Ｈｅａｒｔ　ｔｏ　Ｈｅａｒｔ

　　　第７３話　「いつまでも同じ時を……」

「……どーすっかなぁ」

　土曜日の放課後――

　俺は『あるもの』を求めて、駅前のデパートの中を歩き回っていた。

　『あるもの』と言っても、別に何を買うか決まっているわけじゃない。
　何を買おうか、考えているのだ。

　俺が探し求めている物。
　それは、エリアへのプレゼントだ。

　もうすぐ、エリアは元の世界に帰ってしまう。
　そして、おそらく、もう二度と会う事はできなくなるだろう。

　もちろん、俺は再び出会う為の努力を惜しむつもりはない。
　でも、それが実現する可能性は、限りなくゼロに近いのだ。

　だから、エリアがこちらの世界にいる間に、
俺達が出会った記念になるような物を贈りたかった。

「でも、こうして考えてみると、なかなか決まらねぇモンだな」

　さんざん歩き回って疲れた俺は、自販機でパックのコーヒー牛乳を買うと、
近くのベンチに腰を下ろした。

「……さくらとあかねは、いいのを見つけたかな？」

　コーヒー牛乳をちゅーちゅーやりながら、俺はポツリと呟く。

　さくらとあかねも、今、俺と同じようにデパートを歩き回っている。
　店内は広いので、手分けして探すことにしたのだ。

　ちなみに、いつかのように迷子になられると面倒なので、
あかねはさくらと一緒に行動させている。

　また、アナウンスでまーくん呼ばわりされたらたまらんからな。
　まあ、あの時は、そのおかげでレミィさんと知り合えたんだけどさ。

　そんな事を考えながら、
飲み終えたコーヒー牛乳のパックをゴミ箱に放り込む。

「そういえば……そろそろ時間かな？」

　と、俺は腕時計を見た。

　さくらとあかねとは、一時間後に一階の吹き抜けの広場で
一旦集まることになっているのだ。

　ここに来たのが１時だったから、約束の時間は２時なのだが……、

「……１時１０分？」

　ンなアホな。
　いくらなんでも、あれから１０分しか経ってないなんて事ない筈だぞ。

　……もしかして、止まってる？
　壊れたか？
　それとも、電池が切れたかな？

　と、そこで俺は気が付いた。
　腕時計の秒針が外れてしまっている事に。

　……壊れたか。
　まあ、買ってから随分経つからなぁ。

　俺は壊れてしまった腕時計を腕から外した。

　お揃いの時計――

　俺とさくらとあかねの今までの時間を、一緒に刻んで来た時計だ。

　確か、俺達が中学に上がった時に、母さん達がお祝いで買ってくれたんだっけ。
　ってことは、もう三年くらいか。
　良くもった方だな。

　…………って、落ち着いてる場合かっ！！

　ハッと我に返り、俺は腕時計をポケットに突っ込んだ。

　今、何時なんだ？！
　もしかしたら、もう約束の時間を過ぎているかもしれねーぞ！

　俺は時計を探して、キョロキョロと周囲を見回した。
　しかし、目に付くところに時計は見当たらない。

　ええいっ！　面倒だっ！
　その辺の人に聞いた方が早いっ！

　と、俺はちょうど前を通り過ぎた一組の男女を呼び止めた。

「あの、すいません……？」

　声を掛けてから、その二人の後姿に見覚えがあることに気付く。

「はい？」

「なに？」

　俺に呼ばれ、その二人は、こちらを振り向いた。
　そして……、

「あーっ！　まことだぁーっ！」

「け、健太郎さん！？　スフィーさん！？」

　そう……俺が呼び止めた二人とは、
五月雨堂の店主の健太郎さんとスフィーさんだった。
















「……すみませんね、デートの邪魔しちゃって」

「べ、別にデートってわけじゃ……」

「健太郎さん、そんなこと言っても、腕組んで歩いてたら説得力無いですよ」

「う゛っ……」

　俺の指摘に、健太郎さんは言葉を詰まらせた。



　今、俺と健太郎さんとスフィーの三人は、
さくらとあかねとの待ち合わせ場所に向かっている。

　時間を訊く為に、偶然にも呼び止めてしまった健太郎さん達に事情を説明したところ、
二人もプレゼント探しに協力してくることになったのだ。



「それにしてもさ……お前、時計くらい持ってろよな」

　これ以上デート云々の話は形勢が悪いと思ったのだろう。
　そう言って、健太郎さんは話題を変えて来た。

「気が付いたら壊れてたんですよ。さっきまで動いてたんですけどね。
買い物が終わったら、時計屋に持ってくつもりです」

　と、俺は壊れた腕時計を健太郎さんに見せた。

「修理するのか？　新しい物を買った方が安いんじゃないか？」

「そうなんですけどね……ま、愛着とかあるもんですから」

「うんうん……物を大切にするのはいい事だな」

　と、骨董品屋らしい意見を言う健太郎さん。

　そんな俺達のやりとりを訊いていたのか、
ソフトクリームを舐めるのを止めて、スフィーさんが割って入って来た。

「ねえ、けんたろ、まこと。あたし、いいこと思いついたよ」

「いいこと、って……エリアちゃんへのプレゼントの事か？」

「うん♪　ただ、ちょっと魔力使っちゃうかもしれないけど……いいかなぁ？」
















「ただいまー」

　デパートから帰った俺は、玄関を開け、
軽い足取りで家に入った。

「おかえりなさーい」

　と、パタパタとスリッパの音をたてて、エプロン姿のエリアが駆けて来る。
　そして……


　にこっ☆


　うっ……！！

　あまりに眩しい笑顔で出迎えられ、
俺はエリアを直視できなくなってしまった。

　……な、何なんだ、一体。
　最近、ヘンだぞ、俺。

「今日は遅かったんですね？」

「あ、ああ……実はさ、これを買いに行ってたんだ」

　と、照れ臭いのを我慢しながら、
俺は隠し持っていた小箱をエリアに渡した。

「……これは？」

「俺とさくらとあかねからのプレゼントだ。
俺達がつけてる腕時計とお揃いのやつなんだけど……」

　そう言って、俺は腕にはめた腕時計を見せた。

　さっき壊れた腕時計だ。
　デパートの時計屋で修理してもらって、再び時を刻んでいる。

「……開けてもいいですか？」

「ああ……」

　俺が頷くと、エリアは小箱から中身を取り出した。

　俺達三人がつけている物と同じデザインの腕時計だ。
　でも、バンドの色はそれぞれ違うんだよな。

　俺のは黒――
　さくらのは桜色――
　あかねのは空色――

　そして、エリアのは黄色のバンドだ。

「…………」

　エリアはそれを腕にはめ、胸の前でキュッと握った。

「誠さん……ありがとうございます。私、大切にします」

　と、心から嬉しそうに微笑んでくれた。

「ああ。さくらとあかねにも、礼を言ってやってくれよ。
あと、健太郎さんとスフィーさんにも、な」

「スフィーさん達もですか？」

「そもそも、腕時計っていう案はスフィーさんが考えてくれたんだ。
それに、その時計にはちょっとおまけがついててな」

「おまけ……ですか？」

「実はさ、この時計にはスフィーさんが魔力を込めてくれたんだ」

「……魔力付与ですね。
言われてみれば、確かにスフィーさんの魔力を感じます」

「で、スフィーさんが言うには、何でも魔法的な繋がりを持たせたんだと。
だから、俺達四人の内、誰かの時計が止まれば、全員の時計が止まるし、
誰かの時計が狂ったら、全員の時計が狂う」

「……はあ」

　俺の言っている事がイマイチ理解できていないのか、
エリアはキョトンとしている。

「つまりだ、俺達の時計は、永遠に同じ時を刻み続けるんだ。
どんなに離れていても、な」

「あ……」

　俺の言葉の意味に気付き、エリアはハッとした表情を浮かべる。
　そして、見開かれた瞳から、ポロポロと涙がこぼれ出した。

「お、おいおい……」

　な、何だ何だ？！
　お、俺、何かマズイこと言ったか？！

　突然、泣き出したエリアに焦ってしまう俺。
　そんな俺に、エリアは抱きついてきた。

「エ、エリア……」

「ありがとうございます……私、凄く嬉しいです。

　そう言って、エリアは俺の胸に顔を埋め、肩を震わせる。

　何だ……そういうことか。
　そういう涙なら、大歓迎だ。

　俺はエリアをそっと抱き返してやった。
　そして、頭を優しく撫でる。

「誠さん……」

「エリア……どんなに離れていても、例え住む世界が違っても、
俺達はお前とずっと一緒にいるから」

「はい……」

　瞳にいっぱいの涙を浮かべ、それでも精一杯微笑を浮かべるエリアを、
俺はいつまでもいつまでも撫で続けたのだった。








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