Heart to Heart

 
 第74話 「気持ちにウソをつかないで」







「……ねえ……エリアさん?」

 ある日の夕方――

 わたしとあかねちゃんとエリアさんの三人は
キッチンでお喋りをしながら、お夕飯の片付けをしていました。

 ちなみに、まーくんはお部屋で例のプログラムの復旧作業中です。

 フフフ……まーくんがお仕事をして、その間にわたし達が家事をする。
 何だか、夫婦みたいですね。(ポッ☆)

 と、そんなことを想像しながら、わたしは片付けを続けます。

 わたしが食器を洗って……、
 エリアさんが濡れた食器をタオルで拭いて……、
 あかねちゃんが食器を戸棚に片付ける。

 と、そうやって流れ作業で片付けをしていると、
ふいに、あかねちゃんがエリアさんに声を掛けたんです。

「はい? 何ですか、あかねさん」

 お皿を拭く手を休めず、エリアさんはあかねちゃんの方に顔を向けました。
 そんなエリアさんに、あかねちゃんはあっけらかんとした表情で……、

「エリアさんって……まーくんのこと、好き?」


「――っ!!」


 
ツルッ!!


「危ないっ!」

 あかねちゃんのあまりに突然な質問に、
エリアさんは拭いていたお皿を取り落としてしまいました。

 床に落ちる直前に、わたしは慌ててお皿を受け止めました。

「な、ななな、何を……わ、私は、そんな……」

 そんなことにも気付いていない様子で、
エリアさんは思い切りうろたえています。

 ……これだけでも、状況証拠としては充分なんですけどねぇ。

「エリアさん……どうなんですか?」

 と、ちょっと呆れつつ、もう一度、今度はわたしから訊ねました。

「すぅ〜……はぁ〜……」

 落ち着く為に、胸に手を当てて深呼吸するエリアさん。
 そして、にっこり微笑むと……、

「もちろん、好きですよ。大切なお友達ですから」

 まるで芹香さんのような答えを、わたしとあかねちゃんに返してきました。

 ……やっぱり、ウソつきましたね。

 と、わたしは内心タメ息をつきました。

 エリアさんは、わたし達が気付いてないとでも思っているのでしょうか?
 わたしも、あかねちゃんも、もうとっくの昔に、エリアさんの気持ちに気付いているんですよ。

 だって、エリアさんのまーくんを見る瞳の色は、
わたしとあかねちゃんのそれと同じですから。

 エリアさんは、今、まーくんの事を『好き』といいました。
 それは友達としての『好き』です。

 でも、本当は、その『好き』は特別な『好き』なんです。
 わたしとあかねちゃんと、同じ『好き』なんです。

 なのに、エリアさんはウソをついています。
 自分の気持ちに、ウソをついています。

 多分、その理由は……わたし達です。

 エリアさんは、わたしとあかねちゃんに遠慮しているんです。
 わたし達に遠慮して、自分の気持ちに正直になれないでいるんです。

 わたしとあかねちゃんとしては、
正直に、本当の気持ちを教えて欲しいところなんですけどね。

「…………」

 と、そんな思いを込めて、わたしはエリアさんをジッと見つめました。

 あかねちゃんの場合は、もっと露骨です。
 エリアさんの言葉に、心底残念そうに肩を落とすと……、

「な〜んだ……友達なんだ」

 と、大きく大きくタメ息をつきました。

「……?」

 エリアさんは、そんなあかねちゃんの態度に戸惑っている様子です。

 当然ですよね。
 あれではまるで、まーくんの事を好きになってほしい、と言っているようなものですから。

「あ〜あ……エリアさんがまーくんのこと好きになってくれたら、
ずっとエリアさんと一緒にいられるのに……」

「…………」

 あかねちゃんの言葉に、黙り込んでしまうエリアさん。
 そして、ちょっと困ったような顔で……、

「そういうわけにはいきませんよ。私には、元の世界でやるべきことがあるんです。
ガディムによって滅んでしまった故郷を復興させなければなりませんし、
お父様とお母様のお墓を放っておくわけにはいきません。
それが、私に課せられた役目ですから」

 と、そう言って、優しく、そして少し寂しそうに微笑みました。

 今のは、半分は本当。
 そして、半分はウソですね。

 元の世界に帰らなければならない理由は本当です。
 でも、それがまーくんへの想いを否定する理由にはなりません。

 やっぱり、エリアさんはまーくんへの想いにはウソをついています。

 ……いっそのこと、ハッキリと指摘してしまいましょうか。

 と、わたしが思ったと同時に……、

「エリアさん……どうしてウソつくの?」

 わたしよりも先に、あかねちゃんが言っちゃいました。

 さすがはあかねちゃん……直球ですね。
 エリアさんも、このくらい素直になってくれればいいんですけど。

「…………」

 エリアさんをジッと見つめるあかねちゃん。
 そして、わたしもエリアさんを見つめます。


「…………」


「…………」


「…………」


 エリアさんは、わたし達と目を合わせようとしません。
 それでも、わたしとあかねちゃんは、エリアさんを見つめ続けました。

 そして……、

「…………ごめんなさい」

 エリアさんはようやく観念したみたいです。
 そう言って、わたし達にペコリと頭を下げました。

 でも……、

「どうして……謝るんですか?」

「だって……誠さんにはさくらさんとあかねさんがいるのに、
さくらさんとあかねさんは、誠さんの事が好きなのに、
それが分かっているのに、私は……」

 と、エリアさんは顔を伏せて、エプロンをキュッと掴みました。
 今にも泣き出してしまいそうな雰囲気です。

 エリアさんは、きっと、まーくんを好きになってしまった事で、
わたし達に申し訳が無いと思っているのでしょう。

 俗な言い方をすれば、それは横恋慕なわけですから。
 でも、それって仕方のないことではないでしょうか?

「……エリアさん……人を好きになることは悪いことではないと思います。
例えどんな理由があっても、好きって気持ちは抑えられませんから」

「そうだよ。だから、エリアさんの気持ち、ちゃんと教えてほしいな。
そして、まーくんにも伝えてほしい。でないと、絶対に後悔するよ。
あたし、そんなエリアさん、見たくないよ」

「さくらさん……あかねさん……」

 わたし達の言葉を聞き、エリアさんはとうとう泣き出してしまいました。

 ポロポロと涙をこぼすエリアさん。
 そんなエリアさんを、わたしとあかねちゃんはそっと抱きしめました。

「さくらさん、あかねさん……私……私……」

 嗚咽の為に、エリアさんの言葉はなかなか言葉になりません。
 それでも、エリアさんは、何とか言葉を紡ぎ出します。

「いいんですか? 私は……誠さんのことを……」

「はい……ですから、ちゃんと聞かせてください。
エリアさんの本当の気持ちを……」

 わたしの言葉に、エリアさんは涙を指で拭いました。
 そして……、

「さくらさん、あかねさん……私は、誠さんが好きです。
そして、さくらさんとあかねさんも好きです。誠さんと同じくらいに大好きです」

「エリアさん……」

「うにゅ……嬉しいよぉ」

 エリアさんの告白に、わたしとあかねちゃんの胸は、
嬉しい気持ちでいっぱいになりました。

 エリアさんはまーくんが好きで……、
 そして、わたしとあかねちゃんのことも、まーくんと同じくらい好きで……、

 ああ……何だか、嬉しくて泣けてきちゃいました。
 だって、わたし達も、エリアさんのことが大好きなんですから。





 エリアさんは、まーくんにそっくりなんです。
 エリアさんの優しさは、まーくんと同じなんです。

 普通だったら、好きになった人に恋人がいたら、
何としてでも奪い取ろうとするものです。

 相手の心を、自分に向けさせようとするはずです。
 時には、自分の気持ちを相手に押し付けるような真似もしてしまうものです。

 でも、エリアさんは違いました。
 抑えきれない程に強い気持ちを、ずっと自分の胸の中にしまい続けました。

 それは、決して臆病なんかではないんです。
 それは、エリアさんが、とてもとても優しい人だからなんです。

 わたしの気持ち――
 あかねちゃんの気持ち――

 ――そして、まーくんの気持ち。

 エリアさんは、それらを全部考えて……、
 わたし達の気持ちを思いやって……、

 わたしとあかねちゃんとまーくんの幸せの為に、
自分の気持ちはそっと胸にしまっておこうと決めたんです。

 エリアさんは、そんな優しい人なんです。

 自分の幸せよりも、大切な人の幸せを願ってしまう人。
 大切な人の幸せが、自分にとっての幸せだと考えてしまう人。

 そして、大切な人の幸せの為に、自分の幸せを捨ててしまう人。

 そんな、そんな優しい人。
 優しくて、優しすぎて、涙が出てしまうくらいに……、

 そういうところが、まーくんと同じなんです。

 だから、わたし達は、エリアさんのことが大好きになったんです。
 エリアさんが、まーくんのことを好きになってくれて嬉しい、って思えたんです。





「エリアさん……」

「……エリアさん」

 わたしとあかねちゃんは、こぼれそうになる涙を堪えるように、
エリアさんを抱く腕に力を込めました。

「わたしも、エリアさんのことが好きですよ。まーくんやあかねちゃんと同じくらいに」

「あたしも……まーくんやさくらちゃんと同じくらい、エリアさんのこと、好きだよ」

「さくらさん……あかねさん……」

 エリアさんも、わたし達をキュッと抱きしめます。
 そして、わたし達はしばらくの間、お互いのぬくもりを感じ合って……、








「お前ら……何やってんだ?」











 突然、まーくんの声がして、わたし達はそちらに目を向けました。
 キッチンの入り口のところで、まーくんがちょっと顔を引きつらせています。

 ……はっ!!
 そういえば、今、わたし達って、三人で抱き合って……、

 ああああああっ!!
 いけませんっ!! このままでは妙な誤解を受けてしまいます。

「ま、ままま、まーくん! 実はですね、
エリアさんがまーくんに大事なお話があるそうです」

 と、わたしは二人から離れると、エリアさんの背中を押しました。

 良い機会です。
 どうせですから、ここでエリアさんの告白タイムにしちゃいましょう♪

「あ、あの……誠さん……」

 真っ赤な顔をして、それでいて決意の表情で、
エリアさんはまーくんの前に立ちました。

 エリアさん、頑張ってっ!

 心の中でエリアさんを応援するわたし。
 見れば、あかねちゃんもギュッて両手を胸の前で握って、エリアさんを見守っています。

「誠さん……わたしは……」

 そして、ついに、エリアさんの口が開きました。
 が、その時……、

「ちょうど良かった。俺もエリアに大事な話があったんだ」

 そう言って、まーくんはエリアさんの両肩を掴みました。
 そして……、








「喜べ、エリア!! 召喚プログラムが完成したぞっ!!」








<おわり>
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