Heart to Heart

   
第80話 「お兄ちゃんと呼ばないで」







 日曜日の午後――

 暑いせいで、ここんとこクーラーの効いた室内に入り浸る生活を送っていた俺は、
健康の為にも、ちょっいと日向ぼっこをすることにした。

 幸い、今日は比較的涼しいので、暑さにうだる事もない。

 と、いうわけで、近くの公園のベンチに座り、
砂場で山を作って遊んでいる少年の姿をボーッと見ながら俺は日光浴をしていた。

 と、そこへ……、

「お兄ちゃーん!」

 と、何処からか聞こえてくる女の子の声。
 その声に砂場で遊ぶ少年は反応し、周囲をキョロキョロと見回す。

 そして、その声の主を見つけたのだろう。
 パッと顔を輝かせると、駆けて来る少女を手招きする。

「……兄妹、か」

 砂場で仲良く遊び始めた子供達を微笑ましく眺めつつ、
俺は昔のことを思い出していた。
















 あれは、俺達がいくつの頃だっただろう?
 確か、まだ幼稚園に通っていた頃だったかな?

「お兄ちゃん、さくらちゃん! 一緒にかき氷食べよ♪」

 家の庭でさくらにままごとの相手をさせられていた時、
かき氷を持ったあかねが俺達を呼んだ。

 あの頃、あかねは、おれの事を『お兄ちゃん』と呼んでいた。
 歳が同じであるにも関わらずだ。

 いつから、そう呼ばれていたのかは覚えていない。
 なにせ赤ん坊の頃から一緒だったから、多分、物心ついた時から、ずっとそうなのだろう。

 だから、それまでは、特に気にはしなかった。
 『お兄ちゃん』と呼ばれても、別に構わなかった。
 特に違和感も無かったからな。

 でも、あの時からだ。
 あの時から、何故か、あかねに『お兄ちゃん』と呼ばれることが嫌になっていた。

「なあ、あかね……」

 シャクシャクとかき氷を突き崩しつつ、俺はあかねを見た。

「ん? 何、お兄ちゃん?」

 俺に呼ばれ、あかねはスプーンを咥えたまま、こちらを向く。

「俺のこと、お兄ちゃんって呼ぶな」

「……どうして?」

「…………」

 あかねに訊ねられ、俺は何も言えなくなった。

 理由は、特に無かったのだ。
 いや、分からなかったと言うべきか。

 でも、今なら分かる。
 自分が、何故、あんな事を言ったのか、理解できる。

 俺は、あかねの『お兄ちゃん』になるのが嫌だったんだ。
 あかねに『お兄ちゃん』と思われるのが嫌だったんだ。

 そして、あかねに『お兄ちゃん』と呼ばれることで、
自分があかねを妹みたいに思うようになってしまうのが嫌だったんだ。

 俺は、あかねに一人の男として見てもらいたかった。
 俺は、あかねを一人の女の子として見たかった。

 だから、俺は……、
















「まーく〜〜〜〜んっ!」

「……ん?」

 ボーッと空を見上げ、昔のことを思い出していた俺は、
あかねの呼び声に我に返った。

 声がした方を向くと、あかねがこちらに駆けて来るのが見える。

「どうした?」

 俺の前で立ち止まり、ハアハアと肩で息をするあかねに、俺は訊ねる。
 すると、あかねはにっこり微笑んで……、

「まーくん。かき氷買って来たから、みんなで一緒に食べよ♪」

 と、俺に手を差し伸べた。

 そんなあかねに、俺は苦笑する。

 ……変わってねぇな、あかねは。

 いや、あかねだけじゃない。
 俺もさくらも、みんな変わってない。

 もしかしたら、あかねが俺のことを『お兄ちゃん』と呼んでいたとしても、
俺達は今のような関係だったかもな。

 大切な幼馴染み――
 そして、何よりも大切な存在――

 結局、どんな呼び方であれ、俺達は変わらなかっただろうな。

 いや、まてよ……。
 一つだけ、変わっていたかもしれねぇな。

 あの時の事がきっかけで、さくらとあかねは……、

「うにゅ〜……まーくん、どうしたの?」

 いつまで経っても、差し伸べた手を俺が掴もうとしないので、
あかねが俺の顔を覗き込んできた。

 慌てて、再び我に返る俺。

「いや……あかねってさ、俺のこと『お兄ちゃん』って呼んでた頃もあったよなぁって、
何となく思い出してたんだよ」

「ふ〜ん……そういえば、まーくん。
どうして、あの時、お兄ちゃんって呼ぶな、なんて言ったの?」

「……ンな事、言わなくてもわかるだろが」

「えへへ〜♪」

 俺の答えに、嬉しそうに、そして悪戯っぽく微笑むあかね。
 そして、俺の手を強引に掴み、引っ張る。

「ほら、さくちゃんとエリアさんが待ってるよ。
早く帰ろ……
お兄ちゃん♪


「う゛っ……」


 あかねにそう呼ばれ、一瞬、クラッときてしまう俺。

 な、何だ……今の感じは。

 懐かしくて……、
 嬉しくて……、
 愛しくて……、

 そして、何処か、妙に
背徳的な香り
 まるで
禁忌に触れてしまっているかのような……、

「えへへ♪ ほら、まーくん、早く早く♪」

「お、おう……」

 あかねに手を引っ張られ、走る俺。

 ――お兄ちゃんって呼ばれるのも、たまにはいいかも。

 何て、馬鹿なことを考えつつ、
俺はあかねと一緒に、家へと戻ったのであった。
















「とにかく、もう俺のこと、お兄ちゃんって呼ぶなよ」

「じゃあ、何て呼べば良いの?」

「普通に……そうだな、さくらみたいに『誠君』って名前で呼べばいいだろ?」

「うみゅ〜……でも、今更そんなふうには呼べないよぉ」

「そうか? まあ、お兄ちゃん以外なら何でもいいよ」

「じゃあねぇ…………『まーくん』っ!」

「待ていっ!! そんなカッコ悪い呼び方があるかっ!!」

「そうかな? 可愛いよ?」

「可愛くてどうするっ!?」

「あっ! 『まーくん』っていうの可愛いですね。
それじゃあ、わたしもこれからは『まーくん』って呼びますね♪」

「んなっ!? さ、さくらまで……」

「もう何言ってもダメだからね。あたし、決めちゃったもん♪」

「……まーくん……かわい♪」

「えへへへ♪ まーくん、だーい好き♪」

「勘弁してくれよぉ……」








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