Heart to Heart

   
 第86話 「……ダメだこりゃ」







「ただいまー」

 とある日曜日――

 買い物から帰ってきた俺がリビングで見たものは、
仲良く並んで昼寝をするさくら達の姿であった。

「こいつら、いつの間に……」

 ……出掛ける前はエリアしかいなかった筈なのになぁ。

 と、気持ち良さそうに眠る三人の寝顔を覗き込む。

 ったく、合鍵を渡してあるとはいえ、
さくらもあかねも勝手に人の家に上がり込みやがって……、

 すっかり、第二の我が家って感じでくつろぎまくってやがるな。

 まあ、そう思ってくれても別に問題は無いし、
非常に嬉しくもあるのだが……、

 そう思って苦笑しつつ、俺はキッチンへと向かうと、
ヤカンに水を入れ、お湯を沸かす。

 いつもなら、三人に昼メシを作ってもらうところだけど、
せっかく気持ち良く寝ているのを起こすのもかわいそうだからな。

「今日はこれで我慢するとしよう」

 と、俺は買って来たばかりのカップメンの封を開けた。

 そして、お湯が沸く間、
三人の可愛い寝顔でも眺めていようと、リビングに戻る。

 ……あ? 悪趣味だ?

 何とでも言え。
 好きな女の子の無防備な寝顔を見るのは楽しいモンなんだよ。

 もちろん、それを俺以外の男が見やがったら、即、殺す。
 さくらも、あかねも、エリアも、俺のモンだっ!!

 ……って、我ながらかなり欲張りだよな。
 ったく、独占欲が強いというか、何と言うか……、

 ま、それはともかく……、
 久々の寝顔堪能タイムである。

「すーすー……」

「うみゅ〜……」

「くー……」

 あかねを真ん中に挟んで、幸せそうな寝息をたてる三人。

 『親子三人川の字』とは良く言うが、
こいつらの場合、『姉妹三人川の字』って感じだな。

 さしずめ、一番下があかねで、真ん中がさくら、
エリアは一番お姉さんだな。

「やれやれ……」

 と、そんな事を考えつつ、俺はそんな三人の姿に肩を竦めると、
起こしてしまわないように静かに腰を下ろした。

 そして、乱れたタオルケットを掛け直してやる。

「……まーくん」

 その時、ふいに三人の寝言が耳に入った。

「……?」

 聴いちゃ悪い、と思いつつも、俺はそれに耳を傾けてしまう。

 ……三人とも、一体、どんな夢を見ているんだろう?
 どうやら、俺の夢を見てるみたいだけど……、
















「あん……まーくん……そんなトコ……ぅん♪」


「うみゅん♪ ダメだよぉ……まーくんのえっち〜♪」


「ああ……誠さん……はふぅ♪」
















 
お前ら、どんな夢見てんだ!?


 三人の寝言のあまりの内容に、俺は頭を抱える。

 ったく、勘弁してくれよ。
 そんな悩ましい声上げやがって……、

 さくら達の寝言、というか喘ぎ声というか……、
 とにかく、それを耳にした俺は、興奮しそうになる胸を必死で抑える。





 こいつら、もしかして、欲求不満なのか?

 いつまで経っても、俺が何もしようとしないから……、





 三人が、あまりに悩ましくも幸せそうな声を上げるもんだから、
ついつい、俺はそんなくだらない事を想像してしまう。

 しかし、もし仮に、その想像が案外的を得ていたとしたら、
その原因は、やっぱり俺にあるんだろうなぁ。

 エリアはともかく、さくらとあかねに関しては、
十数年以上もの長い付き合いだ。

 その間、恋人同士として、キス以上の進展はまったく無し。

 まあ、たま〜に一緒に寝たりもするが、それとあれとは全然別だ。





 ……俺だって男だ。

 さくらとあかねに、何もしたくないってわけじゃない。

 ましてや、決して『不能』ってわけでもない。

 現に、毎朝、俺のマグナムはギンギンだ。
 その気になれば、いつだってイケるぞ。(爆)

 ただなぁ……まあ、何と言うか、雰囲気っていうのかな?
 なかなか、そういうムードにならないわけだ。

 それにさ、そういう瞬間って、
ンな意識しなくても、いつか自然に来るモンなんじゃねーかな?

 焦ったって、絶対、後悔することになると思うんだよ。

 俺は、さくらとあかね、もちろんエリアも、もっと大事にしたいと思っている。
 その場限りの、勢い任せの性欲なんかで、そういう事はしたくない。

 もっと自然で……、
 もっと俺達らしくて……、

 ……まるで、そうなる事が当たり前の事のように結ばれる。

 そんな瞬間が、いつか必ず来ると思う。

 その時が来るまでは、
焦らずのんびりやっていけばいいんじゃねーかと、俺は思うんだ。





「……でも、それは俺一人の勝手な思い込みなんだよな」

 と、俺は三人の寝顔を見つめながら呟く。

 もしかしたら、こいつらは焦れているのかもしれない。

 いつまで経っても、何もしない俺に痺れを切らしているのかもしれない。

 いつもいつも、期待と不安に胸を震わせながら、
それでも、しっかりと覚悟を決めた上で、こうして俺の家に来ているのかもしれない。

 でも、女の子が恥じらいを無くすわけにはいかないから、
ずっと、俺が言い出すのを待っているのかもしれない。





 ……だったら、男である俺が、踏み出すべきなのだろうか?

 俺が、三人に手を差し伸べるべきなのだろうか?





 と、俺が思考の海に沈みかかった、その時……、
















 
ピィィィィーーーーッ!!
















 いきなり、キッチンから甲高い音が聞こえてきた。

「おっ! お湯が沸いたみたいだな♪」

 その音を耳にし、俺はいそいそとキッチンへと向かう。
 そして、カップメンの容器にお湯を潅いだ。


 ――1分。


 ――2分。


「よしっ♪」

 時間が来たので、俺は割り箸をパチンと割る。

 少し時間が早いが、カップメンってのはちょっと固いくらいが美味いんだよ。
 これは、まあ、人の趣味にもよるだろうが、俺の嗜好はそうなのだ。

「〜♪ 〜♪」

 豚骨スープの匂いに誘われるように、
俺はカップメンの蓋を開ける。

 そして、おもむろに手を合わせ……、








「いっただっきま〜すっ♪」








 ……猛然と、麺を啜るのであった。
















 ……はて?

 何か忘れているような気がする。

 なんだか、とっても重大な事を考えていたような……、

 ……ま、いいか。
 それよりも、今はご飯ご飯っと♪








<おわり>
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