Heart to Heart

    
第88話 「ぷりてぃー・べいびー」







 
ピンポーン――


「こんにちは〜」

 あやめさんに電話で呼び出されたはるかは、
慌てて河合家にやって来ました。

 あやめさんが言うには、とっても良い物を見つけたそうです。

 電話でそれの内容を聞いたはるかは、
それはもう、全力で急ぎました。

 どれだけ急いで来たのかと言うと、
お昼ご飯の準備を途中でほったらかして来てしまいました。

 あっ、でも安心してくださいね。
 ガスの元栓はちゃんと締めましたし、戸締りも確認して来ましたから。

「いらっしゃ〜い……って、はるか……あんた……」

 はるかがインターホンを押して玄関で待っていると、
すぐにあやめさんが出迎えてくれました。

 あら? でも、何故でしょう?
 はるかを見るなり、あやめさん、とっても顔を引きつらせてます。

「あやめさん、どうされたんですか?」

「どうって……あんたねぇ……」

 訊ねるはるかに、あやめさんは呆れ顔で大きくタメ息をつきました。

 そして、はるかの手を指差すと……、

「あんたの手にあるものは、何?」

 と、言いました。

 ……はい?
 はるかの手、ですか?

 はるかはあやめさんに言われるまま、自分の手を見ました。

 ……あらあら?
 はるかってば、どうして
出刃包丁なんか持っているのでしょう?

 自分の右手にしっかりと握られた包丁を見つめ、
はるかは小首を傾げました。

 あっ、もしかして、さっきまでお料理の途中でしたから、
慌てて持ったまま来てしまったのかもしれませんね。

 と、はるかがそう言うと、
あやめさんはまた大きくタメ息をつきました。

「ねえ、はるか……ウチに来たって事は、
当然、商店街の中を走ってきたのよね?」

「はい。もちろんです」

 あやめさんの言葉に、はるかは頷きました。

 あやめさんったら、どうしてそんな事を訊くのでしょう?
 そんな事、当たり前の事ですのに……、

「はるか……あんたがここに来るまでさ、
道行く人達みんな、あんたの為に道を開けてくれたんじゃない?」

 確かにそうです。
 あやめさんの言う通りです。

 商店街の中は、とっても混んでたんですけど、
何故か皆さん、はるかを見るなり、ズザザザ〜ッと道を開けてくださいました。

 まるで、モーゼになった気分でしたよ。

「はい。みなさん、とっても親切な人達ですね。
あ、でも、どうしてあやめさんがそれを知ってるんです?」

「…………もういいわ」

 はるかの言葉に、あやめさんはまたまた大きくタメ息をつきました。
 今まで一番大きなタメ息です。

 あやめさん、どうしたのでしょう?
 もしかして、何か悩み事でもあるのでしょうか?

 と、はるかが心配しているのに気付いたのでしょう。
 あやめさんは軽く肩を竦めると、はるかをお家に迎え入れてくれました。

「まあいいわ。それより早く中に入って。
あんたに見せたい物があるの。その為に、わざわざ呼んだんだから」

「はい。それでは、お邪魔します」
















「それで、例の物は何処にあるんです?」

 リビングにやって来たはるかは、早速、あやめさんに訊ねました。

 電話である程度の内容は聞いていたものですから、
もう居ても立ってもいられません。

 早く見たくてウズウズして、
落ち着き無くキョロキョロとリビングを見回してしまいます。

「はいはい。はるか、落ち着いて。
もうビデオデッキに入ってるから、後は再生するだけよ」

 と、テレビの前に座布団を敷くあやめさん。
 そして、はるかはそこに座らされてしまいました。

「私はお茶の用意するから、あんたはそこでゆっくり見てなさい」

 そう言って、あやめさんはキッチンへ行ってしまう。

 一瞬、手伝おうかと思いましたが、止めました。
 だって、一秒でも早く見たかったんです。

 ……ここは、あやめさんのお言葉に甘えさせて頂きましょう。

 そう自分を納得させ、はるかはリモコンを手に取り、
再生ボタンを押しました。


 
ポチッ――


 
ヴゥン――


 それと同時に、テレビ画面に映し出されるビデオの映像。





「あらあらあらあら♪」





 その映像を見て、はるかは思わず両手を頬に当て、
歓喜の声を上げてしまいました。
















 テレビ画面に映し出されたのは、
可愛らしい三人の赤ちゃんの姿でした。

 男の子が一人に、女の子が二人……、

 三人の赤ちゃんは、
積み木を使って仲良く遊んでいます。

 もう、言わなくてもわかりますよね?

 ……そう。
 このビデオには、誠さん達の赤ちゃんの頃の姿が録画されているんです。

「はふぅ……♪」

 ああ……、
 三人とも、とっても可愛いです♪

 もう、タメ息が出てしまうくらいに可愛いです。
 思わず見惚れてしまいます。

 でも、三人の中で一番可愛いのはさくらさんって思ってしまうのは、
やっぱり親バカさんでしょうか?

「あ、はるか。お煎餅、食べる?」

「はい、いただきます」

 画面から目を離さぬまま、
はるかはあやめさんからお煎餅を受け取りました。

 そして、それをお口でパリッと割りつつ、
誠さん達の一挙手一投足を見守ります。

 目の前に散らばった積み木を前に、仲良く遊ぶ誠さん達。

 いえ……正確には、ちょっと違いますね。
 積み木で遊んでいるのは、誠さんだけです。

 さくらさんとあかねさんは、誠さんの正面にちょこんと座り、
積み木を積み上げて遊んでいる誠さんをポケ〜ッと見つめています。

 まるで、二人とも誠さんに見惚れているみたいです。

 あらあら……さくらさんもあかねさんも、
こんなに小さい頃から、誠さんにらぶらぶだったみたいですねぇ。

 と、そんな三人を微笑ましく思っていると、
ふいに、積み木で遊ぶ誠さんの手が止まりました。

 どうやら、積み木に飽きてしまったみたいです。
 誠さんは退屈そうにキョロキョロと周りを見回しています。

 そして、すぐ側で自分を見つめている二人に気付くと、
おもむろに手を伸ばし……、


 
なでなでなでなで……


 
ぺたぺたぺたぺた……


 と、誠さんは、その小さな手で、
あかねさんの頭を撫でたり、さくらさんの頬に触ったりと、
楽しそうに二人をかまい始めました。

 二人とも、こんなに小さな頃から、
誠さんになでなでされてたんですねぇ。

 さくらさんとあかねさんも、誠さんにかまって貰って嬉しい様子です。
 二人とも、キャッキャッと声を上げて笑っています。

 そして、もっとかまって欲しくなったのでしょう。
 さくらさんが誠さんへと身を乗り出しました。

 と、その時です。

 身を乗り出したさくらさんが、前のめりにバランスを崩したんです。

 そして……、





「あら〜♪」(ポッ☆)





 それを見て、はるかは気恥ずかしくなって、
ちょっと顔が赤くなってしまいました。

 何故なら、さくらさんが倒れた先には誠さんがいて……、
 偶然にも二人の唇が……、


 
――ちゅっ☆


 ……って、重なり合ったんです。

 しかも、それだけじゃありません。

 唇を重ねた誠さんとさくらさんは、
そのままコロンッと後ろに倒れてしまいました。

 当然ですよね。
 赤ちゃんである誠さんに、さくらさんの体重を支える事なんてできませんから。

 で、倒れた拍子に唇は離れてしまったみたいで、
今は、さくらさんの頭は誠さんの胸の辺りに乗っかっています。

 二人とも、何だかポーッとした顔してますね。
 そのままの姿勢で、身動き一つしません。

 そこへ、あかねさんがいそいそと這って近寄っていきます。
 まるで、『あたしもあたしも〜♪』って言っているみたいです。

 そして、それはどうやら間違い無かったみたいです。

 あかねさんは仰向けに倒れた誠さんの顔を見下ろす所まで行くと……、


 
――ちゅっ☆


 と、無造作に顔を下ろして、誠君の唇を奪ってしまいました。

 そして、キスを終えたあかねさんもまた、コロンッと横に転がって、
そのまま誠さんに寄り添ったまま寝息を立て始めます。

 それにつられて、誠さんとさくらさんも、ウトウトとしはじめ、
三人揃って眠ってしまいました。

 小さな体を寄せ合って……、
 お互いの手をキュッと握り合って……、

 本当に幸せそうに眠る誠さん達。

 その姿の愛くるしい事と言ったら、
もう超絶に可愛いですっ♪
















「あらあらあらあら♪
まあまあまあまあ♪」



 そこでビデオは終わってしまったので、
はるかは巻き戻して、もう一度最初から見ます。

「どう? すっごくいい物でしょ?」

「はい〜♪ そうですね〜♪」

 あやめさんの言葉に、はるかは上の空で頷きます。

 ああ……♪
 誠さんも、さくらさんも、あかねさんも、とってもとっても可愛いです。
 あまりの可愛らしさに目眩がしちゃいます。

 誠さん達がこんなに可愛いんですから、
きっと孫が生まれたら、気を失ってしまうくらい可愛いですよね。

「……早く孫の顔が見たいわね」

「そうですね〜♪」

「その為にも、誠君達には頑張ってもらわないとね」

「そうですね〜♪」

「エリアちゃんもいるから、最低でも三人……楽しみね」

「そうですね〜♪」

「どんな名前にしようかしら?」

「そうですね〜♪」

「男の子かしら? それとも女の子かしら?」

「そうですね〜♪」

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 こうして、まだ見ぬ孫を夢見ながら、はるかとあやめさんは、
一日中、ビデオ鑑賞を続けたのでした。








<おわり>
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