Heart to Heart

  
  第103話 「付き人はつらいよ」







「おーいっ! そのケース、こっちに持ってきてくれーっ!」

「はーい! こっちのカメラの位置、どうしますーっ!」

「そのままでいいーっ!」





 ディレクターとカメラの位置を何度も決め直すカメラクルー。
 レフ板を抱えた照明マンや、長い竿の先にガンマイクをぶら下げた録音マンが、
カメラマンと口論しながらも、それぞれのポジションを決めていく。

 そんな撮影スタッフの慌しい姿を眺めながら……、

「……おいおい、いつまでやってんだ?」

 ……俺は腕時計を見て、ゲンナリと呟いた。

 もうかれこれ三十分は経っている。
 しかし、いつまで経っても、撮影が始まる気配は無い。

「ったく、いつになったら始まるんだよ?」

 と、さすがにイライラしてきた俺がそう言ってタメ息をつくと、
後ろから誰かにポカリッと叩かれた。

「そういう事を言うものじゃないの。みんな一生懸命やってるんだから。
大人しく待つのも私達の仕事よ」

 それで俺の頭を叩いたのだろう。
 丸めた台本を手で弄びながら、『彼女』は俺を窘めるようにそう言った。

「……俺は仕事でやってんじゃねーんだけどな」

 後ろを振り向き、ジト目で『彼女』を睨む俺。
 しかし、『彼女』はそんな俺の視線をあっさりと受け流す。

「今、キミが私の付き人であることに変わりはないでしょ?」

「へいへい……ごもっともで」

 そんな『彼女』の言葉に、俺は肩を竦め、
相変わらず慌しく動き回っているスタッフ達の方へと視線を戻す。

 見れば、もうだいたいの機材の位置は決まっている。

 ……そろそろ、撮影の準備が整いつつあった。








 ここは、我が家の近くにある、わりと大きめの公園――

 公園といっても、すべり台や砂場があるようなそういう公園じゃなく、
まあ、何て言うか自然の景観を楽しむ為のものだ。

 普段は、犬を連れた爺さんや、かくれんぼをする子供達がいたりして、
結構、のんびりとした雰囲気に包まれている。

 かく言う俺も、猫達と昼寝をしたり、
学校へのショートカットの為に通り抜けたりと、結構よく利用している。

 とまあ、ここは、そんなのんびりとした雰囲気に包まれた公園なわけだが……、

 ……今日はちょいと様子が違っていた。

 路上に駐車されたロケバス――
 機材を運び、走り回るスタッフ――
 テレビで見た覚えのある芸能人達――

 ……そう。
 今、この公園は、由綺姉が言っていたドラマの撮影現場になっているのだ。

 そして、その撮影現場の真っ只中で、俺は……、





「じゃあ、時間が押しているのですぐに本番入ります!
理奈ちゃん、準備はいい?」

「待ってました! じゃあ、行って来るわね、誠君♪」

「はいはい。いってらっしゃい」





 ……何故か、あの『緒方 理奈』の付き人をやらされていた。















 ――さて、少し、時間を遡って、事の経緯を説明するとしよう。

 夏休みの終わりも近付きつつあったある日の午後。

 当然、俺の家にあの人気歌手の森川 由綺がやって来た。

 俺の親戚で、兄のような存在でもある『藤井 冬弥』さんの恋人。
 そして、俺にとって姉のような存在でもある。

 それが、森川 由綺……いや、由綺姉だ。

 その由綺姉との久し振りの再会であった。
 芸能人である由綺姉とは、なかなか会う機会が作れねーからな。

 由綺姉が家に来た理由だが、何でも、近くでドラマの撮影が行われていて、
しぱらく出番が無くなったので、その合間にわざわざ来てくれたのだ。

 で、ちょうど昼メシを食べようとしていたところだったので、
俺達はマネージャーの弥生さんも交えて、一緒に昼メシを食べ、
他愛の無いお喋りに花を咲かせた。

 そして、由綺姉が仕事に戻らなければならない時間になった時、
突然、弥生さんが、こう俺に話を振ってきたのだ。



「誠さん……実は、あなたにお願いしたいことがあります」



 そう前置いて、真剣な面持ちの弥生さんが話した内容。

 それは、なんと、ただの高校生でしかない俺に、
ドラマの撮影に協力して欲しい、との事だった。

 あまりそういう事には関わりたくない、というのが本音だったが、
一応、昼メシをご馳走になったわけだし、何より、由綺姉のマネージャーの頼みだ。

 だから、無下に断るわけにもいかず、俺はそれを引き受ける事にし、
由綺姉達と一緒に撮影現場に向かった。

 のだが……、


 
――ふわっ


「あっ!?」

 撮影現場であるこの公園の入り口近く来たところで、
いきなり突風が吹いて、由綺姉が被っていた帽子が飛んでしまい……、

「おい? あれって、由綺ちゃんじゃねーか?」

「ああっ!! ホントだっ! 由綺ちゃんだっ!!」

 ……ってな具合に、撮影現場近くに集まっていた野次馬どもに、
あっさりと見つかってしまった。

 当然の事ながら、野次馬どもは、
我先にと由綺姉のところへと猛然とダッシュしてくる。

 砂煙を巻き起こしながら迫ってくるファン達の姿に、さすがにビビッたのだろう。
 由綺姉はササッと俺の後ろに身を隠す。
 そして、弥生さんは俺達二人を守るように、スッと前に進み出る。

「あーっ! そんな! 由綺ちゃん、隠れたりしないでよーっ!」

「そういや、あの男は何者だっ!?」

「ちくしょーっ!! 由綺ちゃんとベッタリしやがってーっ!!」

「藤井ぃぃぃぃーーーーーっ!!
何でテメェが由綺ちゃんと一緒にいるんだーーーーーっ!!」

 何か、野次馬どもの中から、
クラスメートの谷島の声が聞こえたような気がしたが……、

 ぬう……後々、面倒な事になりそうだな。

 ……っと、それより、今は、この危機的状況を打破しねーとな。
 このままじゃ、由綺姉が、野次馬どもにもみくちゃにされちまうぜ。

「さて、どうしたものでしょうか?」

 顎に手を当てて考え込む弥生さん。

「ま、誠君……」

 それとは対照的に、由綺姉は俺の背中にギュッしがみつく。

 あの〜、由綺姉……?
 そういう事をすると、俺があの野次馬どもにいらぬ誤解を……、


「藤井っ!! テメェーーーーッ!!
おれ達の由綺ちゃんにぃぃぃーーっ!」


 ……受けるんだってこと、わかってる?(汗)

 わかってねーんだろうなぁ。(泣)
 なんたって、由綺姉は天下無敵のポケポケさんだからなぁ。(大泣)

「やれやれ……これは一筋縄ではいきませんね」

 こんな状況だってのに、相変わらず落ち着いている弥生さん。

 う〜む……どんな時でも冷静沈着とは、さすがだ。

「……何か方法があるんですか?」

 と、俺は弥生さんに訊ねた。

 これだけ冷静でいられるんだ。
 きっと、何か名案があるに違いない。

「と、言いますと?」

「だから、あいつらから逃げて、公園に入る方法ですよ」

「ありません」(キッパリ)


 
ずるっ!!


 キッパリと言い切られ、コケる俺。

「じゃあ、一体、どうすんですか?!」

「そうですね……今の、この状況なら、あなたを生贄にして、
その隙に私達は公園へ……」


「ざけんなっ!!」


 弥生さんの提案を、即行で却下する俺。

 今、この状況で、あいつらの中に放り込まれたら、俺は確実にリンチにされちまうぜ。

 まあ、由綺姉を無事に公園に行かせるなら、
それもやむを得ないかもしれんが、それはあくまで最終手段だ。

 それに、一応、切り札はあるしな。
 ……あんまり使いたくないんだけど。

「……ったく、しょうがねーなー。
由綺姉、弥生さん……ちょっと下がっててくれ」

 と、そう言って、俺は二人の前に進み出た。

「誠君……?」

「どうなさるおつもりですか?」

「いいから俺に任せてくれよ。
俺が道を開くから、二人は俺の後をしっかりと着いて来てくれ。
特に、由綺姉……途中でコケるなよ」

「う、うん……」

「大丈夫なのですか?」

「大丈夫だって。由綺姉には、指一本触れさせねーよ」

 不安げに俺を見る二人に、俺は笑ってそう言うと、
迫り来る野次馬どもを正面から睨み据えた。

 そして、俺はおもむろに懐に手を伸ばし……、





 ――俺の奥の手の封印を、今、解いた。
















「お前らっ! 散れぇーっ!!」


 
ズガガガガガガガッ!!!
















 ……とまあ、こんな感じで、きわめて平和的な武力鎮圧により、
俺達は無事に(?)、公園の中に入ることができた。

 マシンガンを乱射するクレイジーな俺の姿に、
由綺姉も弥生さんも顔を引きつらせていたけど……、

 逃げ惑う野次馬達の何人かに弾が命中し、
気絶した奴らがそこいらに転がってたりしたけど……、

 で、倒れた奴らの中に谷島がいて、
思い切り踏みつけて来たりしたけど……、

 ……まあ、概ね問題は無い。(爆)

 つーか、公園に入れたまでは良かったが、
それから先に問題がありすぎた。

 だいたい、いくら俺と由綺姉が知り合いだからって、
撮影現場に部外者を入れる事が許されるわけがない。

 ましてや撮影に協力させるなんぞ、
一介のマネージャーである弥生さんが決めて良い事じゃない。

 で、その辺の事の話をつける為に、今、由綺姉と弥生さんは、
数台あるロケバスの内の一台の中で、ディレクターを説得してくれている。

 普通なら、そんな事は即座に却下されるのだろうが、
どうやら、由綺姉のプロデューサーである『緒方 英二』さんの口添えで、
俺の件は何とかなるそうだ。

 で、その話が終わるまで、まだ時間が掛かるそうなので、
取り敢えず、邪魔にならないように、撮影現場を見学させてもうらことにした。

 ……でも、そこまでして、俺にやらせたい事って、
一体、どんなことなんだろう?

 と、そんな事を考えつつ、
俺が撮影チームが走り回る公園内をぶらぶらと歩いていると……、

「ああっ! ちょうどいいところにいたっ!!」

 ……と、いきなり通りすがりのADに呼び止められてしまった。

「…………はい?」

 突然、見知らぬADに呼ばれた俺は、
一瞬、訳がわからず、自分を指差しつつ間の抜けた返事をしてしまう。

「今回のロケには参加していないって聞いてたけど……、
まあ、とにかく、助かったよ。キミがいてくれれば一安心だ!」

「ちょ、ちょっとちょっと……っ!?」

 あまりに唐突なことで混乱している俺に構わず、
そのADは俺の腕を掴むと、ズリズリと強引に引っ張っていく。

「お、おい、一体何を!?」

「詳しい事は本人から直接聞いてくれ!
とにかく、今は忙しいから、人手は裂けないんだ!
あー、ホント、偶然とはいえ、キミがいてくれて助かった!」

 俺の抗議に聞く耳持たず、俺を引っ張るAD。

 そして、あれよあれよと言う間に、
路上に駐車された一台のロケバスに連れ込まれてしまった。

「理奈ちゃんっ! 付き人の代わり見つけた!
藤井君がいたから、彼に頼むといいよ!」

「ええっ!? どうして冬弥君がここにいるのっ?!」

 ロケバスの奥の方から、
『理奈ちゃん』と呼ばれた人物が大慌てで手で来る。

 …………おい。
 ちょっと待て。

 理奈ちゃんってことは……もしかして、緒方 理奈のことか?!
 それに、今、冬弥兄さんの名前も出てたぞ?!

 って、ことは……、

「ちょっと待ったっ! 人ちがい……」

「じゃあ、後はよろしく頼むよ、藤井君」

 俺が誤解を解こうとするよりも早く、
ADは俺の肩をポンッと叩いて、サッサと立ち去ってしまった。

 そして、俺だけが、その場に取り残される。
 いや……もう一人いたか。

「冬弥君? こっちの仕事に来てるなら言ってくれれば良かったのに」

 と、そのもう一人……緒方 理奈が、俺の背中に声を掛けてきた。
 そして、観念して振り向いた俺を見て……、

「……誰、あなた? どうしてこんなところにいるの?」

「そりゃこっちが聞きたいよ……」
















 ……というわけで、俺はほとんどなし崩し的に、
理奈さんの付き人をやらされる羽目になってしまった。

 どうやら、俺はあのADに、
冬弥兄さんと間違えられてしまったみたいだ。

 ……俺と冬弥兄さんって、そんなに似てるのかな?

 確かに、多少は血の繋がりはあるんだけど、
だからって、間違えられる程とは思えないんだけどなぁ。

 でも、ずっと前、由綺姉に、
並んで歩いてると兄弟みたい、とは言われたことあるしな……、

 まあ、それはともかく、理奈さんと対面した後、
どうして俺が付き人をやる羽目になったのか、だが……、

 ロケバスに連れ込まれ、理奈さんにひと目で人違いだと見抜かれた俺は、
取り敢えず、事情を話すことにした。

 俺が冬弥兄さんとは親戚関係であること。
 弥生さんに頼まれ、この撮影現場にやってきたこと。
 そして、冬弥兄さんに間違えられて、ここに連れて来られたこと。

 そんな俺の話を興味深々で聞いていた理奈さんは、
俺が話を終えると、いきなりとんでもない事を言ってきた。



「ねえ……こうして知り合ったのも何かの縁だし、
もし良かったら、今日一日、私の付き人を頼まれてくれない?」




 …………と。

 なんでも、理奈さんが言うには、
いつもの付き人がいきなり体調を崩したらしい。

 で、代わりの付き人ができそうな人がいないか、さっきのADに相談したところ、
過去に理奈さんの付き人の経験のある冬弥兄さんと俺とを見事に間違え、
ここに連れて来てくれた、というわけだ。

 それで……まあ、何だ。
 特に断る理由もなかったんで、こうして理奈さんの付き人を引き受けているわけだ。

 弥生さんに頼まれていた件(と、言っても、詳しい事はまだ聞かされていないが)か゜、
ちょっち気になりはしたが、まあ、同じ現場にいるわけだし、何とかなるだろう。

 はあ〜……困っている奴は放っておけないっていうのは、
なんとも面倒な性分だよな。

 あ、そうそう。
 一応、言っておくが、決して、理奈さんの……、

「もちろん。お礼はちゃんとするわよ」

 ……という言葉につられたわけじゃないぞ。

 ……まあ、貰えればそれに越した事はないけどさ。
 だって……今月、ピンチなんだもん。(泣)



「はい、カーット! じゃあ、次のシーンいきまーすっ!」



 ……おっと。
 ぼんやりと回想している間に、そのシーンの撮影が終わったみたいだな。

 ひと仕事を終えた理奈さんが、こっちに戻ってくる。
 そして、俺の前で立ち止まると、無言で俺に向かって手を差し出した。

「…………?」

 その意味を図りかね、首を傾げる俺。

 ……何だ?
 もしかして、握手か?

 そう思った俺は理奈さんの手を握り……、

「はいはい。お疲れさん」

 ……と、そう言ってブンブンと振ってやった。

 その途端……、

「――ぷっ!」

 理奈さんは、俺の顔をぽかんとした表情で見詰め、次の瞬間……、

「あははははははははははははははっ!!」

 両手でお腹を抱えて、その場にしゃがみ込むと、
いきなり大きな声で笑い出した。

 何だ何だと、それを聞きつけたスタッフ達の視線が、俺達に集まる。

「な、何をそんなにウケてんですか?」

 皆の注目を浴び、何だか居心地が悪くなった俺は、
とりあえず、その原因である理奈さんの笑い声を止めることにした。

「だ、だって……うふふ♪」

 訊ねる俺に、理奈さんは笑いすぎで滲み出た涙を指で拭いつつも、
何とか落ち着きを取り戻す。

「さっきのはね、タオルを取って、って意味だったの。
それなのに、誠君ったら冬弥君と全く同じ事するんだもの」

「…………」

 取り敢えず何も言わずに、俺は理奈さんにタオルを渡す。

 どうやら、俺は、以前、冬弥兄さんがやったボケを、
見事に再現してしまったらしい。

 ぬう……すっかり笑い者にされちまったな。
 ま、別に良いんだけどさ。

「性格は全然違うと思ってたけど、やっぱり冬弥君に似てるわねぇ」

 と、そう言いつつ、俺が渡したタオルで汗を拭く理奈さん。

 それにしても、さっきから気になってたんだけど、
理奈さんって、冬弥兄さんのこと話す時、凄く自然な表情してるよな。

 それに、何だか楽しそうだしな。
 まるで、冬弥兄さんのことを話している時の由綺姉みたい……、

 ……って、ちょっと待て。
 もしかして、理奈さんって……、

 と、そんな事を考えていると……、

「いや〜、随分と賑やかだね〜」

「うおっ!?」

 突然、何の前触れもなく、背後から男の声がして、
俺は慌てて後ろを振り向いた。

 そこには、不精髭を生やし、眼鏡を掛けた男が、
何か面白いものでも見つけたような笑みを浮かべて立っていた。

「兄さん、いつの間に?!」

 その男の姿を見て、理奈さんが目を見開く。

 ……そうか。
 この男が、あの『緒方プロダクション』の責任者である『緒方 英二』か。

 と、俺は目の前の男……英二さんをまじまじと見詰める。

 理奈さんの兄であり、弥生さんの雇い主であり……、
 そして、由綺姉をプロデュースした男。

 ……なるほどねぇ。
 言われてみれば、油断ならねぇ顔つきしてやがるぜ。

 あの飄々とした顔の裏では絶対に何か企んでるぞ、って雰囲気が、
匂ってきそうなくらいプンプンしてきやがるぜ。

「由綺ちゃんから聞いているよ。少年、キミが藤井 誠君だね?」

「……ええ」

 露骨にフレンドリーな態度で話し掛けてきた英人さんに、
俺は少し警戒心を抱きつつ、ゆっくりと頷く。

「はっはっはっ! そう警戒するなよ。
俺の名前は……まあ、言わなくても知っているだろ?」

「知らん」(キッパリ)


 
ずるっ!!


 俺の一言に、思わずつんのめる英二さん。
 だが、何とか立ち直りつつ、もう一度、俺に訊ねてくる。

「……冗談だろ?」

「はい、冗談です」(キッパリ)

「…………」

「…………」

 無言で睨み合う俺と英二さん。
 一瞬、俺達の間に緊張感がはしる。

 だが、その次の瞬間には、睨み合いは終わっていた。
 英二さんが、フッと表情を和らげたのだ。

「はっはっはっはっ! 少年、なかなかいいユーモアセンスだ。
それに、俺と初対面でそれだけの冗談が言えるとは、恐れ入ったよ。
それだけの度胸があれば、問題ないだろう」

 そう言うと、英二さんはにこやかに笑い、右手を差し出してきた。

 う〜む……、
 さっきのコケッぷりといい、シャレのわかる性格といい……、
 この人、案外、お茶目な人かもしれないな。

 と、思いつつ、俺はその手を握り返す。

「じゃあ、改めて自己紹介だ。
俺は緒方 英二。緒方プロダクションの責任者だ。よろしく」

「藤井 誠です。由綺姉がいつもお世話になってます」

「いやいや、それはこっちのセリフだよ。
今や、由綺ちゃんあっての緒方プロダクションだからね〜」

「あら? それじゃあ、私はもうお払い箱ってわけね?」

 英二さんの言葉を聞き付け、
俺達の間に割って入って来た理奈さんが、そう冗談混じりに言う。

「そんなことはないぞ。しかし……それにしても……」

 と、言いつつ、英二さんは俺と理奈さんを交互に見比べる。

「まさか、青年以外にも、理奈を素で笑わせられる人材がいたとはね〜。
まあ、それも青年の身内だっていうなら納得だが……」

 そう言ってから、英二さんは意地悪な笑みを浮かべ、理奈さんを見る。

「どうやら、この少年のことが随分と気に入ったみたいだな〜?
もしかして、彼に乗り換えるつもりか?」

「なっ! 何を言ってるのよっ! 私は冬弥君の事なんか……」

 英二さんの言葉を、真っ赤になって否定する理奈さん。
 しかし、英二さんは、そこをさらにツッコむ。

「おいおい、誰も青年のことなんか言ってないぞ」

「う゛っ……」

 英二さんの指摘に、言葉を詰まらせる理奈さん。
 そんな二人のやり取りを眺めつつ、俺はある事を確信した。

 どうやら、さっきの俺の推測は正しかったみたいだな。

 ……そうか。
 理奈さんって、冬弥兄さんの事が……、

「ところで、少年……」

「はい?」

 いきなり、こっちに話を振られ、俺は慌てて思考の中から意識を戻す。

「今回、キミに協力してもらう件だが……」

「……協力?」

 その言葉に、俺は首を傾げた。

 ……あれ?
 理奈さんの付き人をする以外に、何かあったか?


 ……。
 …………。
 ………………。


「………おおっ!!」

 ある事に思い至り、俺はポンッと手を叩く。

「そうだったそうだった。ここに来た当初の理由をすっかり忘れてたよ。
で、俺の件、話はついたんですか?」

「ああ……ディレクターも監督も納得してくれたよ」

「それで、俺は何をすればいいんです? 詳しい話はまだ聞いてないんですけど」

「そうだなぁ……じゃあ、少年。キミの役目を教えよう」

 そう言うと、英二さんはわざとらしく言葉を切る。

 そして、少し焦らした後、まるで何でもない事を言うかのような口調で、
英二さんはとんでもない事をのたもうた。








「由綺ちゃんと……キスしてくれないか?」








<おわり>
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