「――お邪魔しま〜す」

「やっほ〜、誠君♪ 調子はどう?」

「……誰です?」

「あれ〜、分かんないの?」

「あ〜あ、ひどいわね〜……、
折角、お姉さん達が、お見舞いに来てあげたのに〜」

「お姉さん、って……まさか!?」








「「――ジャジャ〜ン♪」」

「由綺姉!? 理奈さん!?」











第247話 「深愛」










 ある日のこと――

 由綺姉と、理奈さんが、
二人揃って、お見舞いに来てくれた。

 もちろん、眼鏡と帽子で変装をして……である。

 トップアイドルが、二人揃って、
こんな所に来たりしたら、大騒ぎになるからな。

「……しかし、見事に雰囲気が違うな?」

 由綺姉達に椅子を勧めつつ……、
 二人の変装の出来栄えに、俺は感嘆の声を漏らす。

 眼鏡を掛けて――
 髪型を軽く変えて――
 帽子を目深に被って――

 ――不覚である。

 たった、それだけの変化なのに、
俺は、来客が、
由綺姉達だと気付けなかったのだ。

「女は化けるのよ、誠君?」

「もっと精進するよ〜に♪」

「……返す言葉もございません」

 二人に会うのは久しぶりだが……、

 いつものように、お姉さんぶる二人に、
調子を合わせ、俺は、わざとらしく深々と頭を下げて見せる。

「――で、具合はどうなの?」

「おかげさまで、経過は良好。
この調子なら、すぐに退院できると思う」

 そんな軽いやり取りの後、俺達は、

由綺姉達が持って来てくれたケーキを食べつつ、雑談に花を咲かせる。

「でも、足の骨折って、こんなに長く入院する程の怪我なの?」

「普通は、そうでもないらしい。
ただ、俺の場合、基本的に、家に両親がいないから……」

「さくらちゃん達は、学校があるし……はるかさんや、あやめさんは?」

「四六時中、一緒にはいられないだろ?
いや、本人達は、問題無いって言ってくれたけど、丁重にお断りした」

「……逃げ場がなくなるもんね」

「うん……」(泣)

「ところで、誠君……その恰好って……」

「こ、これは、その……、
看護師さんの母校の制服らしくって……」

「その看護師さん……グッジョブね」

「――あ、そうだ、誠君♪
今度、私達のステージ衣装も着て見せてくれない?」

「答えは聞いてないけど♪」

「確定事項かよっ!?」

 傍に誰かがいて……、
 他愛の無い話をして……、

 ただ、それだけの事なのだが……、

 退屈を持て余している、
今の俺にとっては、まさに、最高の時間である。

 しかも、その相手が、
由綺姉と理奈さん、だなんて、贅沢の極みだ。

 そんな時間を堪能していると、
不意に、部屋のドアが、静かにノックされ……、

「やっほ〜、誠〜? 様子を見に来たよ〜?」

「お邪魔しま〜す」

 こっちの返事も待たずに、ドアを開け、優季と歩が顔を覗かせた。

 どうやら、『高杉浩治』の、
お見舞いのついでに、俺のところにも寄ってくれたようだ。

 まるで、仲の良い姉妹のように、
ヒョッコリと顔を出した、優季と歩は、部屋の中を見回し……、

 
由綺姉と理奈さん……、
 つまり、先客の姿を見ると……、

「あれ、お客さん? じゃあ、出直すね」

「はみゅ〜、残念……お大事に」

 ……と、言い残し、アッサリと帰ってしまった。



「…………」

「…………」

「…………」



 話の腰を折られ……、

 静かな嵐のように去って行った闖入者を、
見送るの姿勢のまま、俺達は、なんとなく、沈黙してしまう。

 だが、その沈黙は、すぐに破られた。

 
由綺姉と理奈さんは、
顔を見合わせ、頷き合うと、俺に視線を戻し――

「知らない子だったけど……誠君……
また?

「血は争えないわねぇ」

 ――と、すげぇイイ笑顔を浮かべる。

「なっ、ち、違うって……優季と歩は、そんなんじゃ……」

「まぁまぁ、聞きまして、奥さん?
優季と歩、だなんて……呼び捨てでしたわよ?」

「誠君って、手が早いんだね」

 井戸端会議する奥様よろしく、
二人は、わざと俺に聞こえるように、ヒソヒソと囁き合う。

「だから、誤解だってのに……」

 そんな二人の態度に、俺は頭を抱える。

 からかわれているの分かっている。
 二人が、本気で言っているわけじゃない事は分かっている。

 ……だから、余計に性質が悪い。

 何故なら……、
 どんなに反論しても無駄だから……、

 うううっ、理奈さんだけならともかく、
由綺姉まで……、

 昔は、こんな事する人じゃなかったのに……、
 どんどん、理奈さんの悪影響が……、

「誠君……今、凄く失礼なこと考えてたでしょ?」

「滅相もございません」

 理奈さんの鋭いツッコミに、俺は、即座に平伏する。

 ダ、ダメだ……勝てる気がしない。
 
由綺姉達が相手では、俺なんかじゃ歯が立たない。

 そう、例えるなら――

 アンゼロットと柊 蓮司。
 カミュラとカッツ。
 小暮英麻と井上純弌

 最近、読んでる本のせいで、
例えが妙に偏ってるが、概ね、これで間違っていない。

 ようするに、俺に出来ることは……、

 完全降伏――

 無駄な抵抗を諦め……、
 俺は、姉達のオモチャになる運命を受け入れる事だけ……、

「さ〜て、あの子達のこと、
キリキリと吐いて貰っちゃおうかしら〜?」

「大丈夫♪ さくらちゃん達には内緒にしておくからね」

「あうあうあうあう……」(泣)

   ・
   ・
   ・








「――っと、もう、こんな時間か」

 ふと、気が付けば――

 ついつい、時間を忘れて、
俺達は、三十分近くも、話し込んでしまっていた。

「あのさ……時間は平気なのか?」

 と、言いつつ、俺は時計に目をやる。

 二人とも、忙しい身なのに、
こうして、俺のお見舞いに来てくれた。

 きっと、過密スケジュールの中、なんとか時間を作って来てくれたのだろう。

 なら、俺の為に、いつまでも、
こんな所で、油を売らせているわけにはいかない。

 そう思って、俺は、訊ねたのだが……、

「――ていっ」

「あいたっ」

 いきなり、理奈さんに、頭を軽く小突かれた。

 見れば、
由綺姉も、
珍しく、ちょっとご機嫌斜めな様子……、

 ……俺、何かマズイこと言ったか?

「こんな所で、油売ってないで、サッサと仕事に戻れ、って?」

「うっ……」

 図星を刺され、俺は言葉に詰まる。

「確かに、私達、すごく忙しいよ」

「でもね、だからこそ……、
少ない自由な時間を、目一杯、有効に使いたいの」

「でも……」

 だったら、尚更、俺なんかのお見舞いに来なくても……、

 
由綺達には、他にも、一杯、
やりたい事や、やるべき事があるんじゃないのか?

 特に、
由綺姉は……
 もっと、冬弥兄さんと一緒の時間を……、

「冬弥君には、いつでも会えるよ」

「…………」

 言いたい事は、沢山あったのに……、

 
由綺姉の、その一言で……、
 俺は、また、何も言えなくなってしまった。

「私も理奈ちゃんも……誠君と一緒にいると楽しいから、ここに来たの」

「それに、弟分が入院してるのに、
一度も、お見舞いに来ない姉が、何処にいるの?」

 と、理奈さんは、俺を小突いた手で、今度は、ポンポンと頭を撫でてくる。

 そんな理奈さんの向こうで、

由綺姉も、優しく微笑みながら、頷いている。

「……とはいえ、そろそろ、
仕事に戻らないといけないのも事実なのよね」

 理奈さんは、時計を見つつ、肩を竦めて見せる。

 そして、ハンドバッグの中から、
CDを一枚取り出すと、俺の手の上に置いた。

「これ、私の新曲ね♪
オマケもつけといたから、大事にしなさいよ」

「オマケって……うわっ」

 俺は、その言葉の意味を探ろうと、
CDのジャケットを開き、思わず目を見張った。

 なんと、そこには、
由綺姉と理奈さんのサインが書かれていたのだ。

 しかも、サインの脇には……、
 『愛する弟へ』と加筆されていて……、

「ありがとう……
由綺姉、理奈さん」

 正直、俺にとって、二人は、
割と身近な存在なので、サイン自体に思い入れはない。

 でも、加筆されていた、二人の気持ちが、とても嬉しかった。

「それを聴いて、早く元気になりなさいね」

「あんまり、さくらちゃん達に心配掛けちゃダメだよ?」

 と、言い残し……、
 二人は、仕事に戻る為、立ち上がる。

 そして、部屋のドアノブを握り……、

 不意に、何かを思い出したように、
立ち止まると、理奈さんは、こちらに向き直った。

「あ、そういえば……、
面会簿って、どうしても、書かなきゃダメなの?」

「書いた方が良いだろうけど……出来れば、偽名でよろしく」

「まあ……そうよねぇ」

「理奈ちゃん、どうして……?」

「俺と
由綺姉達が知り合い、って事がバレたら、色々と面倒だからだよ」

「ん〜……じゃあ、『藤井 理奈』とでも書いておこ♪」

「理奈さん……それに他意は無いですよね?」

「他意なんてないない♪

というわけで、由綺も、本名なんて書いちゃ――」

「――あ、あはは」(汗)








「ゆ、
由綺姉……」(大汗)

「あ、あなた……まさか……」(大汗)
















「……本名、書いちゃった」

































 この後――

 面会簿を見た看護師さん達が、
俺の部屋に殺到したのは、言うまでもないだろう。








<おわり>
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