Heart to Heart
第115話 「問題発言」
「すっきやっき、すっきやっき♪
うっれしっいな〜♪」
「ま、誠様……少し落ち着いてください。
周りの人が見ているんですよ。は、恥ずかしいです」(ポッ☆)
スーパーの袋を持ち、後ろを歩くフランが、
恥ずかしそうに頬を赤らめながら、俺にやんわりと注意してくる。
しかし、そんなフランの言葉も、今の俺には届かない。
今、俺の頭の中は、これから食す晩メシで頭がいっぱいなのだ。
当然、周囲の目なんか全然気にしない。
普段なら、人一倍働く『普通であろうとする理性』も、全く機能しない。
だから、今日の晩メシに想いを馳せる俺は、
全身で、その喜びを表現してしまうのだ。
というわけで、ワンモアッ!!
「すっきやっき、すっきやっき♪
うっれしっいな〜♪」
「ま、誠様ぁぁぁ〜〜〜……」(泣)
何か、後ろでフランが泣いているような気がするが……、
――うん。
気にしない気にしい♪
ある日の夕方――
俺はいつもの商店街を、スキップを踏みながら歩いていた。
――ん?
何でそんなにご機嫌なのかって?
そんな事、さっきから俺が口ずさんでいる歌を聞けば、
イチイチ言わなくてもわかるだろ?
――そう。
今日の晩メシはスキヤキなのだっ!!
実は、今から三十分程前――
俺は、偶然にも遊びに来ていたフランと一緒に、
今日の晩メシはどうしようかと考えていた。
と、その時、あやめさんから電話が掛かってきた。
その内容は……、
「あ、誠君? あのね、今夜、スキヤキやるから……」
「行きます」
……とまあ、こういう内容だった。
で、あやめさんのお誘いに即答(1秒)した俺は、
遠慮しようとするフランを半ば強引に伴って、河合宅に向かった。
そして、あやめさんにスキヤキの材料の買い出しを命じられ、
俺はフランを連れて、意気揚々と商店街に繰り出した、というわけである。
「〜♪ 〜♪ 〜♪」
鼻歌を唄いながら、上機嫌で河合宅へと向かう俺。
その足取りは、もうムチャクチャ軽い。
手に持ったスーパーの袋の重みさえも苦にならない。
いや、それどころか、この袋の中身が、俺を楽園へと導いてくれるのかと思うと、
その重みさえも心地良く思えている。
「〜♪ 〜♪ 〜〜♪」
「誠様、ご機嫌ですね」
「おうよっ! 当然だぜっ!」(にこっ☆)
と、俺の斜め後ろを歩くフランが声を掛けて来た。
それに満面の笑顔で答えると、
フランは何故か顔を真っ赤にして、俺から視線を逸らすように俯いてしまう。
……ん?
フランの奴、何であんなに赤くなってるんだ?
ああ……そうか。
あんまり嬉しくて、すっかり失念していたな。
嬉しさのあまりハイテンションな俺と一緒に歩いているわけだから、
フランは相当恥ずかしい思いをしていたことだろう。
う〜む……、
食い物が関わると、途端に他が見えなくなるのは、俺の悪い癖だな。
嬉しくてはしゃぐのは別に良いのだろうが、
そういうと時こそ、冷静に、周囲に配慮しなければ……、
「え〜っと……ゴメンな、フラン。
お前が一緒だってこと、全然考えてなかったな」
「い、いえ、それは構いません。誠様の幸せそうな姿を見るのは、
ワタシにとっても嬉しいことですから……ただ……」
「ただ?」
「魔族であり、自動人形であるワタシなどが、
皆様のお食事にお邪魔してもよろしいのでしょうか?」
と、困った口調で言うフランに、俺はやれやれと肩を竦める。
ったく、コイツはいつもいつも……、
どうして、こう、すぐに遠慮するんだろうな?
「あのなぁ、俺達を相手に遠慮してどうすんだよ」
「で、ですが、家族の団欒に、ワタシのような余所の者が……」
「……その言葉は聞き捨てならねぇな」
自分の事を余所者というフランの言葉にカチンときた俺は、
ちょっと声色を低くしつつ、真剣な眼差しでフランを睨む、
「魔族だろうが自動人形だろうが、
俺は……俺達はお前を余所者なんて思ったことはねーぞ」
「ま、誠様……」
俺に睨まれ、フランはビクッと体を震わせる。
こころなしか、いつもは虚ろに見える瞳が潤んでいるような……、
それは、俺に睨まれて怯えているのか……、
それとも、俺の言葉に戸惑っていのか……、
……あるいは、その両方、か?
もしかして、俺の言葉に感激しているとか……、
……まさかな。
まあ、とにかく、俺の言いたい事は、ちゃんと伝わったはずだし、
いい加減、シリアスモードは解除しよう。
真剣な顔を維持するのって、結構疲れるんだよ。
……こういうこと言ってる時点で、
俺ってシリアスとは無縁なギャグキャラっていう証拠だよな。
っと、それはともかく……、
「まあ、そういうわけだから、
いつまでもつまんねー事で、イチイチ遠慮なんかしなくていいんだよ」
「は、はい……」
と、いつもの調子に戻って、フランに言う俺。
しかし、フランはまだ納得できていないようで、その返事は歯切れが悪い。
そんなフランにさすがにイライラした俺は、ついつい強い口調で……、
「俺達が良いって言ってるんだから良いんだよっ! サッサと来いっ!」
……言ってしまってから、俺はかなり後悔した。
これじゃあ、強い口調どころか命令口調じゃねーか。
さすがに温厚なフランも、これじゃあ気を悪くしちまっただろうな。
と、思って、フランの機嫌が悪くなるのを覚悟していたのだが……、
「は……はい♪」
それとは逆に、やたらと良い返事と共に、俺について来る。
あんな言い方されて、何で怒らねーんだ?
それどころか、妙に嬉しそうなんだけど……、
……ま、いいか。
何か、深く考えると怖そうだし……、
それから、しばらく歩いて――
河合宅の近くまで来たところで、俺は一件の店の前で足を止めた。
そこは、俺達もよく利用しているレンタルビデオショップだ。
「どうしました?」
と、突然、立ち止まった俺に、フランが訊ねる。
「……フラン、ちょっと待っててくれるか?」
「はい、それは構いませんが……ああ、あやめさんに頼まれていた用事ですね」
フランが訊ねる前に、俺は持っていた荷物をフランに見せた。
それだけで、事情を理解したフランは、すぐさま頷く。
俺がフランに見せた物……それは一本のビデオテープだ。
以前、あやめさんがこの店で借りた物で、
買い物ついでに返して来て欲しいと頼まれていたのである。
「じゃあ、すぐ戻って来るから」
「はい。行ってらっしゃいませ」
そう言って、フランは道行く人の邪魔にならぬよう、
近くにあった自販機の側まで行くと、地面にスーパーの袋を下ろす。
やれやれ、やっぱり重いのを我慢して持ってたんだな。
ビデオを返したら、フランの分も全部、俺が持ってくかな。
いや、あいつの事だから、それだと断固拒否するだろうし、半分ってトコが妥当か。
と、そんな事を考えつつ、俺は店内に入った。
そして、返却するビデオを店のカウンターに置くと、
すぐさま店員の一人が返却期限のチェックに……、
「あれ? 藤井君?」
「え? ああ、理緒さんか」
現れた店員が見知った相手だったとこに、俺はちょっと驚く。、
しかし、理緒さんが色々なところでバイトをしているってことを思い出し、
すぐに落ち着くことがてきた。
「理緒さん、こんなトコでもバイトしてんのか?」
と、俺が訊ねると、理緒さんはビデオの返却期限を確かめつつ、元気良く頷く。
「うん。実は、ここのバイトは最近始めたの。
今日はお休みだけど、津岡さんもここでバイトしてるよ」
「あいつもか? ったく、そんなんで本業の方は大丈夫なのかよ?
まあ、人の趣味をとやかく言うつもりはねーけどさ」
「あはは、趣味がバイトっていうのも変わってるよねー」
「理緒さんも似たようなモンだろ?」
「あ〜! そういう言い方ってないと思うな」
と、俺の冗談に頬を膨らませつつ、理緒さんはチェックを終えたビテオを、
返却用の棚の中に入れた。
そして、にっこりスマイルとともに、マニュアル通りのセリフを……、
「はい、結構です。またのご利用をお待ちして……っ!?」
……言おうとして、突然、理緒さんの表情が固まった。
――ん?
どうした? 何かあったのか?
「おーい、理緒さ〜ん?」
理緒さんの様子を不思議に思った俺は、
理緒さんの顔の前で手をヒラヒラと振って呼び掛けてみるが、反応は無い。
よほど驚かされるものを見たのか、その視線は完全に一点に集中していた。
どうやら、その視線は、店の外へと向けられているようだ。
「……?」
それに気付いた俺は、理緒さんの視線の先を追うように後ろを振り向く。
そして……、
「――っ!!」
俺は、ひの光景を見て、ちょっと眉を吊り上げた。
その俺の目に飛び込んできたもの――
それは、三人のガラの悪い男達に囲まれたフランの姿だった。
「あいつら……」(怒)
フツフツと湧き上がってくる怒りを堪えつつ、
俺はその光景を注意深く見つめる。
どうやら、あいつらはフランをナンパするつもりらしい。
フランが自動人形だということには気付いていないようで、
奴らはフランが逃げられないように取り囲み、馴れ馴れしく声を掛けている。
そんな馬鹿共の言葉に、フランは何度も首を横に振る。
多分、できるだけ穏便に済ませる為に、やんわりと誘いを断っているのだろう。
「ふ、藤井君……どうしよう?」
ようやく我に返った理緒さんが、オロオロと俺に訊ねてきた。
そして、側にあった電話の受話器を取ると……、
「や、やっぱり、警察に連絡を……」
「それは……間違ってはいないけど、最終手段にしておこう。
この商店街のお巡りさんが出てきたら、無意味に事態が派手になるからな」
「そ、そうなんだ……」
「そういうこと。だから、取り敢えず、俺が止めに行く。
もしヤバそうになったら、その時は警察に連絡してくれ」
「……う、うん」
緊張した面持ちで頷く理緒さん。
そんな理緒さんを安心させるために、軽く微笑んでから、俺は店を出た。
そして、いまだしつこくフランに言い寄っている馬鹿共に、
爆発しそうになる怒りを抑えつつ、ゆっくりと歩み寄る。
それにしても……フラン、お前は優しすぎるぞ。
だいたい、その程度の奴ら、お前なら瞬殺できるんだから、
サッサと追っ払っちまえばいいのに。
相手にケガをさせたくないっていう、お前の気持ちはわかるけど、
そんな奴らにイチイチ気を遣う必要なんかねーんだよ。
世の中には、口で言ってもわからない奴はいくらでもいるんだからな。
まあ、それが分かっていても手を出さないのがフランなんだけど……、
「ったく、しょうがねーなー」
と、俺は頭を掻きながら呟く。
と言っても、別にフランを助けるのが嫌ってわけじゃないし、面倒臭いってわけでもない。
それどころか、ああいう男のグズ達を排除するなら、手間を惜しむつもりは毛頭ない。
複数で女の子を取り囲んで怖がらせるような奴らは大嫌いなんだよ。
ただ、ケンカするのは良いとしても、
それでケガなんかしたら、さくら達に心配掛けちまうしな。
だから、こういう荒っぽい真似はしたくねーんだけど、
今はそんな事を言っている場合じゃねーからな。
それに……、
せっかく今夜はスキヤキだってのに、
その最高の気分をブチ壊しにするような奴らは万死に値するっ!
……というわけで、粛正は決定事項である。
でも、出来れば喧嘩沙汰にはしたくないので、
取り敢えず平和的な話し合いで解決しようと、俺は馬鹿共に声を掛けようとした。
その時……、
「――っ!!」
多分、どんなに誘っても首を縦に振ろうとしないフランに業を煮やしたのだろう。
馬鹿共の一人が、強引にフランを連れて行こうと、
フランが持っていたスーパーの袋を掴んだ。
あああああああっ!!
あれは今夜のスキヤキの材料っ!!
俺のスキヤキの材料っ!!
あいつら……何であれを掴んだんだ?
普通、こういう時はフランの腕を掴むモンだろがっ!!
……って、ンなツッコミを入れてる場合じゃないっ!!
まさか……まさか……、
あいつらの本当の目的は、フランじゃなくて……、
俺のスキヤキが狙いかっ!?
そう考えた瞬間、俺は全力で駆け出していた。
そして、懐から例のアレを取り出し……、
「てめぇら、ちょっと待てっ!
そいつは俺のものだぁーっ!!」
で、その後――
平和的武力鎮圧により、馬鹿共を追っ払った俺達は、
無事、河合宅に帰り、美味しくスキヤキを食べることができた。
ただ、一つ気になることがある。
フランの奴、俺と目が合うと、何故か顔を真っ赤にして、
目を逸らしちまうんだよな。
……俺、何かフランを怒らせるようなことしたのかな?
そして、次の日――
「……なあ、誠?」
「――ん? どうした、浩之?」
「さっき、理緒ちゃんに聞いたんだけど、
お前、昨日、ガラの悪い連中に絡まれてたフランを助けたんだって?」
「あ? ああ……でも、それがどうかしたのか?」
「お前、その時、フランのことを『俺のものだ』って……」
「――はあ?」
「お前、とうとうフランまで……」
「ちょっと待てっ! 浩之、お前は何か勘違いしてねーか?
あれはフランのことを言ったんじゃなくて…………はっ!?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
「うう……なんか、後ろから凄まじいプレッシャーが……」(泣)
「誠……骨は俺が拾ってやるからな」
「そ、そんな……」
「……まーくん」
「理緒さんが言ってたことが、どういうことなのか……」
「……納得のいく説明をしてもらいますよ」
「誤解だぁぁぁぁーーーっ!!
誤解なんだぁぁぁぁーーーっ!」
その頃、デュラル宅では――
「ル、ルミラ様〜……」(泣)
「どうしたの、アレイ?」
「フランソワーズさんの様子が変なんです〜」(泣)
「……というと?」
「あれを見てください〜」
「……私が誠様のもの♪
……私が誠様のもの♪
……私が誠様のもの♪
……私が誠様のもの♪」(ポッ☆)
「ほら……昨日からずっとああして、空を見上げてるんです〜」(泣)
「何があったらしらないけど、完全にトリップしてるわね」(汗)
「そうなんです〜。どうしまょう?」
「まあ、しばらくしたら戻ってくるでしょ? そのまま放っておきなさい」
「は、はあ……」
「……私が誠様のもの♪
……私が誠様のもの♪
……私が誠様のもの♪
……私が誠様のもの♪」(ポッ☆)
<おわり>
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