Heart to Heart

   
 第85話 「お嬢様は黒魔術士」







「う〜〜〜〜……」

 ある日の昼休み――

 俺は中庭の木陰の芝生の上、
まあ、ようするに俺のいつもの定位置で、バッタリと倒れていた。

 そう……寝ているのではない。
 倒れているのだ。

 理由はというと……、


 
ぐぅぅぅぅ〜〜〜〜〜……、


「腹減った……」

 ……と、いうわけだ。

 今日はさくらとあかねが弁当を作って来てくれて、
俺はそれを食べたのだが、全然足りなかったのだ。

 多分、今朝、寝坊して、
朝メシをカロ○ーメイトだけで済ませてしまったのが原因だろう。

 それに、午前中の体育の授業はマラソンで、
余計にカロリーを消費してしまたからな。

 というわけで、俺は空腹のあまり
身動きが取れなくなってしまっているわけだ。

 今、さくらとあかねが慌てて購買にパンを買いに行ってくれているけど、
もう売りきれているだろう。
 何せ、この学校の購買は戦場だからな。


 
ぐぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜……


「うううう……腹が減ったよぉ……」

 さっきよりも大きくなった腹を押さえつつ、俺は呻く。

 ……もうダメだ。
 俺……死ぬかも。

 と、弱気になりかけた、その時……、


 
ふよよんふよよん……


 偶然にも、ホウキに乗って空を飛ぶ、
魔術師ルックの芹香さんが通り掛かった。

 ……こんなトコで飛ぶなよ、あんた。

 と、内心ツッコミを入れつつ、俺は芹香さんに声を掛けた。
 もしかしたら、何か食い物を持っているかもしれないと思ったからだ。

「おっす、芹香さん……」

 俺の呼び声に、芹香さんは飛んだままこちらへと寄って来る。
 そして、俺の隣りでホバリングして止まった。

 ……意外と高性能なんだな。

 と、思いつつ、俺は何とか体を起こす。

 出来れば寝たままの方が楽で良かったんだけど、
それじゃ芹香さんに失礼だろ?

 それに、寝たままだと、芹香さんって宙に浮いてるから、
スカートの中が見えちまうし……、

 見たという欲求はかなりあったが、それもやっぱり失礼だからな。

「…………」

「え? どうしたのかって?」

 俺が弱っている事に気付いたのだろう。
 芹香さんが心配そうな顔で俺に訊ねてきた。

「いや……ただ、ちょっと……腹が減っちゃってさ。
芹香さん、何か食い物持ってない?」

 と、俺が訊くと……、

「…………(ふるふる)」

 芹香さんは申し訳なさそうに首を横に振る。

「…………(ぺこ)」

「え? 申し訳ありません?
いや、いいって。持ってないのはしょーがねーんだし。
でも……そうか〜、持ってないのかぁ〜」

 と、僅かな希望も消え去り、俺はその場にヘタリ込む。

 そんな俺の姿を見て、何かを思い付いたのだろう。
 芹香さんはポンッと手を叩いた。

「…………」

「あ? 何? 食べ物は持ってないけど、作ることはできる?」

「…………(こくこく)」

「……どうやって?」

「…………(ちょいちょい)」

 俺が訊ねると、芹香さんは足元に落ちている小石を指差した。

「……? これを宙に投げ上げるのか?」

「…………(こくこく)」

 俺の言葉に頷く芹香さん。

 俺は首を傾げながらも、芹香さんに言われるまま小石を五、六個拾い上げ、
空高く放り上げた。

 芹香さんは、それに向かって片手を突き出す。

 そして……、
























『我は放つ光の白刃』
























 と、芹香さんが小さく呪文を唱えたかと思うと……、


 
ずびぃぃぃーーーーむっ!!


 突き出された芹香さんの掌から、光線がほとばしった。


 
なにぃっ!?


 俺は驚愕の表情で、放たれた光線を目で追う。
 そして、その光線は、俺が投げ上げた小石に命中した。

 すると……、


 
ポポポポポポンっ!


 と、コミカルかつ軽快な音を立てて、光線の直撃を受けた小石が、
瞬時にして、イチゴやらニンジンやらショートケーキやらに変化した。

 それらが、真っ直ぐに俺に向かって舞い落ちてくる。


「うおおおおおおおっ!!」


 その光景は、極度の空腹状態の俺にとって、
まさに夢のような光景であった。

 本来ならば、その奇怪さ故に驚愕するべきその現象。

 しかし、今の俺には、そんなことは二の次三の次だ。

 今、俺の目の前には食い物があるのだ。
 それを食さねばっ!!


「どぉりゃぁぁぁーーーっ!!」


 
ひょいパクッひょいパクッ!!

 
ひょいパクッひょいパクッ!!


 俺は閃光の如き早さでそれらを掴み取り、
胃袋の中へと収めていく。

 むう……イチゴもショートケーキも、
とても元無機物とは思えぬ美味さだぜ。

 でも、このニンジンは生でも食えるのかなぁ?

 と、ニンジン片手にショートケーキを頬張る俺。

「…………」

 ……え?
 ご満足頂けましたかって?

 おうよっ!!
 満足満足、大満足だぜっ!!

 口の中が食い物でいっぱいで喋れない俺は、
芹香さんの言葉に、Vサインで答える。

「…………
ぶいっ

 芹香さんは嬉しそうに微笑みつつ、俺にVサインを返し、
そのポーズのまま、ふよよんふよよんと飛び去っていった。

 優雅に飛んでいく芹香さんへ感謝を込めて見送りつつ……、

「あの魔法、エリアも使えないかなぁ?」


 
ぽりぽりぽりぽり……


 と、俺は最後のニンジンをかじるのであった。








 フッ……良質のニンジンは生でも甘いぜ。(笑)








<おわり>
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