Heart to Heart

       
 第106話 「捨て猫?」







 とある日曜日――

 今日は野良猫達と昼寝でもしようかと思い、
いつもの公園へとやって来ていた。

 公園の落ち葉が降り積もった道を、サクサクと足音を立てて歩く俺。

 カリカリに乾いた枯れ葉を踏み潰す感触って、
何とも言えず気持ちいいんだよな〜。

 などと、どうでもいいような事を考えつつ、歩いていると、
俺は妙な物体を発見した。

「……にゃ〜にゃ〜」

「…………」

 『それ』を見た俺は一瞬だけ考え、そして、小さく首を横に振ると、
何も見なかった事にして、それの前を通り過ぎる。

「……にゃ〜にゃ〜にゃ〜」

「…………」

 明らかに俺の背中へと向けられている鳴き声。
 だが、関わり合いになりたくない俺は、無視して歩調を速める。

「……にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜」

「…………」

 しかし、どんなに歩いても、どんなに歩調を速くしても、
その鳴き声は、俺の背中に突き刺さる。

 いつまで経っても声が小さくならないって事は、
多分、いや、間違いなく、俺を追い駆けてきているのだろう。

「…………」

 もはや関わり合いになる事は避けられないと悟った俺は、
ピタッとその場で歩みを止める。

「……にゃ」

 すると、それと同時に鳴き声も止まる。

 そして、俺は、全てを諦めたかの様に深く溜息をつくと、
ゆっくりと後ろを振り返った。

 そして、これまたゆっくりと、足元を見下ろす。

 そこには、大きなみかんのダンボール箱があり……、
 その中には……、

「……にゃあ」

 ご丁寧にも、猫耳猫尻尾と肉球グローブと肉球ブーツ、首には鈴付きの首輪という、
ある意味において完全装備な恰好をした『柏木 楓』さんがいた。


(c)Leaf 『さおりんといっしょ』より

















「…………」

「…………」

 ……いわゆる、捨てられた猫状態の楓さん。

 そんな楓さんの姿に、俺は何も言う事ができなくなっていた。
 ようするに、呆れてものが言えないってやつだな。

 悲しいかな、非現実的な事には慣れている俺だが、
そんな俺が呆れてしまう程、目の前にある現実は馬鹿馬鹿しかった。

「…………」

「…………」

 だから、ただただ、呆然と、俺は楓さんを見下ろす。
 そして、楓さんもまた、ジ〜ッと俺を見上げている。

 端から見たら、さぞ怪しく見えるであろうその光景は、
たっぷり五分間くらい続いた。

 そして、その沈黙に絶え切れなくなったのか、楓さんが口を開く。

「……早くツッコんでください」

「どこからツッコみゃいいんだよ?」

 と、心底呆れて言う俺の言葉に、小首を傾げる楓さん。
 しばらく無言で考えると、ふいにポンッと手を叩く。

 そして……、

「……左斜め40度くらいから」

「いや、角度の問題じゃなくて……」

 ピントのズレた楓さんの答えに頭痛を覚えつつ、
俺はしゃがみ込んで楓さんと目線を合わせる。

「なあ、楓さん……何やってんだ?」

「……捨てられちゃいました」

「誰に?」

「……千鶴姉さんに」

「何で?」

「……抜け駆けしたお仕置き、だそうです」

「あんたら姉妹、何気に仲悪いのか?」

「……そんなことありません」

「じゃあ、一体何やったんだよ?
お仕置きなんぞで、こんなトコに置き去りにされるなんて」

 ……しかも、そんな魅惑的な恰好で、な。

 ったく、見つけたのが俺で良かったよ。

 もし、俺よりも先にヘンな趣味の奴に見つかってたら、
間違いなくお持ち帰りされてたぞ。

 まあ、耕一さんや千鶴さん程じゃないにても、鬼の力を持っている楓さんが、
そうそう簡単に連れ去れられるとは思えねーけどさ。

 それにしも、今の楓さんの姿は……マジで可愛い。

 ――想像してみてくれよ。

 もともと猫っぽい雰囲気の楓さんが猫系アイテムフル装備で、
しかも、ダンボール箱の淵に両手をのせて小首傾げてるんだそ。

 ハッキリ言って、悶えたくなるくらい可愛いぞ。
 この可愛さは猫さんモードのあかねに匹敵するぜ。

 うううう……、
 拾って帰れるものなら、拾って帰りたい。
 で、そのまま我が家で飼って、思う存分可愛がりたい。

 ……そう、

 できる事なら……、
 できる事なら……、
 できる事なら……、





 頭をなでなでしたいっ!
 
喉をくすぐってやりたいっ!
 
耳を触ってやりたいっ!
 
尻尾をいじってやりたいっ!
 
膝の上で寝かしつけたいっ!
 
縁側で一緒に日向ぼっこしたいっ!
 
にゃ〜って鳴かせたい〜っ!!





「……昨日、耕一さんが帰って来たんです」

「ほ、ほほう……」

 事情を話し始める楓さんに、俺は慌てて我に返る。

「で、どうしたんだ?」

「……はい。それで、私、昨夜、耕一さんのお布団の中に潜り込んだんです。
で、そのまま朝まで……」(ポッ☆)

「そんなの怒るに決まってるじゃねーか」

 と、俺は溜息混じりに呟く。

 ったく、千鶴さんの怒り狂う形相が目に浮かぶようだぜ。
 もしかしたら、生きてるだけでも奇跡じゃねーか?

 しかし、まあ、わざわざ隆山からこんなトコにまで捨てにこなくてもいいのに……、
 そのへんが、千鶴さんのよく分かんねーところだよな。

 でもまあ、よく分からないってことに関しては……、

「……というわけで、拾っていってください」

「…………は?」

「……私、今、捨て猫ですから、
誰かに拾ってもらわないとここを動けません」

 ……この人の方が遥かに上だけどな。

 う〜む……、
 楓さんの奇行には、以前の隆山旅行の時に慣れたつもりだったけど、
俺もまだまだ修行が足りなかったみたいだな。

 ……何の修行だってーの。(泣)

「はいはい……じゃあ、拾わせていただきますよ。
んじゃ、サッサと行こうぜ。エリアに頼んで魔法で送ってもらうからさ」

 と、何を言ってもムダと観念した俺は家へと足を向けたのだが……、

「…………」

 何故か、楓さんは動こうとしない。
 楓さんは、まるで何かを期待するような目で、ただただ俺を見詰めている。

「自分で歩けよ」

「……捨て猫を拾って帰る時は、
猫が入っているダンボールの箱ごと持っていくものです」

 さも当然のように言う楓さん。
 どうやら、完全に捨て猫になりきっているようだ。

 あ〜……つまり、なにか?
 それに、俺も付き合わなくちゃダメってことなのか?

 ……勘弁してくれよ。(泣)

「そういうもんなのか?」

「……常識です」

 ……常識とまで言われてしまった。

 何かもう、マジで何も見なかった事にして帰りたくなってきたけど……、
 仕方ない……乗り掛かった船ってやつだな。

 てゆーか、もうサッサと面倒な事は済ませたいってのが正直な気持ちだ。

「じゃあ、持ち上げるぞ」

 と、俺は楓さんに言われるまま、ダンボールに手を掛ける。

 幸い、楓さんは小柄で華奢だから、持ち上げられない事はないだろう。
 サッサと家に連れて帰って、エリアの魔法で送り帰しちまおう。

 はあ……こんな姿を見られたら、
またご近所に妙な噂を提供しちまうことになるな。

 と、自分の不幸を呪いつつ、
俺は腕に力を込めて、一気にダンボールを持ち上げた。

「よいしょっ!」








 
ずぼっ!!








「…………」

「…………」

 ま、まあ、なんだ……、

 俺の腕力をどうこう言う以前に、
ダンボールが楓さんの体重に絶えられなかったみたいだな。

「…………」

「…………」

 底が抜けたダンボールだけを高々と持ち上げる俺。
 そんな俺の姿を、楓さんは地面に座り込んだままジ〜ッと見上げている。

 その視線は、まるで俺を批難しているような……、

「…………壊した」

「……はい?」

 何の事だか分からず、俺は楓さんに訊ね返す。
 すると、楓さんは底が抜けたダンボールを指差して……、

「……私の家」


「知るかっ!!」


 ……ったく、俺にどうしろってんだよ?(泣)
















 で、その後――

 文句を言う楓さんを家に連れて帰った俺は、
エリアに事情を説明し、シュインの魔法で隆山に送り帰してもらった。

 あの人の奇行に長時間付き合ってたら、
神経がおかしくなりかねないからな。

 たまに会う分には、それなりに面白いかもしれんが、
四六時中相手させられたら、それこそ精神があっち側に逝っちまうぜ。

 でもまあ、それはそれとして……、

「楓さんの猫姿……可愛かったなぁ」

 と、光に包まれて空の彼方に飛んでいくエリアと楓さんを見送りつつ、
俺はそんな事をポツリと呟く。

 
せめて一回だけでも、なでなでさせてもらえば良かったかなぁ……、
 きっと、気持ち良かっただろうなぁ……、

 と、思わず、楓さんの頭を撫でる感触を想像してみたりする。

 ううっ……、
 考えてたら、なんか、欲求不満になってきた。

「ぬううううううう〜っ!!
この満たされぬ想いを一体どこにぶつければぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!」

 ……などと、馬鹿げた事で苦しみ悶えつつ、
俺は急いであかねの家に電話をかけるのであった。
















 ……そうだな。
 局所攻撃用ミサイルの弾道と着弾地点の計算でもさせて……、

 で、その後は……、








 ふっふっふっふっ……♪(核爆)








<おわり>
<戻る>