Heart to Heart

      
第29話 「お金が無い」







 ……ヤバイ。

 かなり、ヤバイ。

 とにかく、ヤバイ。

 何が、どうヤバイのかというと……、

「…………金が無い」

 ……のである。(笑)

 いや、まったく無いわけじゃない。
 ただ、かなり切迫しているのは確かだ。

 次の仕送りが銀行口座に振り込まれるまで、あと一週間。

 その間の食費、残り913円。

 いや、切り詰めればなんとかなる金額ではある。
 必要最低限の食事量で過ごしていけばいいのだから。
 冷蔵庫に買い置きの食料も少しはあるし、
買い込んでおいたインスタント食品もまだ残っている。
 いざとなれば、主食をカロ○リーメイトにすればいい。

 しかし、俺の場合、そうはいかない。

 何故なら、学校での昼メシを抜くわけにはかないからだ。

 俺が昼メシを抜いたりしたら、
さくらとあかねは確実に俺のことを心配するだろう。

 そしたら、俺が金欠なのがバレてしまう。
 となれば、当然、二人に面倒をかけてしまうことになる。

 そんな事態になることだけは避けなければいけない。

 自分の無計画な散財が原因なのだから、
自分で責任をとらなきゃならない。

 そうしなければ、カッコがつかないぜ。

 だからこそ、二人の前では昼メシを食べなければならない。

「う〜〜〜む……」

 俺は残金913円を前に腕組みをする。

 学校があるのは月曜から土曜の六日間。
 でも、土曜は半日授業だから昼食費は五日間分でいい。

 そして、購買のパンで一番安いカレーパンが80円。
 それにパックの牛乳をつけてプラス100円。

 それを五日間……。

 俺は頭の中で計算する。

 (80円+100円)×5日分=900円
 913円−900円=13円

「……ギリギリだな」

 生活費が振り込まれるまで、俺、生きてるかな?

 そう不安に思いつつ、俺は全財産を
大事に大事に財布の中にしまったのだった。








 金欠生活二日目――

「……どうですか? 美味しいですか?」

「ああ、うまいぞ」

「フフフ……良かった♪」

 今日は運が良かった。

 昨日と同じカレーパンと牛乳だけという質素な昼メシを30秒で終え、
俺は教室でヘタり込んでいた。

 理由は、もちろん、空腹で、だ。
 もともと大食らいの俺が、それで足りるわけがないのだ。

 と、そこに、さくらが弁当を持ってやって来た。

 何でも、あかりさんに教わった新しいメニューの
試食をしてほしいとのことだった。

 当然、腹ペコ状態の俺に断る理由は無い。

 と、いうわけで、今、こうして屋上で、さくらの嬉しそうな眼差しに見つめられる中、
俺は勢い良く箸を動かしているのだった。

「ふぅ〜……ごちそうさん。うまかったよ」

 弁当を食べ終え、俺は空になった弁当箱をさくらに渡した。

「フフフ……おそまつさまでした♪」

 ニッコリと微笑み、さくらはそれをハンカチで包む。

「まーくん……お昼寝でもしますか?」

「ん? ああ、そうするかな」

 せっかく摂取したカロリーを無駄に使いたくないからな。

「それでは……どうぞ♪」

 と、さくらは自分の膝をぽふぽふと叩き、俺を促す。

「ん……さんきゅ」

 さくらのお言葉に甘え、俺はゴロリと横になった。








 その日の放課後――

 中庭の掃除を終え、教室に荷物を取りに戻った俺は……、

「まーくん……美味しそうに食べてた?」

「はい。それはもう、凄い勢いでしたよ」

 誰もいない教室で何やら話し込んでいる
さくらとあかねの姿を見つけた。

 ……昼の弁当の話か?

 確かに、いつもよりもムチャクチャうまかったよな。
 まあ、金欠で腹が減ってるからってこともあるだろうけど。

 と、思いつつ、俺は何となく扉の影に隠れて、二人の話に耳を傾ける。

「でも、まだちょっと足りないみたいでしたけど」

「じゃあ、明日はあたしがいっぱい作ってくるね」

 楽しそうに言うあかね。

 そっか……明日はあかねが弁当作って来てくれるのか。
 そいつは楽しみだな。
 それに、なりよりも明日も空腹に苦しまなくて済むのが嬉しいぜ。

 と、俺は安堵のタメ息をもらす。

 だが……、

「でも、まーくん……お金が無いなら言ってくれればいいのにね」

 あかねのその言葉に、俺は衝撃を受けた。

 ……あいつら、気付いてたのか?





「そうですね。でも、まーくんも男の人ですから、プライドがあります。
だから、わたし達に話すことができないんですよ」

「うん、分かってる……でも、まーくんが困ってるのに、
何もしてあげられないなんて……つらいよ」

「それでも、わたし達は気付いてないフリをしなきゃいけません。
それが、まーくんの為なんですから」

「……うん。でも、まーくんっていっぱい食べるから、
あんまり食べないと倒れちゃうよ」

「そうならないように、わたし達が今まで通り、
さりげなくお弁当を作って来てあげればいいんですよ」

「……そうだね。あたし、明日はいっぱいいっぱい作ってくるよ!」





「…………」

 二人の話を聞き、俺はただ呆然と立ち尽くしていた。

 そういえば、今までにもこういうことがあった。

 俺が食費が無くて困っている時……、

 二人は必ずと言っていいほど、弁当を作って来てくれて、
材料持参で家に晩メシを作りに来てくれて……。





 あいつらは……ずっと昔から……、





 それなのに、俺は……、





 俺は……、





「……くそっ!」

 俺は教室に飛び込んだ。

「えっ?!」

「ま、まーくん!?」

 そして、驚く二人を抱きしめた。

「まーくん……苦しいです」

「……まーくん、痛いよ」

 呻く二人に構わず、力一杯、きつくきつく抱きしめた。

 俺には、それだけしかできないから……、
 二人に、何もしてやれないから……、

 だから、ただ二人を抱き続けた。

 ごめんな……さくら、あかね。

 俺、もう絶対にお前達に心配かけないから。

 だから、許してくれ。
 今まで気付いてやれなかった俺を許してくれ。

 ごめんな……さくら、あかね。








 それと……ありがとう。








<おわり>
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