





 ……とても、猫さんに好かれる体質なのですから。

「んふふふ……まこりんったら♪」

 数匹の猫さんに囲まれて、眠っている誠様。
 そんな誠様の姿を見て、みことさんはクスッと微笑みます。

 そして……、

「まこりん達を起こしちゃ可哀想だから、ゆっくり、静かにね……」

 犬さんにそう言って、犬さんに乗ったまま、寝ている誠様に近付いていきます。


 
てっく……てっく……

 
てっく……てっく……


 みことさんの言葉が通じたのか、足音を立てないように静かに歩く犬さん。
 そんな犬さんの頭を、いい子いい子と優しく撫でるみことさん。

 そして、自分の周りにいる猫さん達を刺激しないように、安らかに眠る誠様と、
その誠様を守るように、次々と寄って来る猫さん達……、

 そんなとてものどかな光景を一人眺めつつ、ワタシは……、
















「……血は争えないのですね」

 ……と、小さく呟いたのでした。








<おわり>
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