Heart to Heart

   
 第89話 「へるすめーたー」







「きゃあああーーーっ!!」


 ある日のこと――

 部屋で読書に勤しんでいると、俺の耳にさくらの悲鳴が……って、

「いい加減にしろよ。このパターン……」

 以前にも何度かあった展開に、さすがにゲンナリしつつ、
俺は悲鳴が聞こえた場所へと向かう。

「ったく、今度は何があったんだ?」

 と、ぼやきつつ、軽快に階段を降りる。
 そして、風呂場の戸の前に立った。

「おい、さくら? 何があったんだ?」

「…………」

 脱衣場に向かって声を掛けるが、返事はない。

「おい? さくら?」

 もう一度呼び掛ける。
 しかし……、

「…………」

 やっぱり返事なし。

 ……おかしいな?
 曇りガラスの向こうには、確かにさくらの姿があるのに……、

「もしかして、何かあったのか?」

 一抹の不安にかられる俺。

 ……どうする?
 中に入るか?

 でも、それはさすがにヤバイだろうし……、

 だからと言って、さくらを放っておくわけにもいかない。
 悲鳴を上げた後、返事をしないなんて、タダ事じゃねーだろうからな。

「…………よしっ」

 俺は数秒考えた後、意を決して戸に手を掛けた。

 ……許せ、さくら。
 これは決して、ドサクサ紛れに裸を見ようってわけじゃないんだからな。

 あくまで、純粋にお前が心配だから中に入るんだ。
 そんな邪な考えはこれっぽっちも……、

 ……まあ、ちょっとはあるかもしれんが、それは不可抗力というやつだ。
 だから、もし見ちゃってもフライパンだけは勘弁してくれよ。。

「というわけで……
いざっ!!





「……まーくん」


「何をしているんですか?」





 
びくぅぅぅぅぅぅぅっ!!


 さあ、戸を開けよう、と手に力を込めた瞬間、
背後で、あかねとエリアの声がして、俺は直立不動の姿勢になる。

「は、ははは……」

 そして、ギギギィ〜ッとゆっくり後ろを振り向く俺。

 そこには……、


 
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 クマさんバットと光の球を構え、
不気味に微笑むあかねとエリアの姿があった。


「…………」(にこにこ)


「…………」(にこにこ)


「……い、いや……あの……」(大汗)


「…………」(にこにこ)


「…………」(にこにこ)


「…………お手柔らかに」(泣)
































 
































「……で? 何があったんだ?」

 丸めたティッシュを鼻に詰めながら、さくらに訊ねる俺。
 その視線はかなり不機嫌だったりする。

 結局、ズタボロにされた後、
俺はあかねとエリアの監視の下、脱衣場へと足を踏み入れた。

 そこには、バスタオルを体に巻いたまま、
床にペタンとお尻をつけてへたり込んださくらの姿。

 そして、呆然とするさくらの視線の先には……体重計。

 その光景を見た瞬間、さくらの悲鳴の理由は何となく分かったのだが……、

「もう一度訊くぞ……何があったんだ?」

 さくらをジト目で見ながら、俺はもう一度同じ質問をした。

「え……えっとですね……」

 俺に睨まれ、引きつった笑顔で言葉を濁すさくら。

「まさか……体重が増えてたとか、そんな理由じゃねーだろうな?」

「…………ほんのチョットだけです」

 俺の言葉に、体に巻いたバスタオルをキュッと掴み、
さくらは申し訳なさそうに頷く。

「……やっぱりか」

 さくらが頷くのを見て、俺は深々とタメ息をつく。

 ったく、そんなことが原因で、俺はあんなヒドイ目に遭ったってわけか。
 まあ、俺にも悪いところはあったんだけどな。

 しかし、それはそれとして……、

「ンなくだらねー事で、イチイチ悲鳴を……痛てっ」

 と、俺が言うと、あかねとエリアにぺしっとチョップを入れられる。

「誠さん、そういう事を言っては、さくらさんに失礼ですよ」

「女の子にとって、体重っていうのはとっても気になることなんだから」

「何で、そんなに気になるんだよ?」

「好きな人に、綺麗な自分を見てもらいたいからだよ」

 そう言って、あかねはちょっと拗ねたように頬を膨らませる。

 見れば、さくらとエリアもちょっと照れながらも、
あかねの言葉にコクコクと頷いている。

 あかねの奴、さくらやエリアだって照れてるのに、
よくもまあ、そういう恥ずかしいセリフをキッパリと言えるモンだな。

 まあ、あかねらしいと言えばあかねらしいが、
聞いてるこっちの方が恥ずかしくなるぞ。

 ……もちろん、そういう気持ちは嬉しくもあるんだけどな。

「そういうモンかね?」

 と、俺は照れ隠しに、そっぽを向きながら頭を掻く。
 そんな俺の態度に、ムキになって答える三人。

「そういうものなの」

「当たり前です」

「だいたい、まーくんはどうなんですか?」

「あ?」

「まーくんは、自分がおデブさんになっても良いの?」

「おデブさんになってもまーくんはまーくんですけど、
やっぱり、スマートで素敵なまーくんでいて欲しいです」

「うーむ……」

 さくらとあかねの言葉に、俺は想像力を働かせる。

 ――丸々と太った俺。

 どうにも想像し難いものがあるが、それでも何とかイメージを膨らませ、
その隣にさくらとあかねとエリアを並べてみる。

 ハッキリ言って、全くつり合わん。

 だいたい、普段の俺でもさくら達とつり合いが取れているのか
はなはだ疑問だってのに、さらに太っちまったら目も当てられねぇな。

 ……まあ、何だ。
 俺だって、少しでもさくら達に相応しい男でありたい。
 さくら達が望んでいるような、理想の男でありたい。
 できれば、太るのは避けたいぞ。

 ぬう……そう考えたら、急に不安になってきた。

 最近、不摂生な食生活送ってるからなぁ。
 間食多いし、ジャンクフードばっかり食べてるし。

 ……もしかしたら、太ってるかも。

「…………俺も、ちょっち測ってみるかな」

 と、俺は体重計の上に乗ってみる。

 服を着たままだが、まあその辺は適当に誤差修正すればいいだろう。


 
ピピピピピピピピ……


 デジタル式の体重計が、俺の体重の値を表示する。

 さて、何キロかなっと…………おろ?

「誠さん、どうですか?」

「ん……
減ってる





 俺の言葉に絶句する三人。

 いや……だって、マジで減ってるんだもん。
 あれだけ食っちゃ寝してたってのに……不思議だ。

「……何で?」

「……どうして?」

「あんなに食べてるのに……」

 ……あれ?
 何か、さくら達の様子がおかしいぞ。

 三人とも、わなわなと肩を震わせて……って、おいっ! ちょっと待てっ!!

 さくらっ! 何で
フライパンを構えるっ!?
 あかねっ! どうして
クマさんバットを握り締めるっ!?
 エリアッ! その両手の間にある
光の球は何だっ!?


「どうして……」


「あんなにいっぱい食べてるのに……」


「体重が減ってるんですかぁぁーーーっ!!」


「うどわぁぁぁぁぁーーーっ!!
落ち着け、お前らぁーっ!!」


 さくら、あかね、エリアが、それぞれの得物を振り上げ、俺に襲い掛かってくる。

 さて、ここでちょっと思い出してもらいたい。

 あかねとエリアは服を着ているから、別に問題はない。
 ただ、さくらは……、








 
――はらり








「あ……」


「い?」


「うっ……」


「……え?」








 俺とあかねとエリアの視線が、さくらに集まった。

 それに気付いたさくらが、自分の体を見下ろし、
見る見るうちに顔が真っ赤になっていく。

 ……そう。
 さくらは体にバスタオルを巻いただけの姿だったのだ。

 だから、いきなり激しく動いたりしたら、当然…………こうなる。








「…………」


「…………」


「…………」


「…………ごちそうさま」(ボソッ)
















「きゃぁぁぁぁーーーっ!!」


「誠さんっ!!!!」


「見ちゃダメェェェーーっ!!」


「うぎゃあああーーーっ!!」













 ……で、惨劇パートU。(笑)








<おわり>
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