「晴れ〜渡る〜空、見上げた〜な〜ら〜♪」
「…………」
「明日へのド〜ア、開きか〜け〜る〜♪」
「…………」
「いつも〜、微笑み〜、忘れ〜ないで〜♪」
「…………」
「優しい〜、気持の〜、花を咲か〜せよう〜♪」
「…………」
「桜〜舞う〜、初ね――♪」
「朝倉さん……ご機嫌ですね?」
「――えっ、そう見える?」
第246話 「望郷の念」
「実はね……手紙が届いたの」
「――手紙?」
ある日のこと――
俺の病室にやって来た、
看護師さんは、とても機嫌が良かった。
何やら、歌を口ずさみつつ……、
部屋の空気を入れ替える為、
窓を開ける、その姿からも、彼女の上機嫌っぷりが伺える。
「何か、良い事でもあったんですか?」
あまりに幸せそうだったので……、
俺が、その理由を訊ねると、
看護師さんは、軽く頬を赤く染めつつ、話してくれた。
「うん、実はね――」
――どうやら、昨日、手紙が届いたらしい。
差出人は……、
故郷にいる、お兄さんから……、
手紙の内容は、近況報告など、
特に変わったモノではなかったそうだが……、
彼女のお兄さんが、手紙を書くなんて、とても珍しい事で……、
看護婦さんにとっては、
それが、嬉しくて仕方ないらしい。
「ホントに、珍しい……、
あの、かったるいが口癖の兄さんが……」
と、溜息混じりに苦笑しつつも、
さっきから、看護師さんの頬は緩みっぱなしだ。
「なるほど……、
で、故郷が懐かしくなって……?」
「あっ、分かる? 今の母校の校歌なの」
看護師さんも、自覚はあったようだ。
ついつい、母校の校歌を、
口ずさんでしまっていた事に、照れ笑いを浮かべる。
「曲調が、そんな感じでしたからね」
と、そんな彼女に、俺もまた、苦笑を返す。
さて、と……、
そろそろ、頃合いか?
「……まあ、それは良いんですよ。
故郷を懐かしむ気持ちは、分からなくもないです」
胸元に飾られたリボンを弄びつつ……、
それはもう、疲れた声で……、
俺は、ずっと疑問に思っていた事を、看護師さんに訊ねる。
「でも、いくら、懐かしいからって……」
「――うん?」
「母校の制服を、俺に着せるのって……どうよ?」
――そう、制服である。
なんと、と言うのも、今更だが……、
俺は、看護師さんが持参した、
彼女の母校の制服を着せられているのだ。
「あっ、それ、付属の制服なの。
本校の制服は、明日、持って来るから、よろしくね」
「――人の話を聞けぇっ!」
俺のツッコミを、完全スルーし、
看護師さんは、もう、明日の計画を練り始めている。
そんな彼女の様子に、俺は、深々と溜息を吐く事しかできない。
まあ、何を言っても、
無駄なのは、最初から分かっていたけどさ。
だから、ロクに抵抗もせず、この制服も着たわけだし……、
しかし、どうして、こう……、
俺の周りの女は、どいつもコイツも……、(泣)
「……かったるい」
「あっ、今の兄さんっぼい」
「はいはい、そうですか」
何やら嬉しそうな看護師さんに、
俺は、やる気なさげに、手をヒラヒラさせて応える。
「ところで……その『お兄さん』って、今は……?」
女装ネタは、もう勘弁――
とばかりに、俺は、ベッドに、
ゴロンと寝転がりつつ、あからさまに話題を変える。
正直、もう少し弄られるかと思っていたのだが……、
意外にも、看護師さんは、
割とアッサリと、俺の話題転換にのってきた。
「うん? 家で独り暮らしの真っ最中よ」
ついでに、検温をしていくつもりらしい。
看護師さんは、話を続けつつ、ポケットから、電子体温計を取り出す。
「独り暮らし、か……、
それは、ちょっと寂しいですねぇ……」
同じ立場にいる者として、俺は、その『お兄さん』に共感する。
まあ、俺の場合、さくら達がいるから、
独りきりの寂しさを感じることは、少ないのだが……、
「あ〜、でも……」
「――でも?」
「今頃、恋人でも作って、
ヨロシクやってるかもしれませんねぇ」
――みしっ!
「はい……?」
不穏な物音に、俺は、思わず息を呑んだ。
見れば、握り締められた、
看護師さんの手の中で、体温計が、ミシミシと悲鳴を上げている。
「……ありえる」
「あ、朝倉さん……?」
肩を震わせ、低い声で、
ボソッと呟く看護師さんに、俺は恐怖を覚える。
「ふっ……ふふふふ……」
みしみしみしみし……
「…………」(滝汗)
――あれ?
俺、もしかして……、
地雷、踏んじゃったりした?
なんか、背後に、黒いオーラが漂ってるんですけど?
指折り数えているのは、どういう意味ですか?
一度、折られた指が、何で、また、伸びるんですか?
――うわっ、さらに往復したっ!?
「ふふっ、ふふふふふふ……」
や、やばいぞっ!
なんか、壊れてきてるぞっ!?
そのカウントって、やっぱり、『お兄さん』の恋人候補の人数ですか?
だとしたら、凄いけど……、
でも、だからって、そんなに怒らなくても……、
所詮は、兄妹なんだし――はっ!?
もしかして、極度のブラコン!?
それとも、禁断の関係!?
実は、血が繋がってなかったり!?
――って、待て待て待て!
落ち着け、藤井 誠。
KOOLになれ、藤井 誠。
恐怖のあまり、思考が現実逃避し始めてるぞ。
そっちも、確かに気になるが……、
最優先事項は、看護師さんの怒りを鎮める事だ。
このまま放っておいたら、大惨事は確定……、
そして、その被害は……、
確実に、目の前にいる俺に回ってくる。
そうなる前に、一刻も早く、何か手を打たないと……、
――何か、気を逸らすモノは?
――何か、話題を変えるネタは?
俺は、藁にも縋る思いで、
キョロキョロと、病室内を見回す。
そして、床頭台の上にあった『それ』を掴み……、
「あ、朝倉さん? バナナ、食べます?」
「ばぁ〜なぁ〜なぁ〜?」
みしみしみし……
――ダ、ダメだ!?
理由は知らんが……、
これは、NGワードだったらしい。
な、ならば、別の話題を……、
「可愛いですねぇ。窓に小鳥が――」
「こぉ〜とぉ〜りぃ〜?」
みしみしみしみし……
「さ、最近、すっかり寒くなってきましたよね?
こういう時は、鍋なんか食べたい――」
「なぁ〜べぇ〜?」
めきめきめきめき……
「こ、このクッキー、食べます?
さくらが焼いて来てくれたんですけど――」
「さぁぁぁぁぁぁぁ〜
くぅぅぅぅぅぅぅぅぅ〜
らぁぁぁぁぁ〜〜〜?」
――ばきぃっ!!
「ひぃぃぃぃぃぃっ!?
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさぁぁぁぁぁぁいっ!!」
……。
…………。
………………。
……。
…………。
………………。
「ねぇ、まーくん……、
いつもの看護師さんはどうしたの?」
「……お休み、ですか?」
「ああ、連休もらって……
ちょっと、実家の様子を見てくる、ってさ……」
「ふ〜ん……」
ごめんなさい、『お兄さん』――
怒りを鎮火するどころか……、
思い切り、火に油注いじゃったみたいです。(合掌)
<おわり>
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