Heart to Heart

  
   第76話 「止まった時間」







「……はあ」

 ――夜

 どうにも寝つけなかった私は、ストールを羽織り、散歩に出掛けました。
 村の中を流れる川の側の草の上に腰を下ろし、満天の星空を見上げる。

 そして、私は大きくタメ息をつきました。

 色とりどりに輝く星達。
 それは、まるで暗い夜空を埋め尽くしてしまいそうなほど……、

 誠さん達も、今、この星空の下にいるのでしょうか?
 この星空を眺めているのでしょうか?

 そんな事を考えてしまい、私は首を横に振る。

 それは有り得ないことです。
 住む世界が違うのですから、見ている星空も違います。

 誠さん達の世界の夜空は、こんなに星は見えませんから……、

「誠さん……さくらさん……あかねさん……」

 懐かしい人達の名を呟きながら、
私は再びこぼれてきた涙を、そっと指で拭いました。








 ……あれから一週間が経ちました。

 元の世界に無事に帰ってきた私を出迎えたのは、
ティリアさんとサラさんと、それにデュークさんでした。

 いえ、それだけじゃありません。

 私の故郷の復興に尽力してくださっている全ての人達が、
私の帰りを心から祝ってくれました。

 ……最初は嬉しかった。

 両親を失った私にも、帰りを待っていてくれる人達がいる。
 私の無事を喜んでくれる人達がいる。

 そう思うと、とても嬉しかった。

 でも、何故なのでしょう?

 自分の存在に、妙な違和感を覚えるのです。
 みなさんの中にいる自分が、ひどく浮いているように思えるのです。

 ここは、私の世界なのに……、
 ここは、私が帰ってくるべき場所なのに……、

 どうして、こんなに孤独を感じるのでしょう?

 私は、お父様とお母様に訊ねてみることにしました。

 久しぶりのお墓参り――

 墓標に花を置き、そっと目を閉じて、二人に語りかける。
 こうすると、お父様とお母様と話をしているような、そんな気持ちになれるのです。

 今までは、目蓋の裏に浮かぶ二人は、私に微笑みかけてくれました。
 そして、私を励ましてくれました。
 私に優しい言葉をかけてくれました。

 でも、あの時は違いました。

 目蓋の裏に浮かぶお父様とお母様は、微笑んではくれませんでした。
 何故か、哀しそうに、非難するような目で、私を見つめていました。

 そう、まるで……、


――『何故、帰ってきたんだ?』


 と、言っているようでした。








「お父様……お母様……私は、間違っていたのですか?」

 と、一人呟き、私は膝の上で手をギュッと握る。
 その手の平に、ポタポタと涙が落ちる。

 この世界が、この村が、私の帰ってくる場所なのです。
 私がいるべき場所なのです。

 私には、役目があるのです。

 私達が住んでいたこの村を復興させること。
 お父様とお母様の冥福を祈り続けること。

 それが、私の役目なのです。
 だから、私は帰ってきたのです。

 本当は、残りたかった。
 全てを捨ててでも、誠さん達の世界に残りたかった。

 誠さん達と一緒に生きていきたかった。

 でも、お父様とお母様の為に……、
 大切なこの村の為に……、

 そして、誠さん達の幸せの為に……、

 私は帰ってきたのです。

 それが、間違っていたと言うのですか?

「ううっ……」

 止まらぬ涙に、私は両手で顔を覆う。

 その時、左の手首にはめられた腕時計が目に止まりました。

 誠さん達がプレゼントしてくれた腕時計。
 誠さん達とおそろいの腕時計。

 別々の世界にいる私と誠さん達を繋ぐ、唯一の絆。

 でも、その時計の針はピクリとも動きません。

 おそらく、転移した時の衝撃で壊れてしまったのでしょう。
 こちらの世界に帰ってきた時から、この時計の針は止まったままです。

 ……そして、私自身の時間も止まってしまっている。

 と、私は内心呟きました。

 こちらの世界に帰ってきてからというもの、徐々に強く大きくなっていく違和感と孤独感。

 その為か、何をするにも上の空で……、
 気が付くと、誠さん達のことを思い出していて……、
 そんな時間が、どんどん増えていって……、

 ……そう。
 私の時間は止まってしまっているのです。

 この世界に帰ってきた時から……、

「誠さん……」

 私は再び夜空を見上げ、愛しい人の事を想う。

 私は、あなたと同じ空の下にいることすらできません。
 そして、同じ時を生きることすら……、

「誠さん……誠さん……」

 夜空に、私の瞳に、誠さんの姿が浮かぶ。

 誠さんは、いつものように優しく微笑んでいて……、
 でも、その微笑みは何処か哀しそうで……、

 どうして、そんなにも哀しく微笑んでいるのですか?
 何か、哀しいことがあったんですか?

 ああ……すぐにでも、あなたの元に行って、慰めてあげたい。
 少しでもいいから、あなたの力になりたい。

 でも、私には、もう、あなたに何もしてあげられません。

 止めど無くこぼれる涙。
 それを拭う気にもなれない。

 恋しくて……、
 哀しくて……、

 もう、何もかもがどうでもよくなってくる。



「…………」



 ふと、視線を落とし、川の水面に目がいく。

 どうせ、もう会えないのなら……、
 同じ時を生きることさえかなわないのなら……、



「…………」



 私は、ふらふらと立ち上がり、そして、一歩踏み出す。
 と、その時……、

「エリア……何してるの? こんな時間に」

「……っ!」

 突然、後ろから声をかけられ、私は我に返った。

 わ、私……今、何を…………っ!?

 我に返り、自分が川に向かって歩いていた事に気付き、
そんな自分の行為にぞっとする。

「……ねえ、エリア?」

 再び、私を我に返してくれた声がした。
 ゆっくりとそちらを向く。

 そこには……、








「ティリア……さん?」

 親友が、キョトンとした顔でこちらを見ていました。








<おわり>
<戻る>