Heart to Heart

   
 第46話 「いんてりもーど」








「……じゃあ、まーくん、次の英文を和訳してみて」

「おしっ! 来いっ!」

 眼鏡をかけたあかねの言葉に、俺は息を呑んで身構えた。

 そして、いつもの舌足らずな口調からは
到底想像できないような流暢な発音で、俺に英文の出題をする。

「いくよ……『
Sleeping on the bench in the park,
I dreamed a strange dream.』」

「んーっと……『公園のベンチで眠っていて、私は不思議な夢を見た』」

「『
It is good habit to get up early.』」

「……『早起きするのは良い習慣である』」

「『
It doesn’t matter whether she is innocent or not.

「『彼女が無実であるかどうかは、問題ではない』」

「『
Some toys are cheap enough for children to buy.』」

「え〜っと……『子供達が……買えるのは……安いおもちゃだけである』」

 ちょっと自信なさ気に答える俺。

 うーん……これは間違ってるかもなぁ。

 と、俺が思っていると、案の定……、

「ブッブー! 違うよ、まーくん」

 そう言って、眼鏡の淵をキラーンと光らせつつ、
あかねが俺の間違いを指摘する。

「まーくん……『
enough to』の意味は?
さっきやったばっかりだよ」


「え、え〜っと……」

 俺は頬を掻きながら、記憶の糸を手繰る。

「ん〜……ダメだ。思い出せん」

 潔く降参する俺。

 確かに、さっきやった覚えはあるんだけどなぁ。
 完璧に忘れちまったよ。

「……確か『○○するほど△△』でしたよね?」

「おおっ! そうだ、それそれ!」

 さくらの助け舟に、俺は相槌を打つ。

「じゃあ、さっきの英文の和訳、もっかいやってみて」

「『
Some toys are cheap enough for children to buy.』ですよ」

「あ〜っと……『子供達が買えるほど、安いおもちゃもある』……かな?」

「ピンポンピンポーン♪」

「正解で〜す♪」

 俺の答えに、さくらとあかねはにっこりと微笑んだ。








「……そろそろ休憩にしようか?」

 あかねの言葉に、俺はシャーペンを放り投げた。

「ふえ〜……疲れた」

「ホントですねぇ……さすがに四時間も通して勉強すると疲れますね」

 と、さくらも大きく伸びをしている。

「あははは♪ それだけまーくんとさくらちゃんの集中力が凄いってことだよ」

「お前には負けるよ」

 一人平気な顔をしているあかねに、俺は苦笑する。

「じゃあ、あたし、お茶淹れてくるね」

 あかねは掛けていた眼鏡をテーブルの上に置くと、
元気に立ち上がり、俺の部屋から出ていった。

 そんなあかねを見送り、俺とさくらは顔を見合わせる。
 そして……、

「「はぁ〜……」」

 と、大きくタメ息をついた。

「こういう言い方したかねぇけど、
何で、あかねってあんなに頭いいんだ?」

「そうですね」





 ……そう。
 実は、俺達三人の中で一番成績が良いのは、意外にもあかねだったりする。

 どれくらい頭が良いのかと言うと、
俺達が卒業した中学では常に学年トップに立っていたくらいだ。

 普段の言動からは、とても想像出来ないことなのだが、
事実なのだから仕方が無い

 さくらもそれなりに成績は良いが、あかね程じゃない。
 ちなみに、俺は……まあ並だ。
 数学は結構得意なんだけど、英語がサッパリなんだよな。

 そういうわけで、テスト勉強の時は、
あかねはもっぱら俺達に勉強を教える立場になっていた。





「しかしなぁ……」

 俺はさっきまであかねが掛けていた眼鏡を手に取った。

「テスト勉強する度に思うんだよなぁ。
この眼鏡に何か仕掛けがしてあるんじゃないか、って」

 と、あかねの眼鏡を掛けてみる。

 度は入っていない。
 いわゆる、ただの伊達眼鏡だ。

 俺も試しに問題集を見てみるが、
答えが浮かび上がってくることは絶対にない。

 ……やっぱり、ただの眼鏡だよなぁ。

 俺は眼鏡を外し、もう一度まじまじと眼鏡を見つめた。

 あかねは、真剣に勉強する時は、いつもこの眼鏡を掛ける。
 すると、どんな難解な問題もスラスラと解いてしまうのだ。

 だから、俺とさくらは、
眼鏡を掛けた状態のあかねを『インテリモード』と呼んでいる。

 ただ、この『インテリモード』……実はちょっとした副作用がある。
 それは……、


 
ガチャッ――


 部屋のドアが開き、お盆に湯呑をのせたあかねが戻ってきた。

 あかねは何も言わずにテーブルにお盆を置くと、
俺の隣りまでやって来て、ジィ〜っと俺を見つめてくる。





 そして……、





「うみゃぁ〜〜〜ん♪」





 猫の様な甘えた声を出して、俺の頬をペロペロと舐めてきた。

「はいはい。よしよしよし」

 俺ももう慣れたもので、あかねに膝枕をして頭を撫でてやる。

 これが副作用だ。
 インテリモードになって知能レベルが急激に上がる反動なのか、
眼鏡を外して通常モードに戻ると、普段からの猫っぽさに輪が掛かって、
極度の『猫さんモード』になっしまうのだ。

 こうなってしまうと、当分、元には戻らない。
 あかね猫が満足するまで、甘えさせてやったり、
かまってやったりするしかないのだ。

「……今日はもう、お勉強は無理ですね」

 と、さくらはあかね猫のアゴの下をくすぐる。

「うみゅ、うみゅ、うみゅ♪」

 その愛撫に、気持ち良さそうに喉を鳴らすあかね猫。

「……そうだな」

 あかね猫の頭と背中を撫でてやりながら、俺は頷く。

「今日は、どれくらい続くんでしょうね?」

「さあな……まあ、だいたい二時間くらじゃねーか?」

 と、愛撫を続けつつ嘆息する俺達を余所に……、








「うにゃあ〜〜〜〜〜ん♪」








 あかね猫は幸せそうな鳴き声を上げていたのだった。








<おわり>
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