Heart to Heart

  
     第77話 「キス」







 川原でティリアさんに声を掛けられた私は、
半ば強引にティリアさんの家に連れていかれました。

 多分、私が何をしようとしていたか察しがついたのでしょう。

 でも、ティリアさんはその事については何も言わず、
デュークさんも何も聞かずに、私を家に迎え入れてくれました。

 ただ、ティリアさんから連絡を受けてやって来たサラさんだけが、
不機嫌そうな顔で私をジッと見ていました。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 静まり返る室内。

 ここに来てから、私はまだ一言も発していない。
 ただ、ティリアさんが淹れてくれたココアの入ったマグカップを両手で包み、
その表面をジッと見つめるだけ。

「…………ねえ、エリア」

 最初にその沈黙を破ったのは、ティリアさんでした。

「話してくれるわね……向こうの世界で何があったのか。
さっき、何をしようとしていたのか」





 そして、私は全てを話しました。

 向こうの世界でのこと――
 誠さんのこと――
 さくらさんのこと――
 あかねさんのこと――
 こちらの世界に帰ってきてからのこと――

 そして、先程、川原で自分がしようとしていたこと――





「バカかっ!! てめぇはっ!!」

 私の話を聞き終えると、突然、サラさんが椅子を蹴って立ち上がりました。
 そして、今までには無かったくらいに、私を罵倒する。

「ちょっと、サラ。落ち着きなさいよ」

「うるさいっ! これが落ち着いていられるかよっ!
自殺だとっ?! ふざけんじゃねぇっ!!
どんな理由があろうとな、それだけはやっちゃいけねぇんだっ!!」

 そう叫ぶと、サラさんは私の胸倉を掴む。

「そんなに哀しいなら、死にたくなるほど辛いなら、何で戻ってきたっ?! 何で帰ってきたッ?!
残れば良かったじゃねーかっ! その誠って奴と一緒にいれば良かったじゃねーかっ!」

「だって、お父様とお母様を放っておけるわけないじゃないですかっ!」

「そんなくだらない事が理由になるかっ!!」

「っ!!」

 サラさんの手が振り上げられる。
 叩かれると思い、私は目を閉じ、身を強張らせました。

「……?」

 ですが、いつまで経っても痛みはきません。
 不思議に思い、恐る恐る目を開けると、ティリアさんがサラさんの腕を掴んでいました。

「ティリア、放せっ!」

「いいえ、放さない。死んだ両親を想って帰ってきた事をくだらない理由だなんて……、
サラ、今のはちょっと言い過ぎよ」

「言い過ぎなモンかよっ!」

「サラ、あなたの言いたい事はあたしにも分かるわ。
でも、エリアの性格を考えれば……ね?」

「…………わかったよ」

 ティリアさんの手を乱暴に振り払い、私の胸倉を放すと、サラさんはドカッと腰を下ろしました。
 でも、憮然とした表情は変わっていません。

 そんなサラさんの態度に、ティリアさんはやれやれと腰を下ろす。

「……一言、言わせてもらえるか?」

 と、そこで、今まで黙って静観していたデュークさんが口を開きました。

「ガディムに操られ、エリアの両親を
死なせる原因になってしまった俺が言えることではないのだが……」

 そう前置きして、デュークさんは私を見る。

「エリア……お前は、ご両親を愛しているか?」

「もちろんです。だから、私は帰ってきたんですから」

 デュークさんの言葉に、ハッキリと頷く私。
 私の答えに満足気に頷き、デュークさんは話を続ける、

「なら、お前が両親を愛しているように、ご両親も娘であるお前を愛していたに違いない。
その愛する娘が、自分達のせいで悲しい想いをしていると知ったら、
お前のご両親はどんなに胸を痛めるだろうな?」

「…………」

「エリア……両親を大切に想う気持ちは分かる。
だがな、それに縛られるのは良くない。
冷たい言い方かもしれんが、所詮は死んでしまった人だからな。
それでも大切に想うなら、生き残った者は、死んでしまった人の分まで幸せにならなければならない。
それこそが、エリア……お前の本当の役目なのではないのか?」

「…………」

 デュークさんの話を聞き、私はお墓参りに行った時の両親の顔を思い出しました。

 哀しそうに私を見ていた、あの表情……、

 お父様、お母様……あれはそういう意味だったのですか?
 だとしたら、私は……私は……、

「うっ……うう……」

 溢れる涙を抑え切れなくなった私に、ティリアさんが優しく語り掛ける。

「ねえ、エリア……自分の気持ちに正直になってみて。
あなたは本当はどうしたいの? あなたは本当は何がしたいの?」

「私は……もう一度、向こうの世界に行きたいです。
誠さんに会いたい……一緒にいたいです」

 これが、私の本当の気持ち。
 正直な気持ち。

 それを伝え、私は顔を上げ、ティリアさん達を見ました。

「お願いします。ティリアさん、サラさん、デュークさん……助けて……ください」

 私の言葉に、ティリアさんがバンッと私の肩を叩きました。

「うん! 分かったわ! 絶対に、あたし達が何とかしてあげるっ!」

「エリア、その言葉を待ってたぜ! 任せときな!」

 サラさんも、ニヤリと笑って、グッと親指を立てる。

「……で、具体的にはどうするんだ?」

「「う゛っ!!」」

 と、デュークさんのツッコミに、
力強く宣言したばかりのティリアさんとサラさんは言葉に詰まる。

「そ、そりゃあ、もちろん……前みたいに……」

「フィルスソードを使って……」

「エリアのサークレットはもう無いぞ」

「「…………」」

 さらなるツッコミに、無言になるティリアさんとサラさん。

 ……そう。
 例え、フィルスソードがあっても、あのサークレットが無くては、
ガディム事件の時のように世界を渡ることはできません。

 そして、サークレットはこちらの世界に帰ってくる時に壊れてしまいました。
 だから、もう方法は……、

「だ、大丈夫よ! 方法なら他にも絶対あるはずよ!」

「おうっ! 世界中回ってでも見つけてみせるぜ!」

 根拠は無いのに自信一杯のティリアさんとサラさん。
 そんな二人を見ていると、私はとても元気付けられます。

 私にも、こういう後先考えない行動力と決断力があれば、
今みたいな事にはなっていなかったのかもしれませんね。

「まあ、とりあえず、エリアは神殿にでもお祈りに行って、ちょっと落ち着いてきなさいな。
向こうの世界に行く方法を考えるのはそれからよ」

「そうそう。それに、もしかしたら、神サンが奇跡を起こしてくれるかもしれないぜ」

「そんな都合の良い話しが……」

「何言ってるのよ。ガディムとの闘いでは、あなたが一番辛い思いをしてるのよ。
そのくらいのことしてくれなきゃ、割が合わないわよ」

「……クスッ……光の神の子が言うセリフじゃありませんね」

 私は指で涙を拭い、なんとか笑みを作る。
 それを見て、ティリアさんもニッコリ笑いました。

「そうそう……そうやって笑ってなきゃ、何も良いことなんて起こらないわよ。
さ、行ってらっしゃい」

「…………はい」

 ティリアさんの言葉に頷き、
私は言われるままに風の神殿へと向かいました。
















 風の神殿――

 風の民の象徴であり、風の神の像が奉られた場所。

 夜の闇の中、僅かな灯火に照らし出されたその佇まいは荘厳で、
それでいて風の民の末裔である私には、深い親近感を覚える。

 しばらくその姿に見惚れ、私は中へと足を踏み入れました、

 静寂に満ちた空間に、私の足音だけが響く。

 奥へ進む程、私の心が安らいでいく。
 私の心の空虚な部分を満たしていく。

 今の私には、こうした静かな場所で、少し考える時間が必要なのかもしれませんね。

 落ち着こう。
 そして、探そう。

 もう一度、もう一度だけ、向こうの世界へ渡る方法を。
 誠さん達に出会う方法を。

 そして、必ず見つけよう。

 愛しい人達に、再び出会うために……、
 誠さんに、私の想いを伝えるために……、

 私はその決意を誓おうと、神像の間に入りました。
























「…………え?」
























 私の足が止まる。

 その姿に、視線が釘付けになる。
















 そこには、人影がありました。

 神像の前に立ち、ポケットに手を入れて、
それをジッと見上げていました。
















 こちらに背を向けているから、顔は見えません。
 でも、その後ろ姿には見覚えがあって……、
















 目の前の光景が、信じられませんでした。

 だって、あの人がここにいるわけがないのです。
 ここに、来られるわけがないのです。

 それは、『奇跡』という言葉さえも程遠いことなのです。
















 でも、間違い無い。
 私が、見間違えるわけがない。
















 あの人は、私の愛しい人。
 ずっとずっと、会いたくて、焦がれていた人。
















 その人が、今、私の目の前に……、
















「ま……ま……」

 振るえる唇から声が洩れる。
 その声に、その人はこちらを振り向く。

 そして、まるで朝の挨拶でもするかのように……、
 まるで、あたりまえの事のように……、








「……よっ」








 と、まったく変わらぬ微笑みを、私に……、
























「まことさぁぁぁーーーんっ!!」
























「エリアッ!!」

 私は誠さんの胸に飛び込みました。
 そして、力一杯抱きしめました。

 ……感じる。
 間違いない。

 この手に……、
 この体に……、

 そのぬくもりを感じることができる。

 愛しい人。
 大好きな人。

 ずっと、ずっと、会いたかった。
 一瞬たりとも忘れたことなんて無かった。

 信じられないけれど……、
 でも、確かに感じる。

 誠さんが、今、私の目の前にいるんですっ!!

「誠さんっ! 誠さんっ! 夢じゃないですよね?!
誠さんなんですよね? 誠さんっ! 誠さぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜んっ!!」

 私の涙で濡れるのも構わず、誠さんの胸に顔を擦り付ける。

「ああ、間違い無いよ……俺だ」

「ああ……」

 そんな私をギュッと抱き、
誠さんは私の頭を優しく撫でてくれる。

 途端……、

 甘くて、切なくて、そして幸せなぬくもりで、私の心と体が包まれる。
 体中に安らぎが満たされる。

 ああ……間違い無い。
 この感じ、この感触、このぬくもり、この気持ち……、
 その全てが、誠さんです。
 私の愛する、大好きな誠さんです。

「誠さん……でも、どうして……」

 誠さんがどうしてこの世界にいるのか、それを訊ねようとして
私は誠さんを見上げる。

 ですが、誠さんの人差し指が私の口にそっと当てられて、
私の口は閉じられてしまいました。

「そんなことよりも……エリア、お前に言わなきゃいけないことがある」

 そう言って、誠さんは私の涙を指で拭う。
 そして、両手が私の頬に添えられました。

 あ……これって、あの時と同じ……、

「……はい。私も、誠さんに伝えたいことがあります」

 止まらない歓喜の涙をそのままに、私は微笑む。

 ゆっくりと近付いてくる誠さん顔。

 私は小さく頷き、そっと瞳を閉じる。
 誠さんに引き寄せられるように、背伸びする。
















 そして……、
























「エリア……好きだよ」

「私も……好きです」








































 時計の針が、動き出す。

 再び、私の時間は動き出す。

 ……そう。
 ここが、私の帰ってくる場所。
 私のいるべき場所。

 私は、ここで時を刻んでいきたい。
 誠さんと一緒に……、

 誠さんの腕の中で、私はハッキリとそれを感じました。








 誠さん……、
 今、私は、世界で一番幸せな女の子です。








<おわり>
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