Heart to Heart

       
第34話 「桜咲く……」







 あたたかい日差し……、



 ゆるやかな風……、



 春のおだやなか光に包まれた道を歩くわたし。

 そして、隣りを歩く大好きな人。

 わたしの歩調に合わせた、ゆっくりとした足取り。
 まっすぐと前だけを見つめている優しげな瞳。

 わたしは、その横顔をジッと見つめる。
 ドキドキしながら、ジッと見つめる。

 あなたの横顔を見つめながら、わたしは歩く。



 ……前を見ないで歩くのは、ちょっと危ないですよね?

 でも、大丈夫ですよね?
 だって、あなたは真っ直ぐ前を見ているのですから。



 あなたに任せておけば、大丈夫だから……、
 あなたが、わたしを守ってくれるから……、



 まっすぐ前を見ていても……、
 その瞳がわたしに向けられていなくても……、



 例え、遠く離れていても……、



 あなたはいつもわたしを見ていてくれているから……、





 だから、わたしは安心できる。
 安心して、あなただけを見つめていられる。





 だけど、わたしはときどき不安になるんです。



 本当に、あなたはわたしを見てくれているのでしょうか?
 わたしが見ていることに気付いているのでしょうか?



 少しは気付いてください。
 わたしが見ていることに気付いてください。

 どうして、前だけを見ているのですか?
 わたしの方を向きたくないんですか?



 そんなふうに想像してしまうと、とても不安になるんです。





 でも、でもね……、





 ――こっちを向いてください。

 ……と、心の中でお願いすると、
あなたは必ずこちらを向いてくれるんです。

「ん? どうした?」

 ……って顔をして。

 そして、わたしの顔をジッと見て、
何も言わずに手を握ってくれるんです。



 繋いだ手から、あなたのぬくもりが伝わってくる。

 あなたの心が伝わってくる。

 あなたの気持ちが伝わってくる。

 あなたの想いが伝わってくる。



 それが、わたしの不安を、あっという間に消し去ってしまう。



 あなたはすごいですね。

 わたしが不安を感じているのを一目で見破ってしまうのですから。
 わたしが感じている不安を、簡単に消してしまうのですから。



「あ……」

 わたしは、ふと、それに気が付いて、足を止めました。

「どうした?」

「…………………桜」

 わたしはそれを見上げました。

 それは公園の中にある大きな桜の木。

 わたし達が生まれる前からあった木。
 わたし達の成長を見守ってくれている木。
 わたし達の思い出がたくさん詰まっている木。

 そして、わたしの名前の由来になった木。

 その木が、今、満開の桜を咲かせていました。

「……今年は、ちょっと咲くのが遅かったな」

「そうですね」

「少し……見ていくか?」

「……はい」

 わたしが頷くと、あなたはわたしの肩をそっと抱いてくれる。



「…………わたし、桜が好きです」

「俺も好きだぞ……こっちの『さくら』はもっと好きだけど」

「…………もう」



 わたしは、あなたの肩に頭をのせて、身を預けた。

 わたし達は、身を寄せ合って、静かに桜の木を見つめる。



 ……綺麗な桜。
 ……可愛い桜。
 ……元気に色付く桜。

 春の日差しをいっぱいに浴びて、優しく咲く桜。

 でも……、



「……雨、降ったりしないですよね?」

「天気予報では、明日は雨らしいけどな」

「そうですか……残念ですね」

 じゃあ、もう明日には、この桜は散ってしまうんですね。
 ……何だか、寂しいです。

「……桜は、散るからこそ綺麗に見えるもんだぞ」

 肩を落とすわたしを見て、あなたは桜の木を見上げ、ポツリと呟く。








「でも、俺の『さくら』には永遠に咲いていてほしいな」








 春が来るから桜が咲く。
 桜が咲くから春が来る。

 春が桜を咲かせ、桜が春の訪れを告げる。

 春があるから桜がある。
 桜があるから春がある。

 この世に季節がある限り、春と桜はいつも一緒。

 でも、他の季節はどうなるの?

 夏に桜は咲きません。
 秋に桜は咲きません。
 冬に桜は咲きません。

 桜が咲くことができるのは春だけです。

 でも、わたしは違います。
 だって、あなたがいつも側にいるのですから。



 わたしは『さくら』。

 『さくら』という名の桜。

 『あなた』と言う名の春のためだけに咲く桜。

 あなたが側にいるだけで、わたしは永遠に咲いていられる。








「……はい」

 あなたの言葉に、わたしは頷く。








 そして、わたしの肩が抱き寄せられて……、








 わたしは、あなたの胸にそっと手を当てて……、
















「…………好きです」
















 何気ない日常。

 ありふれた日常。

 でも、ちょっとだけドキドキする日常。



 それは春の日差しと同じ――

 それは春にそよぐ風と同じ――



 あたたかで……、



 ゆるやかで……、



 おだやかで……、



 わたしは、そんな日常が好き。

 あなたと過ごす、そんな日常が好き。



 ずっと、続いてほしいと思う。

 そんな日々が、ずっと続いてほしいと思う。



 春の日差しのように……、

 春にそよぐ風のように……、

 春に過ぎ行く日々のように……、



 あたたかくて……、



 ゆるやかで……、



 おだやかで……、








 誰よりも優しい、あなたとともに……。








<おわり>
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