Heart to Heart
第128話 「みーちゃんの歌」
「誠様……今日の夕食は何に致しましょうか?」
「ん〜……別に何でもいいぞ」
「そういうのが一番困るのですが……」
「そうなのか? じゃあ、安くて量が多くて美味いものがいいな」
「あまり変わっていませんよ」
「じゃあ、フランが得意な料理でいいぞ」
「得意料理というものは特に無いのですが?」
「そんなことないだろ? 先週作ってくれたコロッケ、凄く美味かったぞ。
もしかしたら、母さんが作ったのより美味いかもな」
「そ、そうですか? ありがとうございます」(ポッ☆)
――今日は、週に一度の『ご奉仕の日』です。
『ご奉仕の日』というのは、ようするに誠様のお宅に行き、誠様のお食事を作って、
あとは、その……場合によってはお泊まりさせていただく日のことです。
特にこうしようと決めたわけではないのですが、いつの間にか、毎週土曜日は、
ワタシが誠様のお宅にお邪魔する日と定着してしまいまして……、
あっ! 誤解の無いように言っておきますけど、
その……夜のご奉仕(ポッ☆)は一度だってしていませんよ。
ルミラ様は、ワタシが誠様のお宅に行く度に、その事を指摘してきますが、
それはワタシの役目ではありませんし、誠様もそういう事は全く仰りませんからね。
でも、もし、万が一、誠様がお望みになられたのなら、ワタシは……、(ポポッ☆)
……。
…………。
………………。
……ま、まあ、そういうわけでして、
今日もいつものように、平和そのものといった会話をしつつ、
ワタシと誠様はお買い物をする為、商店街を並んで歩いているというわけです。
それにしても、誠様のお隣を歩くのは、何度、経験しても慣れません。
慣れないと言いますか、緊張してしまいます。
まあ、今日はそれ以外にも原因があったりするのですが……、
本来、メイドというものは、主人の後ろに控えるものなのです。
ですが、そうすると誠様のご機嫌が悪くなるので、仕方なく、ワタシはこうして……、
いえ……もちろん、誠様のお隣がイヤというわけではありません。
どちらかと訊かれれば、その……嬉しいです。(ポッ☆)
ですが、もし、ここでさくら様達と出会ったなら、すぐにこの場所を明け渡しますよ。
この場所は、本来なら、さくら様達がいるべき場所のなのですから、
ただのメイドでしかないワタシが居て良い場所では……、
……と、何故、ワタシはこんな事を考えてしまっているのでしょう?
別に、ワタシは誠様にお仕えしているわけではないのに……、
それに、先程の『ご奉仕の日』というのも、厳密には間違っていますね。
正確には誠様のお宅に『遊びに行く日』です。
誠様も、いつもそう表現していますし……、
……と、話が逸れてしまいましたね。
それはともかく……、
誠様のお隣を歩くというのは、ワタシにとっては、とても緊張してしまう行為なのです。
それに、今日は、それ以上に緊張してしまう原因があったりしますから、余計に、です。
その原因が何なのか、と言いますと……、
「あ〜の子〜はだ〜れ、誰で〜しょね〜♪
ツイン〜テ〜ル〜の、幼妻〜♪
な〜おりんとまっこりんの大好きな〜♪
か〜わい〜い、み〜ちゃんじゃな〜いでっしょか〜♪」
「…………」(汗)
「…………」(大汗)
……この方です。
ワタシ達の行く先を、妙な……いえ、個性的な歌を唄いつつ、
買い物カゴを幼い子供の様にグルグルと振り回しなから、楽しそうにスキップを踏むそのお姿……、
名前は『藤井 みこと』さん。
とてもそうは見えませんが、正真正銘、誠様のお母様です。
お昼頃に誠様のお宅に行ったところ、偶然、帰宅なされていたみこさんと出会い、
こうして、一緒にお買い物に出掛ける事になったわけです。
初めてお会いした誠様のお母様と一緒にお買い物……、
みことさんがどんなに幼い容姿でも、その緊張の度合いは計り知れません。
実を言いますと、家を出発してからずっと、
ワタシの人間の方でいう心臓にあたる器官は、激しく動悸を打っているのです。
「そ、それでは、今夜のおかずはコロッケで宜しいですか?」
「ああ……多分、母さんも一緒だろうから、頑張ってくれ」
「はい……」(ポッ☆)
「はははっ! なんか今夜が楽しみだな♪ 俺、母さんが作った料理、好きだからさ♪」
そんな自分の動揺を抑える為に、ワタシは頻繁に誠様に話し掛けます。
そして、誠様も、そんなワタシを気遣ってか、根気良く話を合わせてくれます。
もっとも、誠様の場合は、みことさんが唄うあの歌を、
意図的に無視しようとしているだけなのかもしれませんけど……、
でも……、
「あ〜の子はだ〜れ♪ 誰でしょね〜♪
お風呂に入〜って、添〜い寝して〜♪
甘えんぼさんのお母さん〜〜♪
やっさし〜い、み〜ちゃんじゃな〜いでっしょか〜♪」
「それはいつの話だっ!?」
「あ〜の子はだ〜れ♪ 誰でしょね〜♪
幼児〜体型〜気にし〜ない〜♪
な〜おりんはつ〜るぺた好みなの〜♪
ち〜っちゃ〜い、み〜ちゃんじゃな〜いでっしょか〜♪」
「一応、ちゃんと自覚はあったんだな?」
……1コーラス毎に、律儀に合いの手、と言いますか、
律儀にツッコミを入れているところが、とても誠様らしいです。
しかも、そのツッコミを入れるタイミングの絶妙さときたら……、
さすがは親子……と言ったところでしょうか?
「あ〜の子はだ〜れ♪ 誰でしょね〜♪
背中に背負ったランドセル〜♪
な〜おりんは似合うって言ってく〜れた〜♪
おっしゃれ〜な、み〜ちゃんじゃな〜いでっしょか〜♪」
「あんたら夫婦は何やってんだっ!?」
「あ〜の子はだ〜れ♪ 誰でしょね〜♪
ほ〜んと〜は、い〜い歳な〜んだけど〜♪
気持ちはいっつでっも14歳〜♪
微妙な、み〜ちゃんじゃな〜いでっしょか〜♪」
「ホントに微妙だな、おいっ!!」
「あ〜の子はだ〜れ♪ 誰でしょね〜♪
子供がで〜きた〜と病院へ〜♪
な〜ぜだか、な〜おり〜ん、犯罪者〜♪
ロ〜リロ〜リ、み〜ちゃんじゃな〜いでっしょか〜♪」
「その時の光景が目に浮かぶようだな……」
「あ〜の子はだ〜れ♪ 誰でしょね〜♪
最近な〜おりんに、似ってきってる〜♪
まっこりんに、ちょ〜っぴ〜りドッキドッキの〜♪
あ〜ぶな〜い、み〜ちゃんじゃな〜いでっしょか〜♪」
「…………」
「…………あれ?」
誠様のツッコミが無くなったのに気が付いたのでしょう。
みことさんは唄うのを止めて、キョロキョロを周囲を見回しました。
そして、ワタシを見上げると……
「ねえ、フランちゃん……まこりんは?」
……小首を傾げてワタシに訊ねてきました。
さり気なく口元に指を添える仕草が、とても可愛らしいです。
……この方は本当に今年で37歳の人妻なのでしょうか?
と、そんな事を考えつつ、ワタシはみことさんの質問に答えます。
「……逃げました」
「――ほえ?」
「誠様でしたら、歌の歌詞が危なくなってきたのが堪えられない、と仰って、
みことさんの事をワタシに任せて、こっそりと何処かに行ってしまわれました」
「むー……」
ワタシの言葉を聞き、頬を膨らませるみことさん。
「もお〜、まこりんったら……みーちゃんだけじゃなく、フランちゃんまで置いていくなんて……、
そんな薄情な子に育てた覚えはないよ〜」
そして、腰に手を当てると、まるでプンプンと擬音が聞こえてきそうな雰囲気で怒り始めます。
ですが、すぐにフッと暗い表情になると……、
「……って、そんなこと言うと、
また『ロクに育てて貰った覚えは無い』って言われちゃうかな?」
……そう言って、みことさんは苦笑しました。
「やっぱり、わたしは誠の母親失格かしらね?」
「そんな事はありません」
寂しそうに微笑むみことさんを見て、ワタシはそう答えていました。
確かに、仕事の為に誠さんを放っておいたみことさん達は、
決して立派な親とは呼べないでしょう。
ですが、みことさんの心の中にある誠様への深い愛情は、嘘偽りの無いものです。
その愛情がある限り、みことさんは……、
「誰が何と言ったとしても、みことさんは誠様のお母様です。
誠様も口では何と仰っていたとしても、みことさんを母親として愛していらっしゃると思います」
――そう。
それは変えようのない事実です。
みことさん同様、誠様もまた、みことさんを母親として愛しています。
そうでなければ……、
『はははっ! なんか今夜が楽しみだな♪
俺、母さんが作った料理、好きだからさ♪』
……あんな事を言う筈がありませんからね。
それに、みことさんの歌で居心地が悪くなって逃げたと言っても、
その時に、公園で待っている、と言い残されて行きましたし……、
「んふふふ♪ ありがと、フランちゃん♪
フランちゃんは優しいいい子だね〜♪」
なでなで……
「そんな……お戯れを……」(ポッ☆)
背伸びをしたみこさんに頭を撫でられ、ワタシは少しだけ頬を赤らめます。
さ、さすがは誠様のお母様です……、
どうやら、誠様のなでなではみことさん譲りのようですね。
と、ワタシが思わずみことさんのなでなでにウットリしていると、
その次の瞬間、みことさんはとんでもない事を言い出しました。
「うん♪ それじゃあ、みーちゃんを励ましてくれたお礼に、
今からみーちゃんが『フランちゃんの歌』を唄ってあげるね♪」
「――は?」
「それじゃあいくよ〜♪ いっちに〜のさ〜ん、はいっ♪」
「ちょっ……みことさん! それは……」
と、みことさんの言葉に意味に気付いたワタシが制止するよりも早く、
みことさんは即興で歌詞を作って唄い出しました。
そして……、
「あ〜の子はだ〜れ♪ 誰でしょね〜♪
まっこり〜ん大好きメイドさん〜♪
フ〜ラン〜ス人形みたいなの〜♪
かわい〜い、フランちゃんじゃな〜いでっしょか〜♪」
「あ、あの……みことさん、そんな……」(ポッ☆)
「あ〜の子はだ〜れ♪ 誰でしょね〜♪
素直にな〜れな〜いオ〜トマタ〜♪
ホ〜ント〜はまっこりんにら〜ぶら〜ぶの〜♪
頑固な、フランちゃんじゃな〜いでっしょか〜♪」
「ら、らぶらぶだなんて……」(ポッ☆)
「あ〜の子はだ〜れ♪ 誰でしょね〜♪
た〜まには着〜てみ〜るメイド服〜♪
まっこりんの視線が気になるの〜♪
ドッキドッキ、フランちゃんじゃな〜いでっしょか〜♪」
「た、確かに、ちょっと気になる時はありますけど……」(ポッ☆)
「あ〜の子はだ〜れ♪ 誰でしょね〜♪
写真にうつ〜ったまっこりんを〜♪
ご主人様と隠れって呼んで〜いる〜♪
健気な、フランちゃんじゃな〜いでっしょか〜♪」
「あうあうあう……どうしてその事を……」(ポッ☆)
当然、人通りの多い商店街で、こんな歌を大声で唄われたら、
思い切り周囲の人から注目を浴びてしまうわけで……、
さらに、何故か、みことさんが唄うその歌の歌詞は、
ワタシの秘密を何気にズバリと言い当てていたりして……、
うううう……、(泣)
誠様、ワタシを置いて逃げ出したこと、少しだけお恨みしますよ。
取り敢えず、今度、またあかりさんから『アレ』を借りてきますからね。
それとも『あの歌』の混声四部合唱の方が良いでしょうか?
……決めました。
その両方のお仕置きを受けていただきます。
誠様……覚悟してくださいね。
<おわり>
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