Heart to Heart

     
第122話 「おどろきもものき」







 ――それは、ある日の晩メシ時の事だった。





「――ひっく!」

「「「「……え?」」」」





 俺がさくら達が作った晩メシを食べていると、
突然、何の前触れも無く、シャックリが出たのだ。

「まーくん、どうしたの?」

「ん? ああ、何でも……ひっく」

 と、訊ねてきたあかねに答えようとしたのだが、
またもやシャックリ出てしまい、言葉が途切れてしまった。

 ……ええい、鬱陶しい。

 人がせっかく食事を楽しんでいるというのに、
それを邪魔するとは、俺の体のくせに、なんて野暮な奴だ。

 と、内心、ちょっとイライラしつつ、俺は軽く深呼吸して息を整えると、
もう一度、同じセリフを言った。

「何でもない。ただのシャックリだ」

「……そうですか?」

 箸を動かす手を止めて、俺を心配そうに見つめるさくら。

 見れば、あかねとエリアも、さくらと同じような表情をしている。
 多分、俺のすぐ後ろで控えているフランもそうなんだろうな。

 まったく、心配性な奴らだな。
 こんなの、ただ横隔膜がちょっと痙攣しているだけの事で、別に大した事じゃねーだろが。

「……誠さん、大丈夫ですか?」

「ああ、気にしなくていいよ」

 そう言いつつ、俺は皆を安心させようと、何事も無かったかの如く味噌汁を啜る。
 だが……、

「ずず〜……ひっ、ゲホッ! ゲホッ!」

 その途中で、またもやシャックリが出てしまい、
その拍子に思い切り味噌汁を吸い込み、俺はむせ込んでしまった。

「誠様っ!」

 すぐさま、後ろにいたフランが俺の背中を擦ってくれる。

「ゴホッ! ああ、大丈夫だ。さんきゅ、フラン」

「い、いえ……」(ポッ☆)

 俺が礼を言うと、フランはほんのりと頬を赤くする。
 そして、俺の咳きが止まるまで背中を擦り続け、また、さっきまでの様に俺の後ろに立つ。

「…………」

 エリアから布巾を受け取り、味噌汁で汚れたテーブルを拭きながら、
俺はそんなフランの態度に複雑な気分を抱く。

 実は、フランは俺達と知り合ってからというもの、ずっとこんな調子なのだ。
 何て言うか、立ち位置が常に俺達から一歩後ろに下がってるんだよな。

 デュラル家の人達と一緒にいる時はそうでもないらしいんだけど、
俺達といる時は、自分が自動人形である事を必要以上に意識してしまっているみたいだ。

 どうやら、自分が『作られた物』なのだ、という意識の為か、
しっかりとメイド根性が根付いてしまっているらしい。

 別にフランは俺達のメイドじゃないのに……、
 俺達は、ごく普通の、大切な友達だと思っているのに……、

 それなのに、どうして、フランはそういうふうに接してくれないんだろう?

 ……その事を考えると、ちょっと寂しくなる。

 せめて、メシを食ってる時くらい、一緒に食べて欲しいんだけどな。
 同じ釜のメシを食えば、もっと打ち解けられると思うし……、

 以前、そのことを指摘して、半ば無理矢理に一緒の食卓を囲ませたりもしたのだが、
その時のフランの居心地の悪そうな表情といったら……、

 遠慮と戸惑いでオロオロしているフランの姿は、とても見ちゃいられなかった。

 フランって、普段からかなり無表情だけど、
あの時は、困惑しているのが目に見えて分かったくらいだからな。

 そいうわけで、それ以来、フランの好きにさせているけど……、

「……誠様? 何かご用ですか?」

「いや……何でも無い」

 俺がジッと見つめていたから、何か用があると勘違いしたのだろう。
 そう言って、フランは小首を傾げる。

 そんなフランに、俺は内心、やれやれと溜息をつくと、食事を再開した。

 ――何で、用事を言われる時に、ああも嬉しそうな声を出すかな?

 まったく……こりゃ、重症だ。
 ちょっとやそっとじゃ、改善しそうもない。

 ってゆーか、俺達のことを様付けで呼んでいるうちは、どうしようもないな。

 そんな事を考えながら、俺はホカホカのコロッケを口に放り込み、モグモグと咀嚼する。
 そして、味をしっかりと堪能し、飲み込もうとした……、

 と、その時……、

「……ひっ、んぐぐっ!!」

 それはもうジャストなタイミングでシッャクリが出た。

 となれば、当然、シャックリと同時に勢い良く息が吸われるわけで、
ちょうど飲み込もうとしていたコロッケは、その拍子に気管の方へと……、

「ゲホッ!! ゴホッ!! ガハッ!!」

「誠様っ!!」

 いち早く、俺の異常に気が付いたフランが、俺の背中をバンバンッと叩く。

 対応が早かったおかげだろう。
 喉に詰まっていたコロッケは、すぐに俺の口から吐き出された

「ふう……助かった。フラン、またまたありがとな」

 俺が礼を言うと、フランはまたもや頬を赤く染める。
 たが、すぐに真剣な口調になると、ちょっと言い難そうに俺に話を切り出してきた。

「……誠様、今夜はもうお食事はお止めになられた方が良いのでは?
また、今のような事があると危険ですし……」

「――なっ!!」

 フランのその言葉を聞き、俺はショックのあまり箸を取り落とす。

 そんな……そんな……、
 目の前にメシがあるっていうのに、それを食べるなと言うのか?!

 ご飯は、俺にとって人生の楽しみの半分を締めるんだぞ?!
 それを止めろっていうのかっ?!

「そんな……たかがシャックリで……」

「そのたかがシャックリで、今、誠様は喉を詰まらせたじゃないですか。
そのような危険な状態で、誠様に食事をして頂くわけにはいきません」

「うっ……」

 珍しく強い口調で言ってくるフランに、ちょっとたじろぐ俺。
 救いを求めるようにさくら達を見たが、その目がフランと同意見だという事を述べていた。

 な、何てこった……、
 たかがシャックリで、メシが食べられなくなるなんて……、

 そりゃまあ、確かに、フラン達の意見も分かる。
 でも、だからって、そう簡単に目の前のメシを諦めることなんてできないっ!

「ううう……」

 俺は皆の視線の圧力に耐えながら、チラリとテーブルの上を見る。

 そこには、ホカホカと湯気をたてる美味しそうなコロッケさん達がいる。
 俺に向かって、食べて食べて、と訴えている。

 うううう……、
 食べたいよぉ……思う存分に味わいたいよぉ。(泣)

 でも、それはさくら達が許してくそうにないし……、

 くそっ……一体、どうすれば良いんだ?
 たかがシャクリのせいで……、








 …………ん?

 ……まてよ?
 たかが……シャックリ?








「そうだっ!! 事の原因が、このシャックリなら、
こいつを止めてしまえば全然問題無いじゃないかっ!!」
















 というわけで、取り敢えず、食事は中断し、
皆で俺のシャックリを止める事となったわけだが……、
















「一番っ! 河合 あかねっ! 後ろからまーくんを驚かせま〜すっ!」

「あのな、隠し芸大会じゃ……ひっく……ねーんだぞ」

「うみゅ♪ まーくん、こういうのはノリか大事だよ」

「……まあ、いいんだけどな。
でも、驚かす前に後ろから……ひっく……なんて言ったら、意味無いんじゃねーか?」

「――あ」(汗)








 あかねって……
 頭は良いんだけど、妙な時に間抜けなんだよな……、








「二番っ! エリア・ノースッ! 魔法で誠さんのシャックリを止めますっ!」

「だから、隠し芸大会じゃ……ひっく」

「はい? 何か言いました?」

「……何でも無い。ところで……ひっく……人を庭に連れ出して、
一体、何を始めるつもりだ?」

「ですから、魔法でシャックリを止めるんです」

「そんなピンポイントな魔法があるのかよ?
ってゆーか……ひっく……何で俺を魔方陣で囲むんだ?」

「えっとですね……まず魔方陣を使って、誠さんを風の結界の中に閉じ込めます。
そして、その任意の空間内にのみ、下から吹き上げるような爆発を起こすんです。
そうすれば、そのショックによる驚きで、シャックリなんてすぐに……」

「――エリア」

「はい? 誠さん、何ですか?」

「それって、いわゆる
『炸弾陣(ディルブラント)』って言わないか?」

「はい♪ さすがは誠さん、よくご存知ですね♪」

「……それ、却下」

「ええっ!? そんなぁ……」








 エリア……、
 お前、最近、だんだんやる事が過激になってきてないか?








「三番っ! 園村 さくらっ! まーくんをビックリさせちゃいますっ!」

「だから……いや、もう何も言うまい」

「うふふふふふ♪ これなら、絶対にまーくんもビックリしますよ♪」

「ビックリって……だから、先に宣言してたら意味無いだろ。
それに……ひっく……何で体をシーツで包んでるんだ?」

「あのですね……実は、わたし……この下には
何も着て無いんです」(ポッ☆)

「な、何ぃっ!?」

「でも、まーくんにだけは……見せてあげますね」(ポッ☆)

「なっ!! さ、さくら! ちょっと待てっ!」

「――はらり」

うわぁぁぁぁぁぁーーーー……って、何?」

「うふふ♪ 実は下に水着を着ていたんです〜♪
どうです、まーくん? ビックリしまし…………た?」

「……ひっく……ひっく……ひっく……」








 さくら……、
 どうすんだよ? 余計に悪くなったじゃねーか。
















「こうなったら、最後のフランさんに期待するしかないですね」

「……ひっく……そう……ひっく……だな」

 たかがシャックリといえど、こう頻繁に出てくるとさすがにつらい。

 フランに期待を掛けるさくらの言葉に頷き、
俺はひっくひっくと呼吸を乱しながら、最後の頼みの綱であるフランを見た。

 何と言っても、フランは数百年も生きてるからな。
 その豊富な経験と知識は、俺達なんかとは比べ物にならなだろう。

 だから、こういう場合の解決方法も、もしかしたら知っているかもしれない。

「……ワ、ワタシですか?」

「ああ、頼むぞ……ひっく……フラン。
もうお前……ひっく……だけが頼りだ」

「は、はい……それでは、しばらくお待ち下さい」

 そう言って、フランはキッチンへと向かう。
 そして、水の入ったコップを片手に戻って来た。

「昔から、シャックリは水を飲めば治ると言いますから」

 と、フランはそのコップを俺に差し出す。

 なるほど……確かに、それは良く聞く話だ。

 でも、意外と普通だったな。
 もっとこう、突拍子も無い事をしてくるかと思ったのだが……、

 それに、その方法には、重大な欠点があったりするんだよな。
 なにせ……、

「ひっく……ひっく……ひっく……」

 ……こんな状態じゃ、水を飲むのもままならないのだから。

「あ……申し訳ありません。
今の誠様の状態を考慮に入れるのを忘れていました」

 俺が言おうとしていた事に気が付いたのだろう。
 フランは済まなさそうに、差し出していたコップを引く。

 そして、何を考えたのか……、

「誠様……お許しを」

 それだけ言うと、フランはそのコップの水を口に含んだ。

「お、おい……」

 フランが何をしようとしているのか図りかね、戸惑う俺。
 そんな俺にフランは無言で歩み寄り、両手をそっと俺の頬に当て……、

 ……って、おい。
 まさか……、

「フ、フラン……ちょっと待……っ!!」





 
――ちゅっ☆


!」





 フランの考えに気付いた俺が制止するよりも早く、
さくら達が見ている前で、フランの唇が、俺の唇に重ねられた。

 そして、そのまま……、





「んっ……んっ……」

「んぐ、ぐっ……んぐっ……んぐっ……」





 フランの口に含まれていた水が、俺の口の中へと流し込まれる。

 シャックリのせいで、何度かむせ返りそうになったが、フランに口を塞がれている為、
吐き出す事も出来ずに、半ば強引に俺は水を嚥下させられた。

 だか、不思議と不快感は無い。
 それに、何故か水が気管に入るようなことも無かった。

「ん……」

「……はあ」

 俺が水を全て飲み下したところで、フランの唇が離れる。
 そして、耳まで真っ赤にして、フランはおずおずと俺に訊ねてきた。

「ま、誠様……どうでしょうか?」(ポッ☆)

「あ、ああ……治った」(ポポッ☆)

 ……あれで治らなかったら、どうかしてるだろう。
 ってゆーか、いきなりあんな事されて、驚かない奴なんて絶対にいない。

 そんな事を考えつつ、訊ねるフランに、俺はそっぽを向きながら頷く。
 あまりに恥ずかしくて、フランの顔をまともに見れなかったのだ。

「あ、あのさ……ゴメンな」

「い、いえ……ワタシこそ、誠様に失礼な真似を……」

 お互い、気恥ずかしくて、俯いたまま向かい合う俺達。


「…………」

「…………」


 何となく気まずい雰囲気――

 と、そこへ……、








!」








「なぬ?」

「はい?」

 唐突に、しかも同時に、三つのシャックリが聞こえた。

 何となく嫌な予感がして、俺はさくら達の方を見る。
 すると案の定……、





「まーくん……ひっく……」

「さっき、フランちゃんが……ひっく……いきなりあんな事したから……」

「それで、驚いて……ひっく……私達まで……」





「…………」(汗)

「…………」(汗)
















「あの、まーくん……」(ポッ☆)

「まーく〜ん……」(ポッ☆)

「誠さん……お願いします」(ポッ☆)
















「……わかったよ。
やればいいんだろ、やれば……」(泣)
















 まあ、何だ……、
 この後、どんな事態になったのかは、わざわざ説明する必要は無いよな?








<おわり>
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