Heart to Heart

     
 第87話 「主婦の一日」








 いつものように、愛する娘を見送り……、

 いつものように、洗濯をして……、

 いつものように、家の掃除をして……、





「ふう……やれやれ、っと」

 ひと通りの仕事を終えた私は、
紅茶の入ったカップ片手にひと息ついていた。

 ……やること、ほとんど全部終わっちゃったわ。
 ……後は何しようかしら?

 と、私は時計に目を向ける。

 午前9時――

 いつもなら、もう店を開けている時間だ。
 でも、今日は休業日だから、その必要は無い。

 必要は無いんだけど……、

「仕事してないと……すっごく暇なのよねぇ〜」

 と、私は力無くテーブルに突っ伏した。








 実は、我が河合家は商店街で本屋を営んでいる。

 その名も『河合書店』。

 自慢じゃ無いけど、結構流行ってるのよ。

 商店街にある程度の小さな店舗だけど、その物量には自信がある。
 メジャーから超マイナーまで、各種取り揃えてるからね。

 注文があれば、どんな本だって取り寄せてみせるし、
独自のルートで手に入れた同人誌だって扱っている。

 おかげで、この近辺では……、


 
『河合書店に無ければ何処にも無い』――


 とまで言われているくらいだ。

 で、その河合書店なんだけど、
三階建ての自宅の一階部分に店を構えていたりする。

 ようするに、我が家は自宅兼仕事場なわけ。

 だから、店を開けようと思えばいつでも開けられるんだけど、
休業日である以上、そういうわけにもいかない。

 自営業だろうと何だろうと、仕事は規則正しくしないとね。
 それに、ちゃんと体を休めるのも大事だもの。

 それは分かっている。
 分かってはいるんだけど……、

 基本的にアクティブでポジティブな私にとっては、
退屈っていうのは堪えがたい事なのよ〜。








「暇ねぇ〜〜〜……」


 
ごろごろごろごろ……


 暇を持て余し、リビングの床の上をごろごろと転げ回る私。

 こんな時、愛しの亭主でもいれば、
夫婦水入らずでイチャイチャごろごろできるんだけど、
今日は友人と約束があるらしくって、朝から出掛けているのよねぇ。

 まったく、こんなに可愛い奥さん置いて一人でどっか行っちゃうなんて、
私と友人との約束と、どっちが大切なのよぉ。

 ……こうなったら、浮気でもしてやろうかしら?
 相手は、そうねぇ、やっぱり誠君かしらねぇ♪

 私だってまだまだ若いんだし、
お子様なあかねなんかに負けない自信あるわよ。

 ……なーんて、冗談だけどね。

 やっぱり、誠君には、愛娘の旦那様になってもらいたいものねぇ。

 そ・れ・に〜……、





 
私が愛する男は、亭主だけなのよん♪





 ああ……今頃、あの人は何してるのかしら?

 と、私は愛する亭主に想いを馳せる。

 早く帰って来ないかなぁ。
 そしたら、娘のいぬ間に…………ウフッ♪

「ンフフフフフフフ……♪」


 
ごろごろごろごろ……


 亭主との愛の営みを妄想して、私は再び床を転げ回る。

 と、その時……、

「……ん?」

 ふと、ビデオデッキの側に並べられたビデオテープの山が目に入った。

「…………」

 途端、無性に映画が見たくなる。

 ……そうね。
 どうせ暇なんだし、今日はビデオ鑑賞でもしますか。

 そう思い立つと、私は体を起こし、
録画した映画の題名が書かれたラベルを指でなぞりながら、ビデオテープを選ぶ。


 『プロジェ○トA』――
 『ポリス○トーリー』――
 『酔○2』――
 『デッド○ート』――

    ・
    ・
    ・


「うーん……迷うわねぇ」

 と、見る映画を決め兼ね、首を捻る私。

 ……え? 内容が偏ってる?

 うるさいわね……私はジャッ○ー・チェンが好きなのよっ!
 あのカンフーアクションに、たまらなく燃えちゃう人間なのっ!

「うんっ! 久し振りにこれにしよっと♪」

 と、私が取り出したのは『木○拳』のビデオ……って、あら?

 ……何かしら?
 奥の方にラベルが貼ってないビデオテープが……、

「……?」

 何となく、それが気になった私は、それを手に取る。

 これ……何のビデオかしら?
 ウチは録画したら大抵ラベルに題名を書くのに……、

 はっ!! も、もしや……、
 ウチの亭主の
アダルトビデオ?!

 そう考えた瞬間、私は眉間にシワを寄せた。

 あの人ったら……私という者がありながら、こんな物を……、

 と、私は怒りに任せて、
中の磁気テープを引っ張り出そうと手を掻ける。

 だが、途中で思い止まった。

 いけないいけない。
 こういう事はしちゃダメよね。

 いくら妻子持ちとは言え、男の人なんだから、
この位は理解してあげなくちゃ……、

 と、私は何も見なかった事にする為、ビデオテープを元の場所に戻す。

 うんうん……こういう気遣いも、
円満な夫婦生活を送るコツよね。

 でも、やっぱり、お仕置きは必要だわ。
 となれば、あかねには、今日は誠君の所に泊まりに行くように言わなきゃね。

 そして、今夜は二人っきりでタップリと…………ウフフフ♪

 と、私は今夜の
『お仕置き♪』を想像してほくそ笑みつつ、
『○人拳』のテープをビデオデッキにセットする。

 だが、再生ボタンを押そうとしたところで、ピタリと手が止まった。

「…………」

 リモコンを構えたまま、ジーッとある一点を見つめる私。

 その視線の先は、例のビデオテープをしまった場所。

 ……気になるわ。
 すっごく気になるわ。

 あの人……どんなのを見てるのかしら?

「ちょっとだけ……見ちゃおうかな」(ポッ☆)

 と、私は好奇心に誘われるまま、再び例のビデオテープを取り出し、
ビデオデッキにセットする。

 そして、緊張の面持ちで、再生ボタンを押した。
















 …………あらやだ?
















 これって……、
















 
――ピッ


 私は途中で停止ボタンを押し、テープを巻き戻す。

 ……知らなかったわ。
 こんな
『いいもの』が我が家にあったなんて……、

「これは、私一人で鑑賞するのは勿体無いわね」

 と、私は立ち上がり、受話器を取る。








 そして、園村家の電話番号をプッシュした。








<おわり>
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