「さあ、小僧よ……、
お前に、この廃墟となった街を救えるか?」



「私の名は、パルフェ……、
黒猫魔法店の『パルフェ=シュクレール』よ」

「ボクの名前は『ルティル』……、
キミは、確か……マコトで良かったよね?」



「……いってらっしゃい」

「ボクを置いて行ったりしたら、
風が届く限り、追い駆けて行くからねっ!」



「俺達の未来は……、
闇の魔術師ドーバンを倒した先にあるっ!!」



「……貴方に会えて、良かった」



「確かに、俺達の力は弱い……、
でも、力を合わせ、命を束ねれば、俺達は、何処までだって羽ばたけるっ!」



「俺は、何処までも、駆け抜けてやるっ!」

「消えろっ! 消え失せろっ!
貴様など、今すぐに消えてしまえぇぇぇぇぇぇっ!!」

「俺は目指すんだ、理想の果てをっ!
俺は帰るんだ、大切な人が待つ未来へっ!」








「お前は邪魔だっ!! 俺と未来の間に立つなっ!!」











第248話 「心の中の冒険」










 ――という夢を見た。








「……なんだそりゃ?」

 目覚めて、開口一番……、
 それが、夢の内容に対する感想だった。

「何で……あんな夢を……?」

 ポリポリと頭を掻きつつ、俺は、体を起こす。

 そして、欠伸を噛み殺しつつ、
枕元に無造作に置かれた、文庫本を拾い上げた。

 どうやら、この本を読んでいて、そのまま、眠ってしまったようだ。 

 拾った本と、床頭台の上に、
積み上げられた本の山を一瞥して、俺は軽く溜息を吐く。

「これの影響か……?」

 入院中の暇潰しに、読み漁ったのだが……、
 もしかしなくても、これら本の所為で、あんな夢を見たのだろう。

「内容も、それっぽいし……」

 ライトファンタジーな世界――
 世界を滅ぼす魔王と悪の魔術師――

 そして、世界を救う勇者――

 本のページをパラパラとめくりながら、
俺は、夢の内容を思い出し、自分の単純さに苦笑する。

 ……まあ、夢については、どうでも良い。

 所詮は夢でしかない。
 せいぜい、笑い話のネタにすれば良い。

 ただ、どうにも気になるのが……、

 夢に出てきたのが……、
 さくらやあかね達じゃなく……、

「どうして……優季と歩なんだ?」

 本を元の場所に戻し、再び寝転がると、
俺は、夢に出てきた少女達の姿を思い浮かべる。

 髪の色は違ったが……、
 確かに『あれ』は『あの二人』だった。

「パルフェ……ルティル……?」

 夢の中で、俺は、あの二人を、そう呼んでいた。 

 優季のことを『パルフェ』と――
 歩のことを『ルティル』と――

 どちらも、特に聞き覚えの無い名前だ。

 いや、もしかしたら、
漫画やアニメで耳にしたのかもしれないが……、

 だとしても、夢に出てくるくらいなら、それなりに印象に残っているはずである。

 それなのに……、
 何故、こんなにも……、

 この名前を聞くだけで、胸が熱く……、



「あ……れ……?」



 気が付くと……、
 俺は、涙を流していた。

「なんだよ……どうなって……?」

 拭っても、拭っても……、
 俺の意思に反して、涙が溢れてくる。

 優季と歩……、

 いや、パルフェとルティルの笑顔を、
思い浮かべるだけで、訳も分からぬまま、感情が抑え切れなくなる。

 嬉しさ、懐かしさ、哀しさ――

 色んな感情が、ごちゃ混ぜになって、どうしようもなく溢れ出てくる。

 まるで、自分の心が、
別の『誰か』に支配されているようだ。

「……ちっ」

 俺は、盛大に舌打ちすると、布団を頭から引っ被る。

 そして、枕に顔を埋め、
漏れそうになる嗚咽を、強引に抑え込む。

 ――くそっ、どうなってる?

 あいつらが関わると、
どうして、こう、感情が不安定になるんだ?

 優季の笑顔が――
 歩の歌声が――

 ――容赦なく、俺の心を掻き乱す。

 パルフェ=シュクレール――
 ルティル=エル=サーレ――

 ――この名前が、頭から離れない。

 夢なのに、ただの夢なのに……、

 思い出すだけで、現実味が増していく。
 夢と現実の……区別がつかくなっていく。

 こんなの、とても耐えられない。
 このままじゃ『自分』を維持できない。

 やばい……、
 このままじゃ、狂ってしまう。

「あいつらとは……、
これ以上、関わらない方が良いのかもしれない」

 ようやく、少し落ち着きを取り戻し、
俺は、まるで『自分』に言い聞かせるように呟く。

 ああ、そうだ……、
 きっと、そうするべきなんだ。

 さくら達にも、余計な心配をさせてしまっているし……、

「仕方ない……よな……」

 それが、自分の本心では無い事は自覚している。
 正直、あいつらと距離を置く、なんて真似はしたくない。

 でも、これが正しいのだ、と……、
 さくら達の為にも、これで良いのだ、と……、

 未だ抗う『自分』を、力尽くで、強引に納得させる。

 と、そんな事を考えていた矢先に――



「こんにちは〜」

「誠〜? 遊びに来てあげたよ〜?」



 もう関わらない――
 そう決めたはずなのに――

 ――向こうから、俺のトコロにやって来た。

「…………」

 思わず『あの名前』を……、
 本来の名とは違うモノを呟きそうになり、それを呑み込む。

 そして、体を起こし、招かれざる客に目を向け……、

「……っ!?」

 開けられたドアから、ひょっこりと、
顔を覗かせる二人の姿と、夢で見た少女達のの姿がダブる。

 ……その瞬間、また、感情が溢れ出た。

「くっ……」

 それを見られまいと、俺は、慌ててベッドに顔を伏せるが……、



「え、えっと……」

「は、はみゅ……」



 ……遅かったようだ。

 ――見られた。
 ――最悪だ。

 なんて、無様……、
 女の子に、泣いてるトコロを見られるなんて……、

「ねえ、誠? どうし――」

「ごめんね……時間を置いて、また来るね」

 俺の様子を見て、歩が部屋に入ろうとする。
 だが、優季は、それを制して、何も訊かずに、立ち去ることを選んだ。

 優しい言葉を残し、渋る歩を伴って、優季は部屋を出る。

 そんな気遣いを無視して……、
 搾り出すような声で、俺は、二人を呼び止めた。

 ……いや、言い放った。



「もう――来ないでくれ」



 血が滲む程に、シーツを握り締め……、

 二人の顔を見ないまま、
激情に任せ、言いたく無い言葉を吐き出す。





「何なんだよ、お前らは……?
どうして、そんなに馴れ馴れしいんだよ?
どうして、そんなに、俺のことを知ってるんだよ?
まだ、会ってから、ロクに話なんてしてないのに……、
俺は、お前らのことなんか知らない。
何も知らない……何も知らない筈なんだ。
なのに、どうして……どうして、俺まで……こんな……、
分からない……自分が、分からないんだ!
何なんだ、これは! 俺は、どうしちまったんだ!
お前らは、知ってるんだろう!? 教えてくれ――パルフェ!!」





 もう、抑えきれなかった。
 感情に任せて、全てをブチ撒けた。

 最後の方は、支離滅裂になっていただろう。

 俺自身も、途中から、
何を言ってるのか、分からなくなっていた。

 ただ、最後に……、
 これだけは、ハッキリと分かる。

 ……俺は、彼女の名を呼んだ。

 優季のことを『パルフェ』と……、

 頭がおかしくなったと思われるかもしれない。
 実際、立場が逆だったら、俺は、絶対に、そう判断すると思う。

 ……でも、確信があった。

 彼女達は『俺』の事を知っている。
 この感情の原因と理由を知っている。



「……浩治に、会いに行こう」

「お兄ちゃんに会えば、全部、分かるよ」



 ――浩治。
 ――高杉 浩治。

 優季の恋人で、歩の兄……、

 もちろん、俺は、そんな奴の事は知らないし、会ったことすらない。

 せいぜい、俺が知っているのは……、

 優季達との関係と……、
 今、この病院に入院している、って事だけ……、

 『俺』と『浩治』に何の関係があるのか?
 『俺』と『浩治』が出会うことに、何の意味があるのか?
 
 分からない。
 分からない事だらけだ。

 でも――



「……わかった」



 ――俺は、二人の言葉を信じた。

 差し伸べられた手に、迷う事無く、手を伸ばした。

 そして、俺の手は……、
 二人の手に、優しく包み込まれ……、

     ・
     ・
     ・
















「……ここ、か」

 とある病室の前で、俺は、車椅子を止めた。

 病室の名札を見れば、
間違いなく『高杉 浩治』と記されている。

「やっぱり、一緒に来るべきだったかな」

 病室のドアに手を伸ばす。

 だが、それを開ける事に、
躊躇し、手を震わせている自分に気付き……、

 また、それと同時に、何人もの少女を、
脳裏に思い浮かべてしまった、自分の情けなさに、俺に苦笑する。

 優季と歩――
 さくらとあかね――

 ――そう。
 俺は、一緒に来るべきだったのかもしれない。

 あの後、優季達には、先に『高杉 浩治』の所に行って貰った。

 彼に会いに行くにしても、
少し間を置いて、気持ちを落ち着けたかったから……、

 そして、さくらとあかねが来るのも待たなかった。

 こんな荒唐無稽な話……、
 いや、信じてもらえるかもしれないが……、

 それでも、俺が一人で受け止めなきゃダメだ、と思ったから……、

「ああ……怖いんだな、俺は……」

 だと言うのに俺は、……、
 『答え』を目の前にして、足を竦ませている。

 ――怖い。
 ――このドアを開けるのが怖い。

 さっき、俺は、さくら達の為に、優季達とは距離を置こう、と思った。

 でも、それは間違いだった。
 単に、俺自身が、恐怖していただけだった。

 きっと、このドアの向こうに『答え』はある。
 きっと、『答え』を得れば『理解』できる。

 でも……その後、どうなる?

 俺は、どうなってしまう?
 俺は、俺を保っていられるのか?
 俺は、壊れてしまうんじゃないのか?
 俺は、『俺』に支配されてしまわないか?

 俺は……オレは……おれは……、

 迷って、迷い続けて――
 それでも、決断を下せぬまま――

 ただ、流れに身を任せるように――





 ――俺は、扉を開いた。





「…………」

 病室の中に入った瞬間……、
 まるで、夢の中にいるかのような錯覚に陥った。

 そして、俺の中の『俺』が目覚め――








 清潔感のある真っ白な部屋……、
 その中央にあるベッドに、一人の少年が寝ている。

 彼の傍には、寄り添うように、二人の少女がいた。

 一人は、少年と楽しげに話をして――
 もう一人は、慣れた手付きで、リンゴの皮を剥いて――

 そんな少年達の姿は、
見ているだけで、胸が温かくなってくる。

「――こんにちは、誠」

 と、三人の視線が、こちらに集まった。

 会ったことは無い筈なのに……、
 少年達は、俺の事を、よく知っているらしい。

「リンゴ、食べる? 剥いてあげるよ?」

「もう、優季さんってば……、
ボクが、お兄ちゃんの為に持ってきたのに〜」

「そんな事で拗ねるなよ、歩……」

 むくれる妹を諌めながら、
兄である少年が、俺に、リンゴを投げ渡す。

 それを受け取った俺は……、
 当たり前のように“その名前”を呼んでいた。



「ありがとう、浩治……」



 ――その瞬間、俺は悟った。

 これは夢ではなく……、
 紛れも無い、現実なのだ、と……、









 ――ああ、そういうことか。

 理由も、根拠も無く……、
 ただ、何となく、俺は理解した。

 何処か、俺の知らない――
 決して、俺が関われない世界で――

 ――ひとつの出会いがあったのだ。

 俺が知らない“何か”――
 俺が知らない“誰か”――
 俺が知らない“俺”――

 でも、確かに……、
 “その時”で“その場所”で……、

 “俺”と“彼女達”は出会い……、
 かけがえの無い“何か”を分かち合ったのだ。

 俺には、分からないけど……、
 俺には、その時の記憶なんて無いけど……、

 この胸に宿る感情は――
 この胸に抱くぬくもりは――
 この胸に刻まれた想いは――

 ――決して、気のせいなんかじゃない。
 ――決して、間違いなんかじゃない。
 ――決して、夢幻なんかじゃない。

「何で……どうしてっ……?」

 我に返った俺は、受け取ったばかりのリンゴを落としてしまう。

 リンゴが足元に転がる。

 それに構わず、俺は、まるで、
夢遊するかのように、浩治達へと手を伸ばす。


 何故なら、そこにあったから……、

 夢見た光景が……、
 叶えてあげたかった姿が……、



「俺は、お前らの事なんて知らないのに……、
俺は、お前らに、何があったのかなんて知らないのに……!」

 思わず、車椅子から立ち上がる。

 足に激痛が奔るが、それでも、
俺は、フラフラと、浩治達へと歩を進める。

「どうして、俺は、お前らを……っ!」


 浩治を、優季を、歩みを――

 こんなにも――
 抱きしめたいと――

 三人が、今、この場に揃った事を――

 こんなにも――
 祝福したいと――



「俺は……俺は……っ!」

 怪我した足がバランスを崩し、倒れそうになる。

 だが、そんな俺の体を、
駆け寄った優季が抱き留め、支えてくれた。

 そして――
 教えてくれた――





「知っていなくても良いの」


 優季が――


「覚えて無くても良いんだよ」


 歩が――


「でも、これだけは、お前に伝えたいんだ」


 浩治が――





「ありがとう……俺達は、お前に救われた」





 ――『答え』を。
















「ったく、情けないな、俺……、
今日だけで、何回、泣き顔を見られたやら……」

「ううん、そんなこと無いよ……、
だって、誠の涙は、泣き虫の涙じゃない」

「優季……?」

「とても、優しい涙だよ……」

「不思議だよな……、
その言葉も、何となく『覚えてる』んだから……」





 アレが、一体、何だったのか……、

 こうして、浩治に会っても、
結局、具体的には、全く分からなかったのだが……、

 ……俺は、全部、受け入れることにした。

 アレは、夢だったけど――
 俺にとっては、夢でしかないことだけど――

 ――それが、事実だったのだ、と。

 優季がパルフェで、歩がルティルで……、
 二人は、それを自覚していて……、

 浩治は、それらを全て知っていて……、

 どういうわけか、それに、俺も関わっていたのだ、と。

 あまりにも、不可解な話だけど……、
 認めたくはないが、そんな事には慣れている。

 今更、自分の身の回りで、
不思議の一つや二つが増えたところで、ど〜って事はない。

 だから、単純に考えよう。

 出会いは、謎だらけだったけど……、
 今、この瞬間、三人もの新しい友人が出来たのだ。

 ……ただ、それだけなのだ。





「じゃあ、改めて――」





 だから、今は……、
 ただ、この“再会”を喜ぼう。

 想いは、風が届く限り――
 約束という絆に導かれ――

 遠く、遠く、どこまでも――

 時間も、場所も、世界も、常識も――

 幾つもの障害を越えて起こった、この幸運に感謝しよう。





「俺は、藤井 誠」

「俺は、高杉 浩治」

「ボクは、高杉 歩」

「私は、佐倉 優季」








「「「「――よろしく」」」」








 ――そう。

 約束は、果されたのだから。








<おわり>
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