Heart to Heart
第96話 「お電話しましょ♪」
るんるるんっ♪
るんるるんっ♪
それは、夏休みも半ばを過ぎたある日のことでした。
ちょっと早めのお昼ご飯を食べた後、
お買い物をする為にいつもの商店街に行ったわたしは、
その帰りに商店街の入り口付近にある福引所に寄りました。
たった一回分だけですけど、福引券がたまっていたです。
で、どうせ当たるわけないと思いつつ、クジを引いたんですけど……、
なんとっ! 運良く当たっちゃったんですよっ!
……と言っても、5等の『映画の招待券』だったんですけどね。
でも、わたしにはこれで充分です。
1等の型の古い折り畳み自転車なんかよりもずっと嬉しいんです。
だって、映画のチケットなんですよ。
こんなものが手に入ってしまった以上、
もうまーくんと一緒に行くしかないじゃないですか♪
とまあ、そういうわけで……、
るんるるんっ♪
るんるるんっ♪
わたしはスキップを踏みつつ、急いでお家に帰っているわけです。
うふふふふ♪
早く帰って、まーくんのお家に電話しなくっちゃ♪
と、ルンルン気分で家路についていたのですが、
はたと、わたしは立ち止まります。
……あかねちゃんとエリアさんはどうしましょう?
このチケット、確か一枚で二人一組でしたよね。
となれば、あと二人分はみんなでお金を出し合えば……、
と、そこまで考えたところで、
わたしはある事を思い出しました。
あ、そういえば、あかねちゃんとエリアさんも、
今日は用事があるって言っていた記憶があります。
だったら、今日は無理ですね。
映画に行くのは、明日以降にした方が良いですね。
「…………でも」
わたしは、手に持った映画のチケットをジッと見つめました。
あかねちゃん……、
エリアさん……、
……たまには、いいですよね?
まーくんを独り占めしても、いいですよね?
あかねちゃんは、いつもまーくんに思い切り甘えてますし……、
エリアさんは、次元トンネルのおかげで、ほとんど同居同然ですし……、
だから……許してくれますよね?
と、いうわけで……、
今日はまーくんとデートですっ(はぁと)
しかも、二人きりですっ(はぁと)
「うふ♪ うふ♪ うふふふふふふふ♪」
にぱぁ〜♪
……ああ、いけません。
あかねちゃんやエリアさんに悪いと思っているのに、
どうしても、頬が緩んでしまいます。
……うふふふふふふふ♪
まーくんとデート♪
まーくんとでぇと♪
二人っきりのデートなんて、とっても久し振りです。
服は何を着ていきましょうか?
いつものようにワンピースにしましょうか?
キュロットなんかも捨て難いですね。
それとも、気分を変えてワイシャツにジーンズというラフな服装も……、
と、わたしはお部屋にある鏡の前で、
タンスから引っ張り出した服を、次々と自分の体に当てていきます。
でも、なかなか「これだっ!」っていうのが選べません。
うう……いつもこうなんです。
こういう時ってなかなか着ていく服が決まらないんですよね。
こんな時、あかねちゃんが凄く羨ましいです。
だって、あかねちゃんは何を着ても似合いますし、とっても可愛いんですから……、
……どうしましょう?
せっかくの二人きりのデートなんですから、
まーくんを誘惑しちゃうくらい大胆なのがいいかもしれませんね。
それでいて、いやらしくなく、大人しげな……、
「……うんっ♪ これにしましょう♪」
と、わたしが取り出したのは、
わたしの髪の色に合わせた桜色のサマードレス。
あ、でも、これって肩が露出してるから、ちょっと恥ずかしいかも……、
それに、まーくん以外の男の人に見られるのは嫌ですし……、
だったら、薄手のストールでも羽織っていきましょう。
これなら、日焼け防止にもなりますし、ね。
さて、準備も終わったことですし……、
レッツ! まーくんとデートです♪
うふふふふふ♪
今日は楽しい一日になりそうです。
まーくんと二人で映画を見て……、
その後は、街でウインドウショッピングなんか良いですね。
あ……お夕飯はどうしましょう?
せっかくのデートですから、雰囲気のあるレストランというのもいいですけど……、
でも、ここはやっぱり、まーくんのお家で、
愛情がい〜っぱい込もったわたしの手料理が一番ですよね♪
それで、お腹いっぱい料理を食べてもらった後は、一緒にお片付けして……、
その後は、一緒にお風呂なんか入っちゃったりして……、
結局、そのままお泊りすることになっちゃったりして……、
それで、それで……、
い、一緒に寝ちゃたりなんかして……、
そのまま……、
そのまま……、
「あ〜〜〜ん♪ もう♪
まーくんのえっち〜〜〜♪」
……はっ!!
わ、わたしったら、何てはしたないのでしょう。(ポポッ☆)
いくら誰も見ていないとは言え、まーくんとの夜の逢瀬を想像して、
鏡の前で身をくねらせるなんて……、
「ふう……ふう……ふう……」
わたしは胸に手を当てて深呼吸をし、
少しずつ動悸と興奮を静めていく。
いけませんいけません。
こんなところで悶えている場合ではありませんよね。
どうせ悶えるならまーくんの腕の中……じゃなくてっ!!
今日という日は短いのですから、
早くまーくんのお家に電話しないと……、
わたしはいそいそと部屋を出ると、
一階のリビングにあるコードレスの受話器を手に取りました。
ピッ♪ ポッ♪ パッ♪ プッ♪ プッ♪――
そして、軽快にボタンを押します。
もう何度も、数えきれないくらいかけている番号です。
電話帳なんか見なくたって、とっくの昔に覚えちゃってます。
プルルルルルルル……
プルルルルルルル……
まーくんが電話に出るのを、今か今かと待ちわびるわたし。
うふふふ♪
こういう瞬間って、何だかとっても良いですよね?
――ガチャ
『はい、藤井ですけど?』
あっ♪ まーくんが出たみたいです♪
この声は、絶対にまーくんです。
わたしが聞き間違えるわけがありません。
「あの……まーくんですか?」
『あ? さくらか? どうした?』
うふふ♪ まーくんも、声を聞いただけで、わたしだって分かっちゃうんですね。
まーくんと同じ……嬉しいです。(ポッ☆)
「まーくん……今日、お暇ですか?」
と、わたしは早速、本題に入ることにしました。
ホントはもっとゆっくりお話したいですけど、
別に電話越しじゃくても、すぐに直接お話できますからね。
『ああ、暇だけと? 何だ? 何か用事か?
だったら、いつもの場所で2時でいいか?』
…………あら?
何でしょう?
まーくん、口調が妙に早口で、そっけないです。
何と言いますか、心なしか急いでいるような、
心ここにあらずという感じです。
元々、まーくんって電話で話す時は、いつも無駄話はせずに用件だけを伝えて、
手短に済ませてしまう方なんですけど、今日は特にその傾向が強いです。
……もしかして、何かあったのでしょうか?
「あの……まーくん?」
『ん? 何だ?』
「どうしたんですか? 何だか、とっても慌ててるみたいですけど……」
『ん、ああ……ラーメンが伸びそうでさ』
「…………はい?」
『じゃ、いつものトコに2時な』
「は、はい……」
――ガチャンッ
ツーッ
ツーッ
ツーッ
わたしはラーメンに負けたんですか?
……まーくん。
わたしとのお話よりも、ラーメンの方が大事なんですか?
ま、まあ……まーくんらしいと言えば、
とってもまーくんらしいんですけど……、
ううっ……いくらなんでも、あんまりです。(泣)
それとも、あかねちゃんやエリアさんを差し置いて、
抜け駆けしようとした罰なんでしょうか?
まあ、それはともかくとして……、
まーくんにはちょっとオシオキが必要ですねぇ。
ふふ……♪
ふふふ……♪
うふふふふふふふふふふふふふふふ……♪
それから数日後――
「な、なあ……さくら……」
「はい。何ですか?」(にこにこ)
「こうして、毎日、メシを作りに来てくれるのは、ヒジョ〜にありがたいんだけど……」
「……まーくん……わたしの料理がお気に召しませんか?」(にこにこ)
「いや、そんなことは全然ないけど……」
「じゃあ、いいじゃないですか。まーくん、ラーメン好きですよね?」(にこにこ)
「そ、そりゃまあ、好きだけど……もう何日も三食続けてずっとラーメンってのは……」
「……イヤなんですか?」(にこにこ)
「…………」(大汗)
「……わたしが作った料理が食べられないんですか?」(にこにこ)
「…………」(大汗)
「……わたしが作った料理を残すと言うんですか?」(にこにこ)
「………………………………いただきます」(泣)
「はい♪ どうぞ召し上がれ♪」
……まーくん。
しばらくは、許してあげませんからね。(怒)
<おわり>
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