Heart to Heart

  
  第95話 「着せ替え人形」







「きゃ〜〜〜っ♪ あかねちゃん、可愛い〜〜〜〜〜っ♪」

「あらあらあらあら♪ なんて可愛らしいんでしょう♪」

「ふ、ふみゃ?」

「あかねちゃん、あかねちゃん♪ こっちも着てみてください♪」

「あらあら、こっちの方が良いですよ♪」

「ふみゃみゃみゃみゃみゃ〜……」

 デパートの中にある一件の洋服店から聞こえてくる、
園村親子の歓喜の声とあかねの悲鳴。

 ちょっと離れたところにあるベンチに座り、その声に耳を傾けつつ、
自販機で買ってきたコーヒー牛乳をちゅーちゅーやりながら……、

「はあ〜……やれやれ……」

 ……俺は大きくタメ息をついた。








 ある日のこと――

 俺とさくらとあかねは、はるかさんと一緒に、
駅前のデパートへと買い物にきていた。

 俺達の買い物の目的は、
この夏休み中に隆山に旅行にいく為、その準備を整えること。

 で、はるかさんは夕飯の買い物をするついでで、
俺達に付き合ってくれているのだ。

 それで、はるかさんのアドバイスもあってか、
俺達の用事は簡単に終わり、後は夕飯の買い出しをするだけとなったのだが……、



「誠さん、ちょっとお洋服を見ていっても良いですか?」



 と、洋服を扱うフロアの前を通り掛ったところで、
はるかさんがそう訊ねてきた。

 せっかく俺達の買い物に付き合ってくれたのだから、
それを断るわけにもいくまい、と思い、俺ははるかさんの言葉に頷いた。

 ……だが、それがいけなかった。

 俺は忘れていたのだ。
 園村親子、特にはるかさんには、あかねに可愛い服を着せて、
それを鑑賞し、悦に浸るという、ちょっと困った趣味を持っていることを。





 とまあ、そういうわけで……、





「あらあらあらあら♪ こっちの服も可愛いですよ〜♪」

「あかねちゃん、これを着てみてください♪ ねっ♪ ねっ♪」

「うみゃみゃ〜……」

 ……現在、こういう状況になってしまっているわけだ。

 洋服店に入るなり、はるかさんがあかねを試着室に押し込み、
さくらが数着の服を持って来る。

 そして、試着を終えたあかねの姿に黄色い声を上げながら鑑賞し、
それを堪能したら、まだ別の服に着替えさせる。

 その間に、今度ははるかさんが、
試着し終えた服を元の場所に戻しつつ、別の服を持って来る。

 次々と、次々と……、
 着替えさせては鑑賞し、着替えさせては鑑賞し……、

 さながら、あかね一人だけのファッションショーを、園村親子は展開していく。

 そんな親子ならではの見事すぎるコンビネーションを、
ちょっと離れた場所から眺めつつ……、

「……向かった先が子供服売り場だったところで気付くべきだったな」

 と、俺は心の中であかねに詫びた。

「あらあらあら♪ これも可愛いし、これを可愛いですねぇ♪」

「あかねちゃんって、男の子の服も似合いますねぇ♪」

「ふみゃ〜……」

 とうとう男物の服にまで手を伸ばし始めた園村親子に、
さすがのあかねも疲れた表情をしている。

 ……どうでもいいが、そろそろ止めた方が良くねぇか?

 と、俺は店内を見回してみる。

 店員を始め、他の客達も、試着室での三人の様子に気が付き始めていた。
 園村親子が歓声を上げる度に、周囲の人達はチラリチラリと視線を向ける。

 でも、その視線は騒がしい園村親子を非難するようなものではなく、
試着室から現れるあかねの姿に見惚れているような……、

 ……おいおいおいおい。
 他の客達まで、園村親子主催のあかねファッションショーを楽しみ始めてるじゃねーか。
 これじゃあ、あかねは晒し者同然だぜ。

「……そろそろ、止めさせるか?」

 ここまでくると、さすがにあかねがかわいそうなので、
俺は園村親子を止める為、ベンチから立ち上がろうと腰を浮かせる。

 だが、それよりも早く……、

「あの、お客様……」

 一人の女性店員が、真剣な表情で園村親子の間に割って入った。

 おおっ! あの店員が注意してくれるみたいだな。
 さすがはデハートの店員。教育が行き届いてるぜ。

 と、ひと安心した俺は、再びベンチに腰を降ろす。

 しかし、次の瞬間……、





「お客様……こちらの服なんかどうでしょう♪」


 
ずるぺちっ!!





 そう言って、にこやかに新しい服を差し出す店員の姿を見て、
俺は思いっ切り床に突っ伏した。


 
……混ざるな、店員っ!!


 内心ツッコミを入れつつ、
俺は何とか立ち上がり、力無くベンチに腰掛ける。

 ったく、このデパート、あんなのが店員で大丈夫なのか?

 と、俺が頭を抱えていると……、

「あんた、そんなトコで何やってんの?」

「はい?」

 突然、聞き覚えのある声に呼び掛けられ、俺は顔を上げた。
 そこには……、

「結花さん……」

「お久しぶり、誠君」

 ニッコリと微笑む結花さんが、俺を見下ろしていた。

「結花さんも買い物ですか?」

「そうよ。夕飯の買い出しに、ね。
ところで、誠君、今日は珍しく一人なの?」

「いえ……さくらとあかねも一緒ですよ」

 と、俺がそう言うと、途端に結花さんの瞳がキラキラと輝き始める。

「ホント! 誠君がいたから、多分いるだろうなって思ってたのよ!
で、どこどこ? あかねちゃんは何処にいるの?」

 何やら妙に落ち着かない様子で、
結花さんはキョロキョロと周囲を見回し始める。

 そういえば、前にエリアの件で始めて会った時も、
やたらとあかねを気にしていたような……、

「あかねなら……ほら、あそこに」

 と、俺はあかね達がいる試着室の方を指差した。

「あっち?」

 俺が指差す方向を目で追う結花さん。

 ちょうど、その時だった。
 ジーンズタイプのオーバーオールを着たあかねが、試着室から出てきたのは。

「…………」

 その瞬間、結花さんの目が見開かれる。

「……ど、どうしたんです?」

「…………」

 結花さんの様子がおかしい事に気付いた俺は、
恐る恐る結花さんに呼び掛けるが、返事はない。

 その視線は、完全にあかねに釘付けになっている。

 ……そして、微妙に震える口から、言葉が洩れ始める。

「か……」

「か?」

「か……」

「か?」
















「かわいーーーーーーっ♪」


「うみゃぁぁぁ〜〜〜っ!!」
















 ……それは、まさに瞬間移動したかと錯覚してしまう程だった。

 突然、結花さんが大声を上げたかと思うと、
次の瞬間には、もうあかねに抱きついていたのだ。

「かわいっ♪ かわいっ♪ かわいーーーーーーーーーっ♪」

「うみゃ、うみゃ、うみゃぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!」

 結花さんに力一杯抱きしめられ、悲鳴を上げるあかね。
 そして、突然現れた結花さんに、さくらとはるかさんは目を丸くする。

 そんな周囲からの視線も、あかねの悲鳴さえも完全に無視して、
あかねに頬擦りをし続ける結花さん。

「ああもう! かわいすぎるぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜♪
このまま持って帰りたいぃぃぃぃ〜〜〜〜〜♪」

「うみゃみゃぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
















 で、結局……、

 結花さんまでが、あかね着せ替え大会に参加し、
その狂宴はさらに一時間も続いたのであった。

 はあ……もうツッコミ入れる気力もねぇよ。








<おわり>
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