Heart to Heart

      
第59話 「涙の理由」







 真夜中――

 ふと目が覚めた私は、カーテンを開けて、
星空を眺めていました。

「……こちらの世界では、あまり星は見えないんですね」

 夜空に瞬く、数少ない星の輝きを見つめながら、
私はポツリと呟きました。

 私の世界なら、星達は夜空一面に鏤められているのに。

「…………」

 何となく、自分の知っている星座を探す私。
 ですが、世界が違うからなのか、見える星の数が少ないからなのか、
知っている星座は見つかりません。

「……やっぱり、ここは異世界なんですね」

 自分でも、声が暗くなっているのが分かりました。

 ティリアさんはデュークさんと仲良く暮らしているのでしょうか?
 サラさんは、また何処かの酒場で酔っ払っているのでしょうか?

 そういえば、こちらの世界にいる間は、
お父様とお母様のお墓に花を添えることもできませんね。

「……あ」

 気が付くと、涙が頬をつたっていました。

 どうやら、少しホームシックになってしまっているみたいです。





 私がこちらの世界に来て、そろそろ一週間が経とうとしています。

 ですが、未だに、元の世界に戻れる目処は立っていません。

 時間に充分余裕がある私は、毎日、お散歩がてら、
魔力の満ちた空間を探していますが、なかなか見つかりません。

 芹香さんも、見つけたら連絡を頂けることになっていますが、
今のところ音沙汰無しです。

 召喚プログラムの方も、遅々として進んでいない様子です。

 ……私は、いつになったら、元の世界に帰ることができるのでしょう?





「…………」

 しばらく、星空を眺めていた私は、ふいに喉の渇きを覚え、
水でも飲もうと寝室を出ました。

 私の寝室(正確には誠さんのご両親の寝室)は、誠さんの部屋の隣りにあります。
 ですから、階段を降りるには、誠さんの部屋の前を通らなければいけません。

「起こないように、そおっと…………あら?」

 足音を忍ばせ、誠さんの部屋の前を通り過ぎようとした時、
ドアの隙間から光が洩れ出していることに気付きました。

 どうやら、また、電気を灯したまま眠ってしまったみたいですね。
 それとも、夜更かしでもしているのでしょうか?

 誠さんは、いつも夜遅くまで起きています。
 時には、電気を灯したまま寝ていることもあります。

 毎日なわけはないのでしょうが、
少なくとも、私がこちらの世界に来た夜から、ずっとそうです。

 まったく……昼間、あんなに眠そうな顔をするのなら、
もっと早く寝れば良いと思うんですけど。

 さくらさんやあかねさんに、あんなに心配をかけて、
悪いとは思わないのでしょうか?

「はあ……」

 小さくタメ息をつく私。

 誠さんの生活態度には呆れてしまいますね。

 こんな、ずぼらでいいかげんな人なのに、
どうしてさくらさんやあかねさんの様な女性に好かれているのでしょう?

 と、いつも不思議に思っていることで首を傾げていると……、


 
カタカタカタカタカタカタ……


 何やら、妙な音が聞こえてきました。
 どうやら、誠さんの部屋の中から聞こえてくるみたいです。

 一体、何をしているのでしょう?

 妙に気になった私は、ドアを少しだけ開けて、中を覗きました。


 
カタカタカタカタカタカタ……


 見れば、誠さんが一心不乱にパソコンのキーを叩いていました。

「……よしっ」

 力強く頷き、手を止める誠さん。
 そして、最後に、キーを一つ叩く。


 
ブーッ! ブーッ!


 と、パソコンからそんな音が鳴る。


「クソッ!!」


 
がんっ!!


「……っ!!」

 その音を聞き、苛立たしげに机を殴りつける誠さん。
 私は驚いて声を出しそうになり、慌てて口を両手で塞ぎました。

 そんな私に気付いた様子もなく、誠さんは頭を抱え、机に突っ伏しました。

「どうしてだ?! どうして出来ないっ!!
一度は出来たことが、どうしてできないんだっ!!」

 と、誠さんはグシャグシャと頭を掻きむしる。

「俺にしかできないんだぞ? 俺がやらなきゃダメなんだぞ?
その俺が……その俺が出来なかったら、
あいつは、いつまで経っても帰ることができねーじゃねーかっ!!」


「――っ!?」


 誠さんのその言葉に、私はハッとなった。

 まさか……誠さん、こんな時間まで召喚プログラムを……?
 そういえば、初めて出会ったあの夜も…………っ!?

 もしかして、あの日から……毎晩っ!?

 そう考えた瞬間、私の脳裏に、
先日、さくらとさんとあかねさんが言っていた言葉が蘇ります。








「まーくん……何だかやつれてない?」





「まーくん、どうしたんですか? 顔色が悪いですよ?」








「……っ!!」


 そして、私は絶句する。

 もしかして、誠さんは私の為に……?

 私の為に、毎晩遅くまで……、
 私の為に、あんなにフラフラになってまで……、
 私の為に、あんなに真剣に……、

 いつもいつも、冷たく接していた私なんかの為に……、

「…………っ!!」

 私は慌てて寝室に戻りました。
 そして、布団を頭から被りました。

 布団の中で、枕を抱きしめ、ギュッと目を閉じる。

 目蓋の裏に浮かぶのは、誠さんの姿。

 朝、眠そうに欠伸をする誠さん――
 フラフラとおぼつかない足取りで学校へ向かう誠さん――
 自分の不甲斐なさに、自らを罵倒する誠さん――

 そして、弱々しくも、優しく微笑みかけてくれる誠さん。

「私は……私は……」

 ……どうして?

 どうして、こんなに胸が熱くなるのでしょう?
 どうして、こんなに胸が苦しくなるのでしょう?

 あの人は最低な人なのに。

 さくらさんとあかねさん、どちらが好きなのか選べないような、最低な人なのに。
 だから、私は、ずっとずっと、あの人に冷たい態度をとって来たのに。

 そう。あの人は、最低な人……の筈なのに。
















 なのに、どうして……、
















 あの人のことを想うだけで……、
















 こんなにも、涙が止まらないのでしょう?








<おわり>
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