Heart to Heart

      
第117話 「仰げば尊し」







 
あ〜お〜げ〜ば〜と〜う〜とし、わ〜が〜し〜の〜お〜ん〜♪

 
お〜し〜え〜の〜に〜わ〜に〜も、は〜や〜い〜く〜と〜せ〜♪


 体育館から聞こえてくる歌声に耳を傾けながら、
俺は中庭の木陰に寝転がった。

 そして、瞳を閉じて、初春の温かな日差しに身を任せる。

「……卒業式、か」

 ゆるやかな風に揺れる草の音を聞きながら、俺は何気なくポツリと呟く。

 ――そう。
 今日は卒業式だ。

 三年生の先輩達が、この学校から巣立っていく寂しくも記念すべき日だ。

 それは。つまり……、
 俺よりも二つ上の先輩である芹香さんが、この学校を出ていく日でもある。

 出来ることなら、俺も卒業式に出席して、芹香さんの晴れ姿を祝福したいが、
式に出席できるのは二年生だけだ。

 一年生は式の準備だけ手伝わされて、後は用なし。
 当日は、体育館に近付くことさえ許されない。

 ……まったく、ヒドイ話だ。
 まあ、そのおかげで、卒業式当日は、一年生は休みになるんだけどな。

 それに、式に出席したいと思うのも、卒業生の中に芹香さんがいるからであって、
知り合いが誰もいないなら、あんな退屈な式に出たいとは思わない。

 じゃあ、何故、今日は休みである俺が、
学校の中庭で昼寝なんぞしているかと言うと……、

「あ〜……やっぱり、温かい日の昼寝はここに限るな〜♪」

 ……とまあ、大した理由じゃなかったりする。

 べ、別にいいだろ?
 誰に迷惑掛けてるわけでもねーし……、

 それに、何処で昼寝しようが俺の勝手だ。

 ……というわけで、おやすみ。

 ZZZZ……、
















「にゃ〜……」

「――ん?」

 突然、腹の上に重みを感じ、
それと同時に、聞き覚えのある猫の鳴き声を耳に、俺は目を覚ました。

 ……何だ?
 また、俺が昼寝している間にノラ猫が寄って来たのか?

 と、そんな事を考えつつ、寄って来た猫を驚かせないように、
ゆっくりと視線を自分の腹の上に向ける。

 案の定、俺の腹の上に、一匹の黒猫が、
気持ち良さそうに丸くなって眠っていた。

 まあ、それについては、今更、驚くことじゃねーよな。
 俺が外で昼寝してて、猫が寄って来るのはいつもの事だし……、

 ただ、今回は、ちょっとだけいつもと違った。
 何故なら、その黒猫に見覚えがあったからだ。

 この猫……確か……、

「…………」

「え? 起こしてしまって済みませんって?
ああ、気にしなくて良いよ……って、芹香さ――」

 いつの間にか、俺の傍らにちょこんと座っていた芹香さんの姿を見て、
俺は驚きのあまり大声を上げてしまいそうになる。

 だが、芹香さんがシ〜ッと口に指を当てたのを見て、俺は慌てて口を噤んだ。

 おっと、いけない。
 もう少しで猫を起こしちまうところだったぜ。

 と、俺は猫を起こしてしまわないように、
起こしかけていた体を再び草の上に倒した。

 あ……、
 そういえば、芹香さんで思い出したぞ。

 この猫……芹香さんの猫だ。

 芹香さんが部室で飼っている、あの可愛げの無い、
一説では芹香さんの使い魔じゃねーかって言われている、ある猫だ。

 この野郎……、

 普段は、俺に近寄っても来ないクセに、
こういう時だけ、人の腹の上で堂々と寝やがって……、

 ……まあ、それが猫ってモンなんだろうけどさ。

 っと、そんなことよりも、今は芹香さんだ。
 今日は卒業式の筈なのに、何でこんなところにいるんだ?

「…………」

「は? もう終わった?」

 俺がその事を訊ねると、
芹香さんは、もう卒業式は終わったと教えてくれた。

「あ、ホントだ! もうこんな時間かよ!」

 芹香さん言葉を確かめる為に腕時計を見ると、
既に時計の針は一時を回っていた。

 こんな時間なら、間違いなく、卒業式は終わっているな。

 ほんの少しウトウトしただけだと思ってたのに、
しっかりと眠っちまってたようだ。

「ところで、卒業式はもう終わったんだろ?」

「…………」(こくん)

「じゃあ、こんなトコで何やってんだ? 家に帰らなくていいのか?」

 と、俺が訊ねると、芹香さんは、
浩之を待っているのだ、と、教えてくれた。

 なんでも、今日は、この後、浩之と何やら約束をしているらしい。
 だが、二年生は卒業式の後片付けをしなければならないので、少し遅くなる。

 で、芹香さんは、ここで浩之が来るのを待っている、ってわけだ。

「待ち合わせ場所はここなのか?」

「…………」(こくん)

「そっか……じゃあ、俺がここにいたら邪魔だな」

 と、俺は体を起こすと、腹の上で寝ている猫をそっと抱き上げ、
芹香さんの膝の上に乗せた。

 そして、浩之が来る前にとっとと立ち去ろうとしたのだが……、

「…………」(ふるふるふる)

 ……芹香さんに服の裾を掴まれ、引き止められてしまった。

「ん? 邪魔じゃねーのか?」

「…………」(こくこく)

「浩之が来るまで暇だから、それまでお話しましょう?
まあ、俺も特に用事はないから、別にいいけど……」

 どうするかな、と、ちょっと迷う俺。

 正直、芹香さんと話をするのは、ちょっと疲れるんだよな。
 あの『ゴン太君式会話』って、まるで一人問答してるみたいでさ……、

 でもまあ、せっかくの芹香さんのお誘いだ。
 それを断るわけにはいくまい。

 それに、芹香さんと一緒にいると、
その独特の雰囲気のせいか、妙に落ち着くんだよな。

「んじゃま、お言葉に甘えるとしますかね」

 と、芹香さんの申し出を受けることにした俺は、
再び腰を下ろすと、木の幹に背中を預けた。

 で、芹香さんの言葉を待ったのだが……、





「…………」

「…………」(汗)

「…………」

「…………」(汗)





 ……何も話そうとしないし。(泣)

 芹香さんは、一言も発する事無く、ただボーッと猫の背中を撫でているだけだ。

 まあ、芹香さんは基本的に無口だからな。
 芹香さんの方から話し掛けて来るのを期待するのは酷ってものか。

「そ、そう言えばさ、芹香さんは、当然、大学に行くんだろ?
どこの大学に行くんだ?」

「…………」

「――え?」

 取り敢えず、当たり障りの無い話を振ってみると、
芹香さんは少し恥ずかしそうに俯くと、進学先を教えてくれた。

 そして、芹香さんが口にした大学の名前を聞き、俺はちょっと驚く。

 その大学って……、
 確か、冬弥兄さんや由綺姉達が通っている……、

「な、なるほど……あそこならここから近いもんな。
でも、芹香さんの成績なら、もっと良い大学にいけるんじゃねーか?」

 俺がそう訊ねると、芹香さんは僅かに寂しそうに微笑んだ。
 そんな芹香さんの表情を見て、俺は自分が言ってしまった事を後悔した。

 ……ちょっと考えれば分かることだ。

 芹香さんは無口だし、人付き合いがヘタだし、
人見知りするし、趣味がオカルトだし……、

 そういった理由で、色々と誤解されやすいタイプだ。

 今までは、同じ学校に俺や浩之達がいたけど、
大学に行くようになれば、また一人になってしまう。

 だから、知り合いが誰もいない大学に一人で行くことに不安を感じないわけがない。

「……やっぱり、一人じゃ寂しいか?」

「…………」(こくん)

 俺の言葉に、芹香さんは少し考え、コクリと頷いた。
 だが、それでも強がるように微笑むと……、

「でも、ここから近いから大丈夫だって?
いつでも、俺達と会えるから、寂しいけどつらくはないって?」

「…………」(こくん)

「そうか……なら、良いんだけど……」

 と、言いつつも、さっきの芹香さんの寂しそうな笑みを見てしまっていた俺は、
何だか妙に心配になってきてしまった。

 ……どうするかな?
 ちょっとお節介かもしれないけど、冬弥兄さん達に相談してみるか?

 あのメイツなら、変わり者もいるし、よく気が付く人もいるから、
安心して芹香さんを任せられるしな。

 と、そんな事を俺が考えていると……、

「…………」

「あ……」


 
なでなで……


 いきなり、芹香さんが俺の頭を撫でてきた。

「せ、芹香さん……?」

「…………」


 
なでなで……


 突然のことに戸惑う俺に構わず、
芹香さんは優しく優しく、俺の頭を撫で続ける。

「…………誠さん」

 そして、珍しく、ハッキリと聞こえる声で……、

「……心配してくれて、ありがとうございます。
でも、わたしは大丈夫です。
確かに、以前の私でしたら、不安に押し潰されてしまっていたでしょう。
そして、人との接触を絶って、自分の殻に閉じ篭って、全てから逃げ出していたでしょう。
ですが、この学校で、私は浩之さんに出会いました。
誠さん達に、みなさんに……大切なお友達に出会いました。
そして、何にも負けない勇気という強さを貰いました。
ですから、私のことは何の心配もありません」

 ……と、力強く言い切り、にこりと微笑んだ。

 その芹香さんの微笑みと、強い意志の込もった瞳を見て、
俺の中の不安は綺麗サッパリ消えてなくなった。

 そして、それは芹香さんは大丈夫だという確信に変わった。

 ……そうだよな。
 芹香さんだって、いつまでも昔のままじゃねーんだ。

 俺なんかが、とやかく言う必要なんか無いよな。
 芹香さんは、俺なんかと違って、ずっとずっと強い心を持っているんだから。

「……そっか。じゃあ、安心だな」

「…………」(こくん)

 芹香さんの笑顔につられる様に微笑む俺に、
芹香さんは申し訳なさそうに、深々と頭を下げる。

「ちょ、ちょっと芹香さんっ!
頼むから、頭上げてくれよ。単なる俺のお節介なんだからさ」

「…………」

 俺の言葉に、芹香さんはゆっくりと頭を上げた。
 そして、再び、俺の頭を撫で始める。


 
なでなで……

 
なでなで……


「はは……」

 いつもはさくら達を撫でている自分が、
芹香さんの前では撫でられる立場になっている。

 はかるさんとあやめさん――
 由綺姉と理奈さん――

 そして、目の前にいる芹香さん――

 ……どうやら、俺はところとん年上の女性に弱いらしいな。

 と、今更ながらに気付いたその事実に、俺は苦笑する。

「……そういえば、まだ言って無かったよな?」

「――?」

 俺の唐突な言葉に、芹香さんは撫でる手を止めて、首を傾げる。
 そんな芹香さんに、俺はにこりと微笑み……、

 そして……、








「芹香さん……卒業おめでとう」








<おわり>
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