「う〜ん……なかなか、良いのが無いな」

「やっほ〜、遊びに来たよ〜」

「ヴァニッシュローブ、ミスティックコイン、崩壊の角笛……」

「……ねえ、誠?」

「どれもイマイチなんだよな〜……、
使い捨てだと、変に気を遣われるだろうし……」

「何してるの? ネットゲーム?」

「おっ、ケセドの杖? これなら――」








「もうっ!! 誠ってばっ!!」

「――おうわっ!?」











第250話 「friendliness!」







 ある日の午後――

 俺は、病室でネットゲーム……、
 『アリアンロッドRPG・オンライン』をプレイしていた。

 別に、クエストをこなしているわけじゃない。
 レベル上げの為に、モンスターを狩っているわけでもない。

 元々、入院期間中だけの、
暇潰し程度の感覚でプレイしているだけなのだ。

 そこまで、本腰を入れてプレイするつもりは、毛頭無い。

 ――では、何をしているのか?

 ゲーム内にある、幾つかの街を巡って、
他のプレイヤーが出店している露店を覗いて回っているのだ。

 ネットゲーマーなら、誰でもする行為である。

 掘り出し物を探す者もいれば、
上手く転売して、その差額で利益を出す者もいる。

 そして、俺もまた、レアアイテムを求めて、店を巡り歩いていた。 

 と言っても、自分で使う物じゃない。
 “ある人物”に、プレゼントする為のアイテムを探しているのだ。

 先程も言った通り、このゲームを、
プレイするのは、入院期間中だけと決めている。

 そして、医者が言うには、あと数日で、退院できるそうな。

 プレイ時間は、ほんの僅かでしかなかったたが、
ゲームの世界の各地を回り、冒険気分も、充分に堪能する事が出来た。

 多少、名残惜しくはあったが……、 
 当初の予定通り、俺は、引退を決意した。

 ……とはいえ、アッサリと止めてしまうのも味気無い。

 短い期間だったが、何人かは、ゲーム内での知り合いも出来たのだ。
 止めるのは、彼らに挨拶してからでも遅くは無いだろう。

 特に、このゲームを初めて、一番、最初にバーティーを組み……、

 その後も、何度も、冒険を共にした、
彼女には、ちゃんと引退宣言をしておかなければ……、

「でも、手ぶらってわけにもなぁ……」

 先日、由綺姉達から貰ったCDを聴きながら、俺は、マウスを動かし続ける。

 次々と、露店のマーカーをクリックしては、
品物を物色し、彼女に見合いそうなアイテムを探す。

 彼女がいるのは、アルディオン大陸……、
 PK上等で、国取りルール採用の上級者向けサーバーだ。
 
 風の噂では、彼女は、そこで“女王陛下”になっているらしい。

 具体的に言うと、彼女がマスターを務めるギルドが、
定期的に行われるギルド攻城戦で、見事に領地を獲得した、ということだ。

 しかも、連戦連勝して、どんどん領地が広がっているそうな……、

 例え、ネットゲーム内の事とは言え、
そんな相手を訪ねるのだから、手ぶらでは恰好がつかない。

 とまあ、そういうわけで……、

 こうして、挨拶代わりの手土産……、
 ってゆ〜か、女王陛下への献上品を探し回っているのだ。

「しかし、まさか、アヴェルシアとはねぇ……」

 マウスを動かす手を止めぬまま、
俺は、その、あまりに出来すぎた偶然に苦笑する。

 アヴェルシアとは、彼女が獲得した領地の名だ。

 今は、改名して『フェリタニア』と名乗っているらしいが、
その地が、つい最近まで、アヴェルシアであった事実は無くならない。

「俺のパーソナルクエスト……」

 何気なく、アイテムウインドウを開き、“それ”の存在を確認する。

 “それ”は、このPC(プレイヤーキャラクター)を作成した時から、
ずっと所持している、俺のパーソナルクエストアイテムだ。

 『ティナの手記』――

 このアイテムを持っている事が、
俺のパーソナルクエストの発生条件なのだ。

 そして、俺のパーソナルクエスト――
 即ち、このPCの最終目的は――

 ――『アヴェルシアの秘宝を探せ』。

 つまり、俺のPCの最終目標は、
まさに、今、彼女がいる場所にある、というわけだ。

「どうする……?」

 ……実は、一度だけ、このクエストに挑戦した事はある。

 クエスト自体は、単純なダンジョンアタックなので、
その場所さえ特定できれば、いつでも挑む事が出来たのだ。

 ただ、あまりに殺意が高いダンジョンで、
俺のPCのレベルでは、到底、クリアは不可能であった。

 引退を決意した以上、もう、レベル上げをするつもりは無い。

 だから、このクエストは、
断念しようと、当初は思っていのだが……、

「……託すのも、悪くないかもな?」

 と、考え事をしながらも、俺は、露店巡りを続ける。

 そして、彼女の好みに合う、
ちょうど良さそうなアイテムを発見し……、

「おっ、ケセドの杖? これなら――」

 思わず、モニターを食い入るように見つめ……、

 次の瞬間――
 俺の顔とモニターとの間に――



「もうっ!! 誠ってばっ!!」

「――おうわっ!?」



 あまりにも唐突に……、

 最近、知り合ったばかりの、
とても歌が上手い少女の顔が割り込んできた。

「な、なんだ……歩か……?」

 いきなりの顔面ドアップに、俺は、驚きのあまり、派手に仰け反る。

 その勢いで、背後の壁に後頭部を、
ぶつけそうになったが、腹筋に力を込めて、何とか踏み止まる。

「っと、危ない、危ない」

 歩が、俺の背中に手を回し、支えてくれた。

 姿勢を正し、耳に装着していた、
イヤホンを片方外すと、改めて、彼女に向き直る。

「ったく、驚かすなよ……」

「えへへ、ゴメンゴメン」

「……で、何か用か?」

「あっ、その言い方、ひど〜いっ!
折角、わざわざ、遊びに来てあげたのに〜!」

 端的に用件を訊く俺に、歩は、むくれて見せる。

 取り敢えず、顔が近いから離れようか?
 誰かに、こんな状況を見られたら、確実に誤解されるし?

 俺は、拗ねる歩を片手で押し退け、ベッドの横にある椅子に座らせた。

 そして、来客である歩に、
お茶でも勧めようかと、ポットに手を伸ばす。

「ボクがやるから、良いよ」

 だが、歩に、ポットを奪われ、
結局、俺の分まで、彼女に、お茶を淹れて貰ってしまった。

「悪いな……」

「いえいえ、どういたしまして」

 まだ、少し熱いお茶を、フーフーと冷ましながら、一口啜る。

「で、遊びに来るのは良いが……、
せめて、ちゃんと、ノックくらいはして欲しいぞ?」

「ちゃんと、何度も、ノックしたよ?
でも、誠ってば、全然、返事しないんだもん」

「……そうなのか?」

「だから、勝手に入らせてもらったの」

 と、腹立ち紛れに、歩は、一気に、お茶を煽る。

 どうやら、イヤホンを着けていた為、
ドアをノックされた事に、全く気付けなかったようだ。

 危ない、危ない……、
 いくらなんでも、不用心にも程がある。

 この病室には、大抵、俺以外にも、
誰かがいる事が多いから、完全に油断していた。

「え〜っと……ごめんなさい」

「うんうん、素直でよろしい♪
ところで、一体、何を聴いてたのかな?」

 最初から、深く追求するつもりなど無かったらしい。

 歩は、サッサと話題を切り替え、
外したままだった、俺のイヤホンの片方を手に取り、自分の耳に当てる。

「この曲は……緒方理奈だね!」

「ああ、新曲だってさ」

「ふ〜ん……そういえば、知り合いなんだっけ?」

「一応、言っておくが、
サインとか強請ってもダメだからな」

「そ〜ゆ〜のに、興味は無いよ」

 俺と言葉を交わしながらも、
歩は、目を閉じて、理奈さんの歌に聴き入っている。

 当然、徐々に、会話が、おざなりになっていくが、それも仕方ない。

 彼女は、唄うのが好きだから、
理奈さんの歌を、じっくりと聴いていたいのだろう。

 しばらくすると、微かに、歌を口ずさみ始めた。
 
「…………」

 ――邪魔をするのも悪いよな。

 そう考えた俺は、会話を打ち切り、
マウスに手を伸ばすと、静かに、ゲームを再開する。

 モニターに視線を戻すと、幸い、まだ、目当てのアイテムは売られていた。

 アイテムの相場は、普通より、やや高かったが、
どうせ引退するゲームの通貨など、大事に持っていても意味は無い。

「あと、PK対策もしておかないと……」

 有り金の、大半を叩いて、
アイテムを購入し、俺は、次の作業に入る。

 アルディオンサーバーは、PKが解禁されているサーバーだ。

 そして、PKされた場合、倒されたPCの、
装備品か所持品が、ランダムでドロップ品になってしまう。

 つまり、どんなにレアなアイテムも、
PKによって奪われてしまう可能性があるのだ。

 だが、それを防ぐ方法は、ちゃんとある。

 プロテクト効果のあるアイテムを付与する事で、
大事なアイテムを、PKされた際のドロップの対象から外す事が出来るのだ。

「これが手に入ったのは、本当に運が良かったよな」

 作業を続けながら、俺は、しみじみと呟く。

 かなりの低確率ではあるが、
プロテクトアイテムは、全てのモンスターがドロップする。

 で、当然の如く、その効果から、
アルディオンサーバーでは、このアイテムの需要が高い。

 それ故に、俺のような初心者は、上級者に高値で売るのが常なのだが……、

 俺は、彼女への献上品の為に、
このアイテムを売らずに保管しておいたのだ。

「流石、プロの歌は違うね〜」

 不意に、黙って、歌を聴いていた歩が話し掛けてきた。

 チラリと見れば、彼女は、瞳を閉じたまま……、
 話しながらも、未だ、意識は、歌の方に向いているようだ。

「まあ、理奈さんは、別格だろうしな」

 俺も、陛下へのメールを打つ為、キーを叩きながら、生返事をする。

「もうっ、誠ってば……、
ここは“お前の歌も素敵だよ”って言うのが、お約束でしょ?」

「お世辞は、あまり好きじゃないんだよ」

「そんなんじゃ、モテないよ〜?」

 ――ほっとけ。
 ってゆ〜か、間に合っとる。

 と、反論したくなるのを、グッと堪える。

 確かに、今、俺の傍には、
さくら達がいるが、それは、あくまでも『今』でしかない。

 いつ、彼女達に愛想を尽かされても、おかしくないのだ。

「…………」

 出そうになった言葉を、
俺は、ぬるくなったお茶と一緒に飲み込む。

 俺には、歩に言い返す資格は無い。
 ここで反論するなんて、思い上がりも甚だしい。

 とはいえ、無言でいるのもアレなので……、

「でも……」

「――うん?」

 俺は、空の湯呑みを置き……、
 陛下へのメールの続きを書きながら……、





「お前の歌は、好きだぞ」

「……っっっ」





「……どうした?」

 急に黙り込んだ歩に、
俺は、キーを叩く手を止め、首を傾げる。

 そんなハテナ顔の俺に、歩は、軽く深呼吸をすると……、

「お世辞は、好きじゃないんだよね?」

「――うん」

 俺が頷くと、歩みは、今度は、大きく溜息を吐く。

「前言撤回……、
ボクにフラグ立ててどうするの?」

ブラコン相手に、フラグ立ててどうするよ?」

 呆れ口調の俺に、歩は拗ねて見せる。

「なによ〜、ブラコンの何が悪いの?
問題なのは、
ちょっと血が繋がっちゃってるだけじゃない

「それは、充分過ぎる問題だ」

「でも、
ヨスガるなんて言葉もあるらしいし?」

「OK、答えろ、そこの14歳。
その不穏な造語を、何処で覚えてきた?」


「みーちゃんが教えてくれた」

「はっはっはっはっ……、
あのバカ母には、キッチリと話をする必要があるな」

 ――無論、高町式で。

 ってゆ〜か、コイツ……、
 母さんと、何処で知り合ったんだ?

 まあ、多分、歩がバイトしてるパン屋だと思うが……、

 確か、母さんは、双子姉妹経由で、
あの店の娘の和由ちゃんとも、仲が良かったはずだし……、

「……優季を困らせるような事はするなよ?」

「わかってるってば……、
だから、ここに来たんじゃない」

「あ〜……なるほど」

 歩の言葉に、俺は、彼女が、ここに来た、本当の理由を理解する。

 優季が、浩治のお見舞いに来たから、
歩は、二人に気を遣って、席を外してきたのだ。

 そして、居場所を失った歩は、俺の病室に……、

「……まあ、ゆっくりしていけ」

「うん、ありがと」

 と、歩は、笑って見せるが、その表情は、少し寂しげだ。

 今度、浩治に言っておくか……、
 もう少し、妹も構ってやれ、って……、

 歩だって、お前の事を想って……、





 風の届く限り――

 追い駆けて来たのだから――






「……暇なら、対戦でもするか?」

 ちょうど、メールの送信も終わったので、俺は、ネットゲームを終了させる。

 そして、適当な対戦ゲームを起動させつつ、
コントローラーを接続すると、それを歩に差し出した。

 コントローラーは1つしかないが、俺は、キー操作で充分だ。

「よーし、負けないよー!」

 俺の提案に、歩も乗ってきた。
 コントローラーを受け取り、やる気を見せる。

 ……格闘ゲームよりも、パズルの方が良いだろう。

 俺は、定番のパズルゲームを、
スタートさせると、早速、歩との対戦プレイを始める。

 それから――
 何度か、対戦を重ね――





「……ねえ、誠?」

「ん〜……?」





 ゲームの最中、唐突に、歩が話を振ってきた。

「今度、入院してる子達の為に、
レクリエーションを催す予定なんだけど……」

 ――レクリエーション?

 耳慣れない言葉に、俺は、一瞬、首を傾げるが、
すぐに、彼女が、病院の中庭で唄っている姿を思い出し、納得する。

「ミニコンサートか?
それ、もしかして、優季も一緒に?」

「うん、看護師さんにお願いされちゃってね」

「ふ〜ん、良いんじゃないか?
いつ、やるんだ? 俺も聴きに行くからさ」

 コントローラーを操りながら、俺は相槌を打つ。

 すると、歩は――
 モニターから目を離さぬまま――

「……で、誠に、お願があるんだけど?」

「何だ……?」








「――伴奏、してくれないかな?」








<おわり>
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