Heart to Heart
第94話 「はつじょうき」
「うみぁ〜〜〜〜ん♪」
無事、一学期の終業式も終わり、
夏休みに入って数日経ったある日――
俺がリビングのソファーの上でゴロゴロしていると、
突然、あかねが甘ったれた鳴き声を上げてのしかかって来た。
「おわっ!! な、何だ何だ?」
「うにゅにゅにゅにゅにゅ♪」
そして、俺の頬に顔を摺り寄せて、
まるで仔猫のように嬉しそうに喉を鳴らす。
こ、この状態は、もしかして……、
「猫さんモードかっ!?」
「うにゃっ」
と、まるで俺の言葉に答えるかのように、
あかね……いや、あかね猫はシュタッと片手を上げた。
『猫さんモード』――
それは、あかねの『インテリモード』後に発動する副作用の事だ。
あかねは、愛用の眼鏡を装着する事により、
どんな難解な問題でも解いてしまう『インテリモード』にるなことができる。
ただ、急激に知識レベルが上昇する反動で、
眼鏡を外した後、しばらくは持ち前の猫っぽさがパワーアップしてしまうのだ。
その状態になったあかねは、まさに猫そのもの。
だから、俺達はその状態のあかねを『猫さんモード』と呼んでいるのである。
「でも、何でまた急に猫さんモードに…………あっ!」
そこまで呟いたところで、俺は思い出した。
そういえば、今日の午前中はさくらとあかねと三人で、
夏休みの宿題やってたんだっけ。
で、あかねの奴、その時に眼鏡かけてたから、間違いなく、それが原因だな。
「やれやれ……」
と、あかね猫の頭を撫でてやりながら、俺は軽くタメ息をつく。
あかねは午前中ずっと眼鏡をかけてたからな、こりゃ当分は元には戻らねぇぞ。
最低でも、夕方くらいまではこのままだな。
なでなでなでなで……
こちょこちょこちょこちょ……
「うみゅみゅみゅみゅみゅん♪」
……ま、楽しいからいいけどさ。
喉を鳴らすあかね猫の幸せそうな表情に俺は肩を竦め、
あかね猫をかまい続ける。
と、そこへ……
「あら? あかねちゃん、猫さんモードになってるんですか?」
昼メシの後片付けを終えたさくらが、キッチンから出て来た。
「ああ……さくら、お前も相手してやってくれ」
「はーい♪」
俺が手招きすると、あかね猫をかまうのが好きなさくらは、
いそいそと側にやってくる。
なでなでなでなで……
こちょこちょこちょこちょ……
さわさわさわさわ……
だきだきだきだき……
「うみゃあ〜〜〜〜〜ん♪」
俺とさくらに二人がかりで遊んでもらって、あかね猫はご満悦な様子だ。
「まったく、幸せな奴……」
「ふふふ……あかねちゃん、可愛い♪」
それから、しばらくの間、猫遊びに興じる俺達。
いつもなら、あかねが元に戻るまで、もしくは寝てしまうまでずっとこのままなのだ。
しかし、今日は、いつもとはちょっと様子が違った。
「…………うみゅ」
……ん? 何だ?
あかね猫の奴、急に大人しくなったぞ。
「……にゃあ」
な、何か……様子が変だ。
あかね猫は、俺の顔をジィ〜ッと見つめている。
それに、何だか頬も赤くなっているし、瞳も潤んでる。
……一体、どうしたんだ?
と、今までに無いあかね猫の妙な様子に戸惑う俺。
「うにゃあ〜♪」
そして、あかね猫は、いきなりにへら〜と笑うと……、
「うみゃあ♪」
ぬぎぬぎ……
「うおわっ!!!」
突然、何の躊躇も無く、俺の目の前で服を脱ぎ始めた。
「んなぁぁぁーーーーっ!!
何やっとるんだ、おのれはぁぁぁぁぁーーーーーっ!?」
慌てて自分の目を手で覆い、
でも、指の間からしっかりとあかね猫の脱衣行為を確認しつつ、
俺はソファーの端まで後ずさった。
「うにゃあ〜……」
しかし、あかね猫は妖しげな笑みを浮かべつつ、
四つん這いになって俺ににじり寄って来る。
「あ、あわわわわわわわ……」
もう既に、あかね猫は下着姿になってしまっていて、
ハッキリ言って、目のやり場に困る。
高校生であるにも関わらず、外見はほとんど小学生なあかね――
背は低く、手も足も細く、胸もぺったんこな、完全無欠の幼児体型――
しかし、その幼い肢体の魅力に魅入ってしまい、
俺は金縛りにあったかのように、身動きが取れなくなってしまっていた。
「にゃあ〜ん♪」
ぺろぺろぺろぺろ……
「あうあうあうあう……」
固まっている俺の首に両腕をまわし、
あかね猫は俺の頬を舌先でぺろぺろと舐めてくる。
その舌の感触が、何とも気持ち良い。
うう……いかん。
このままでは堕ちてしまう〜。
懸命に理性を奮い立たせる俺。
しかし、あかね猫の、まさに仔猫の如き絶妙な舌使いに、
俺の理性はあまりにも脆く崩れ去っていく。
ああ……気持ち良すぎる。
何かもう、どうにでもなれって気になって……って、いかんいかんっ!!
ダメだ! ダメだ! ダメだ! ダメだ! ダメだっ!!
こんなのは絶対にダメだぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!
別にあかねと『そういうこと』したくないってわけじゃねーけど、
こういう雪崩れ的な展開はダメだっ!
だいたい、今はあかね本来の意識は無いに等しいんだ。
それで、そんな事しちまったら、絶対、あかねを悲しませる事になる。
だから、堪えろ俺っ!!
頑張れ、俺っ!!
見ろっ! さくらだって、ああして瞳をキラキラ輝かせて、
俺を応援してくれているじゃ……って、おいコラッ!!
「さくらっ!! 何、さっきからボケ〜ッと見てんだっ!?
早くあかねを何とかしてくれっ!!」
「な、何とかって……どうすれば良いんです?」
俺の叫び声に我に返ったさくらは、そう言って小首を傾げる。
「と、取り敢えず、こうなった原因を考えてれっ!」
「原因……ですか?」
頬に指を当てて、考え込むさくら。
そして……、
「……はっ!! まさかっ!!」
と、何かに思い至ったのか、さくらは壁に掛けられたカレンダーに駆け寄ると、
それをジッと見つめて、何やら指折り数え始めた。
そして、答えが出たのであろう。
慌てた表情で、俺の方を見る。
「ま、まーくんっ! 大変ですっ!!」
「な、何が大変なんだ?」
「今、もしやと思って、ちょっと計算してみたんですけど……、
あかねちゃん、今日は排卵日なんですっ!!」
「…………」
さくらの言葉に、俺は顔を引きつらせた。
排卵日って、ようするに妊娠しやすくなる日ってやつか?
俗な言い方すると、危ない日ってやつか?
排卵日――
危ない日――
そして、猫さんモード……、
それらの情報が、俺の頭の中で一つに繋がる。
「まさか、発情期かっ!?」
「……そうみたいですねぇ」
焦る俺とは裏腹に、のんびりと頷くさくら。
「ど、どうすれば元に戻るんだ?」
「どうすればって言われても……発情期って本能的なものじゃないです?」
「うっ……確かに……」
「だったら……あかねちゃんの望みを叶えてあげるしか方法は無いと思いますけど」
ぬぎぬぎぬぎぬぎ……
「の、望みを叶えろって言われても、
……って、おいっ! 何でお前まで服を脱ぐっ!?」
「だっ、だって……あかねちゃんだけ、ズルイです」(ポッ☆)
と、そう言って、頬を赤らめ、さくらは俺の側にちょこんと正座する。
ちなみに、さくらも既に下着姿だ。
清純な白い下着が眩しすぎる。
お、おいおい……勘弁してくれ。
あかねだけでも、もうかなりマズイ状況なのに、
これでさくらまで加わったら、マジで壊れるぞ、俺の理性。
「それでは、まーくん…………よろしくお願いします」
正座したさくらは、床に両手をついて、深々と頭を下げる。
そして……、
「まーく〜〜〜〜〜んっ♪」
「うみゃぁぁぁ〜〜〜んっ♪」
まるでタイミングを計ったかのように、
さくらとあかねは同時に俺に跳び掛かってきた。
「だ、誰か助けてぇ〜っ!!」
で、結局――
間一髪のところで現れたエリアの魔法によって二人は眠らされ、
何とか事無きを得たのだった。
もし、あと少し、エリアが来てくれるのが遅かったら……、
うう……マジでやばかった〜。
<おわり>
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