Heart to Heart

    
 第109話 「学食の乙女達」







「すみませ〜ん。ラーメンとチキンライスお願いしま〜す」」

「はいよっ! おーい、テンカワッ! ラーメンとチキンライス追加だよっ!」

「わかりましたっ! え〜っと、サユリちゃん……、
俺、今、こっちの手が離せないから、チキンライスだけ頼めるかな?」

「は〜い♪」

 俺が注文かると同時に、料理長を筆頭に、
女性五人に男性一人で構成された厨房のコックさん達が、慌しく動き始める。

 そんな彼らの姿を眺めつつ、俺は料理長らしき人に食券を渡すと、
ちょっと疲れたように、カウンターの椅子に腰を下ろした。








 ある日の昼休み――

 俺は久し振りに学食に来ていた。

 ここに来るのは、この学校に入学したばかりの頃以来だ。

 なにせ、俺の昼メシは、購買のパンか、さくら達が作った弁当と、
だいたい相場は決まっているからな。

 だからと言って、別にこの学食が嫌いなわけじゃない。
 ハッキリ言うと、購買のパンなんかより、学食の方が何倍も良い。

 なにせ、メニューは豊富、味は絶品、量も多い。
 そして、価格もリーズナブルときているからな。

 でも、俺は、さくら達の弁当が無い場合は、ほとんどパンで済ませている。

 何故かと言うと……落ち着かないんだよ。

 さっき言ったような理由から、この学食は生徒達からの人気が高い。
 だから、それに比例するように、やたらと混雑してるんだよな。
 メシは落ち着いて食べる主義の俺としては、そんな中でメシは食べたくない。

 というわけで、俺は今まで学食は出来るだけ敬遠していた。

 ならば、何故、今日に限って、学食に来ているのかと言うと……、

 ……さくら達が弁当を作ってくれなかったんだよ。(泣)

 ――理由は分かっている。

 一昨日の朝、メイド服姿のフランと一緒に寝ていたのを、
思い切り目撃されちまったからだ。

 おかけで、さくらもあかねもエリアも、すっかり機嫌が悪くなっちまってな。

 てなわけで、さくら達は弁当を作って来てくれなくて――
 そのショックのせいか、購買でのパン争奪戦にも破れちまって――

 とまあ、そんな経緯があって、俺は今、一人寂しく学食にやって来たわけなのだが……、








「……いい食べっぷりだね〜」

「――はい?」

 注文してから待つことしばし――

 目の前に置かれたラーメンとチキンライスを食べていると、
突然、さっきの料理長らしき女性が話し掛けてきた。

「何ですか? おば……ゴホッ、んんっ……お姉さん」

 一瞬、その料理長を『おばさん』と呼びそうになってしまい、
俺は咄嗟に咳き払いをしてそれを誤魔化すと、慌てて訂正した。

 この人、結構、微妙な年齢っぽいからな。
 こういう場合、呼び方には注意しないと……、

 だが、俺のそんな気遣いは杞憂でしかなかった。

 俺のおばさん発言を、料理長さんは気さくに笑い飛ばしてくれたのだ。

「はっはっはっはっ! 子供がそういう事を気にしなくて良いんだよ。
実際に、あたしゃ、もういい歳だからねぇ。充分、おばさんさ。
でも、わざわざ気を遣ってくれてありがとね」

「は、はあ……」

「ま、それでも気遣ってくれるってんなら、名前で呼んでおくれよ。
あたしゃ、この学食の料理長の『リュウ・ホウメイ』っていうんだ」

 そう名乗りつつ、料理長さん……いや、ホウメイさんは、
俺のコップに水を注ぎ足してくれる。

「あ、ありがとうございます。
で、ホウメイさん? 俺に何か? さっきから俺のこと見てたみたいですけど?」

 ホウメイさんにお礼を言ってから、俺は話を戻す。

 ――そう。
 さっきから、この人、チラチラと俺の方を見ては、ニコニコと微笑んでたんだよな。

「な〜んだ、気付いてたのかい?」

「はい……で、俺に何か用ですか?」

「いやいや……別に何でもないんだよ。
ただ、あんたの食べっぷりがあんまり気持ち良かったもんだからね。
だから、ついつい嬉しくなっちまってさ」

「は、はあ……そうですか?」

「そうさね。あれだけ美味そうに食べてもらえるなんて、コック冥利に尽きるってもんさ」

 と、そう言って、一人納得したようにウンウンと頷いてから、
ホウメイさんは、唐突に真面目な表情で俺に訊いてきた。

「ただねぇ……どうも食べ方が心ここにあらずというか、ヤケ食いというか、
そんな感じがしたんだけどねぇ……何か悩み事でもあるのかい?」

「…………」

 ホウメイさんのその言葉に、俺は何も言えなくなってしまう。

 ――図星だったからだ。

 ホウメイさんの言う通り、
俺は半ばヤケ食いな気持ちでメシを食べていた。

 理由は……やっぱり、さくら達と一緒じゃないからだろう。

 昼メシは、いつもあいつらと一緒に食べているから。
 それが、俺にとって、俺達にとって、当たり前のことだったから。

 さくら達の作った弁当を囲んでー―
 おかずの感想を言い合って――
 色々と雑談を交わして――

 ――そんな、日常の中の何でも無いひととき。

 それが無くなっただけで、こんなにも寂しい気持ちなるなんて……、

「……一つ、訊いていいかい?」

 食器を洗いながら訊ねてきたホウメイさんに、俺は無言で頷く。

「今、アンタが食べてるそのラーメン……美味いかい?」

「も、もちろん……美味いですよ」

 ホウメイさん問いに、俺はちょっと詰まりはしたものの、即座に答えた。

 このラーメンは……凄く美味しい。
 そんじょそころらの店なんかよりも、遥かに美味しい。

 ……それは、断言できる。

 でも……、
 確かに、美味しいんだけど……、

「ウソを言うもんじゃないねぇ」

 俺の言葉を聞き、ホウメイさんは食器を洗う手を止めると、
真剣な眼差しを俺に向け、ズバリと確信を突いてきた。

「一人で食べるメシが美味いわけないだろう?
例え、それがどんなに腕の良いコックが作った料理でもね」

 そう言うと、ホウメイさんは腕を組んで、ちょっと意地悪く微笑んだ。

「確か、藤井 誠だったよね。実はね、アンタの噂は耳にしてたんだよ。
で、学校ではほとんどいつも一緒にいる筈の彼女達が側にいなかったからねぇ。
もしやと思って、ちょっとお節介を焼いてみたのさ」

「…………」

「彼女達と、喧嘩でもしたのかい?」

「……そんなところです」

 俺がそう答えると、やっぱりね、とホウメイさんは頷く。
 そして、俺を諭すように、優しい口調で言った。

「まあ、どんな理由で喧嘩なんざしたか知らないけど、サッサと仲直りしちまいな。
そうでないと、あたしらコックがどんなに美味いメシを作っても、不味くなっちまう。
自分の料理を美味しく食べてもらえないってのは、
コックにとっちゃ、とても悲しいことだからね」

 と、少し冗談めいて言うホウメイさん。

 でも、どんなに軽い口調でも、その言葉は真実だと、俺は思った。

 一生懸命作った料理を、今の俺みたいに辛気臭い顔で食べられたら、
どんな理由があるにせよ、いい気持ちはしないはずだ。

 俺は、ホウメイさんに、そして、この学食で働いている人達に、
凄く失礼な事をしてたんだな。

 ははは……、
 こりゃ、食欲魔人の称号も返上モンだな。

 まあ、好きで得た称号じゃねーんだけど……、

「なあ、坊主……今、アンタがするべきことはヤケ食いじゃない。
アンタが噂通りの男なら、あたしの言いたい事がわかるはずだよ」

「…………はい」

「わかったんなら、今すぐ仲直りしな。
ほら、向こうは、もうそのつもりで来てるみたいだよ?」

「――えっ?」

 頷く俺に満足げに微笑むと、
ホウメイさんは、スッと俺の後ろを指差した。

 俺が慌てて振り向くと、そこには……、

「……まーくん」

「まーく〜ん……」

「誠さん……」

 ……さくらとあかね、
そして、制服姿のエリアの三人の姿があった。

「まーくん……」

「あのね、あたし達だけでご飯食べても……美味しくないの」

「誠さんが……一緒じゃないと……」

 と、そう言って、今にも泣きそうな三人の表情に、俺は胸が詰まってしまう。
 何て言ったら良いのかわからず、ただ呆然としてしまう。

 そんな俺に、さくら達は、一斉に頭を下げた。

「まーくん……ごめんなさいっ!」

「冷静になって考えてみたら、私達の我侭だったんです」

「あたし達……あの時、フランちゃんだけ贔屓されてた気がして……、
だから……まーくん、ごめんなさいっ!」

 俺に怒られるんじゃないか――
 俺に嫌われるんじゃないか――

 そんな不安でいっばいの表情で、さくら達は俺に謝罪する。
 それを見て、俺は顔を手で押さえると、軽く天を仰ぎ見た。

 ……バカか、こいつらは。
 お前らは、何も悪くねーじゃねーか。

 あの時……、
 フランと一緒に寝た、あの時……、

 ――フランを部屋から追い出すことだって出来た。
 ――フランが寝た後にこっそり逃げることだって出来た。
 ――フランを説得して別々に寝ることだって出来た。

 ……でも、俺は、そうしなかった。

 もちろん、あの時は、フランの為を思えば、
ああする事が一番だったのだろうが……、

 それでも、どんな事情であろうと、恋人であるさくら達を差し置いて、
フランと一緒に寝てしまったのは、許されることじゃない。

 ただでさえ、さくら達は、俺に遠慮して、
余程の事情が無い限りは、添い寝を要求したりしないのに……、

 だから、今回の件は、全部、俺が悪いんだ。
 さくら達が、俺に謝る必要なんて無いんだ。

 さくら達が、不安に感じる事なんて……何も無いんだ。

 なのに……コイツらは……、
 こんなにも必死になって……、

 ……ったく、しょうがねーなー。
 ホントに、コイツらは……しょうがねー奴らだよ。

「俺の方こそ、悪かった……ゴメン」

 さくら達の気持ちが嬉しくてこぼれそうになった涙を堪えつつ、
俺はそれだけを言うと、三人の頭を撫でた。


 
なでなで……

 
なでなで……


「あ……」(ポッ☆)

「……うにゅ〜♪」(ポッ☆)

「ま、誠さん……」(ポッ☆)

 途端に、顔を赤くして、俯いてしまうさくら達。

 で、さすがに、いつまでもこんな場所で惚気てるわけにもいかないので、
俺は撫でるのを止めると、隣りの席にさくら達を促した。

「ほら、一緒に食べるんだろ?」

 そう言いつつ、椅子をパンパンと叩く。
 だが、さくら達は首を横に振ると、持っていた弁当箱を持ち上げて……、

「あ、あの……エリアさんが、
お家でまーくんの分のお弁当作って来てくれましたから……」

「だ、だからね……」

「いつも通り、屋上で一緒に食べましょう」

 ……と、ちょっと恥ずかしそうにモジモジしながら提案してきた。

 ――なるほど、な。

 さくら達の意図を察した俺は、軽く苦笑した。
 それと同時に、嬉しかった。

 一緒に食べる分には、別にここでも構わないだろう。
 だったら、何故、屋上で食べることにこだわるのか……、

 理由は、それが俺達の『いつも』だから……、
 そうすることで、早く『いつも』の俺達に戻りたかったから……、

「わかった。じゃあ、行くか」

「うんっ!」

 俺が立ち上がるのを見て、あかねが嬉しそうに俺の手を取る。
 そんなあかねを見て、優しく微笑むさくらとエリア。

 そして、俺は、あかねに手を引かれて、屋上へ……っと、ちょっと待った。

「あ、ちょっと待ってくれ。その前に……」

 俺はある重大な事を思い出し、立ち止まった。

 そして、すぐにでも屋上に行こうと逸るさくら達を呼び止め、
俺は再びさっきまで座っていた椅子に座ると、食べかけだったラーメンセットと向き合う。

 そして、おもむろに箸を手に取った。

 確かに、さくら達の言う通り、弁当がある以上、
もう学食でメシを食べる必要は無い。

 ――だが、しかしっ!!

 だからと言って、目の前にあるメシを残して良い理由にはならないっ!

 これは、作ってくれたホウメイさん達に失礼っていうこともあるけど、
それ以上に、メシを残すなんて行為は
俺の流儀に反するっ!!

 と、いうわけで……、





 
がつがつがつがつっ!


 
ずるずるずるずるっ!


 
むしゃむしゃむしゃむしゃっ!


 
ずずー……・ごっくんっ!





「ごちそうさまでした♪」





 残っていたラーメンセットを一気に全部食べる俺。

 そんな俺に、さくら達は目が点になっていて……、
 ただ一人、それを見ていたホウメイさんだけが、豪快に笑う。

「はっはっはっはっ!!
いいねぇっ! ホント、いい食べっぷりだっ!
もう、惚れ惚れしちまうくらいだよ!
あたしが、あと十年若ければ放っておかないね!」

 と、ホウメイさんは心底楽しそうにそう言うと、
今度は厨房の中にいる他の女性達にも話を振った。

「アンタ達も、いつまでもテンカワを追っ駆けてないで、
こっちの坊主に乗り換えたらどうだい?
喧嘩なんざするくらいだから、まだまだ脈があるかもしれないよ?」





 ホウメイさんの言葉に、さくら達が過敏に反応した。

 なにせ、厨房で働いている女性達は、
五人が五人とも、かなりの美人揃いだからだ。

 厨房で唯一の男性が後ろの方で、
『何でそこで俺の名前が出て来るんスか?」とか言っているが、
とりあえず、今はそっちを気にしている場合じゃない。

 とにかく、ホウメイさんの一言で、
彼女達の視線が一斉に俺に集まったのだ。

 もちろん、ホウメイさんは、冗談のつもりで言ったんだと思う。

 だから、彼女達が、その冗談を笑って受け流してくれれば、
全く問題は無かったのだが……、

 最悪なことに……、
 その女性達は、皆、ノリが良すぎた。



「そうねぇ……なかなか可愛いから考えてもいいかな?」

「アキトさんにはルリちゃんがいるし〜」

「年下ってのも、悪くないかも……」

「お姉さんが色々と優しく教えて、あ・げ・る……な〜んて♪」

「で、でも……やっぱり、わたしはアキト君の方が……」(ポッ☆)



 ……なんて、彼女達は口々に、
まるでさくら達を挑発するかのような問題発言をする。

 となれば、当然、さくら達は黙って居られない様で……、

「むむむむ……っ!」

「ふ〜〜〜ッ!」

「…………(キッ!)」

 絶対に渡さない、とでも言うように、俺にギュッと抱きつくと、
彼女達に敵意剥き出しの視線を向ける。

 おいおい……、
 冗談にしてはタチが悪過ぎるぜ。(汗)

 見れば、ホウメイさんは、さくら達に抱きつかれて困っている俺を見て、
ニヤニヤと意地悪く笑っている。

 さらによ〜く見れば、他の女性コックさん達も、ホウメイさんと同じように……、

 ……ああ、なるほど。
 そういう事か……、

 ホウメイさん達の笑みを見て、
俺は、何故、ホウメイさんがいきなりあんなことを言ったのかを理解した。

 ようするに、ホウメイさんは……、

「まあ、仲直りできて良かったじゃないか。
でも、またその子達と喧嘩したなら、いつでもここに来な。
あたし達は、首を長くして待ってるからねぇ♪」

 そう言って、手をヒラヒラさせるホウメイさんに、さくらが言い放つ。

「もう絶対に、喧嘩なんかしませんっ!
それに、もう絶対に、まーくんを学食には来させませんっ!
今日からは、わたし達が毎日、まーくんのお弁当を作ってきますっ!」

「はいっ! さくらさんの言う通りですっ!」

「うにゅっ!! まーくん、早く行こっ!!」

 さくらの言葉に同意しつつ、三人は俺をズルズルと引き摺っていく。
 そんな俺達の姿を見て、ホウメイさんはしてやったりと得意顔だ。

 ようするに……こういう事なわけだ。

 ホウメイさんは、こうなる事を狙って、あんなことを……、
 そして、それを察した彼女達も、それに合わせて……、

 ったく、なんなんだよ、この学食は?
 揃いも揃ってお人好しばっかりじゃねーか。


 ………………。

 …………。

 ……。


「……感謝します」

 俺は、そう小さく呟きながら、軽く頭を下げた。

 それに応えるように、ホウメイさんは、また手をヒラヒラと振ると、
クルリと俺達に背を向ける。

 そして、何事も無かったかのように、仕事を再開したのだった。
















 その後――

 すっかり仲直りした俺達は、
いつも通り、屋上でエリアの愛情弁当を食べたのだが……、

 その弁当を食べながら、俺は一抹の不安を覚えていた。

 もしかしたら……、
 俺、もう二度と、学食には行かせてもらえないかもしれないな。

 あのラーメンが食べられなくなるのは、かなり惜しい気もするけど……、
 でも、それと引き換えに、毎日、さくら達の弁当が食べられるわけだから……、

 ……ま、いいか。








<おわり>
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