Heart to Heart

       
第63話 「星に誓いを」







「さ〜さ〜の〜は〜、さ〜らさら〜♪」


「の〜き〜ば〜に〜、ゆ〜れ〜る〜♪」


 さくらとあかねが定番の歌を唄いながら、
軒先に立てたられた笹に飾り付けをしていく。

「この世界には、変わった風習があるんですね」

「ああ、まあな」

 エリアが淹れてくれたお茶を啜りつつ、
俺は短冊を作る手を休めた。

 今日は七月七日。
 いわゆる、七夕の日ってやつだ。

 で、今、俺達は毎年恒例の七夕会の準備をしている。

 高校生にもなって七夕会はないだろう、と思ったりもするが、
さくらとあかねがこういう季節行事が好きなので仕方ない。

 でも、今年は俺もやりたいと思っていた。
 何故なら、今、我が家にはエリアがいる。
 せっかくだから、この世界の風習ってやつを経験して貰いたかったのだ。

 それに、エリアはいつか元の世界に帰ってしまう。
 そして、二度と会えなくなってしまうだろう。

 だから、少しでも多くの思い出を作りたかった。
 いつまでも、お互いのことを覚えていられるように。

「どうしたんですか?」

「あ? ああ、何でも無い」

 エリアに呼ばれ、俺は我に返る。

「何を考えていたんですか?
随分と真剣な顔をしてましたけど」

「いや……その……どんな願い事を書こうかな、ってな」

「まあ、誠さんったら」

 口元に手を当ててクスクスと微笑むエリア。
 俺は照れ隠しに頭を掻きながら、短冊を一枚エリアに渡す。

「エリアも、どうだ?」

「そうですね。それでは、私も一つだけ」

 そう言って、エリアは短冊を受け取り、
それに願い事を書き始める。

 ……どんな願い事をするつもりなんだろうな?

 と、少し興味を持ち、訊いてみようかと思ったが、
そういう無粋なことをするのも何なので、
構わず、俺も短冊に願い事を書くことにした。
















 そして、夜――

 俺達は、うちわ片手に縁側に腰掛け、
いつもより幾分多く輝いて見える星空を見上げる。

 特に、何かするわけじゃない。
 特に、何か話をするわけじゃない。

 団子を食べて、お茶を啜って、たまに軽く談笑して、
ただただ、のんびりと星空を眺める。

 それが、俺達の七夕会だ。

 そして、団子の数が半分くらいになった時、
さくらがお決まりの質問をしてきた。

「あの、まーくん……もし、まーくんが彦星で、
わたしとあかねちゃんが織姫だったら、まーくんはどうしますか?」

 やれやれ……またか。

 さくらの言葉を聞き、俺は軽く肩を竦める。

 この質問、毎年、必ずと言ってほど出てくる。
 で、俺も、毎年、同じ答えを出すんだよな。

「一年に一回しか会えないなんて、冗談じゃねーからな。
どんな事をしてでも、意地でも会いに行くぞ」

「えへへ〜♪ やっぱりぃ〜♪」

「うふふ♪ ありがとうございます」

 と、俺の答えに、嬉しそうに微笑むさくらとあかね。
 だが、その表情はすぐに真剣なものへと変わる。

「ねえ、エリアさん」

「あかねさん、何ですか?」

「エリアさん、元の世界に帰っても……また、いつでも会えるよね?」

「また、こうして四人で七夕会が出来ますよね?」

「「…………」」

 その言葉に、俺とエリアは何も言えなくなってしまう。

 それは、多分、無理だ。
 今、エリアがここにいるのは、様々な偶然が重なった結果だ。
 そんな偶然が、そうそう起こるわけがない。

 しかも、その偶然を、俺達はもう一度起こそうとしている。
 エリアが元の世界に帰るために。

 それは、もう、ほとんど奇跡に近い。

 ――いつでも会える。

 それを実現するには、その奇跡を何度も起こさなければならないのだ。
 そんなことは……ほとんど不可能だ。

 それが分かっていたから、さくらとあかねは、そう訊ねてきたのだろう。

「……まるで、私は織姫のようですね」

 と、エリアがポツリと呟く。

 確かに、織姫だな。
 しかも、一度別れたら、もう二度と会えない織姫だ。

「大丈夫だよ。彦星のまーくんが、絶対にまた会えるようにしてくれるよ」

「あかねちゃん……いくらまーくんでも、それは……」

「まーくん、さっき言ったよね?
『どんな事をしてでも、意地でも会いに行く』って」

 と、無邪気に言うあかね。

 その、俺を信じて疑わない無垢なあかねの笑顔に、
俺は励まされた気がした。

 そうだよな。
 最初から諦めてたら、何も出来ねーよな。
 何もしなかったら、起こる奇跡も起こらねーもんな。

「ああ……意地でも、やり遂げてみせるさ」

 と、俺は様々な飾りで彩られた笹を見上げる。

 涼しい風が吹いた。

 その風に、笹はカサカサと音を立て揺れる。
 そして、俺達の願いが書かれた短冊も揺れる。





 さくらの願いは――

『エリアさんが、無事に元の世界に帰れますように』





 あかねの願いは――

『エリアさんと、いつまでも友達でいられますように』





 エリアの願いは――

『誠さん達の幸せが、永遠に続きますように』





 そして、俺の願いは――

『さくら、あかね、エリアの願いを、叶えることができますように』





 ……そうだ。
 俺は、お星様なんかには頼らねぇ。
 こいつらの願いは、俺の手で叶えてやりたい。
 俺自身の力で、叶えてやりたい。

 そう……これは、誓いなんだ。

 さくらへの……、
 あかねへの……、
 エリアへの……、

 そして、俺自身への誓いなんだ。

 さくらとあかねは、俺にとって大切な人だ。
 エリアは、俺達三人にとって、大切な友達だ。

 別れたら、二度と会えないなんて、まっぴらゴメンだ。

 だから、俺はやれるだけのことをやる。

 自信は無い。
 無駄に終わるかもしれない。

 でも、後悔したくない。
 だから、俺は自分に出来ることを尽くす。

「…………」

 俺はいつもよりちょっとだけ特別な、七夕の星空を見上げる。








 なあ、お星様さんよ。
 あんたは、何もしなくていいよ。
 でも、見守っててくれねーか?

 俺は、奇跡を起こしてみせるからさ。








<おわり>
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