Heart to Heart

   
  第124話 「親子水入らず」







「み〜ちゃんはね♪ みことってゆ〜ん〜だ、ほ〜んと〜はね♪」





 朝――

 休日の朝といえば、それはもう清々しいものあのであろうが、
どうも、今日はそう言う訳にはいかないようだ。

 何故なら……、





「だ〜け〜ど、ちっちゃいか〜ら、
じぶんのこ〜とみ〜ちゃんってよ〜ぶん〜だよ♪」






 ……起き抜けに、こんな妙な歌を聞かされたら、
清々しい気分なんざ一発で吹っ飛んで、一気に現実逃避したくなるってもんだ。

 まあ、一応、この家の主婦だから、
朝からキッチンに立って、朝メシを作るのは良いんだけど……、

 ――頼むから、頭痛を伴うような歌を唄うのは止めてくれ。

 ったく、何が『ちっちゃいから』だよ。
 見た目はともかく、年齢は今年で37歳のおばさんのクセに……、





「――かわいいな♪ み〜ちゃん♪」





「……『おかしい』の間違いだろ?」

 その歌を唄い終わったところで、俺がジト目でそうツッコむと、
母さんはぷうっと頬を膨らませ、料理をする手を止めて、こちらを振り返る。

「む〜! まこりんはみーちゃんのこと可愛いって言ってくれないのぉ?
なおりんは毎日のように可愛いって言ってくれるのに〜」

「俺と親父を一緒にするなっ! そもそも、実の母親を可愛いなんて言う息子が、
この世界の何処に居るっていうんだっ?!」

「…………じー」

「えーいっ! 指を差すなっ! 指をっ!!
ってゆーか、擬音をわざわざ口で言うなっ!!」

「む〜! まこりんのイケズ〜」

「イケズで上等だっ!! だいたいだなっ! 俺はもう高校二年なんだぞっ!
いい加減、その『まこりん』って呼び方は止めてくれっ!!」

「え〜……でもでも、さくらちゃん達は『まーくん』って呼んでるでしょ?」

「この際、さくら達は関係ないだろがっ!
実の母親にそういう呼び方されると、ムチャクチャ恥ずかしいんだよっ!!」

「でも、まこりんは、小さい頃からずっとまこりんだったし、
これからもみーちゃんにとっては、やっぱりまこりんはまこりんだから、
できれば、いつまでもまこりんはまこりんのままがいいかなって……」

「うっがぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!
そのセリフ回しを何処で覚えてきたぁぁぁぁーーーーっ!?」

「んふふふふふふふ♪
まこり〜ん♪ 人妻の情報網を甘く見ちゃダメだよぉ〜♪」

「…………もういい。好きにしてくれ」(泣)

 俺は泣いて逃げ出したくなるのを必死で堪えると、
頭を抱えて、その場にしゃがみ込んだ。

 そして、改めて、俺は現実というものを悟る。

 ……ダメだ。
 ……やっぱり、ダメだ。

 俺はこの人には……、
 いや、この夫婦には一生敵わん……、

 多分、母さんとまともにやり合えるのは、同じ人妻であるはるかさん達くらいだろう。
 あと、身近な人で言えば、ひかりさんと水瀬家の秋子さんくらいだな。

「ほらほら、まこりん。そんなトコにいつまでもしゃがんでないで、朝ご飯の準備してね。
まこりんが大好きな『みーちゃん特製のホットケーキ』がもうすぐ出来るから♪」

「喜んで手伝わせて頂きます!」

 母さん特製のホットケーキという単語に素早く反応した俺は、食器棚から皿とフォークを、
あと冷蔵庫からメイプルシロップを取り出し、テーブルの上に並べる。

 母さん特製のホットケーキは、俺の好物の一つだ。
 ホットケーキというと『HONEY BEE』の結花さんのホットケーキを思い出すが、
俺的には母さんが作ったものの方が好みなんだよな。

 まあ、何だ……、
 ようするに、母親の手料理ってのは、この世で一番好みに合ってるわけだ。

 さくら達には申し訳ないけど、こればっかりはどうしようも無いもんな。
 何せ、幼い頃に植え付けられた舌の記憶ってやつは、そうそう変えられるもんじゃねーし。

 と、そんな事を考えつつ、俺がコーヒーの準備をしていると……、

「おはようございますっ!」

 ちっと慌てた様子で、エリアがキッチンに駆け込んできた。

「ああ、おはよう、エリア」

「エリアちゃん、おっはよ〜♪」

 突然、現れたエリアに特に驚くこと無く、俺と母さんはエリアに微笑みかける。
 そんな俺達に、エリアは申し訳なさそうに頭を下げると……、

「すみません! 寝坊してしまって! すぐに朝御飯を作りますか……ら?」

 その時になって、エリアはようやく母さんがキッチンに立っていることに気がついたようだ。
 器用にフライパンを操る母さんの姿を見て、エリアはさらに慌てる。

「み、みことさん! 食事の準備は私に任せてください!
せっかく帰って来られたのですから、みことさんはゆっくりと……」

「――エリアちゃん」

「は、はい……」

 母さんの代りにキッチンに立とうと、
急いでエプロンをつけるエリアを、母さんが片手で制する。

 その有無を言わせぬ雰囲気に、押し黙るエリア。
 そして、母さんは真剣な表情でエリアを見つめると……、

「あのね、エリアちゃん……」

「……はい」








「私のことは『みーちゃん』って呼んでね♪」


 
ずるぺちっ!!








 母さんの雰囲気ブチ壊しの一言に、エリアは盛大にコケる。

 うーむ……、
 だんだんコケッぷりが様になって来てるな。

 それにしても、俺の周りの奴って、ギャグキャラがやたらと進行しているような気がする。
 もしかして、ギャグって感染性なのか? だとしたら、感染源は誰だ?

 もしかして……俺か?
 いやいやいやいや……そんなわけ……、

 そんなわけ……、
 そんなわけ……、

 そんなわけ……あるもんかっ!!
 例え、俺が先天性のギャグキャラでも、ギャグ感染源であるわけがないんだいっ!!(泣)

 ま、まあ、それはともかく……、

「そ、そんな……誠さんのお母様を、そんな呼び方するなんてできません」

 と、何とか立ち直りつつ、エリアは母さんの提案をやんわりと拒否する。
 だが、そんなエリアの言葉に、母さんはニンマリと微笑むと……、

「みーちゃんって呼んでくれないなら、
これからはエリアちゃんのこと
『えりりん』って呼んじゃうよ?」

「う゛っ……」

 母さんの言葉に、再び絶句するエリア。
 そして、エリアの様子を面白そうに眺めている母さん。

 そんな二人のやり取りを傍観しつつ、俺はやれやれと溜息をついた。

 また始まったよ……、
 母さんって、いつもああやって自分のことを『みーちゃん』って呼ばせようとするんだよな。

 しかも、タチの悪いことに、相手に恥ずかしい愛称をつけて、
それを交換条件に持ち出すわけだ。

 ちなみに、俺の『まこりん』はそういった経緯で付けられている。

 実の母親を『みーちゃん』なんて呼ぶくらいなら、
まだ『まこりん』って呼ばれている方がマシだと思ったからだ。

 ついでに言っておくと、さくらとあかねは、
本人の前でだけは『みーちゃん』と呼ぶことを選択している。

 あの二人も
『さくらっち』『あかねっち』っていう愛称は、
さすがにかなり恥ずかしかったようだ。

 そのクセ、俺のことは『まーくん』って呼ぶんだから、なんか納得できんものはあるが……、

 とまあ、そういうわけで、タチが悪い事この上ないのだが、それでも救いなのは、
愛称で呼ぶのを強要するのは、母さんが気に入った相手だけってことだ。

 ようするに、エリアは母さんに気に入られたわけで、
それはとても喜ばしいことなのだが……、

 さてさて……、
 エリアはどんな答えを出すのやら?

「さあさあ♪ どうするの、エリアちゃん?」

「…………」(大汗)

 答えを急かす母さんに、エリアは無言で考え続ける。
 そして……、

「そ、それでも……そんな呼び方は、私にはとても出来ません」

 と、エリアはハッキリと言い切った。

 そうか……エリアもそっちを選んだか。
 それじゃあ、今、この瞬間から『えりりん』決定だな。

 よしよし、恥ずかしいだろうが、今日からお前も俺と一緒に頑張ろうな。
 大丈夫だ……『まこりん』『えりりん』なら語呂も良いから、仲良く堪えていけるさ。

 と、同士を迎えるような心境でエリアを見つめる俺。

 そんな俺の心境を知ってか知らずか、母さんのさらなる言葉によって、
事態は思わぬ方向へと展開していった。








「んふふふ♪ エリアちゃんは真面目な良い子なのね〜♪」

「は、はあ……」

「それじゃあ、その真面目さに免じて、
みーちゃんのことを
『お義母さん』って呼ぶことで許してあげるね♪」

「えっ!? そ、そんな……」(ポッ☆)

「もしかして……イヤ?」

「そ、そんなこと無いですっ! よ、喜んで……」(ポポッ☆)

「そう? 良かった♪ それじゃあ、エリアちゃん、朝御飯の準備、手伝ってくれる?」

「はい! お義母様♪」








「…………」(汗)


 まるで、本当の親子のように――
 キッチンに仲良く二人並んで――

 朝ご飯を一緒に作る、平和そのものといった光景。

 そんな二人の姿を眺めつつ、俺は呆然と立ち尽くす。

 ……おい。
 ……ちょっと待て。


 
それは不公平じゃないかっ!?


 ……どうして、エリアだけ愛称免除なんだよ?

 しかも
『お義母様』ときたもんだ。
 これじゃあ、俺だけが一方的に恥ずかしいじゃねーかっ!

 ううう……、
 ちくしょう……納得いかねーぞ。(泣)

 こうなったら、朝メシはホットケーキのヤケ食いしてやるっ!
 十枚や二十枚じゃ、勘弁してやらないからなっ!

 ……二人とも、覚悟しやがれ。
















 そして、時間はあっという間に過ぎ――

 お昼頃になったところで、
母さんは突然、社宅の方に戻ると言い出した。

「何だよ? もう行っちまうのか?」

「もっとゆっくりして行ってほしいです。
せっかく、今日は色々とお話しようと思ってたのに……」

 と、残念そうにする俺とエリアに、玄関に立って荷物を抱えた母さんは、
ちょっと済まなさそうに微笑む。

「ゴメンね。今回は、ちょっと春物の着替えを取りに来ただけだったの。
でも、エリアちゃんに会ったから、ついつい長居しちゃった」

「長居って……ここは母さんの家なんだから、そんなこと言わなくても……」

「ううん……違うわよ、まこりん」

 俺の言葉に、母さんは首を大きく横に振る。

「だって、みーちゃんが帰るところはなおりんのいるところだもの♪」(はぁと)

「…………」(ポッ☆)

「…………」(ポポッ☆)

 母さんのそのあまりに恥ずかしいセリフに、俺とエリアは思わず顔を赤くしてしまう。

 ったく、この万年新婚夫婦が……、

 もしかして、俺がいないのを良いことに、
あっちではそれはそれは夫婦らぶらぶな生活を送ってるんじゃあるまいな?

 ……ありえる。
 この夫婦なら、絶対にありえる。

 きっと、社宅の中の空気は甘ったるくて仕方ないに決まってる。

 ……そう考えると、なんか急に腹が立ってきた。

「ああ、そうかいそうかい。じゃあ、サッサと親父のトコに行っちまえよ」

「んふふふ♪ もう、まこりんったら、本当に寂しがり屋さんなんだから♪」

 と、ムッとした顔でそっぽを向く俺を見て、母さんはクスクスと微笑む。
 そして、エリアの方に向き直ると……、

「というわけで、エリアちゃん……」

「は、はい……?」

「こんな、未だに母親離れできない甘えんぼで寂しがり屋な息子だけど、
末永くお願いね? 見捨てないで、面倒見て上げてね?」

「…………はい」

 と、いきなり真面目は話を始める二人。

「ふん……」

 そんな二人の会話を聞き、俺は気恥ずかしさを紛らわす為に、
ちょっと乱暴に母さん達の着替えが入った大きなバッグを持ち上げた。

「ほら、いつまでも喋ってないで、サッサと行こうぜ」

「え? まこりんも行くの?」

「当たり前だろ。こんな大荷物、母さん一人じゃ運べねーだろが。
俺が向こうまで持って行ってやるよ」

「あーあ、やっぱり、まこりんってば甘えんぼさんだ♪
少しでもみーちゃんと一緒にいたいのね〜♪」

「はいはい。そういう事にしておくよ。
で、エリアも一緒に来るか? 俺の親父に会いたいって顔してるぞ」

「いえ……私はまたの機会で良いです。
私は留守番してますから、今日は親子水入らずで過ごして来てください」

「……どうせ俺はすぐに帰ってくるぞ」

「誠さんの晩御飯の用意はしておきませんから♪」

「…………わかったよ。じゃあ、今日は帰りは遅くなるから」

「はい♪ ごゆっくりどうぞ♪ いってらっしゃい、誠さん♪」

「ああ、いってきます」

「んふふふ〜♪ いいわねぇ〜♪
なんかもう、夫婦って感じの会話だよねぇ〜♪」

「だぁぁぁぁぁーーーーっ!! 馬鹿なこと言ってないで、サッサと行くぞっ!!」

「あ〜ん! 待ってよ、まこり〜ん!!」

「外でその呼び方を大声でするなぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」

「誠さん、お義母様、いってらっしゃ〜い」
















 まあ、なんだ……、
 なんだかんだ言っても、俺って、親父と母さんが大好きなんだよな。

 というわけでだ……、

 親父――
 母さん――

 俺の事は、気にしなくて良いから……、
 俺には、さくら達がいてくれるから……、

 ……だから、いつまでも仲の良い夫婦でいてくれよな。








<おわり>
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