Heart to Heart

    
 第84話 「すきんしっぷ」







「ねえねえ、まーくん」

 とある日の夕方――

 俺がリビングのソファーの上でボケーッとテレビを見ていると、
いきなりあかねが後ろから抱き付いてきた。

「ん? どうした?」

 ちょうど暇だったので相手をしてやろうと、
俺はリモコンでテレビのスイッチを切る。

「退屈なのか? だったら、何かして遊ぶか?」

「ううん、違うの。あのね……」

 そう言って、何やら恥ずかしそうに俯くと、
あかねは手をもじもじとさせる。

 ……何だ?
 あかねが言いよどむなんて珍しいな。
 いつもは結構直球なのに。

 もしかして、何か言い難いことなのか?

「どうした? 遠慮なんかしなくていいぞ。
何でもズバッと言ってみ?」

「う、うん……あのね、まーくん……」

 俺の言葉に、あかねは意を決したように顔を上げる。

 そして、抱きついていた腕を離すと、俺の隣に腰を下ろし、
真剣な目つきで俺をジッと見つめてきた。

 ……何か、妙に緊張するな。
 あかねの奴、一体、何を言うつもりだ?

 俺は佇まいを直し、あかねの言葉を待つ。
 そして……、

「あのね、まーくん……」

「……おう」





「……なでなでして♪」





 
ずるっ!


 思わずソファーからずり落ちる俺。


「そんだけかいっ!?」


 まあ、あかねらしいと言えばあかねらしいが……、
 ……緊張して損した。

 と、呆れる俺に、あかねは拗ねたように口を尖らせる。

「うにゅ〜……これはとっても重大なことなんだよ」

「ほう……なら、その重大だって言う理由を述べてみろ」

「うん。それはね……」

「それは?」





「今日は、まだ一回もなでなでしてもらってないのっ!」





 
ずるぺちっ!!


 思い切り床に突っ伏す俺。

 あ、あのなぁ……確かに、今日は一回もなでなでやってないけどな……、

「……なでなで中毒か、おまいは」

 と、心底呆れる俺に構わず、
あかねはねだるように俺を見つめてくる。

 ……まあいい。
 その程度のことは吝かじゃないからな。

「ねえ、まーくん、早く早く♪」

「はいはい。んじゃ、ちょっち頭貸してみ」

「うん♪」

 とっても嬉しそうに微笑み、いそいそと俺に頭を差し出すあかね。

 俺はそんなあかねに苦笑しつつ、あかねの頭に手をのせる。
 そして……、


 
なでなでなでなで……


「うにゃ〜〜〜〜〜ん♪」

 俺に撫でられ、気持ち良さそうに鳴き声(?)を上げるあかね。

 うんうん。それだけ喜んでもらえると、俺としても撫で甲斐があるぞ。

 でも、そんなに可愛い声で鳴かれると、
もっと
色々なところも撫でたくなるのだが……、

 ……まあ、今日のところは自重することにしよう。


 
なでなでなでなで……


「ふにゃ〜〜〜〜〜♪」

 ひたすらなでなでを続けると、
あかねの表情がウットリとしたものに変わっていく。

 瞳はポーッと虚ろになり、頬もかなり紅潮していた。

 ……そろそろ、かな?

 これ以上続けると、色々な意味でヤバイなと察した俺は、
あかねの頭から手を離す。

「うにゅ〜……まーくん、もっと〜……」

 途端、おねだりモード全開で俺にすり寄ってくるあかね。
 俺はそんなあかねをやんわりとたしなめた。

「ダ〜メだ。今日はこれでおしまい。
これ以上続けたら、どうにかなっちまうからな」

「どうにかなってもいい〜……もっとなでなでして〜……」

「ダ〜メ」

「うにゅ〜……まーくんのケチ」

「ケチじゃないって」

「そうです。次は私の番ですよ、あかねさん」


「うおっ!!」


「うみゃあっ!!」


 突然、間近でエリアの声がして、俺とあかねは飛び離れる。

 見れば、いつの間にか、俺の隣りにエリアが座っていた。
 しかも、期待に瞳を輝かせてたりする。

「エ、エリア……お前、いつからそこにいたんだ?」

「えっとですね……『はいはい。んじゃ、ちょっち頭貸してみ』ってところからです」

「ぐはっ……」

 ……ほとんど最初からじゃねーか。
 ぬう、これはかなり恥ずかしいぞ。

「それで、誠さん……当然、次は私の番ですよね?」

「あ、ああ……そうだな」

 ズズイッと詰め寄ってくるエリアに、
ちょっちたじろぎながらも俺は頷く。

「じゃあ、エリアもなでなでか?」

 と、訊ねる俺に、エリアはふるふると首を横に振る。

「あ? じゃあ、何をしてほしいんだ?」

「わ、私は
……だきだきがいいです(ポッ☆)」

 言ってから恥ずかしくなったのだろう。
 エリアは顔を真っ赤にしてしまう。

 ったく、照れるくらいなら言わなきゃいいのに。
 ま、その勇気に免じて、お願いに応えてやりますかね。

「ほれ。おいでおいで」

 と、俺はエリアに向かって両腕を開く。

「は、はい……それでは、失礼します」

 おずおずと、俺の胸に顔を寄せて来るエリア。
 そんなエリアが何だか可愛くて、俺は不意打ち気味にギュッと抱きしめてやった。

「あっ……!」

 突然の事に驚き、エリアは一瞬身動ぎするが、
すぐに俺の腕の中で大人しくなる。


 
だきだき……


「これでいいのか?」

「……はい」

 訊ねる俺に頷き、エリアは瞳を閉じると、
夢見心地な顔で、俺に身を任せてきた。

「……よしよし」

 ぽふぽふと背中を軽く叩きながら、俺はエリアを抱きしめ続ける。

 何だか、このまま眠ってしまいそうな雰囲気だったが、
しばらくすると、エリアの方から体を離した。

「もういいのか?」

「はい。充分堪能させていただきましたから。
それに、次が控えていますし……」

 そう言って、チラリと俺の正面に視線を向ける。
 そこには……、

「うふふふ♪ 次はわたしの番ですね」

 楽しげに微笑むさくらが、俺達の目の前にちょこんと座っていた。
 で、やっぱり、その瞳は期待に輝いてたりする。

「はいはい。待たせて悪かったな。
んで、お前はどうしてほしいんだ?」

 そんなさくらに軽く肩を竦めつつ、俺は訊ねる。

「う〜ん……そうですねぇ〜」

 人差し指を頬に当てて、可愛らしく小首を傾げるさくら。

 そして、何か良い案が思い付いたのだろう。
 グイッと俺に向かって身を乗り出してきた。

「じゃあ、わたしには……
さわさわしてください(ポポッ☆)」

「…………は?」

 一瞬、さくらが何を言ったのか理解できず、
俺は間抜けな声を上げてしまう。

 え、えっと……『さわさわ』ってことは、ようするに触ればいいわけだよな?
 問題は、その触る場所だが……、

 と、俺は気付かれないようにさくらの全身を眺めた。

 艶のある綺麗な桜色の長い髪――
 ほんのりと紅潮した柔らかそうな頬――
 スラリと伸びた細い手足――

 そして、慎ましくもしっかりと自己主張する双丘――

 うーむ……どのへんまでならOKなんだろう?(爆)
 ま、取り敢えず適当にいってみるか?

「じゃあ、いくぞ」

「はい♪」

 了解を得たところで、俺はゆっくりとさくらに手を伸ばす。
 そして……、


 
さわさわさわさわ……


「ぅん♪ まーくん…………えっちです(ポッ☆)」

 と、俺に触られ、さくらは可愛い声を漏らす……って、ちょっと待ていっ!

「何で髪を触っただけで『えっち』なんて言われにゃならんのだ?!」

「うふふ♪ 冗談です」

 ジト目で睨む俺に、さくらはちろっと舌を出して悪戯っぽく微笑む。

 そんな風に言われてしまっては、もう怒るわけにはいかない。
 俺はやれやれと、再び肩を竦めるしかなかった。

「ったく……で、これでいいのか?」

「はい。もうちょっとだけ、続けてください」

「髪、触られると気持ちいいのか?」

「はい。もちろん、相手がまーくんだからですよ」

「へいへい。そいつは光栄なこって」

 と、軽口を叩きながら、俺はさくらの髪を手で梳かし続ける。

「はふぅ……♪」

 しばらくして満足したのだろう。
 さくらは小さく息を吐き、伸ばした俺の足を枕にしてコテンと倒れてしまった。

「まーく〜ん♪」

「……誠さん(ポッ☆)」

 そして、俺がさくらを相手にしている間、大人しく待っていたあかねとエリアが、
再び俺に甘えかかってくる。

 おいおい……、
 もしかして、このローテーション、ずっと続くのか?

 俺、この後、見たい番組があるのに……、

「まーくん…………ねっ♪」

「……お願いします(ポポッ☆)」

 むちゃくちゃあま〜い声を出して、二人が体を預けて来る。

「うっ……うう……」

 そんな風にされたら、さすがの俺も断るわけにはいかず……、
















 で、結局……、
















 
なでなで……


「ふにゃ〜〜〜……まーく〜ん♪」


 
だきだき……


「あ……誠さん(ポッ☆)」


 
さわさわ……


「はふぅ……まーくん♪」








 ……まあ、何だ。
 スキンシップってのは大切だよな。








<おわり>
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