Heart to Heart

     
第120話 「とっとこはむたろう」







 それは、ある日の午後のことだった――

 昼メシを食べ終え、暇を持て余していた俺は、
腹ごなしがてら、なんとなく公園を散歩していた。

 その時……、

「おーいっ! 浩之〜っ! 何処に行ったんだ〜いっ!」

 ……運悪く、本当に運悪く、
何かを探すようにキョロキョロと周囲を見回している雅史を発見してしまった。

 ――逃げろっ!
 ――今すぐ、逃げるんだっ!!

 雅史の姿を見た瞬間、俺の中の何かが、そう警告する。

 当然、俺がそれに逆らう理由など皆無だ。
 だいたい、誰が好き好んで、あんな真性のホ〇野郎と関わったりするものか。

「そ〜っと……そ〜っと……」

 雅史に気付かれぬように、俺はそろりそろりと後ずさる。

 ……大丈夫。
 あいつは、まだこっちに気付いていない。

 このまま奴の死角まで移動して、ダッシュで逃げれば……、

 抜き足、差し足……、
 抜き足、差し足……、

 ゆっくりと、ゆっくりと……、
 雅史に気付かれないように、俺は側の木の陰まで移動する。

 そして、自分の姿が雅史に見えなくなね位置まで移動した俺は、
その場から脱兎の如く逃げ出す為に、クルリと踵を返した。

 だが……、





「やあ♪」

「うわぁぁぁぁーーーーっ!!」





 ……遅かった。(泣)

 そこから逃げ出そうと、俺がその場から背を向けた瞬間、
俺の目の前には、雅史の姿があったのだ。

「な、何で……どうしてお前が俺の目の前にいるっ!?
さっきまであっちに居たじゃねーかっ!!」

 と、そう言いつつ、俺はさっきまで雅史がいた場所を指差す。

 そんな俺に、雅史はしれっとした口調で……、

「あっはっはっはっ! こっちの方から誠君の匂いがしたんだよ♪
これも、僕と誠君を繋ぐ愛のちか……」


 
めき゜ょっ!!


 最後まで言わせない為に、俺は雅史を手加減無しで殴り倒す。
 そして、俺は容赦無く雅史の頭を踏みつけると……、

「雅史……お前がその単語を口にするな」

「あ、ぐぐ……誠君、キミの愛が痛いよ」


 
ぐりぐりぐりぐり……


「まだ言うか……?」

「うぎぎぎぎぎ……ま、誠君……もしかして、こういうのが趣味なの?
もしキミが望むなら、僕は喜んで……」


 
――ジャキンッ!


「あ、あははははは……、
ごめん……もう言わないから、その物騒なものをしまって欲しいな……」

「…………いいだろう」

 ようやく反省してくれたようなので、
俺は得物を懐にしまい、ついでに頭を踏み付けていた足もどけてやった。

 すると……、

「それにしても、誠君、ヒドイじゃないか。僕のこと、無視して行っちゃうなんて……」

 素早く復活した雅史は、ほとんど予備動作無しでいきなり立ち上がると、
俺を責めるような口調で言うと、ぷうっと頬を膨らませる。

 ……頼むから、そういう仕草するのはやめてくれ。

 さくら達みたいな女の子なら話は別だが、
男のお前にやられても、気持ち悪いだけなんだよ。

「まったく、僕と誠君の関係って、その程度のものだったの?」

「キッパリハッキリとその程度……いや、それ以下だっ!
ってゆーか、そういう誤解を受ける発言をするなっ!」

「誤解だなんて……、
ははは♪ 誠君ったら、別に照れなくても良いのに♪」

「人の話を聞けぇぇぇぇぇーーーーっ!!」

 俺の言葉を全く理解していない雅史に、俺は頭を抱える。

 どちくしょう……、
 成り行きとはいえ、こんな奴と知り合いになっちまったのは、
今までの俺の人生において最大のミスだったな。

「もういい……で、何か用か?」

 もう、とにかくサッサとここから立ち去りたい一心で、
俺は雅史の用件を聞くことにした。

 用事が済むまでは、帰してくれそうもないからな。
 それに、これ以上、こいつと話をしていたくない。

 まったく……、
 こいつも、正常な趣味の持ち主なら、それなりに良い奴なんだけどなぁ……、

 と、ゲンナリする俺に、雅史が訊ねる。

「あ、うん……あのさ、浩之、見なかった?」

「浩之? いや、見てないけど……」

 そう言って、雅史に答えつつ、俺は内心舌打ちする。

 なるほど……、
 つまり、さっきまでは浩之がコイツに絡まれてて、
浩之は隙を突いて雅史から逃げるのに成功したってわけだ。

 で、逃げた浩之を探していたところに俺を見つけて、
次のターゲットに選んだってことか……、

 ぬう……こりゃ、本当にツイてないな。
 ……もしかして、今日は厄日か?

「そっか……ホント、浩之、何処に行っちゃったんだろう?」

 と、俺が自分の不運さに溜息をついていると、
俺の答えを聞いた雅史は、再び浩之を求めて周囲を見回し始める。

 ……もしかして、これはチャンスなのでは?

 どうやら、雅史の意識は未だ浩之に向いているようだ。
 だとしたら、この隙にサッサとズラかった方がいいな。

 と、思い至り、俺はこっそりとの場から逃げ出そうと、雅史に背を向ける。

 しかし……、

「誠く〜〜〜ん! 何処に行くんだよ〜〜〜!」

「だあああああっ!! くっつくなぁぁぁぁぁーーーっ!!」

「そんなこと言わないで、誠君も一緒に探してよ〜〜〜!」

 ……アッサリと捕まってしまった。(泣)

「ねーねーねー! お願いだから、誠君も手伝ってよ〜〜〜!」

「えーいっ!! 離せ離せぇぇぇぇーーーーっ!!」

 逃げ様とした俺の足にすがりつき、必死に俺に懇願する雅史。
 そんな雅史をズリズリと引き摺りながら、俺は走る。

 だが、それでも雅史は諦めず、しつこく俺の足にしがみついてくる。

「くっ!! この……っ!!」

 そのあまりのしつこさに、いい加減、ムカついた俺は、
最終手段を使おうと、再び懐に手を入れた。

 そして、取り出した得物の銃口を雅史に向け、躊躇なく引き金を……、








 
とっとことっとこ……、

 
――ひょこ♪








 ……引く事は出来なかった。

 何故なら、何処からかハムスターが走ってきて、
雅史の頭の上にちょこんと乗っかったのだ。

 さすがに、小動物を相手にマシンガンを撃つことなんて出来ない。

 仕方なく、マシンガンを収める俺。
 そして、どうやって自力で雅史を振り解こうかと考えていると……、

 ……雅史が、意外な行動に出た。

「浩之〜♪ 何処行ってたんだよ〜〜〜♪」

「うきゅ?」

 ハムスターの姿を見た雅史は、アッサリと俺の足を離し、
自分の頭の上いるハムスターをそっと両手で包み込むように抱き上げる。

 そして、そのハムスターに、頬擦りするわキスするわと、
それはもう思い切り可愛がり始めた。

 まあ、それはともかく……、

「――浩之?」

 俺はハムスターを見た時に雅史が口にした名前を聞き、首を傾げる。

 ……浩之? 浩之だって?!
 このハムスターがっ!?

 なんてこったいっ!!
 浩之……お前、こんな可愛らしい姿になっちまって……、

 ……って、ちょっと待った。
 はて? なんか、以前にもこれと似たような事があったような……、

 確か、琴音ちゃんが……、

 ああ、なるほど……そういうことか。

 過去の経験から、だいだいの事情を理解する俺。
 それでも、一応、確認の為、雅史に訊ねることにした。

「……一応、訊いておくが、それ、浩之がハムスターになっちまったわけじゃねーよな?」

「え? 違うよ。この子は僕が飼っている正真正銘のハムスターだよ」

「……だよな」

 内心、やっぱりな、と思いつつ、俺は雅史の言葉に頷く。

 つまり、こいつも琴音ちゃん同様、
自分のペットに好きな人の名前をつけているわけだ。

 ようするに、さっきから雅史が探していた『浩之』ってのは、
このハムスターだったってことか。

 ……まったく、人騒がせな。

 ま、それはともかく、これで雅史の目的は達成されたわけだから、
俺がここにいる理由はもう無いな。

 これ以上、妙なことに巻き込まれないうちに、とっとと退散することにしよう。

「……ハムスターが見つかって良かったな。じゃあ、俺はもう帰るぞ」

「うん♪ それじゃあね」

 クルリと背を向ける俺に、頭の上にハムスターを乗せた雅史が手を振る。
 そんな雅史に、俺も後ろ手にヒラヒラと手を振りつつ、家へと……、

「さあ、浩之……僕達もそろそろ帰ろうね♪ 
も家で待ってるよ♪」


 
――ピタッ


「……ちょっと待て」

「――え?」

 今、雅史が妙な事を口走ったような気がして、
俺は踵を返すと、立ち去ろうとしていた雅史を追い駆け、肩を掴んだ。

「お前……今、なんて言った?」

「何って……誠も家で待ってる、って言ったんだよ」

 雅史のその言葉に、俺は目眩を覚える。

 まさか……まさか……、

 ……最悪の予感がした。
 そして、訊いてはいけないと分かっていながら、確認しないわけにはいかなかった。

「……その『誠』って何だ?」

「もちろん、僕が飼っているハムスターの名前だよ♪」

 一番聞きたくなかった言葉を、サラリと言う雅史。
 それを聞き、俺は、もう何もかもが終わってしまっていることを悟った。

 だが、それでも……、
 無駄だとは知りつつも、俺は足掻く。

 目の前の現実を否定する為に、変えようの無い事実を消し去る為に……、

「…………やめろ」

「――へ?」

「その名前をやめろぉぉぉぉーーーーーっ!!」

「いいじゃないか。僕がハムスターにどんな名前を付けたって」

「全然良くなぁぁぁぁぁぁーーーーーーいっ!!」

 だが、俺の魂の雄叫びなんぞが、コイツに通用するわけがない。
 それどころか、事態はさらに劣悪な方向へと進みつつあった。

「でもさ〜、あの子を見てると、もう『誠』って名前しか思い浮かばないんだよね。
それくらい、誠君に似て可愛いんだよ♪」

 そう言うと、雅史は何やら名案を思いついたようにポンッと手を叩く。

「そうだっ! 今から僕の家においでよ♪
あの子を見れば、絶対に誠君も理解してくれると思うから♪」

「断るっ!!」

「そんなに遠慮することないよ♪
ちょうど、今夜は両親も姉さんも留守だし……♪」

「待てっ!! それはハムスターの名前とは何の関係も無いぞっ!」

「何言ってるんだよ♪ 関係大有りさ♪」

 そう言いうと、雅史は妖しげな笑みを浮かべ、
両手をワキワキと握ったり開いたりしながら、俺ににじり寄って来る。

「さあ、誠君……一緒に僕の家に行こうね〜♪」

「いやだぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」

 身の危険を感じた俺は、すぐさま雅史から逃げようと走る。
 だが、雅史の猛烈なタックルが、俺の両足に襲い掛かってきた。

「あははははははは♪ 逃がししないよ〜♪」

「はぁぁぁぁーーーなぁぁぁぁぁーーーせぇぇぇぇぇぇーーーーっ!!」

 柔道のもろ手狩りの要領で、地に倒れ伏す俺。
 そして、身動きが取れなくなった俺に、雅史が寝技を敢行してくる。

「うふふふふふふふ……♪
僕、もう家に帰るまで我慢できなくなっちゃったよ♪」

「何がだぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」

「さあ、誠君……僕と一緒に、めくるめく快楽の世界へっ!」

「いやだぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」

 倒れた俺の体の上を、わさわさと雅史が這い登ってきた。

 そして、俺は顔を両手で動けないように押さえつけると、
目を閉じて、唇を突き出して、ゆっくりと顔を近付けてくる。

 ああ……もうダメだ。
 俺は、このまま雅史に身も心も汚されちまうんだ。

 さくら、あかね、エリア……それと、フラン……、
 ゴメンな……俺はもうダメだ。

 このまま、雅史に汚されて……、
 俺の心は、きっと壊れてしまうんだ。

 そして、抜け殻になっちまった俺の体は、永遠に雅史に弄ばれ続けるんだ。

 うう……、
 ゴメン……ゴメンよ。

 結局、俺はお前達を幸せにしてやれなかったよ……、

「それでは、いただきま〜〜〜す♪」

「…………」

 もう、雅史の顔は目と鼻の先にある。
 次の瞬間には、俺の唇は雅史に奪われているだろう。

 ――さよなら、みんな。

 観念した俺は、せめて現実を直視しないで済むように、ギュッと目を閉じる。

 そして……、









































「……くんっ! まーくんっ! 大丈夫ですかっ!?」

「誠さんっ! 目を開けてくださいっ!」

「まーくんっ! しっかりしてっ!」

「誠様っ!! お気を確かにっ!」

「う……ん……」

 何だか、懐かしい感じがする声に、俺はゆっくりと目を開けた。
 涙でぼやける視界に映るのは、四人の大切な女の子達。

「みんな……」

「良かった! 目を覚ましましたっ!」

「まーくん、もう大丈夫だからね」

 目を覚ました俺の手を、さくらとあかねがギュッと握ってくれている。
 そのぬくもりが、とても心地良くて……安心できた。

「ま、雅史は……?」

「ご安心ください。誠様に害をなす者は、ワタシ達で排除しました」

 フランのその言葉を聞き、俺の体から力が抜ける。
 そして、それと同時に、張り詰めていた何かが、一気に弾けた。

「うわぁぁぁぁぁぁーーーーーーんっ!!
怖かったよぉぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!!」

 完全に緊張の糸が切れてしまったせいだろう。
 恥も外聞も捨てて、堰を切ったように、俺は泣き叫ぶ。

「まーくん……」

「誠さん……」

「もう安心していいからね」

「ワタシ達が、あなたをお守りしますから……」

 子供のように泣き続ける俺を、さくら達が抱きしめてくれる。
 そして、そんな彼女達のぬくもりが、俺の怯えた心を満たしてくれた。

 さくらと――
 あかねと――
 エリアと――
 フランと――

 四人の大好きな女の子達に優しさに包まれながら……、

 ……俺は彼女達に心の底から感謝した。








 みんな……ありがとな。








<おわり>
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原案 聖悠紀