Heart to Heart
第126話 「にゅーばーじょん?」
ある日のこと――
俺は駅前のデパートの店内を、
目的も無く、ただブラブラと歩き回っていた。
いつもなら、買い物は目的の物を手に入れたらサッサと立ち去る俺なのだが、
まあ、たまにはこういうのも悪くは無い。
――それに、もしかしたら、何か新しい発見があるかもしれないしな。
と、そんな事を考えていると……、
――ぴんぽんぱんぽ〜ん
『お客様に迷子のお呼び出しを申し上げます。
折原 浩平様、里村 茜様……上月 澪ちゃんをお預かりしています。
至急、三階サービスカウンターまでお越し下さい』
――ぴんぽんぱんぽ〜ん♪
……いきなり店内アナウンスが鳴り響き、迷子の情報が放送された。
はて……?
おりはら……こうへい……?
何やら聞き覚えのある、記憶の隅に引っ掛かる名前に俺は首を傾げる。
え〜っと……、
何処で聞いたんだっけ?
確か、ずっと前に祐一さんから聞いたことがあるような……、
それに『さとむら あかね』って……、
う〜む……同じ名前の奴って、結構いるものなんだな〜。
そういえば……、
前に、あかねもここで迷子になった事があったっけ?
確か、それがきっかけで、レミィさんと知り合ったんだよな……、
……などと、取り止めも無いことを考えつつ、
俺は日用品を扱っているブースに足を踏み入れる。
と、その時……、
「――ん?」
……調理用具売り場にさくらの姿を発見し、俺は足を止めた。
「……何やってるんだ?」
それまで考えていた事などすっかり忘れ、
俺はさくらに歩み寄ろうと、そちらに向かう。
だが、さくらの何やら真剣な表情を見て、俺は再び足を止めた。
なんか……声を掛け難い雰囲気だな。
と、そう思った俺は、取り敢えず、商品棚の影に隠れて、さくらの様子を伺う。
さくらの奴……こんなトコで何してるんだ?
しかも、あんな真剣な顔して……、
よく見れば、さくらの両手には、
商品である二つのフライパンが握られていた。
さくらは、その二つのフライパンを交互に見比べつつ、
真剣な面持ちで首を傾げている。
どうやら、どちらのフライパンを買うべきか迷っているようだ。
う〜む……、
邪魔するのも何だし、声を掛けるのは決まってからにするか。
と、俺は、さくらが選び終えるのを待つことにしたのだが……、
……。
…………。
………………。
一向に決まる気配が無い。
それどころか、選択肢はさらに一つ増えて、
今、さくらの目の前には三つのフライバンが並んでいた。
おいおい……、
そろそろ10分は経つぞ。
たかがフライパンを選ぶのに、いつまで掛かってるんだ?
デパートに売ってるようなフライパンなんて、どれも似たようなモンじゃねーか。
いい加減、イライラしてきた俺は、出ていってそうツッコミを入れたくなったが、
その衝動を何とか押さえ込んだ。
いやいや……早まるな。
さくらのことだし、きっと何かこだわりがあるに違いない。
それに、もしかしたら、俺に作る料理の為に、
あんなに悩んでくれているのかもしれない。
もしそうなら、それは男冥利に尽きるってモンだ。
ここは邪魔をしないためにも、もうしばらく黙って見ていることにしよう。
と、俺は声を掛けるのを止め、もう少しだけ待つことにした。
……だが、さくらは、ここで予想外の行動に出る。
ぶんぶんぶんっ!!
「う〜ん……振り心地がイマイチですね」
……まてコラッ!(怒)
何だ……その振り方は?
まるで、野球のスイングのような……、
ってゆーか、まるで誰かを張り倒すかのようなその振り方は……、
確かに、フライパンは片手で扱う物だから、
振り心地とか重心は重要なことなのかもしれねーけど……、
そのやたらとダイナミックな振り方は、
明らかに調理用具としてのフライパンの振り方じゃね〜ぞ、おい。(大汗)
と、心の中でツッコミを入れつつ、
何かもう、今すぐ現実逃避したくなってきた俺は、その場で頭を抱えた。
そして……、
そんな俺が、側で見ているのも知らず、さくらのフライパンの吟味はさらに続く……、
「……コンパクトな振りが良い感じですけど、ちょっと軽すぎますね」
「これは重すぎです。威力は高そうですけど……」
「これは重心のバランスが悪いですね。これでは投げた後に戻ってきません」
「あっ♪ これは良い感じです♪ でも、ちょっと握りが……」
「う〜ん……やっぱり使い慣れた物が一番ですね〜♪」
なあ、さくら……、
お前にとって、フライパンって何の為の道具なんだ?(泣)
<おわり>
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