Heart to Heart

      
第62話 「ねつぼうちょう」







「そぉ〜れっ!」

「あっ! あかねさん、いきましたよ!」

「ふみゃ〜ん!」

 浅めのプールでビーチボールに戯れるさくらとあかねとエリア。

 三人が動くたびに水飛沫が上がり、
夏の強い日差しが反射してキラキラと輝く。

 そんな光景をプールサイドに座って眺めながら、俺は悦に浸っていた。

 いいっ! 実にいいっ!!
 三人とも、健康的な水着姿が眩しすぎるぜっ!!

 ホント、三人とも可愛いよなぁ。
 ひときわ目立ってるもんなぁ。

 周りの男達がちらちらと三人に視線を送っているのがわかる。
 中には彼女連れもいて、その子に足を踏みつけられている奴もいる。

 はぁ〜……俺って幸せ者だなぁ。

 と、俺が一人でそんな事を考えていると……、

「まーく〜ん! まーくんもおいでよぉ〜!」

「誠さんも一緒に遊びましょう」

「さあ、いつまでも、そんなところでボーッとしていないでください」

 三人が俺を呼び、手招きする。

 よっしゃっ!
 あいつらもああ言ってることだし、俺もそろそろ体を動かしますかね。

「おうっ! 今、行くっ!」

 三人にそう返事して、俺は来ていたTシャツを脱ぐ。
 だが、その時……、

「キャッ!」

 エリアが悲鳴を上げた。

「あん?」

 そちらに目を向けると、エリアは何やら恥ずかしそうに
両手で目を覆っていた。
 でも、指と指の間から、ちらちらとこちらを見ていたりする。

 おいおい。
 たかがセミヌードでそんな反応しないでくれよ。
 まあエリアらしいと言えばらしいんだけど。

 もしかして、結構お嬢様なのかもしれねーな。

 見れば、さくらも少し頬を朱に染めていて、こっちを直視できない様子。

 ったく、二人してちょっと純情過ぎるぞ。
 あかねなんて、全然気にしてねーのに。

 ま、それはともかく・・…、

「やれやれ……」

 と、俺は軽く型を竦める。
 そして、再びTシャツを着て、三人のところに向かった。

 さあっ! 今日は遊び倒すぜっ!!
















 さて、それからしばらくして、
俺が一人でゆったり泳いでいると……、

「誠さんっ!!」

 突然、エリアの声がした。

「どうした!? エリア!」

 その声があまりに切羽詰っていたので、
俺は慌ててエリアの姿を探す。

 …………いたっ!

 すぐに、こちらに向かって真っ直ぐ近付いてくるエリアの姿を発見した。

 ……ん?
 何か、必要以上に体を静めているような……?

 と、俺が首を傾げていると……、

「誠さんっ!!」

「うわっ!?」

 いきなり、エリアが俺に抱きついてきた。

「ど、どうしたんだ?」

 なんとか平静を保ちつつ、俺はエリアに訊ねる。

「ま、誠さん……あの、その……」

 エリアは何やら言い難そうに口篭る。
 しかし、その視線は助けを求めるように、
俺を上目遣いで見つめている。

「……っ!!」

 その時になって、俺はようやく気付いた。

 エリアが両腕で懸命に胸を隠していることに。
 そして、本来ならその胸を隠しているべき布が存在していないことに。

「エリア……もしかして……」

 と、訊ねる俺に、エリアは黙ったまま
恥ずかしそうにコクンと小さく頷く。

 その次の瞬間、俺の行動は素早かった。

「さくらぁぁぁーーーーーっ!!
あかねぇぇぇーーーーっ!!
ちょっと来てくれぇぇぇーーーーーっ!!」

 と、大声で叫び、少しでもエリアを覆い隠そうと、
両腕をいっぱいに使ってエリアを抱きしめた。

 そして、そのままプールサイドへと連れていく。

 一瞬、俺のTシャツを着せてやろうとも思ったが、
さっき邪魔だったので結局脱いでしまったことを思い出し、舌打ちする。

「まーくん、どうしたの?」

「何かあったんですか?」

 俺の呼び声を聞きつけ、
さくらとあかねがやって来た。

「さくら、あかね……見ての通りだ。頼むっ!」

 俺とエリアの状況を見て、すぐに察しがついたのだろう。
 さくらとあかねはすぐに水着を探しに行ってくれた。

「待っててね、エリアさん!」

「すぐに見つけます!」

 と、水飛沫を上げて泳いでいくさくらとあかねを見送る俺。

 エリアをさくらとあかねに任せて俺が探しに行く、という手もあったが、
ここは、俺が周囲の男達に睨みを効かせていた方がいい。

 俺はキッと周りを見回した。
 案の定、エリアの水着か取れてしまったことに気付いた男達が、
こちらを見てニヤニヤと笑っている。

 俺はそいつらに容赦なく眼光を飛ばした。



 もし、少しでもエリアに色目を使ってみやがれ。

 ……殺すぞ。



 その迫力に圧倒されたのだろう。
 男達は、こちらに寄って来るどころか、こちらを見ようともしなくなる。

 さらには、俺達の状況に気付いたのであろう女性客達が、
俺達を周りから隠すように集まってきてくれた。

 ……ありがたいことだ。

「ほら、これ使って」

 その中の一人が、大きめタオルを一枚、俺に差し出す。

「え?」

 見れば、プールサイドに一人の女性が腰掛けていた。

 競泳用の水着を着た、ボーイッシュな雰囲気の女性だ。
 胸が無いのが、ちょっと残念かな?
 ま、俺はどっちかってーと『ない乳派』だから、全然問題無いのだが……、

 って、ンなこと考えてる場合じゃねーだろーがっ!!

「エリア、これ使え」

 俺はありがたくタオルを借り受け、エリアに羽織らせた。

「これで、ひとまずは安心ね」

 と、女性は微笑む。

「ありがとうございます。助かりました」

「いいのいいの。同じ女として、当然の事よ。
それにしても、優しくて頼りになる彼氏がいて良かったわねぇ」

「……は?」

「彼、凄い目で周りの男共を睨んでたわよ。
もうそれだけで物が切れそうなくらい。
あれは絶対に殺気が込められてたわね」

 ……正解です。
 確かに、殺気込めてましたから。
 久しぶりだったな。あんなにマジになったのは。

 まあ、それはともかく、もう周りを威嚇する必要もないだろうと、
少し余裕が出来た俺は、今になって自分とエリアの状態に気が付いた。

 よく考えたら、俺って、上半身裸のエリアと抱き合ってるんだよな。
 しかも、エリアの奴、よっぽど不安なのだろう。
 両腕を俺の背中に回して、力一杯しがみ付いている。

 ああ……何とも言えないふくよかな感触が直に。
 それに、エリアの肌ってすべすべしてて気持ちいいなぁ。
 体も小さくて、華奢で、柔らかくて……、

「……今は、ちょっとエッチな目してるわね」

「う゛っ……」

 その女性にジト目で見られ、俺は我に返る。

 ああああ……何を考えてるんだ俺は!
 今、俺はエリアを守らなくちゃいけないのに!
 それなのに、何を邪念なんぞ浮かべてるんだ!

 うううっ……頑張れ、俺の理性。
 堪えろ、俺のマグナム。(爆)

 と、俺が理性をフル稼働させていると……、

「まーくん! 見つけましたよ!」

 さくらの声が聞こえた。
 あかねと一緒に、人垣の合間を縫ってこちらにやって来る。

 ……あれ?
 もう一人、知らない女の子も一緒にいるぞ?
 眼鏡をかけた長いパステルブルーの髪の少女だ。

 見れば、その眼鏡っ娘がエリアの水着を持っている。

「あら、リアン? あなたが見つけたの?」

「結花さん、こんなところにいたんですか?」

 と、タオルを貸してくれた女性と、眼鏡っ娘が声を掛け合う。
 どうやら、この二人、知り合いらしい。

 なるほど。ボーイッシュな方が結花さんで、
眼鏡っ娘がリアンさんっていうのか。

 って、そんなことはどうでもいいってのっ!
 とにかく、今はエリアの水着だっ!

「さくら、あかね、見つかったのか?」

「うん。この人が見つけてくれたの」

 と、あかねがリアンさんを見る。

「さあ、わたし達が隠していますから、早く」

「は、はい」

 リアンさんから水着を受け取るエリア。

「キミはあっち向いてなさいよ」

「わかってますよ」

 結花さんに言われるまでも無く、俺はエリアを抱く腕を離し、
クルリと背を向ける。

 で、しばらくして……、

「もう……いいですよ」

 と、エリアの声に、俺は向き直り、俺はエリアの姿を確かめる。

 ……よしよし。ちゃんと着てるな。

「あの……誠さん、ありがとうございました」

「俺は俺じゃなくて、みんなに言えよ。
俺はほとんど何もしてねーんだから」

「は、はい……」

 俺の言葉に頷き、エリアは皆に礼を言って回る。

「さくらさん、あかねさん、結花さん、リアンさん、それにみなさんも、
本当にありがとうございました」

 ペコペコと頭を下げて回るエリア。
 さくらとあかねも一緒になって、協力してくれた女性客達にお礼を言っている。

 そして、女性客達は、やれやれと安心して散らばっていった。

「結花さん、ありがとうございました」

 俺は借りていたタオルを結花さんに返す。

「いいっていいって。気にしない気にしない。
さあ、リアン。あたし達はそろそろ帰りましょうか」

「はい。そうですね」

 と、結花さんに言われ、リアンさんはプールから上がる。

「まーくん、あたし達も帰ろ?」

「そうですね。周りの男の方の目が気になりますし」

「……早く帰りたいです」

 この騒動で、居心地が悪くなったのだろう。
 さくらとあかねとエリアもプールから上がった。

 しかし、俺は……、

「……先に帰ってろ」

 プールから上がらなかった。
 いや、上がれなかった。

 何故かって?
 ……わかるだろ?

「どうしたんですか? まーくん」
「一緒に帰ろうよぉ」

 俺の意志に構わず、さくらとあかねは俺を引っ張り上げようとする。

「だっ!! ばかっ!! ちょっと待て!!
俺はもう少し泳いでから……」

「どうしてそんなこと言うんですか?」

「まーくんも、一緒に帰るのーっ!」

 グイグイと、引っ張る腕に力を込める二人。

 だぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!
 頼むっ!! さくら、あかね、察してくれぇぇぇぇーーーーーっ!!

 と、内心絶叫する俺。

 しかし、それは全くの無駄であることは分かっている。
 この二人が、そんなことに気付くわけがない。
 となると、あとは頼れるのはエリアだけど、それこそ無理ってもんだ。

 ううっ……このままでは赤っ恥をかいてしまう。

 俺が半ば諦めかけていた、その時……、

「あなた達、彼の為にも、先に帰ってあげなさいな」

 と、結花さんが俺達の間に割って入ってくれた。

「男の子の悲しい性……わかってあげなさいよ」

「と、言いますと?」

 結花さんの言葉に、リアンさんが首を傾げる。

「熱膨張よ、熱膨張」

「「「「熱膨張?」」」」

 と、結花さんに言われ、四人は一瞬考える。
 そして……、


 
ボッ!!!


 一気に顔が真っ赤になった。

「そ、そっか……うん、わかったよ」

「わ、わたし達……先に帰りますね」

「ほ、ほほほほほほほほ……そ、それでは〜」

 さくら、あかね、エリアは、気まずそうにそそくさと立ち去っていく。
 そんな三人を、俺はただただ黙って見送る。

「あはははっ! 途中まではカッコ良かったのに、
最後で三枚目になっちゃったわねぇ」

「は、はははは……そ、そう、ですね……」

 と、楽しそうに笑う結花さんに、
俺は乾いた笑いをあげることしかできなかった。
















 で、その後……、








「うおおおおおーーーっ!!
どちくしょおおーーーっ!!」









 邪念を祓うため、俺はヘロヘロになるまで泳いだのだった。

 ……うう、情けねぇ。








<おわり>
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