Heart to Heart

    
第36話 「もう後には引けない」







 昼休み――

 購買でカツサンドとおにぎり二個とコーヒー牛乳を買い、
教室に戻ると……、

「あかねちゃんもさくらちゃんも、
お料理上手なんだね〜。羨ましいな〜」

「そんなことないですよ」

「うん! 練習すれば、すぐに上手になるよ」

 と、さくらとあかね、そしてクラスメートの葵ちゃんの会話が
耳に飛び込んできた。

 三人はテーブルをくっつけて、仲良く弁当を食べている。

「邪魔していいか?」

 俺はそう声をかけ、さくらとあかねの間に腰掛ける。

 この四人で昼メシを食べるのはいつものことだから、
別にいちいち了解を得る必要は無いんだけどな。

「何の話してたんだ?」

 カツサンドを頬張りながら、俺は三人に訊ねる。

「あのね、三人でおかずの交換してたの」

「ふ〜ん……」

 あかねの言葉に相槌を打ちつつ、
俺は買ってきた昼メシを瞬く間に平らげていく。

 そして、五分もしないうちに、全部食べてしまった。

 う〜ん……ちょっと足りないかな。

 と、俺が物足りなさを感じていると……、

「まーくん、わたしのお弁当食べますか?」

 さくらが俺に自分の弁当箱を差し出した。

「いいのか?」

「はい。もうお腹いっぱいですから」

「……んじゃ、遠慮無く」

 さくらに悪いとは思ったが、その弁当の美味しそうな匂いの誘惑に負け、
俺はさくらから弁当箱と箸を受け取った。

 そして、猛然と掻き込む。

「あ…………」

 そんな俺を見て、葵ちゃんが小さく声を上げた。
 見れば、葵ちゃんの頬が少し赤くなっている。

「ん? どした?」

 箸を止めて、俺は葵ちゃんに訊ねる。

「あの……それ……」

 葵ちゃんは、何だか言い難そうに言葉を詰まらせている。
 でも、その視線は真っ直ぐと俺の手元に…………ああ、なるほど。

 俺は納得がいった。
 そういえば、俺が使ってる箸って、さっきまでさくらが使ってたんだよな。
 いわゆる間接キスというやつだ。

「ああ、これのことか? 別に今更こんなこと気にしねぇよ。
付き合い長いし……な?」

 俺は箸を振りながら、さくらとあかねに同意を求める。

「うん、そうだね。ジュースの回し飲みとかよくやってるもんね」

「普段から『はい、あ〜んして♪』とかしてますしね」

 と、頷くさくらとあかね。

「ま、そういうわけだ。何だったら、
口移しだっていけるぞ」





 ……これがいけなかった。

 ついつい調子にのって、そんな冗談を言ってしまったのだ。
 そんなことを言ったら、どういうことになるか気付くべきだった。





「もう、藤井君ったら、冗談ばっかり」

「ははは、そうだな、さすがにそこまでは……」


 
ちょいちょい……


「ん? 何だ、あかね?」

 あかねに服の袖を引っ張られ、俺はそちらを向く。

 あかねはジィ〜ッと俺を見つめている。
 そして、自分の弁当の卵焼きを一口頬張ると……、


「ん♪」


 と、瞳を閉じて、唇を突き出してきた。

 おい……ちょっと待て…………マジか?

 俺は顔を引きつらせる。

 ここ、教室なんですけど。
 周りに、みんながいるんですけど。

「まーくん……
次はわたしですからね(ポッ☆)

 さくらも、すでに準備万端整えてるし。(爆)

 …………どうしよう?
 そうだっ! 葵ちゃんなら、止めてくれるかもしれない!

 助けを求めるように葵ちゃんを見る。
 しかし、俺の期待は甘かった。

 葵ちゃんは、顔を赤くしながらも、ジッと俺達の様子を見つめている。
 興味津々、瞳をキラキラと輝かせて。

 …………やるしか、ないのか。

 俺は……覚悟を決めた。








 その後、俺は箸を使うことなく、
二人分の弁当を全部食べたのだった。








<おわり>
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