Heart to Heart
第53話 「異世界からの少女」
「さて、と……」
深夜――
俺は自室のパソコンを使い、あるプログラムの作成を行っていた。
――『悪魔召喚プログラム』
それが、今、俺が作っているプログラムの名前だ。
「あとは、このルーチンを組み込むだけでいい……はずだよな?」
俺はキーを叩く手を止めて、脇に置いておいた一冊の本を手に取り、
内容を確認する。
この本は、以前、とある古本屋で偶然手に入れた物で、
悪魔召喚プログラムの構築方法が書かれている本だ。
芹香さんと知り合うきっかけになった本でもある。
さて、この本、ハッキリ言って内容は怪しいことこの上ないのだが、
書いてあることは、一応つじつまは合っていたりする。
で、試しに作ってみようと思い、今まで少しずつ作業を進めてきたのだ。
そして、今、悪魔召喚プログラムは完成しようとしている。
「……よし、完成!」
最後のエンターキーを叩き、俺は大きく伸びをした。
ふう……やっていることはともかく、ひと仕事終えた後は気分が良いぜ。
すっかり冷めてしまっていたブラックのコーヒーを一気に飲み干し、
俺は再びパソコンと向き合った。
「さてと……じゃあ、どんな奴を召喚してみるかな?」
俺はプログラムを起動させ、画面に羅列された悪魔の名前に目をはしらせる。
魔王ロキ――
悪神セト――
プレジデント・オセ――
・
・
・
「この辺の物騒な奴らは、絶対に召喚するわけにはいかねーよな」
と、俺は右クリックでそれらの名前を削除していく。
こんな眉唾もののプログラムが実際に起動するなんて思っちゃいないが、
まあ、一応、念の為だ。
「しかし、良く考えたら、危険じゃない悪魔なんて、いるわけねーよな」
削除の作業を続けながら、俺は呟く。
「まあ、悪魔に知り合いがいるなら話は別だけど……」
と、そこで、俺はマウスを動かす手を止める。
「……いるじゃん、悪魔の知り合い」
それは、以前、芹香さんが手違いで呼び出してしまった中級悪魔のことだ。
あの時は、あかりさんが体を乗っ取られてしまって、大変なことになったのだが、
俺と浩之とでポーカー勝負を挑み、見事に勝利することが出来た。
あの悪魔なら、召喚しても大丈夫だ。
何故なら、悪魔ってのは、一度負けを認めた相手には、
絶対に逆らわないっていう習性があるらしいからな。
それなら、万が一、プログラムが本物だったとしても、危険性は無い。
「よし。そうと決まれば……」
早速、俺はあの中級悪魔の名前を打ち込んだ。
そして、エンターキーを押す。
カカカカカカカカ……
キーキーキー……
静寂に満ちた室内に、ハードディスクが回転する音だけが響く。
そして、計算が終了し、モニターに魔方陣が映し出された。
「さて……何が起こるかな?」
成り行きを固唾を飲んで見守る俺。
そして……、
シュパァァァァーーーッ!!
「うおっ!?」
突然、何の脈絡も無く、モニターの魔方陣が強烈な光を発した。
そのあまりの凄まじさに、俺は椅子ごと後ろに引っ繰り返る。
「お、おいおいおいっ! もしかして、マジか?!」
尻餅をついた恰好で、俺は驚愕する。
このプログラム、本気で悪魔召喚が出来るのかよ?!
だとしたら、俺、とんでもねーモン作っちまったぞ!
自分がやってしまった事に恐怖する俺。
その間も、モニターからの光は止まない。
いや、それどころか、その光は空間に魔方陣を描き出していく。
そして、完成した魔方陣から、大量の光の粒が吹き出し、一点に集束する。
「……え?」
集束し、一つの形を形成していく光の粒。
その姿を見て、俺は自分の目を疑った。
……人間の…………女の子?
空中に浮かび上がったその姿は、
金色に近い茶色の髪の小柄な少女の姿だった。
「ど、どうなってんだ?」
少女を見上げ、呆然とする俺。
この子は、一体何者なんだ?
少なくとも、あの中級悪魔じゃないことは確かだ。
あいつの実体は、ほんの一瞬だったけど、見たことがある。
絶対に、こんな可愛らしい少女じゃなかったぞ。
俺が見つめる中、光の粒は、少女の姿を完全に作り出した。
それと同時に、空間に描かれた魔方陣は消え失せ、
モニターからの光も、急速に収まっていく。
そして、完全に光が収まった瞬間……、
ドサッ!!
「うわっ!?」
宙に浮いていた少女の体は、俺に覆い被さるように落下してきた。
俺は思わず抱きとめる。
「お、おい……大丈夫か?」
とりあえず、体を揺すって呼びかけてみたが、返事は無い。
まさか……
俺は最悪のケースを想像してしまい、背中に手を当てる。
……心臓は、動いてるな……呼吸も……大丈夫。
どうやら、ちゃんと生きてるみたいだな。
少女は、俺の胸に顔を埋めるように寝息をたてている。
「……よかった」
と、ひと安心した時、ふいに、少女の髪の香りが鼻についた。
……いい匂い。
さくらやあかねはシャンプーの匂いがするけど、この子のは、違う。
風に運ばれて来る香り。
木々の、花の、森の……、
……自然の香り。
「……何、考えてんだ、俺は」
少女の髪に顔を近付けていた自分に気付き、俺は我に返る。
「……とりあえず、寝かしておくか」
と、俺は少女を抱き上げ、起こさないように、そっとベッドに横たえた。
しばらくして、少女は目を覚ました。
多分、起きた途端、パニックに陥るだろうな、と思っていたのだが、
少女は意外と落ち着いていた。
何故なら……、
「……どうやら、またこちらの世界に来てしまったみたいですね」
これが、目覚めた少女が最初に口にした言葉だったからだ。
そして、それは、俺が予想していた事を裏付けるものだった。
つまり……、
――この子は、この世界の人間ではない。
……という予想だ。
「……悪かったな」
「何がです?」
俺の謝罪の言葉に、少女は不思議そうに首を傾げる。
「だからさ……俺のせいで、こんなことになっちまって」
彼女には、俺の作ったプログラムによって
こちらに召喚されてしまったという事情はすでに話してある。
つまり、今回の件は、全て俺の責任なのだ。
だが、彼女はそうは思っていないようだった。
「ああ、そのことですか……」
俺の言葉に、少女はクスッと微笑む。
「そのことであなたが謝る必要はありませんよ」
「どうしてだ?」
「それについては、私にも責任はあるんです」
「というと?」
俺が訊ねると、少女は頭のサークレットを外して俺に見せる。
中央に小さな宝石が飾られた綺麗なサークレットだ。
「このサークレット、母の形見なのですが、実はこれには魔力を増幅する力があるんです。
それで、私、試しに転移魔法を増幅させて使ってみたんですけど……」
そこまで言って、少女は舌をチロッと出して……、
「魔法の制御に失敗しちゃったんです」
と、まるで子供の様に微笑んだ。
そういうしぐさがちょっと可愛かったりする。
「それとこれと、どういう関係があるんだ?」
「つまりですね、あなたの作った召喚プログラムによって、
こちらとあちらの世界を繋ぐトンネルが出来てしまい、
転移魔法の制御に失敗した私が、偶然にもそれに飛び込んでしまったんですよ」
と、言った後、これは仮説に過ぎないけど、と彼女は付け足す。
「つまり、今回の件は偶然の一致によるものだ、と」
「そういうことになります」
「そっか。じゃあ、原因も分ったところで、
とりあえず、これからどうするかって事を検討してみるか?」
「そうですね。私も、いつまでもこちらの世界にいるわけにはいきませんから」
「ああ……じゃあ、その前に……」
「その前に?」
「自己紹介からやっとこうか? お互い名前が分からないと、
話し辛くてしょうがないからな」
と、俺はコホンッと咳き払いを一つ。
「俺は『藤井 誠』だ。誠でいい。で、キミは?」
俺が訊ねると、少女はニコリと微笑む。
そして……、
「私は……エリア……『エリア・ノース』です」
<おわり>
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