Heart to Heart

   
    第123話 「母の日にて」







「……そういえば、今日は『母の日』だったな」

 ある日のこと――

 ぶらぶらと街を歩いていて、花屋の前を通り掛かった時、
店頭にカーネーションが飾られているのを見て、俺はふと、その事を思い出した。

 母の日――
 まあ、ようするに日頃お世話になっている母親に感謝とようって日だな。

 で、その日には、感謝の証として、赤いカーネーションを母親に贈るってのが通説だ。
 何でカーネーションなのかは知らないけど……、

「ふむ……」

 花屋の前で立ち止まり、俺はちょっと考える。

 そうだな……、
 いつもはすっかり忘れちまってるけど、せっかくこうして思い出したんだ。
 母さんの為に花を買っていくのも悪くない。

 それに、良く考えたら、最近、両親の顔、ほとんど見てないしな。
 花を渡すついでに、様子を見に行ってみるか。

「すいませーん」

 思い立ったら即行動。
 俺はカーネーションを購入する為に、花屋の中に入った。

 そして、カーネーションの花束を四つ注文する。

「……四つですか?」

「はい。お願いします」

 花束を一度に四つも注文する俺に、店員のお姉さんは首を傾げる。

 まあ、店員さんが訝しがるのも無理は無いだろう。
 母の日で花束を買うにしても、普通は一つで充分たからな。

 でも、俺の場合、そうはいかないんだよな。
 なにせ、俺には母親と呼べる人が四人もいるわけだし……、

 一人は、当然、俺の実の母親。
 あと、はるかさんやあやめさんも、俺の母親みたいなもんだ。

 これで、必要な花束は三つ――

 そして、最後の一つは誰に渡すのかと言うと……、
















「ただいまー」

「おっかえり〜♪」


 
トタトタトタトタ――


 花屋でカーネーションを買った俺は、
その足ではるかさんとあやめさんに、花束を渡しに行った。

 二人とも、凄く喜んでくれてたな。
 あんなに喜んでくれるんだったら、ちゃんと毎年贈るべきだったよ。

 まあ、花束を渡した後、お礼とか言って、
玄関先でデープキスされるのは勘弁して欲しいけどな……、

 と、そんな事を考え苦笑しつつ、俺は残りの二つの花束を持って帰宅する。

 ――そして、俺が玄関に入った瞬間、『それ』は現れた。

 玄関に入った俺が、リビングに居るであろうエリアに声を掛けると、
トタトタと軽快な足跡をたてて、こっちに向かって駆けて来る。

 そして、ホップ、ステップ、ジャンプの要領で……、








「おっかえっり、まっこり〜ん♪」








 ……と、聞き捨てならないセリフを言いつつ、『それ』は俺に飛びついてきた。

「うどわっ!!」

 あまりに突然の出来事に、完全に不意を突かれた俺は、
胸に飛び込んできた『それ』の重みに堪え切れず、その場で尻餅をついてしまう。

「んふふふふふ♪ おかえりなさい、まこりん♪」

「あ、ああ……ただいま」(汗)

 倒れた俺の胸にすりすりと頬を寄せる『それ』を、
俺はゲンナリした表情で見下ろす。

 薄い紺色のツインテール――
 あかね程ではないにしても、見事なまでの幼児体型――

 ――そして、幼い子供のような、あまりにも無邪気な笑顔。

 やれやれ……、
 たまに帰って来たと思えば、相変わらずのようだな。

「あのさ……重いから、いい加減どいてくれないか?」

「む〜……女性に対して重いだなんて……、
みーちゃんはまこりんをそんなビトイこと言う子に育てた覚えは無いよぉ」

 俺の言葉を聞き、不機嫌そうにぷうっと頬を膨らませる『それ』。
 そんな『それ』をジト目で睨みつつ、俺は冷たく言い放った。

「ロクに育てて貰った覚えはねぇぞ…………母さん」
















「ええっ!! 誠さんのお母様なんですかっ!?」

 俺が『それ』のことを紹介すると、エリアは大声を上げて驚いた。

 まあ、無理もないだろう。
 俺だって、時々信じられなくなるからな。

 と、俺はエリアが用意したオレンジジュースを、
ソファーに座ってストローでちゅーちゅーと飲んでいる『それ』を見た。

「そうだよぉ♪ みーちゃんがまこりんのお母さんなんだよぉ♪ ぶいぶい♪」

 自分に視線が集まったのを感じた『それ』は、
ストローから口を離し、得意満面で俺達にVサインを見せる。

 ……そう。
 あまり認めたくはないのだが、彼女こそが……、

 自分のことを『みーちゃん』と呼び……、
 俺のことを『まこりん』と呼ぶ、彼女こそが……、

 ……何を隠そう、俺の実の母親だったりするのだ。

 ちなみに、本名は『藤井 みこと』という。
 決して『みーちゃん』ではない。

「わ、私……てっきり誠さんの妹さんかと……」

 とても人妻とは思えない母さんの無邪気な笑みを見て、
エリアは顔を引きつらせている。

 確かに、エリアの言う通り、俺の妹か年下の従妹とか、そう考える方が妥当だろう。
 なにせ、一見しただけでは、どんなに妥協しても中学生くらいにしか見えないのだから。

 でも、間違い無く、彼女は俺の母親なのだ。
 年齢は今年で37歳なのだ。

「……で、母さん。何しに来たんだよ?」

「なによぉ……自分の家に帰って来ちゃダメなの〜?」

 憮然と言う俺に、母さんは口を尖らせる。
 そして、エリアに視線を向けると……

「まあ、そう言いたくなる気持ちはわかるけどねぇ。
こうして、可愛い女の子を家に連れこんでるわけだしぃ」

「別に連れこんでるわけじゃねーよ」

 俺がそう言うと、母さんはにぱっと笑った。

「分かってるよ。もうエリアちゃんから話は聞いてるから。
それに、はるかちゃん達からもだいたいの事は聞いてるし、ね」

「……そうなのか?」

「はい。全てありのままにお話しました」

 訊ねる俺に、エリアは頷く。

 おいおい……マジかよ。
 異世界だの、魔法だの……そんなウソ臭い話なんだぞ。

「母さん……よく信じたな?」

「ウソをつくなら、もっとマシなウソをつくでしょ?
それに……まこりんはみーちゃんにウソなんかつかないって信じてるもの」

 そう言ってにっこりと微笑む母さんの瞳は、とても優しいものだった。
 見た目は子供だが、瞳の色は間違いなく大人のそれだ。

 優しくて……、
 あたたかくて……、
 愛情に溢れていて……、

 ったく、そういう目で見るものだから、
どんなにほったらかしにされても憎めないんだよなぁ。

 自分が愛されていて、信じてくれているって分かるから、な。

「じゃあ、俺とエリアの関係のこと、親父は何て言ってんだ?
まあ、なんとなく予想はつくけど……」

「えっとね……なおりんは『さすがはオレの息子だ!』って喜んでたよ」

「…………だろうな」

 ったく、敵わないな、親父には……、
 相変わらず大雑把というか、大物というか……、

「あの、誠さん……『なおりん』って……?」

「ん? ああ、俺の親父のことだ。
本名は『藤井 尚也』。この夫婦は未だにお互いを愛称で呼び合ってるんだよ」

「……な、なかなか楽しいご両親なんですね」

「まあな……」

 と、引きつった笑みを浮かべるエリアに苦笑を返しつつ、
そろそろ良いだろう、と、俺は持っていた花束の一つを母さんに渡した。

「ほら、母さん……俺からのプレゼントだ」

 ちょっと照れ臭いなと思いつつ、花束を差し出す俺。
 その花束を見て、母さんはキョトンとした顔で俺を見返した。

「へ? 何、これ?」

「今日は母の日だろ? だから、花屋で買ってきたんだ。
本当は母さん達の家に持っていくつもりだったんだけど、ちょうど良かったよ」

「まこりん……ありがとう」

 俺から花束を受け取り、母さんは顔をほころばせる。
 そして、一度、軽く匂いをかいでから……、

「当然、はるかちゃん達にも渡すんでしょ?
みーちゃんが言うのも何だけど、二人には色々とお世話になってるからね」

 ……と、訊ねてきたので、俺は頷いて見せる。

「ああ、はるかさん達には、帰る途中で渡してきた」

「え? もう渡してきたの? じゃあ、そっちのもう一つの花束は誰のなの?」

 そう言って、母さんは首を傾げ、俺が持っている最後の一つの花束を指差す。

「ん? ああ、これは……」

 母さんの言葉に、俺はヒョイと花束を持ち上げると、
黙って俺達親子のやり取りを見ていたエリアに向き直った。

「……エリア」

「は、はい……?」

 突然、俺に呼ばれ、ちょっと戸惑うエリア。
 俺はそんなエリアの頭にポンッと手を乗せると……、

「あとで、一緒に『フィルスノーン』に行くぞ」

「はい? どうしてです?」

「この花束を……エリアのお母さんに渡さないとな」

「あ……」

 俺の言葉に、ハッとした表情を浮かべるエリア。
 そして、手で口元を押さえると、ポロポロと涙をこぼす。

 ――そう。
 最後の一つの花束を渡す相手は、エリアの母親だ。

 俺にとってエリアの母親は、はるかさん達と同じように、俺の母さんみたいなものだ。

 もう亡くなっているから、会うことは出来ないけど、
墓に花を手向けるらいはしておかないと、な。

「誠さん、ありがとう……ございます」

「おいおい……何も泣くことないだろう?」

「だって……だって……」

 一向に泣く止む気配を見せないエリアに、さすがに俺も戸惑ってしまう。

「なあ、エリア……頼むから、もう泣き止んでくれよ」

「誠さんが、泣かせるような真似するからです……グスッ」

 そう言いつつも、ようやく落ち着きを取り戻してくれるエリア。
 その様子を見て、俺はホッと胸を撫で下ろした。

 まあ、嬉し泣きだって事は分かるんだけど、
やっぱり、女の子に泣かれるのは勘弁してもらいたいからな。

「誠……ちょっとこっち来なさい」

「あ、うん……」

 と、エリアが泣き止んだところで、頃合を見計らっていたのだろう。
 唐突に、母さんが俺を呼んだ。

 取り敢えず、エリアはもう大丈夫そうだったので、俺はその言葉に従い、母さんの側に行く。

 母さんが、俺のことを『まこりん』ではなく『誠』と呼ぶ時は、
真面目な話をしようとしているって、昔から決まっているからだ。

「誠……」

 歩み寄った俺に、優しく微笑む母さん。
 そして、軽く爪先立ちになると……、


 
なでなで……


「あ……」

 母さんは、懸命に手を伸ばして、俺の頭を撫でた。

「私達、ほとんどあなたに構ってあげられなかったのに、
それでも、こんなに優しい子に育ってくれて……お母さん、嬉しいわ」

「……そんな事ない。今の俺があるのは、母さん達のおかげだ」

「うふふ……ありがとう、誠」

 そう言って、俺の頭を撫でるのを止める母さん。
 そして、不意に、にぱっと微笑むと、何の脈絡も無く、とんでもない事をのたもうた。


「それじゃあ、良い子に育ってくれたご褒美として、
今日は一緒にお風呂に入ろうね♪」



「――んなっ!!」


 母さんのいきなりな発言に、俺は完全に固まってしまう。

 い、一緒にお風呂って……誰と誰が、だ?
 もしかして……俺と母さんがっ!? か、勘弁してくれよっ!!

「か、母さん……ちょっと待ったっ!」

「うん? どうしたの、まこりん? あ、お風呂じゃなくて添い寝の方が良かった?」

「違うっ!! 一緒にお風呂とか添い寝とか……、
俺はもう母さんとそんな事する歳じゃないっ!!」

「えー、別に良いじゃない。これも親子のスキンシップだよ♪
それに、可愛い息子がどれくらい成長したのか確かめてみたいし♪」

 と、必死で拒絶する俺に構わず、早速、お風呂に入るつもりなのか、
俺をズリズリと引き摺っていく。

 ま、またしても出てくるのかっ!! 
スキンシップという単語がっ!!
 ってゆーか、あんた、
ドコの成長を確かめるつもりだっ?!

「止めてくれっ! 母さん、勘弁してくれっ!!」

「んふふふふふふふ♪
まっこりんとおっふろ♪ まっこりんとおっふろ♪」

 襟首を掴んで離さない母さんから逃れようと、ジタバタともがく俺。

 そんな俺を、母さんは、その小柄な体からは想像も出来ないような力で、
脱衣場へと引っ張っていく。

 そして……、
















「さあさあ♪ 息子のムスコと
御対面だよぉ〜♪」



「母さんっ!! そのセリフは
露骨過ぎだぁぁぁーーーっ!!」

















 うう……、
 みんな、ゴメンよ。

 ……俺、実の母親に汚されちまったよ。(泣)
























 ちなみに――
 完全に蚊帳の外にされてしまったエリアは、というと……、

「いくら相手がお義母様とはいえ、一緒にお風呂だなんて……、
妻である私でさえまだなのに……しくしくしくしく」(泣)


 ……と、自分の不幸を嘆きつつ、お仕置き用の『例のアレ』を準備する為、
次々と紙にペンをはしらせるのであった。








<おわり>
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