Heart to Heart
第65話 「母達の夢」
「……ねえ、さくらさん」
「はい?」
――夜。
夕食のスパゲティーをフォークに巻きつけていると、
唐突に、お母さんが話し掛けてきました。
ちなみに、今夜はお父さんは仕事の都合で帰りは遅く、
今はお母さんと二人だけです。
「何ですか?」
「実はですね……今日、さくらさんのお部屋を掃除してて、
何気なくタンスの中を見たんですけど……」
タ、タンスの中って……。
お母さん、娘のタンスの中を、勝手に見ないでくださいよぉ。
そういう行動が、家族間に溝を作るんですよ。
まあ、お母さんだから、別に良いんですけど。
と、そんな私の思いも知らず、お母さんは言葉を続ける。
「それでですね。タンスの奥に、とっても可愛い下着を発見したんですけど、
あれって……誠さん専用なんですか?」
ぶぴっ!!
お母さんの言葉に、わたしは飲んでいた水を吹き出してしまいました。
「けほっ! けほっ!」
「あらあら〜。さくらさん、大丈夫ですか?」
「お、おおお、お母さんっ! な、何を言ってるんですかぁっ!!」
顔を真っ赤にしてうろたえ、素っ頓狂な声を上げるわたし。
でも、お母さんは相変わらずのマイペースです。
「あら、違うんですか?」
「う゛っ……」
全てを見透かしているかのようなお母さんに、
わたしは言葉に詰まってしまいました。
ううっ……確かに、間違ってはいないんですけど。
でもでも、そんなにハッキリと言うことないじゃないですかぁ。
相手が母親とは言え……は、恥ずかしいです。
「あらあら〜。どうやら、図星みたいですねぇ」
あまりの恥ずかしさに俯いてしまうわたしを見て、
お母さんは楽しそうに微笑む。
そして、さらにとんでもないことを言ってきました。
「それで、誠さんとはもう……したんですか?」
ずるっ!!
あまりにストレートな言い方に、
椅子からずり落ちてしまうわたし。
「なっ! そ、そんなこと……えと、あの……っ!」
頭が完全にパニックになってしまい、
言いたいことが、上手く言葉になりません。
ああ、もうっ!
お母さんったら、何て事を言うんですか!
わたしと、まーくんが……(ポッ☆)……だなんて……、
そ、想像しちゃったじゃないですかっ!
と、まーくんとの夜の逢瀬を想像し、熱くなった頬を両手で押さえるわたしに、
お母さんは何やら落胆した様子で、大きくタメ息をつきました。
「あらあら〜。その様子ではまだなんですねぇ。
そんな事では、はるか達の夢が叶わないじゃないですかぁ」
と、残念そうにタメ息をつくお母さん。
「お、お母さん達の夢って……?」
恐る恐る訊ねるわたし。
何だか、聞くのがとっても怖いんですけど、
ここまで来たら、聞かないと気になります。
「それはもちろん……」
そして、お母さんは、ニッコリと微笑み……、
「三十代で孫を抱くことです♪」
ずがっしゃあっ!!
お母さんのその答えに、わたしは盛大にコケました。
「うっ……うう……」
ヨロヨロと椅子に座り直しつつ、わたしは計算してみる。
え、えっと……お母さんは今年で37歳。
で、妊娠(きゃっ☆)してから、出産までに大雑把に約一年とすると……、
あと、二年以内……ということになります。
最低でも、高校卒業時には、身篭っていないとダメってことになりますね。
お母さん……一体、何を考えているんですか。
わたしが心底呆れていると……、
「それが、一つ目の夢です」
と、お母さんは言葉を続けました。
「……まだあるんですか?」
と、警戒するわたし。
もう何を言われても驚きませんよ。
「もう一つの夢はですね。
さくらさん達が結婚したら、藤井家、園村家、河合家の三家族が、
ひとつの大きなお家で一緒に暮らすことです」
「…………は?」
一瞬、お母さんの言った事が理解できず、
わたしは目を丸くしました。
「ですから、さくらさん達と、はるか達と、あやめさん達が、一緒に暮らすんです」
そんなわたしに、お母さんはもう一度言いました。
「…………」
まだ、いまいちピンと来ないわたし。
……ちょっと、落ち着いて整理してみましょう。
え、えっ〜と、それはつまり、藤井夫婦、園村夫婦、河合夫婦、
そして、まーくんとわたしとあかねちゃんの新婚夫婦が一緒に暮らすってことですか?
ようするに『夢の四世帯家族』ということですか?
「…………」
お母さんの言葉の意味を理解し、
わたしはその光景を想像してみました。
……。
…………。
………………す、素敵ですっ!
何て素敵な夢なんでしょうっ!!
わたし達三人の新婚生活というだけでも、まるで夢のようなお話なのに、
さらに、お父さんやお母さん達とも一緒に暮らせるなんて……、
あ、でも、三人だけのあま〜い生活もしてみたいです。
夢の四世帯家族は、それからでも遅くないですよね?
それにしても、さすがはお母さん達です。
そんな素晴らしい夢を持っているなんて。
「さくらさん……この夢、必ず実現させてくださいね」
お母さんは、期待を込めた瞳をわたしを見つめてきました。
もちろん、わたしの答えは……、
「はいっ! わたし、頑張りますっ♪」
<おわり>
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