Heart to Heart

       
 第75話 「慟哭」







「すいません、健太郎さん……こんな夜遅くに……」

「いいって。気にするなよ」

「そうそう。あたし達で協力できることがあったら何でもするから」

「そうですよ。お友達なんですから、遠慮は無しです」

「まあ、店長さんの頼みじゃ断れないもんね」





 俺達は、真夜中の公園に集まっていた。

 悪魔召喚プログラムが完成し、サークレットの魔力も溜まった。
 エリアが元の世界に帰る準備は整ったのだ。

 本当は、家の庭で実行するつもりだったのだが、
転移魔法を行うには、ある程度開けた場所が必要だということで、
家の近くの公園で行うことにした。

 で、今夜、決行することを五月雨堂に連絡し、
健太郎さんとスフィーさんにサークレットを持って来てもらったのだが、
やって来たのは二人だけじゃなかった。

 リアンさんも結花さんも、そして、『牧部 なつみ』さんという健太郎さん達の知り合いも、
俺達のために、わざわざ協力しに来てくれたのだ。

 何でも、なつみさんの母親はスフィーさん達の世界『グエンディーナ』の出身で、
ある程度なら魔法が使えるらしい。

 で、本来ならエリア一人でも充分なのだが、
万全を期す意味で、この三人に手伝ってもらうことになったのだ。





「それじゃあ、始めよう」

 俺は地面に腰を下ろし、
悪魔召喚プログラムをダウロードさせたノートパソコンを置いた。

「エリア……はい、これ」

「はい……」

 スフィーさんから、サークレットを受け取るエリア。
 その額の部分にある宝石は、魔力に満ちて強く輝いている。
 初めて見た時とは、段違いの美しさだ。

 エリアは受け取ったサークレットを頭に装着し、伸縮型の杖を構えた。
 それを囲むように、スフィーさん、リアンさん、なつみさんが三方に立つ。

「準備はいいか?」

「……はい」

「おっけー」

「はい。いいですよ」

「いつでも構わないよ」

 俺の言葉に、四人は頷く。

 何か、エリアの様子がちょっと変な気がするけど……、
 ま、いいか。多分、気のせいだろう。

 俺はノートパソコンのディスプレイを開けた。
 そして、電源を入れる。

「なあ……誠」

「はい?」

 電源を入れ、OSが立ち上がるのを待っていると、
ふいに、健太郎さんが話し掛けてきた。

「……何です?」

「本当にいいのか? エリアちゃんが帰っちゃっても」

「当たり前じゃないですか。エリアを元の世界に帰してあげる為に、
俺達は今まで頑張ってきたんですよ?」

「そりゃそうだけどな……寂しくないのか?」

「寂しいに決まってるじゃないですか。
でも、だからって、エリアをこの世界に留まらせておく権利は、俺達にはありませんよ」

「そうか、わかった……後悔はしないな」

「…………はい」

 健太郎さんの言葉に俺は頷き、
そして、悪魔召喚プログラムを立ち上げた。

 俺は無言でプログラムを実行させる。


 
悪魔召喚プログラム、起動――

 
ワームホール接続――

 
逆転ポジション検索――

 
ターゲットスキャン開始――


 パソコン内のハードディスクが激しく回転し、
逆召喚、即ち帰還プログラムを組み上げる。

 それと同時に、エリア達の呪文詠唱が始まった。


「……ЖФШК……ЛЫМ……НЁ……」


 エリアが呪文を唱えながら、杖を振るい、空間に魔方円を描き出す。


「……ga……ret……sah……qet……」


「……tu……kit……xern……」


「……zun……hatu……sa……wen……」


 スフィーさん、リアンさん、なつみさんの呪文が、
エリアの呪文の構成を強化していく。

 そして、四人の呪文に呼応するように、サークレットの宝石も輝き出す。

「よし……いい調子だ」

 俺もまた、キーを叩き、エリアが無事に転送できるように、
プログラムの設定を常に変更していく。


 
転送物、個人記録へのエネルギー粒子転換開始――

 個人記録のプログラムコア、並びに構成物質へ再構成プログラムを入力
――


 そして、俺はキーを叩く手を止めた。

 転送準備……完了。
 転送まで……あと、60秒。

 ディスプレイに、カウントダウンが表示される。
 それがゼロになった時、エリアは元の世界に帰る。

 ……俺達の前から、いなくなる。


「……ЗЖГ……АСШ……ЛКЙ……」


「……set……adn……gert……」


「……asrt……rm……wuint……la……」


「……qet……fern……kms……」


 エリア達の呪文も佳境に入っていた。
 四人の呪文が、見事に唱和する。


 
パァァァァーーー……


 エリアの描いた魔法円が淡く輝き出した。
 それと同時に、パソコンのディスプレイから光の筋が放たれ、
その魔法円の上をなぞるように空間をはしる。


 
シュワァァァーーーーーーー……


 二つの光が合わさり、魔法円の輝きは、より一層強くなっていく。
 それに合わせて、四人の呪文も、徐々に熱を帯びていく。

 と、その時……、


 
パリィィィィーーーンッ!!


 四人分の力による負荷に耐えられなかったのだろう。
 魔力増幅器であるサークレットの宝石が砕け散ってしまった。

 それでも、四人は構わず呪文詠唱を続ける。

 もうこれで、失敗は許されなくなったな。
 これが、最初で最後のチャンスだ。

 と、思いつつ、俺は四人を見守り続ける。

 そして……、





 
シュアアアアーーーーーッ!!


 四人が同時に、短い気合いを発した。
 すると、エリアの体が淡い光に包まれ、足元からゆっくりと光の粒へと拡散していく。

 そして、その光の粒は、吸い込まれるように魔法円の中へ……、

「……成功だ」

 俺はホッと胸を撫で下ろす。

 全てが、あの時と同じ……、

 エリアが、俺の前に現れたあの時と同じだ。
 これで、エリアは元の世界に帰ることが出来る。

「…………」

「…………」

 俺はエリアを見た。
 エリアはジッと俺を見つめている。

 そして、ニッコリと微笑んだ。
 でも、その瞳からは涙が溢れていて……、


 
――ドキンッ!


 胸が大きく脈打った。

 ……何だ?
 何で、こんなに胸がしめつけられるんだ?

 俺は……後悔してるのか?
 エリアを元の世界に帰してしまうことを、後悔しているのか?

 それに、何でエリアは泣いているんだ?

 もしかして、帰りたくないのか?
 この世界に残りたいのか?

 そんなこと……そんなこと、あるわけがない。
 エリアは、元の世界に帰るべきなんだ。

 人には、誰にだって帰るべき場所がある。
 帰らなくちゃいけない場所がある。
 やらなければならないことがある。

 そして、エリアが帰る場所は……ここじゃない。
 ここじゃない……はずだ。

 だから、俺はもう一度プログラムを作ったんだ。
 エリアがいるべき場所に帰してあげるめに……、

 なのに、どうして、こんなに胸が痛いんだ?
 どうして、エリアは泣いているんだ?

「誠っ!!!」

 健太郎さんが叫んだ。

「誠っ! 本当にいいのか?! もう二度と会えないかもしれないんだぞっ!!」

 結花さんも叫ぶ。

「誠君っ!! エリアちゃんの涙の意味にまだ気が付かないのっ!?」

 そして、さくらとあかねもまた……、

「まーくんっ! わたし、エリアさんとお別れしたくありません!」

「エリアさんともう会えないなんて、あたしヤダよ!!」

 ……そう。
 エリアは、元の世界に帰ってしまう。

 再び、二つの世界を繋ぐ方法は、無い。

 プログラムは、また作ることができるけど、サークレットは壊れてしまった。
 同じ方法は、もう使えない。

 もしかしたら、別の方法があるかもしれない。
 でも、それを見つけられる可能性は、限りなくゼロに近い。

 だから、もう二度と会えないかもしれない。
 エリアとは……もう二度と、会えないかもしれない。

 ……そう。
 もう二度と……、
















 もう二度と……?
















 エリアに……会えない?
































「エリア!!」


 気が付くと、俺は走っていた。
 そして、エリアを抱きしめていた。

 もう、エリアの存在は希薄になっていたけれど……、
 それでも、強く強く抱きしめた。

 この世界に、繋ぎ止めようとするかのように……、

「エリアッ! 俺は……俺は……」

「誠さんっ! 私は……」

 エリアも俺を抱きしめる。
 でも、その腕も、もうほとんど消えかけていて……、

「よくやく気が付くいたかっ!!
スフィーッ! リアンッ! なつみちゃんっ! キャンセルだっ! 早くっ!!」

「ダメッ! けんたろ! もう魔法は発動しちゃってる!」

「止められませんっ!!」

「ゴメン! どうしようもないよ!」

 健太郎さんが叫び、スフィーさん、リアンさん、なつみさんの悲痛な声が響く。

「クソッ! 止まれっ! 止まりやがれっ!」

 健太郎さんがノートパソコンを力一杯地面に叩きつけた。

「認めないわよっ! わたしは認めないっ!
愛し合ってる二人がお別れしなきゃいけないなんて、そんなの絶対にダメなんだからっ!」

 結花さんが、それを何度も踏みつけ、パソコンは破壊され、粉々になる。

「お願いします! エリアさん、行かないでくださいっ!!」

「ずっと一緒にいてほしいのっ!!」

 さくらとあかねが、空間で輝く魔法円を掻き消そうと、
泣きながらフライパンとバットを振るう。

 でも、もう遅い。
 プログラムの実行は、もう完了している。
 転移魔法も、もう発動している。

 もう、止められない。
 何もかもが、もう遅い。

 ……畜生。
 何やってんだ、俺はっ!!

 最後の最後で、自分の気持ちに気付くなんて……、
 エリアの気持ちに気付くなんて……、

 それに気付かず、エリアを帰してしまうなんて……、

 エリアは俺に言って欲しかったんだ。
 帰るなって、言って欲しかったんだ。

 それなのに、俺は……、

 もっと、もっと早く気が付いていれば……、
 そうしたら、こんな事には……、

「エリア! 俺はお前が……」

「…………」

 俺の言葉に、エリアは何も反応しない。
 ただ、何かを必死に訴えるように、口をパクパクと動かしている。

 もしかして、もう俺の声は届かないのか?
 そして、もうエリアの言葉は俺には届かないのか?

 俺の腕の中で、エリアの体が光の粒へと変わっていく。
 向こう側が透けてしまう程に、徐々にエリアの存在が薄くなっていく。

「エリア……」

 俺はエリアの両頬に手を添えた。
 触れた感触は無い。
 ただ、頬をつたう涙の熱さだけは、ハッキリと感じられた。

「…………」

 エリアの瞳が、そっと閉じられる。
 俺は、ゆっくりと顔を近付けていく。








 そして、二人の唇が重なる……、








 その直前に……、
















 ――エリアの姿は消えた。
















「エリア……っ!!」

 何の手応えもなくなった両腕で、俺は自分の体を抱きしめる。
 まるで、消えゆく光の粒を掻き集めるかのように……、

 さっきまで、ここにエリアはいた。
 俺の腕の中に、エリアはいた。

 今は、いない。
 俺の腕の中には、誰も、何もない。

 あまりにも、唐突に現れて……、
 あまりにも、あっけなくいなくなって……、

 まるで、夢の中の出来事のように思えた。
 まるで、エリアは最初からいなかったのでないかと思えた。

 でも、間違い無く、エリアはここにいたんだ。

 この涙に濡れた手が……、
 手に残る、エリアの涙の熱さが……、

 ここにエリアがいたっていう証拠なんだ。

「うっ……ぅああ……」

 俺は力無く、膝を地面についた。
 そして、夜空を見上げる。

 満天の星空――

 その星の輝き一つ一つに、エリアとの思い出が詰まっているように思えた。

 ほんの二ヶ月だった。
 あっという間の時間だった。

 でも、その間に得た思い出は、星の数ほど……、

 笑っているエリア
――
 怒っているエリア
――
 恥ずかしそうにしているエリア
――
 泣いているエリア
――
 拗ねているエリア
――

 そして、最後に見た……微笑みながら泣いていたエリア。

 次々と、エリアの顔が脳裏に浮かんでくる。
 浮かんでは消え、浮かんでは消え……、

「……エリア……エリア……」

 ……視界がぼやけた。
 星の輝きが、滲んで見える。

 そして、俺は……、
















「うわあああああーーーっ!!」
















 ……声を上げて、泣いた。








<おわり>
<戻る>