Heart to Heart

   
第91話 「ワタシのご主人様?」







 ――ワタシの名前はフランソワーズ。

 吸血鬼ルミラ・デュラル様を当主とするデュラル家に、
もう何百年もの間お仕えさせて頂いている自動人形です。

 デュラル家とは、魔界トップクラスの貴族でして、
それを構成するメンバーは、皆、魔界屈指の実力者ばかりです。

 もっとも、今は借金のカタに住んでいたお屋敷を差し押さえられ、
人間界にあるアパートで貧しく暮らしていますが……、

 ですが、例え貧しい生活であっても、
ワタシは不満を抱いたことは一度もありません。

 ワタシにとっては、お屋敷などはどうでも良いのです。

 もちろん、お屋敷を買い戻す事ができるのなら、
それに越した事はありませんが、やはり優先順位が違います。

 何故なら、ルミラ様達こそが、ワタシの全てなのです。

 ルミラ様達と一緒に生活して……、
 ルミラ様達にお仕えして……、

 ――それが、ワタシの幸せなのです。
 ――それこそが、自動人形であるワタシの存在意義なのです。








 その筈なのですが……、








「……どうして、ワタシはここにいるのでしょう?」

 と、誠様のお宅のキッチンに立ち、夕食の準備をしながら、
ワタシは小さく呟きました。

 ……そう。
 ワタシは今、誠様のお宅にいます。

 理由は、お買い物に行く途中、
道の真ん中で倒れていた誠様を偶然にも発見したからです。

 ……はい?
 買い物なら商店街に行けば良いのに、どうして住宅街にいたのか、ですか?

 そ、それは、その……近くを通り掛ったので、
ついでに誠様にお会いしていこうかと……、

 って、別に良いではないですか。
 確かに、寄り道なんて、自動人形として許されない行為ですけど、
そのおかげで倒れた誠様を発見できたのですから。

 ふぅ……自分の過ちを正当化しようとするなんて、
自動人形として失格ですね、ワタシは。

 まあ、それはともかくとして……、

 行き倒れになった誠様をお救いした以上、
もうワタシがここにいる理由はありません。

 ですから、本来ならすぐにでも帰るべきだったのですが、
今、ワタシはこうしてキッチンに立っています。

 それどころか、誠様の為に夕食を……、








 …………はい?

 誠様の為に……?

 夕食を……?

 このワタシが……?








「…………(ポッ☆)」

 ああ……何故でしょう。
 ワタシは今、喜びを感じています。

 この感覚は、ルミラ様達の為に働く時と同じです。
 いえ、もしかしたら、それ以上かもしれません。

「…………」

 少しだけ、ワタシは想像を膨らませます……、





 この家で、誠様とワタシの二人きり――

 誠様がワタシの心尽くしの料理を食べ、
そのお側で、いつ用事を言い付けられても良いように、静かに佇むワタシ。

 そして……、

「美味いよ、フランソワーズ。いつもご苦労様」

 と、誠様のさりげないお褒めのお言葉。

 ……ああ。
 かくも幸せな、ご主人様との穏やかな生活……、





「……ボーッとしてるとコゲるぞ」

「――っ!!」

 突然、背後から声がして、ワタシは我に返りました。
 そして、慌ててコンロの火を消します。

 ふう……危ない危ない。
 もう少しで、シチューがコゲてしまうところでした。

 ……何という事でしょう。

 仕事を忘れて想像に浸ってしまうなんて、
またワタシは自動人形としてあるまじき行為を……、

 おかしいです。
 この家に居ると、何故かそういう事が多くなってしまいます。
 もしかしたら、何か魔力的な悪影響でもあるのでしょうか?
 この家には、エリアさまもいらっしゃいますからその可能性は否定できませんが……、

「今日の晩メシは何だ?」

「……ビーフシチューです」

 先程のと同じ声に訊ねられ、ワタシは後ろを向きながら答えました。

 そこには、テーブルに頬杖を付く往人さんの姿がありました。

 ……そうです。
 思い出しました。

 何故、ワタシが誠様のお宅に残っているのか。
 その理由を思い出しました。

 それは、この国崎 往人という旅芸人さんが原因です。

 ワタシは、往人さんがどうにも信用できないのです。

 誠様の人を見る目を疑うわけではありませんが、
今日会ったばかりの方をいきなり家にお泊めするだなんて、
しかも、その方を放っておいて、お出掛けになられるなんて、
あまりにも危険極まりない行為です。

 特に、往人さんが持つ『あの力』は危険です。
 おそらく、かつて日本の僧侶達が用いた『法術』と呼ばれる陰陽術の類でしょう。

 もし、往人さんがその力を悪用しているような悪人だったら、
大変なことになってしまいます。

 これって、警戒が過剰すぎるでしょうか?
 いえ、そんな事はありませんよね。

 ご主人様がお留守の間、家を守るのはメイドの勤めです。
 ワタシの判断は、自動人形として当然の……、

 ……って、ワタシは何を言っているのでしょう?

 ワタシのご主人様は誠様ではありません。
 ましてや、ワタシはこの家のメイドでもありません。

 それなのに、どうして、ワタシはあのような事を考えてしまったのでしょう?

「……おい?」

「はい? 何でしょう?」

 消したコンロの火をもう一度点火し、シチューを掻き回しながら、
ワタシは往人さんの言葉に少し緊張の面持ち返事をします。

 ワタシは往人さんへの警戒を解くつもりはありません。

 これはメイドとか自動人形だとか、そういうのは関係無く、
誠様のお友達としての配慮です。

「誠は何処いったんだ?」

「誠様なら、お買い物に行かれたようですが。
それよりも、お仕事はもう済まされたのですか?」

「ああ、もう終わった。風呂と便所の掃除なんてあっという間だからな」

「そうですか……ご苦労様です」

 と、ワタシと当たり障りの無い会話を交わした後、
往人さんはおもむろに立ち上がり、冷蔵庫を開けると、
中から麦茶の入ったペットボトルを取り出し、ラッパ飲みをする。

 断りも無く人様の家の冷蔵庫を開けて、
しかも、お茶をラッパ飲みするなんて、何て図々しい人なんでしょう。

 と、ワタシが思っていると……、

「それにしても……『誠様』ねぇ」

 往人さんはそう呟いて、ワタシの方をジーッと見ました。

「なあ……お前と誠って、どういう関係なんだ?」

「お友達です」

「友達って……じゃあ、何で『誠様』なんて呼ぶんだ?」

「ワタシは……人間ではありませんから」

「人間じゃないって……もしかして、あの噂のメイドロボってやつか?」

 どうやら、往人さんは、今までワタシが人間だと勘違いしていたようです。

 まあ、仕方の無いことですね。
 見た目はそれほど変わりませんから。

「…………はい。仰る通りです」

 往人さんの言葉に、ワタシは頷きました。

 本当は違うのですが、まあ、似たようなものですから。
 それに、魔族と説明しても、おそらく理解出来ないでしょうし、ね。

「じゃあ、お前のユーザーはあいつなのか?」

「……違います」

「つまり、お前のユーザーは他にいるわけか?」

「はい。そうです」

「だったら、何でここでメシなんか作ってるんだ?
誠に頼まれたわけでもないんだろ?
それに、メイドロボがユーザー以外の人間の為に働くのはおかしいぞ」

「…………」

 往人さんにそう言われ、ワタシは何も言えなくなってしまいました。

 ……往人さんの仰る通りです。

 今、ワタシは誠様のお宅で料理をしています。
 別に、誠様に頼まれたわけではありません。

 ただ、誠様がお出掛けになられ、その間、往人さんを見張っていたのですが、
少し手持ち無沙汰になっしまって、それで晩御飯でもお作りして差し上げようと……、


「ただいまー」


 あっ♪ 誠様が帰ってこられました♪
 早くお出迎えしなくては♪

 ワタシはそれまで考えていたことなどすっかり忘れて、
いそいそと玄関へと向かいます。

「〜♪ 〜♪」

 ああ……ワタシ、やっぱりおかしいです。
 何故か、歩調が浮き足立ってしまいます。

「誠様、お帰りなさいませ♪」

「ああ、ただいま……って、フランソワーズ、お前、まだいたのか?
てっきり、もう帰ったもんだと思ってたのに」

 出迎えたワタシを見て、訝しげな表情をする誠様。

 や、やっぱり、ご迷惑だったのでしょうか?

 そんな誠様の反応に、ワタシの胸は不安でいっぱいになります。
 しかし……、

「まあ、いいか。帰って来て誰かに出迎えてもらえるのは嬉しいからな」


 
なでなでなでなで……


「あ……(ポッ☆)」

 誠様はそう言って微笑むと、優しくワタシの頭を撫でてくださいました。

 ……不思議です。
 誠様に撫でられると、ワタシが抱いていた不安など、簡単に消えてしまいます。

「ところで、何処に行かれていたのですか?」

 誠様のなでなでに浸ってしまいそうになる自分を何とか奮い立たせ、
ワタシは誠様にお訊ねしました。
 すると、誠様は持っていたビニール袋をヒョイと上げて見せました。

「ああ、今日は何か色々あったからさ。メシ作る気が無くなっちまって。
だから、ポカ弁に行って弁当を…………って、んん?」

 と、そこまで言って、鼻をクンクンと鳴らす誠様。

 どうやら、ワタシが作ったビーフシチューの匂いにお気付きになられたようです。
 誠様がちょっと困った表情で、買って来たお弁当を見ています。

「もしかして……作ってくれたのか?」

「はい……申し訳ありません」

 誠様の言葉に、ワタシは深々と頭を下げました。

 ああ……どうしましょう。
 ワタシは余計な事をしてしまいました。
 誠様がお弁当を買って来られるのなら、ワタシは何も作る必要など無かったのです。
 これでは、どちらかの食べ物が無駄に……、

 と、ワタシが自分を責めていると……、


 
なでなでなでなで……


「ふあ……(ポポッ☆)」

 また、誠様がワタシの頭を撫でてくださいました。
 ワタシを安心させるように、優しく、優しく……、

「まあ、何だ……俺は大食らいだからな。多いくらいがちょうどいいよ。
それに、往人さんもいるしな」


 
なでなでなでなで……


「はふぅ……(ポポポッ☆)」

 誠様の暖かな手の感触と、優しいお言葉に、
自分の頬が紅潮していくのがわかります。

 ああ……ずっとこうしていたい。
 ずっと、こうして、誠様に頭を撫で続けて頂きたい。

 しかし、ワタしの願いは叶うわけもなく……、

「さて、んじゃ、そろそろメシにしようぜ」

 と、誠様は撫でる手を止め、靴を脱ぐと、家へと上がられました。

「あ、そうそう……」

 そして、誠様が脱がれた靴を揃えるワタシに、
誠様は声を掛けられました。

「今夜はもう遅し、どうせだから泊まっていっていいぞ。
まあ、それが嫌なら家まで送って行くけど……どうする?」

「…………」

 誠様のご提案を聞き、ワタシは一瞬、考えます。

 ……どうしましょう?
 確かに、夜遅くに女性が出歩くの危ないかもしれませんが、
魔族の、しかも自動人形であるワタシにとっては特に問題ではありません。

 ここは、やはりお断りするべきでしょうか?
 しかし、誠様と往人さんを二人だけにするのは、どうにも心残りです。

 それに、誠様は、ワタシを自動人形ではなくて、
一人の女性として気遣ってくださいました。

 そんな誠様の気持ちが…………嬉しい。

 だから、ワタシは……、

「それでは、お言葉に甘えて、今夜は泊めて頂きます」

 ……誠様の申し出を、お受けする事にしました。

 というわけで、今夜は、誠様のお宅にお泊まりです。

 ……何故でしょう?
 ワタシ、何だかウキウキしています。

「それでは、誠様。申し訳ありませんが、
お電話をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「ん? ああ、別にいいぜ。でも、何処にかけるんだ?」

「はい。ルミラ様に、今日はここに泊めて頂くことを、
お伝えしておかなくてはなりません」

「そっか。それもそうだな」

 と、誠様は納得され、リビングの方へと姿を消しました。

「さて……」

 誠様のお姿が見えなくなったところで、
ワタシは玄関にある受話器を取りました。


 
ピッ、ポッ、パッ、プッ……


 そして、デュラル家のアパートの電話番号をプッシュします。


 
トゥルルルルルルル……


 
トゥルルルルルルル……


 
……ガチャ


『……はい、もしもし』

「アレイさんですか? ワタシです。フランソワーズです」

『あっ! フランソワーズさんですか?!
今、何処に居るんです? 帰りが遅いから心配していたんですよ?』

「ご心配をお掛けして申し訳ありません。
実は、今、誠様のお宅にお邪魔させて頂いてまして……」

『まあ、誠さんのところにですか?』

「はい……それで、今夜はこちらに泊めて頂きますので、
その事をお伝えしておこうかと……」

『ちょっ、ちょっと待ってくださいっ!
あの、フランソワーズさん……今、何て言いました?』

「はい? ですから、今夜は誠様のお宅に泊めて頂く、と」

『――っ!! フランソワーズさん、ちょっと待っててくださいね!
今、ルミラ様に代りますからっ!』

 と、何やら慌てた様子で、アレイさんはルミラ様を呼びに行かれました。

『ルミラ様っ! ルミラ様ぁぁぁぁーーーーっ!』

 どうやら、保留ボタンを押し忘れてしまったようです。
 受話器を通して、向こうの様子が聞こえてきます。





『ルミラ様ぁーっ!! 大変っ! 大変ですぅーっ!!
フランソワーズさんが、フランソワーズさんがっ!!』

『はいはい。アレイ、とにかく落ち着きなさい。
電話、フランソワーズからだったの? で、あの子、何て言ってたわけ?』

『そ、それが……フランソワーズさん、誠さんのお家にお泊まりするって……』

『な、なんですってぇーーーーっ!!』





「…………」

 ……なにやら、向こうでは大騒ぎになっているようです。

 ルミラ様達は、何をあんなに驚いているのでしょう?
 ワタシは、ただ誠様のお宅に泊めて頂くことをお伝えしただけですのに……、

『ちょっと、フランソワーズッ!?』

「はい。何でしょうか、ルミラ様」

 しばらくして、電話口にルミラ様が出られました。

『もう一度訊くけど……あなた、今、何処にいるの?』

「は、はい……誠様のお宅にお邪魔しています」

『誠
? あなたが私以外の相手に様付けするなんて初めてじゃない?』

「そ、そうですか?」

 ……言われてみれば、確かにそうです。

 と、ルミラ様のお言葉に納得するワタシ。

 どうしてでしょうか?
 何故か、誠様のことは、自然と『誠様』とお呼びしてしまうんですよね。

 それにしても、ルミラ様の口調、何だか少し変です。
 何と言いますか、とても真面目で、真剣な物言いです。

 ……やはり、勝手なマネをした事で怒っているのでしょうか?

『ま、それはともかくとして……あなた、今夜は誠君の家に泊まっていくのね?』

「は、はい……」

 緊張の面持ちで、ワタシはルミラ様のお返事を待つ。

 ……やはり、許して貰えないのでしょうか?

 と、ワタシは半ば諦める。
 しかし、ルミラ様から返ってきたお言葉は、ワタシの予想を越えたものでした。
















『頑張るのよっ!』


「……はい?」
















 あまりに予想外なお返事に、
ワタシは思わず間の抜けた声を上げてしまいます。

『いい? フワンソワーズ、よ〜く聞きなさいよ。
誠君の事だから、多分、そういうことは初めてだと思うの。
だから、女であるあなたが、さりげな〜くリードしてあげるの……いいわね?』

「は、はあ……」

『ふう……それにしても、エビルに続いてフランソワーズまで、か。
喜ばしいことではあるんだけど……ちょっと寂しくもあるわねぇ』

 と、受話器の向こうで軽くタメ息をつかれるルミラ様。

 何故、ここでエビルさんの名前が出でくるのでしょうか?
 ……よくわかりません。

「はあ……そうですか……」

 ルミラ様のお言葉がよく理解できませんが、
取り敢えず相槌を打っておくことにしましょう。

 とにかく、外泊するお許しは頂きました。
 電話をお借りしている以上、あまり話を長引かせるわけにはいきません。
 そろそろ、切り上げるとしましょう。

「それでは、ルミラ様……明日はできるだけ早く帰宅するようにしますので、
今夜はそろそろ失礼させて頂きます」

『別にそんなに急がなくてもいいわよん♪
好きなだけ、ゆっくり楽しんできなさい。あなたもたまには休んだ方がいいし、ね』

「は、はい……それでは、ルミラ様、おやすみなさいませ」

『おやすみ、フランソワーズ……良い夜を♪』


 
――ガチャンッ


 
ツーッ、ツーッ、ツーッ……


「…………」

 何となく、通話の切れた受話器をジッと見つめるワタシ。
 そして、その姿勢のまま小首を傾げる。

 ……良い夜を?
 ……ゆっくり楽しむ?

 ルミラ様は、一体何を言っていたのでしょうか?
 もしかして、何か大きな勘違いをなさっているのではないでしょうか?

 と、ワタシが思案しているところへ……、

「おーいっ! フランソワーズ! 早くメシにしようぜーっ!」

 キッチンの方から、ワタシを呼ぶ誠様の声。

 その声に素早く反応し、
無意識にスキップを踏みつつ、ワタシはキッチンへと向かいました。

「は〜い♪ すぐにご用意いたしま〜す♪」








 ああ……どうして?
 どうしてなのでしょう?

 誠様の為に働くことに、こんなにも喜びを感じてしまうなんて……、








 ……もしかして、ワタシは壊れてしまったのでしょうか?








<おわり>
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