Heart to Heart

     
第60話 「そして、仲直り」







「おはようございます!」

「うおっ!!」

 徹夜明けの眠い目を擦りながらキッチンへ行くと、
突然、エリアは飛び切りの笑顔で俺を迎えてくれた。

 何だ? 何だ?
 昨日までとはえらい違いだぞ?
 どんな心境の変化があったんだ?

「あ、ああ……おはよう」

 エリアの豹変振りに、俺は戸惑いながらも、
一応、挨拶を済ませる。

「誠さん、すぐに朝食出来ますから、座って待っててください」

 そう言って、エプロン姿のエリアは料理を再開する。
 エリアに言われるまま、席につく俺。

「〜♪ 〜♪」

 おいおい……鼻歌まで唄ってるぞ。
 一体、エリアに何があったんだ?

 何だか……不気味だ。

「な、なあ……エリア?」

「はい? 何ですか?」


 
にこっ☆


 
ぬおっ!!


 クルリと振り向いたエリアの眩しい程の笑顔に、
俺は思わず後ずさってしまう。

 それでもめげずに、俺は訊ねる。

「あ、あのさ……エリアって、俺のこと嫌いなんじゃなかったのか?」

「…………」

 俺のその言葉に、エリアの顔が真剣なものへと変わる。
 そして、無言のまま出来たスクランブルエッグをテーブルの中央に置き、
食パンをトースターに入れると、静かに俺の正面に座った。

「誠さん……一つだけ、訊かせてください」

「何だ? 随分と唐突だな」

「茶化さないで、真面目に答えて下さい」

「…………わかった。で、何が訊きたいんだ?」

「さくらさんとあかねさんのことです」

 ……やっぱりな。

 俺は内心呟いた。

 エリアが俺を嫌っている理由。
 それは、俺達三人の関係が原因だ。

 エリアは、それをもう一度確かめようとしているのだろう。

「誠さん……あなたは、さくらさんとあかねさんのことをどう思っているのですか?」

 エリアはジッと俺を見据えている。

 この質問に、俺は真剣に答えなければならない。
 それが、俺の、さくらとあかねへの想いの証になるのだから。

 そして、俺はエリアに答える。

 俺の……正直な気持ちを。








「あのさ……俺って、親の仕事の都合で、
ガキの頃から一人で暮らしてるんだよ」

「そうだったんですか?」

「ああ……でさ、毎日、家に帰っても誰もいない。
ただいまを言っても、誰も応えてくれない。
一人でメシを作って、一人で食べて、そして、一人で寝て、
ガキの頃から、毎日がそんな生活だった」

 俺の話に、エリアは黙って耳を傾ける。
 俺は、そのまま話を続けた。

「でも、寂しいって思ったことは、一度もなかった。
何故だか、わかるよな?」

「はい。さくらさんとあかねさんがいたからですね」

「ああ……あの二人がいなかったら、俺はグレてたかもしれない。
それこそ、ろくでもない人間になったと思う。
まあ、今でも充分ろくでもないけどな」

「そんなことないですよ。
誠さんは、責任感のある立派な人だと思います」

「そうかぁ? そう言ってもらえると嬉しいよ。
……っと、話が逸れたな」

 そう言って、俺はコーヒーを一口飲んで喉を潤す。

「というわけでだ、今の俺があるのは、あの二人のおかげなんだよな。
だから、俺は誓ったんだ。
さくらとあかねは、俺の手で絶対に幸せにする、ってな」

「それで、二人とも恋人にしたのですか?」

「まあ、今のところはな。
俺達三人が一緒にいることがあの二人にとって幸せなら、俺はそれで良いと思ってる。
俺にとっても、それ以上の幸せは無いからな。でも……」

「でも?」

「もし、さくらやあかねが俺以外の男を好きになったら、
そして、そいつがさくらやあかねを幸せにしてくれると確信の持てる男だったら、
そいつと結ばれることが、さくらやあかねにとっての幸せだったなら、
俺は……身を引けると思う」

「――っ!?」

 俺の言葉を聞いて、目を見開き、絶句するエリア。

 まあ、当然だろうな。
 俺がこんなこと言うなんて予想外だろうからなぁ。

「誠さん……あ、あなたは、それで良いのですか?」

「なあ、エリア……女のお前から見て、あの二人をどう思う?」

「……は?」

「いい子だと思うだろ?」

「……はい。お二人とも、とても素敵な女性だと思います」

「そうだ……あいつらは、いい子なんだよ。
俺みたいな男には、勿体無いくらいなんだよ。
あんな子が、俺みたいな男を好きだと言ってくれているのが奇跡なんだよ。
だから……喜んで身を引けると思う。笑って祝福してやれると思う。
それは、凄く寂しくて、つらいことだけど、な」

「誠さん……」

「好きな人と両想いになれたら、それは素晴らしいことだけど、
俺にとっては、好きな人が幸せでいてくれることが、一番の幸せなんだ」

「それが……誠さんの正直な気持ちなんですね?」

「ああ、そうだ」

「それを、さくらさんとあかねさんに話した事はあるんですか?」

「ああ……ずっとずっと前に話した事がある」

「それで、お二人は何と?」

「泣かれた……で、怒られた」

 その時、さくらとあかねが言った言葉は、今でも鮮明に覚えている。





「まーくんっ! そんな哀しいこと、言わないでくださいっ!」


「あたし達、絶対に、まーくん以外の人を好きになったりしないもんっ!」





「あの時は、本当に嬉しかったよ」

「そうですか……」

 俺の話を聞き、エリアは一人納得したような顔で頷いている。

「で、何でいきなりこんなこと訊いたんだ?」

「確かめたかったんです。あなたがどんな人なのか……」

 そう言うと、エリアは俺をジッと見つめる。
 そして……、


「ごめんなさいっ!」


 と、いきなり頭を下げてきた。

「…………は?」

 エリアのあまりに唐突な行為に、
俺は間抜けな声を上げてしまう。

「……私、誠さんのことを誤解してました」

「どんなふうに?」

「……さくらさんとあかねさんの優しさの上に胡座をかいているような人だ、と」

 そこまで言って、エリアは唇を噛み締めて俯いてしまう。

 優しさの上に胡座……か。
 そいつはヒドイ言われようだな。

 でも、腹は立たない。
 俺が腹を立てること自体がおかしい。
 エリアの考えは、至極当然のことなのだから。

 それに、俺はそう思われても仕方ない男だからな。

「でも、誠さんの今のお話を聞いて、分かりました。
あなたはそんな人じゃないと。
さくらさんとあかねさんのことを真剣に考えていると」

「そっか……」

 エリアの言葉に、何となく恥ずかしくなって
ポリポリと頬を掻く俺。

 買い被られてるような気もするけど……ま、いいか。
 嫌われてるよりは、はるかにマシだもんな。

「じゃあさ、あの時の『嫌い』って言葉……撤回してもらえるのかな?
やっぱり、同じ家で暮らしている奴に嫌われたままってのはイヤだからさ」

「はい。撤回させていただきます」

「そうか……良かった」

 俺はホッと胸を撫で下ろした。

 良かった良かった。
 これでメシが美味しく食べられるってもんだ。

「それにしても、さくらさんとあかねさんは幸せですね」

「どうしてだ?」

「だって、誠さんのような素敵な方に、こんなにも愛されているのですから」

「ぐっ……」

 言葉に詰まる俺。

 そういえば、よく考えたら、
俺、さっきはむちゃくちゃ恥ずかしいこと言ってたんだよな。

 見れば、エリアは俺を見てクスクスと笑っている。

「……もうパンも焼けただろ? サッサとメシにしようぜ」

 と、俺は照れ隠しにそっぽを向く。

 そんな俺が可笑しくてたまらないのだろう。
 エリアの頬がさらに緩む。

 それを横目で見ながら、俺は思う。

 良かった。
 やっと笑ってくれた。

 ……と。

「ほら。いつまでも笑ってねぇで、早く準備をしてくれよ」

「はいはい。誠さんはバターとジャム、どっちにしますか?」








 そして、和やかな雰囲気で、朝メシが始まり、
その朝は、久しぶりに美味しく食事を摂る事ができたのだった。








<おわり>
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