Heart to Heart

   
 第68話 「誰が為にお前は唄う」







 学校帰りにちょっと寄り道をした後――

「ただいまー……って……ん?」

 家に帰ってくると、リビングから、何やら音楽が聞こえてきた。

 ……オルゴール?

 その音色の質からそう判断しつつ、
俺は靴を脱ぎ、リビングへと向かう。

 そこには……、

「おかえりなさい、まーくん」

 ソファーに腰を下ろして編物をするさくらと……、

「おかえり〜」

 絨毯の上にうつ伏せに寝そべったあかねがいた。

「ああ、ただいま」

 帰ってきた俺を見て微笑む二人に、俺は軽く会釈すると、
俺はさくらと隣りに腰を下ろす。

「なあ?」

 制服のボタンを外しながら、俺はさくらに訊ねる。

「何ですか?」

「それ、何だ?」

 と、俺はあかねの目の前に置かれている物を指差した。

 それは、側面に小さなゼンマイがついた小さな木箱だ。
 今は、蓋が開けられ、そこから例の音色が聞こえてくる。

「何って……オルゴールですよ?」

「ンなことはわかってるよ。
俺が訊きたいのは、お前らそれどっから持ってきたんだってことだよ」

 俺の記憶にある限りでは、さくらもあかねもあんな物は持っていなかった。
 そして、この家にも、オルゴールなんてシャレた物は無い。

「なあ? そのオルゴール、どうしたんだ?」

 俺はもう一度さくらに訊ねる。

「まーくん、『五月雨堂』っていうお店、知ってます?」

「ああ……良く行く商店街にある骨董品屋だろ?
もしかして、そこで買ったのか?」

「……はい」

 と、あっさり頷くさくら。

 意外だな、さくらとあかねが骨董品に興味あるなんて。
 ってゆーか、付き合い長いのにそんなことも知らなかった俺って……、

「以前、駅前でビラ配りをしているのを見て、試しに行ってみようかって、
あかねちゃんと言ってたんですよ」

 俺が落ち込んでいるのに気付いたのか、
さくらは慌てて言葉を付け足す。

「なんだよ……だったら俺も誘ってくれたら良かったのに」

「あ、すみません。
まーくん、ああいうお店には興味ない思ったものですから……」

「あ〜、いい、いい。謝らなくて。それは正しい判断だからな」

 と、そんな話をしていると……、

「あら、誠さん、帰ってらしたんですか?」

 お茶をのせたお盆を持って、エリアがキッチンから出てきた。

「ただいま、エリア」

「おかえりなさい。今、誠さんの分も用意しますから」

「わりぃな。じゃあ、ついでに『あれ』も頼むよ」

「はいはい。『あれ』ですね」

 俺の言葉に頷き、キッチンに戻るエリア。
 そして、すぐに、俺の分のお茶と羊羹を持って戻ってきた。

「……クスッ♪」

 俺とエリアのやりとりを見て、さくらが微笑む。

 ……あれ?
 そういえば、こういうシチュエーション、前にもあったな。

 確か、あの時は……、

「エリアさん、まーくんが『あれ』としか言ってないのに、
よく羊羹だって分かりましたね?」

「……そう言われてみれば、そうですね。
何となく、分かったんですよ」

 そうそう。
 あの時は、俺とあかねが『あれ』とか『それ』とか、指示代名詞だけで話してて、
それだけで会話が成り立っていたのを見たさくらが笑ったんだっけ。

 あれは、俺達の絆の深さが、再確認できるような出来事だったな。

 ……ん? ちょっと待て。
 ってことは、俺とエリアの場合はどうなるんだ?

「ふふふ……まーくんとエリアさんが仲良くなって良かったです。
ちょっと嫉妬しちゃいますけど」

 さくらの言葉に、俺とエリアは顔を見合わせる。
 そして、二人同時に、視線を逸らした。

 うっ……何だか、恥ずかしいぞ。
 エリアの顔がまともに見れねーじゃねーか。

「…………(ポッ☆)」

 エリアも俺と同じなのだろう。
 少し頬を赤く染めている。

「で、でさ……そのオルゴール、骨董品屋で買ったんだよな?」

 俺はサッサと話題を変えることにした。
 羊羹を食べつつ、さくらに話を振る。

「はい。そうですよ」

「……高かったんじゃねぇか?」

 一概にそうとは言い切れないんだろうけど、
どうも骨董品ってのは、高いってイメージがあるんだよな。

 しかし、訊ねる俺に、さくらは首を横に振った。

「はい。最初はちょっと高かったんです。
でも、値引きしてもらえました。それも半額以下に」

「半額以下?! 何でまたそんなに……」

「はい。実はですね……」

 と、さくらは、骨董品屋での一件を話してくれた。

 何でも、このオルゴール、全く音が鳴らなかったらしい。
 いや、音が鳴るどころか、ゼンマイさえ固くて回すことができなかった。
 しかし、店主の話では、何処も壊れている様子はない、とのこと。

 実際、さくらがゼンマイを回そうとしても、全く回らなかった。

 それなのに、あかねが触った途端、何の抵抗も無しにゼンマイは回り、
オルゴールは音楽を奏で始めたという。

「……そういうことって、あるんだな」

 と、感心しつつお茶を啜る俺。

「そうですねぇ……これはその店にいた女の子の受け売りなんですけど、
『古い物には魔が宿る』んだそうです。その力が、持ち主を選んだんじゃないかって」

「へえ〜……で、それが安く売ってもらった理由と、どう繋がるんだ?」

「店主さんが言ったんですよ。
『骨董品が持ち主を選んだのなら、その持ち主が持っているべきだ』って」

「それで、安く売ってもらえた、と」

「はい。何だか、得しちゃいましたよね」

 と、嬉しそうに微笑むさくら。
 そんなさくらに、俺は……、

 ――騙されたんじゃねーのか?

 と、言おうとして、その言葉を呑み込んだ。

 さくらもあかねも、人を見る目はある。
 この二人が信じたのだから、それは本当のことなのだろう。

「それにしても、持ち主を選ぶなんて、まるで魔法……」

 と、そこまで言って、俺はある事に思い至り、言葉を切った。

 ……古い物には魔が宿る、か。

 もし、その『魔』ってのが、魔力だとしたら、
エリアのサークレットの魔力を何とかできるかもしれねーな。

「なあ、エリア……今度、ダメもとで行ってみるか?」

「はい」

 エリアも同じ事を考えたのだろう。
 俺の提案に、真剣な表情で頷く。

「……あ」

 今まで静かにオルゴールの音に聞き入っていたあかねが、
ふいに声を上げた。

「止まっちゃった」

 と、あかねはゼンマイを回す。

 確かに、いつの間にか、オルゴールの音色は止まっていた。


 
〜〜〜♪ 〜〜♪ 〜〜〜〜♪


 あかねが巻いたゼンマイを離すと、
オルゴールは再び綺麗な音色を奏で始める。

 ……ん?
 そういえば、これ、どっかで聞いたことのある曲だな。

「……ブラームスの子守唄ですよ」

 首を傾げる俺に、さくらが教えてくれた。

 なるほど。子守唄か。
 どうりで、聞いてると何だか眠くなってくるわけだ。

 ふと、俺はあかねに目を向ける。
 案の定、あかねはくーくーと寝息をたてていた。

「……寝ちまったみたいだな」

「ふふ……わたし、毛布持ってきますね」

 そう微笑んで、さくらは二階へと上がっていく。

 俺は眠るあかねの側に静かに腰を下ろすと、頭をそっと撫でた。

「……くー……ふにゅ……まーく〜ん」

 気持ち良さそうに寝息をたてるあかね。
 その枕元で、オルゴールはいつまでも静かな音色を奏でる。

 でも、その音は、何だか、さっきよりも弱々しくて……、

「ああ……そうか」

 あかねの寝顔を見ていて、
このオルゴールがあかねを持ち主に選んだ理由が分かったような気がした。

 このオルゴールは、もう寿命だったんだ。

 そして、最後に、自分の音色を聞いて、安らかに眠ってくれるような、
そんな素直で純粋な持ち主を探してたんだな。
















 そして、オルゴールは、その役目を終えたかのように、
ゆっくりと動きを止める。

 もう二度と、その綺麗な音色を奏でることはないだろう。

 でも、満足だったに違いない。
 最後に、こんなにも可愛くて、安らかな寝顔を見ることができたのだから。

 ……ご苦労さん。
 それと、ありがとな。








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