Heart to Heart

     
第54話 「深夜の二人」







「浩之が『勇者』ぁ〜?!」


 夜食のカップラーメンを食べつつ、俺は素っ頓狂な声を上げた。

「はい。そうです」

 そんな俺に、エリアさんはラーメンを飲み込んでから、真顔で頷く。

「……マジかよ?」

「マジです」





 ひょんなことから、俺の家へとやって来た異世界の少女『エリア』。

 その彼女と、俺は今、台所で夜食を食べながら、
今後の身の振り方についてを話し合っていた。

 で、まず、エリアさんが以前にもこっちの世界に来たことがあると言うので、
その話を聞いてみたのだが……、

「浩之が……この世界の勇者?」

 エリアさんの話のあまりに突飛な内容に、俺は唖然としてしまった。

 まず、何に驚いたかって言うと、エリアさんが浩之達と知り合いだってことだ。
 世の中ってのは、広いようで狭いと、思い切り実感させられた。

 それにしても、まさか浩之達が『ガディム』とかいう破壊神と闘って、
しかも、それに勝利していたとはな。

 ハッキリ言って、とてもじゃないが信じられない話だ。
 でも、異世界の住人であるエリアさんが言うんだから、信憑性はある。
 ってゆーか、間違いないだろう。

 だとしたら、浩之が勇者っていうのも……マジなわけだ。

「ひ、浩之が勇者……ぷぷっ」

 思わず吹き出してしまう俺。

 …………最高だっ!
 今度、このネタでからかってやろう。

「私の話……そんなにおかしいですか?」

 笑いを堪えている俺を見て、エリアさんは少しムッとしている。

「い、いや、わりぃわりぃ……なるほどね、そういうことがあったのか」

 と、俺はカップラーメンのスーブをグイッと飲み干す。

「ごちそうさま」

「ご馳走様でした」

 俺が空になった容器をテーブルに置くと同時に、
エリアさんは行儀良く手を合わせる。

 さて、腹も落ち着いたことだし、そろそろ本題に入るとするか。

「で、エリアさん……」

「エリアでいいですよ。歳はそんなに違いありませんし、
傍から見れば、私の方が年下に見えますから」

 エリアさんはそう言って、口元に手を当てて優しく微笑む。

 ……いい人だなぁ。

 と、俺はしみじみ思う。

 俺の知り合いなんて、見た目が俺より子供でも、
俺に敬語を強要してくるからなぁ。

 俺はとある女性のことを思い出し、無意識に脛のあたりを擦る。

 あの人を思い出すだけで、脛が痛くなる。

 ま、俺もさんざん蹴られたからなぁ。
 冬弥兄さんは、今でも蹴られてるのかなぁ。

 ……っと、話が逸れたな。

 それはともかく、彼女もそう言ってくれていることだし、
これからはエリアと呼び捨てにさせてもらうことにしよう。

「で、エリアが元の世界に戻る方法なんだけど……」

 俺がそう話を切り出すと、エリアはゴクッと固唾を飲む。

「これはもう、エリアがこっちに来た時と同じような現象を起こすしかないな。
ただ、召喚プログラムはどうもバグが出ちまったみたいで、
復旧作業にかなり時間がかかる」

「私の方は、転移魔法の暴走で、サークレットに蓄積されていた魔力を
全て使い切ってしまいました。それを回復させる必要があります」

 と、エリアはサークレットの額の部分にある宝石を指差す。
 その宝石の輝きは、何処か濁っているようにも見えた。
 きっと、魔力が満ちている時は、もっと綺麗なんだろうな。

「……自然には回復しないのか?」

「私の世界なら、大気中に存在する魔力を吸収させる事ができるのですが、
この世界には……」

「大気中に魔力なんか無い、と」

「……はい。ですから、どうにかして魔力を調達しなければなりません」

「そっか……ま、その辺は芹香さんにでも相談してみるか」

「そうですね」








「さて、と……じゃあ、今後の方針も決まったことだし、
そろそろ寝ますかね」

 俺は軽く伸びをしながら、時計を見る。
 時計の針は、もうすでに午前2時を回っていた。

 やれやれ……明日が日曜で良かったぜ。
 もし、学校があったら、確実に寝坊してたな。

 …………ん?
 あれ? 日曜日?

 俺は頭の片隅に、何かが引っ掛かる様な感覚を覚えた。

 はて? 何かを忘れているような?

 階段を上りつつ、俺は懸命に頭を捻って
記憶を探るが、どうも思い出せない。

 ……う〜ん。
 今夜のことがあまりに強烈だったせいか、全然思い出せん。

「誠さん、どうしたんですか?」

「あ、いや……何でもない」

 不思議そうにしているエリアに、俺はひらひらと片手を振って誤魔化す。

 ま、いいか。
 思い出せないって事は、大した事じゃないだろう。

「誠さん、私は何処で寝たら良いですか?」

 俺の部屋の前で、エリアが訊ねてくる。

 ……ああ、そうか。
 同じ部屋に寝るわけにはいかねぇよな。

 こういうシチュエーションって、さくらとあかねで慣れちまってるから、
どうも気配りが上手くできねーんだよな。

「ん? そうだな……俺の部屋の隣り、
両親の寝室なんだけど、そこ使っていいぜ」

「はい。それでは、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 エリアが両親の寝室に入るのを見届けて、俺も部屋に入る。
 そして、電気を消して、ぼふっとベッドに倒れ込んだ。

「…………ふぅ」

 枕に顔を埋め、軽くタメ息をつく。
 そして、ゴロンと寝返りをうって、天井を見上げた。

「そういえば、さくらとあかね以外の女の子を家に泊めるのは初めてだな」

 と、ポツリと呟く。





「…………」





「…………」





「…………」





「いかん…………眠れん」

 俺はむくっと体を起こした。

 ……何でだろう?
 妙に目が冴えちまってるな。

 やっぱり、エリアがいるから、緊張してたりするのかなぁ。

 まあ、それはともかく、こうも眠気が起きないんじゃ、どうしようもねーな。

 俺は立ち上がると、再び電気をつけた。
 そして、机の椅子に座り、パソコンを起動させる。








 で、結局……、

 俺は徹夜で悪魔召喚プログラムの復旧作業をするのであった。








<おわり>
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